42話:強く、先へ

目を覚ませば、夢の中の世界だった。あれ、自分はさっきまで何をしていたか。思い出せないセロは歩き始めた。どうしてか、いつもの中心部から外れていたからだ。しばらく歩くと、人影が見えた。


あれは、まさか。走り、近寄ったセロは確信した、アスカだ。無事であることを祈っていたが、本当に大丈夫だった。


そして、問答無用のドロップキックをカウンターに受けたセロは、ボールのように草原を転がっていった。






「……ほんっっっっとにアホなんだから」


アスカはため息をついた。犯罪者覚悟で助けてくれたセロには感謝以外にないが、別に自分のことなど見捨てても良かったのだ。それをしなかった事実は、大切に想われていたというに繋がる。


駆け寄り、抱きしめようとしたが照れ隠しにドロップキックはやり過ぎだった。


――だが、ミナミで起こした無謀極まる行動を一通り聞いたアスカは、蹴り入れたのは正しかったと小さく頷いた。どうしてこの男は、と泣きそうになっていた。助けられた分際で言えることでもないが、それでも釘を刺さないではいられなかった。


「あ! セロに……アスカ?!」


「無事だったんだな!」


聞き慣れた声がする。振り返れば、金髪の女の子とガタイはいいが人が良さそうな男。


そして、駆け寄ってきたティーラとリュウドウはアスカと同じくドロップキックをセロにぶちかました。


10分後、セロとアスカは並んで正座させられていた。鬼もかくやというティーラの怒気を前にした二人に、逆らう気力は残っていなかった。怒りながらも、ティーラの目の端から涙がこぼれていたからだ。


経緯を聞いたアスカは自分が原因ということに申し訳のなさを感じていた。そして、ティーラとリュウドウの性格からしてらしくもないドロップキックをしたことに納得していた。


これは、私もキックを受けなければ。立ち上がったアスカは、そこで目を丸くした。見覚えのあるナイスバディが全てを無視して方陣をカリカリと書いていたからだ。


3分後、ようやく落ち着いた5人は円になって集まっていた。椅子も出せるのが夢の世界の便利な所だ。それから始まった話し合いの内容は、事の顛末について。セロは復讐に生きた男の最後を聞いた後、小さく呟いた。


「そうか……復讐して、辿り着いた先には何も無かったんだな」


「うん。でも、全てがそうじゃないと思う。仇を打ち倒して名誉を取り戻したいって奴なら違うし、憎い敵を殺してスッキリ、身も心もツヤツヤ!とか。……ショウゾウのように復讐を支えに寄り掛かるだけになったら成し遂げた後で倒れるけどね。“人”って文字がそれを証明してる」


1本の棒は倒れ、残るのは“_”というなにもない荒野だけ。その結末に耐えきれなかったショウゾウは周囲に当たり散らした。無様で、みっともなく、ただ哀れだったとアスカは一人の男の終わりを語った。


「そうならなかった道もあったけど、そこで仲間を犠牲にしてるから同情は出来ないかな。でも、形振り構わずっていうのは自分の中の大切な何かも落っことすんだと思ったよ。心のどこかが壊れて、戻れなくなった、破滅に向けて進む以外の自分を許せなくなった」

迷惑な話だ。だが、迷惑でない復讐などあるのか。考えたセロに、アスカは苦笑しながら励ました。


「今は分かんないと思うよ。なにせ復讐初心者なんだし、何もかも最初から正しく上手く出来るセロとか、想像しただけで笑っちゃうし」


「……器用じゃない自覚はあったが」


「でも、服に関しては超人です! 初日のカマシは大成功でしたよ!」


ティーラがいきなり物騒なことを言いだした。セロとアスカがリュウドウに視線を送るが、さっと目を逸らされた。聞いてはいけないことらしい。


「ま、まあ? セロもようやく自分の剣を見つけられそうだし、良かったじゃない」


戦闘の結末を聞いたアスカは、それが兆しだと捉えていた。セロも、自分のことなのでよく分かっていなかったが、最後のあの斬撃がそうであるという予感を持っていた。


もう一度同じことを繰り返せと言われても、すぐには頷けないだろう。死にかけた一瞬に芽生えた未練が、命を見る目を養わせたのかもしれない。そこに向かって、純粋に剣を振っただけ。何を想いどういう事を感じていたのか、セロは無我夢中でほとんど覚えていなかった。


