魔法使い?
誰も見つかる事のないまま、九月三日と言う日が来た。
今日もまた老人たちに囲まれながら登校した清美たちに、お弁当の時間がやって来た。
たった四人で食べるお弁当はおいしくない、はずだった。
単に四十日ぶりに食べるせいだなと思おうとしても、ご飯もおかずも妙においしい。
「でもさー、私思うんだけどー、これ絶対魔法使いのしわざだよねー」
「…………」
「あのねえ」
別の事を考えようとするが、四人の話題はどうしても事件の事になってしまう。
修子が魔法使いのしわざとか言うふざけた物言いをかまして来たのに対し、加奈は無言でうんうんとうなずき、美香はわずかにつっこみを入れ、清美は魔法使いだなんてゲームやアニメじゃあるまいしとまともに反論する気が起きず黙りこくっていた。
清美の家にも昔買ってそのままにしていた魔法少女アニメのグッズや漫画本が眠っていたが、そんな事など清美は忘れていた。
「あのねって言うけどねくいちゃん、ニュース見てた?二十六人のクラスメイトみーんな、ああみんなかどうかわからないけどさ、どうやって連れ去れたのかさえわからない内にいなくなっちゃったんだよ。それも、服も下着も一枚も減ってないって話で。まさか全裸で誰かに連れ去られたって言うの」
「そうだけどね……」
確かにその情報はニュースでも流されていた。
夜中に二十六人もの女子中学生が全裸で外に出て行って、誰かに誘拐されたとでも言うのだろうか。
そう考えると、魔法使いとか言う突拍子もないはずの可能性が一番合理的に見えて来るから清美は何も言えなくなっている。
「この件について何か言いたい事は~」
「ないよ」
「そうね」
話を修子優勢のまま強引に締め切りにされた清美は何も言い返せないまま無言で加奈と美香に救いを求めるが、二人ともそちら側に傾いていた。
とにかくこの行方不明事件により部員を欠く事になった部活はその大半が統制を失い、また部員である生徒たちの安全確保と言う名目もあり、本来なら部活再開の初日であったはずの清美たちもまた、授業が終わってすぐの下校を余儀なくされた。
「ただいま……」
「あらお帰り早いのね、でどうしたの、やっぱり今日も」
「うん」
その内と言うには時間が経ちすぎている、かと言って絶望するほどの時間が経っているかと言うとこれもまた別問題である。二十六人のクラスメイトたちの親の事を思うだけで、清美は実につらくてかなわない気分になれた。
「ねえお母さん」
「何」
「明日、行きたいの」
「どこへ」
「あの、その、例の……ほら、あの…いや何でもない」
本来ならば自分が何とかすべきなのかもしれない、でも自分が行ったところで何ができると言うのかまるでわからない。学校からも不要不急の外出は控えるように言われているし、それを無理に破る必要も感じられなかった。
「もう、そんなに行きたいんならば行けばいいじゃない、どこか知らないけど」
「いやいやいやいや、そんな事は思ってないから、爪の先ほども思っちゃいないから!」
むきになって否定した所で何も変わりはしないのに、つい必死になってしまう。この清美の吠えっぷりを見た母親が自己嫌悪に陥ってしまい、それが母娘の空気を重くする。
「お友達と一緒に行けばいいじゃない、ほら修子ちゃんとか加奈ちゃんとか」
「そうしてみる」
そんな時に母娘が逃げ込むのは友人だった。修子や加奈が清美の思惑通りに動いてくれるかどうかはともかく、少なくとも話を聞いてくれそうな存在ではある。
「もしもし修子、実は明日なんだけど」
「委員長、あした何?」
「明日、えっと、その……ほら区役所の」
「区役所?もしかしてあのおじさん?あのおじさんのとこに行きたいの?そうなの?」
「えっおじさんだったっけ……お兄さんじゃないの?」
「まあ委員長がお兄さんって言うならお兄さんでいいけどね、結構カッコいい人だよ。実際メチャクチャかっこいいじゃん。まじで一日でやってくれたって感じでさ。区役所もケチだよね、あんな人にはもっと高い給料をあげるべきだよねー、明日何か持ってってあげようかなーって」
自分の数倍の速さと量でしゃべりまくる修子と話していると、清美は相槌を打つだけで精一杯になる。ずるいと思わない訳でもないが、その間自分はあまり考えなくて良いので正直楽である。
「公務員なんでしょ?そんな事したらまずくない?」
「お茶一杯ぐらいならいいでしょ、委員長もさあ、何か持ってった方がいいよ。私の隣のおじいさんなんかさあ」
「あの、加奈は」
「ああキタカナ?今から電話してみようと思う。じゃ明日午後一時に中学校で待ち合わせね、ああ急用ができちゃったんならすっぽかしても許しちゃうよ、私一人でも行くから、じゃあね」
もし修子みたいに生きる事が出来たらどんなに楽か、常にパワフルでニコニコできて、そして抜群の行動力を併せ持っている。勉強では大きく、運動でも少し自分の方が上とは言え、もしそれらと交換して修子の持っている力が身に付くのであれば清美は喜んで差し出していた。
「良かったじゃない、とにかく明日の午後修子ちゃんと、加奈ちゃんと一緒に行くんでしょ?そんなに遠くじゃないんでしょ?」
「確か区役所から……徒歩十分ぐらい」
「じゃあ問題ないわね」
それでもまだ微妙に踏ん切りの付かない清美は天井を向いたまま、自分の部屋に戻って修子か加奈がかけてくるであろう携帯電話を握っていた。手のひらからにじみ出ていた汗が携帯電話を濡らし、光らせている。
事ここに至ってもまだ迷っている自分の焦燥を象徴するかのように携帯電話を眺めた清美は大きくため息を吐き、かかって来るか来ないかわからない携帯電話を開いたり閉じたりし始めた。
その20秒間隔の行動が10回目になった時、携帯電話は清美を呼び付けた。
「もしもし……」
「清美……?私も行く事になったから……よろしくね」
「ああ、加奈?どうもありがとう」
「中学校で午後一時だよね、じゃあまた後で……」
そしてたかが数秒の会話で清美の両手から汗は引き、部屋の温度は急に下がった。自分のわがままに対し、こんなにも付き合ってくれる人間が二人いる。それだけで、清美は心から安心する事が出来た。
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