つまりは、鍛錬だ。小さく頷いたセロを、全員がジト目で見ていた。


「言っとくけど、そうそう上手くいかないからね? もうちょっと慎重に戦わないと死ぬわよ、マジで」


「ていうか今のセロさんの身体はどういう状況なんですか、シャンさん」


「あー、安全な所で休息中。今回ばかりは警戒を密にしたから、追手はいないよ」


シャンとゴサクが警戒しながら、居住区外の外縁部をぐるりと回って逃げたという。セロはポーションを飲ませたが意識が戻らなかったため、ナズナが背負って移動した。報告を受けたセロは、意外そうな顔で尋ね返した。


「結構力があるな。心石使いなのは分かっていたが」


「戦闘の技術が無いだけっぽいね。でも、センスはあるよ。ちょっと方陣渡したらすぐに使えてたし」


予想外の拾い物だと、シャンは満足そうに小さく笑っていた。必死に防御に徹して、今はセロをつきっきりで看病しているという。


善人だな。呟くセロに、シャン以外の全員が頷いた。今までが酷すぎたともいう。


それから、各々が近況を話し合った。


アスカは早速と、先輩勇者から訓練を付けられているという。見込みがあると認められ、内容が厳しさを増すばかりなのはご愛嬌。乾いた笑いを零しながらも、負けてたまるかという意地が透けて見えていた。


ティーラはイカイツの件で動かなかった組合の長を責める動きの裏で暗躍しているという。イカイツの傀儡でしかないヘタレらしく、後ろ盾が無くなって怯えているという噂があった。そこで事情を把握していたティーラがリュウドウを通じて殺創旅団の支部長へ真相を告げ、イカイツを信望していた者へ隠されていた情報を提供した。


――イカイツは、誰にも真相を告げないまま決闘に応じたという。そして自分が死亡した時には、セロ達に迷惑をかけた詫びとして情報を伝えるように手配していた。手紙を受け取ったティーラは、無償での提供を選択した。


商売の基本は求めている客に適度な値段を付けて売り込むこと。金銭の要求はしこりを生むと判断したティーラは、恩を取ることに専念した。イカイツを信望していた者の中には地元の繋がりが深い者もいたため、大きな販路を開拓できつつある。


元手は、セロから一方的に押し付けられたお金がある。ティーラは「誰もが幸せに商売を始める準備を進めている所だ」と、凄みのある笑顔のまま語った。


「取っておく選択肢もありましたが、それはお金への冒涜ですから。でも、覚悟しておいて下さいねセロさん?」


「それは、どういう意味で」


「元手のお金は必ず返します。その時には……分かってますよね」


にやりと笑うティーラ。何を要求されるのか分からないセロは、言い知れる威圧感を前に喉を鳴らした。


「というか、そっちは大丈夫なのか? 詳しい事情を知らない俺でも大事になりそうな予感がビンビンするんだが」


「……それも修行になる」


「あっ、深く考えてなさそうな顔してる」


「無表情なのによく分かりますね。でも、これは商機です、貴重な情報です。そこでアスカさんにも相談したいことが―――」


「どうどう。あ、そういえば面白い言霊を覚えたんだ。戦闘には使えないけど、説得には使えそうで―――」


それから各々は意見を交換しあった。最初の一撃で、それぞれにあったわだかまりの大半は解けていたからだ。説明がなかったことに不満を抱いてはいたが、ないがしろにした訳でもないということを、説明される前にティーラ達が理解していたこともあった。


セロに対する後ろめたさが、そうさせた部分もある。心界エアリアという能力について、経験が不足しているアスカやティーラ、リュウドウはその全てを理解できていないが、1つ定めれば替えが効かないものということは分析できていた。


それを利用しているという、引け目。夢の世界とはいえ、望めば利用できるというのは大きすぎるアドバンテージになる。それに便乗する形になったことを、ありがたいと考えない者はいなかった。


直接言われたセロは、予想外とばかりに目を丸くして答えた。


それで誰かが傷つくこともないから、良いんじゃないかと。


「役立つなら、嬉しいだけだ。距離に関係なく使えると分かったのなら尚更に」


口元を緩めながら告げるセロに、全員が思った。損得で考えない子供らしい所がありながらも、この誠意がとにかく嬉しい。そして、何をしても報いたいという熱が胸の内に灯っていた。さながら、薄暗がりの中で行く先の見えない明日を仄かに照らす光のように。


「……戦闘の相手なら、手伝うよ。バリエーションがあった方がセロも助かるでしょ?」

「なら俺は防御に徹する相手役か。こっちとしても手練の使い手との経験は助かるぜ、この先必要になりそうだし」


「資金不足になったら言って下さい、符丁と手段も後日に連絡しますので」


「こっちも欲しい方陣があったら言ってねー。バリバリ開発中だから、特殊な仕様でも対応できそうなんだ。……実証試験も必要だし」


約1名はマイペースだが、セロの助けになるべく柔らかい言葉で語りかける。その言葉を聞いて、セロは嬉しそうにしながら何度も頷きを返していた。夢のような時間は、惜しいからこそ短く感じるもので。


気がつけば目が覚めていたセロは、ぼんやりとした様子で天井を見上げていた。


途端に、全身を襲う激痛。掠れた声を出しながら、セロは無意識に腹部の最も重い傷を負った箇所を触っていた。自己診断も重要な知識だと、ラナン達から教えられていた経験を活かしての行動だった。


(……内臓は避けられたか。意識してでの事ではなかったけど)


生死の境目で、修行の時に味わった経験値が無駄にならなかったということだろう。そのほかの傷は大半が打撲で、腕と肋骨の2箇所の骨折を負ってはいたが、戦闘に支障を来すようなものはない。


安心したセロは、そこで同室に居る別の人物に気がついた。建物を見るに、潜んでいた場所とは違う廃墟の中。ベッドに居る自分と反対側の壁で、褐色の少女はうつむき、寝息と共に肩を上下させていた。


手の甲には、爪で大きく抓った跡。それがどういうものか、セロは理解すると小さくため息をついた。自分もやった覚えがあるから、すぐに分かった。病気をしたアイネの看病中に居眠りはすまいと、痛みに訴えた過去をセロは思い出していた。


「……良いやつだな、クソ」


セロは故あれば見捨てる可能性もあった自分を恥じた。理由も敵も必要だ。だが、何よりも守るべき対象の人格を見落としていた。死なせたくないと、心から思えるような人間であれば、自分の戦意や心のノリも違ってくるからだ。


『謝るのも、結構な重労働だしね』


『シャンか。……ありがとう、見張りをしていてくれたんだな』


『早めに起きたからね。警報の結界は誂えていたし』


侵入者に反応して轟音を出す結界を、昨晩の内に仕込んでいたという。シャンの心配りに、セロは感謝の言葉を返した。


『それだよ。ありがとう、ごめんなさいなんて素直に言える子は貴重だと思う』


『……そうかもしれないな』


弱味を見せれば食い物にされる、助けられたとして下心を疑う、失敗した所で仲間でないのならば謝らない、それを口実に利用されるから。子供の頃から染み付いた習慣は簡単に消えてくれるものではない。だが、ナズナは違った。初対面のアレは魔が差したんだろうね、とシャンが苦笑交じりに告げた。


セロも同意する。意図したものとは反対に、窮地に追いやられているナズナに親近感を覚えた。自分の努力とは反対に、殲滅されることになったかつてのチーム。不運の連続とはいえ、神様か何かに遊ばれているような感覚には、言いようのない憎悪を抱くことしか出来なかった。


そして、10分後。寝ぼけ眼で起きたナズナは「えっ」と呟いた。身体を動かしながら状態を確認しているセロを見て呆然とする以外に何の行動も取ることができなかった。我に返ったのは1分後。ナズナは慌てて立ち上がろうとするも足をもつれさせ、盛大に転びそうになった所をセロに助けられた。


「っ!? ちょっ、胸!」


「……肋骨のことか?」


「ばっ、ばか! 違うて……それより傷! 動くなよ、貫通してたんだぞ!?」


「大丈夫だ。慣れてる、師匠のお陰でな」


「慣れてんの?!」


具体的には剣の鬼とか。名前を呼びたくないあの人アルセリアの教えは、無駄ではなかった。刺されると確信した時に経験値が仕事をしてくれたらしい。具体的には、身体を捻って無意識に急所を外した事とか。満足そうに頷くセロだが、ナズナはドン引きした後に子犬を労るような顔をしていた。


「本当に大丈夫か? 師匠とかいう名目で虐められてなかったか? 利用するために、いいように使われてないか?」


「………………ああ」


「間ァ! 結構な間があったぞ今!」


騒ぎ始めるナズナに、セロは安心できる材料を提示した。最初の修行ではうっかり肩から二等分にされそうになったが、生きているのなら経験になる。そう語るセロに、ナズナは洗脳された連合の隷下に居る使い手達に対するように、信仰の良し悪しを説いた。


「それよりも、助かった。お前が背負ってくれたんだな」


「あ、ああ。でも、どうしてそんな事知ってるんだ?」


「ちょっとしたことだ。……謝罪は必要か?」


偶然が重なったが故の襲撃だったが、生き死にの場にまで発展させたのは自分の意志だ。巻き込まれたが、逆に巻き込んだという自覚があるセロは少しだけだが申し訳ないと思っていた。


ナズナは、少し黙り込んだ後、小さいが確りとした声で答えた。


「何がなんだか、って今でも戸惑ってる。でも、安心している自分も居るんだ。オヤジが殺されて、組も散り散りになって……何とか生き延び続けてる間は、夢の中にいるようだった。本当にいきなりで、冗談みたいだった」


きっと全て上手くいく。そう楽観していた自分が原因だと、ナズナは考えなしだった自分を思い出し、責めた。終わりが来るというのなら、もっと別の、何かを出来ていたのではないか。オヤジにも、もっと話すことが、聞くことが出来たのではないか。


「……親不孝な話だ。今更になって私は怒ってる。本当にもう会えないんだっていうことが分かった今、ようやくだよ。……だから、これで良かった。死ぬか殺されるかは、時間の問題だった。けど今は違う、殺されるかもしれないけど、私は渦中に居る。何者でもなくなる前に、抗争になるだろう混沌の中に飛び込むことが出来た。ありがたいって思ってるんだ」


どっちつかずの半端者は、オヤジが一番嫌いな人種だったから。俯いてぐずるナズナに、セロは「そうか」とだけ答えた。そのまま、小さな女の子の泣き声だけが部屋に満ちていく。


しばらくして、ゴサクとシャンが駆けつけた。ナズナの目が赤く腫れていたことにゴサクが訝しんではいたが、状況が落ち着いた今だからこそと、4人は自分達が置かれた状況について話し合いを始めた。


「それじゃ、俺を回収した後は一目散に逃げてきたのか」


「援軍が怖かったっすから。財布は頂きましたけどね」


スリも得意っす、とゴサクが戦利品を見せてきた。合計で560万で消費したポーションの費用にはなると、自信満々だった。


それでいいのかとセロは思い、ナズナを見た。なんとも言えない顔だった。あれは多分、納得はしていないけどポーションも必要だし、と現実と理想の狭間で葛藤している顔だ。セロは努めて見ないことにした。そうせざるを得ないほどに、状況が悪いことを物語っている気がしたからだ。


説明を受けたセロは、その予感が的中したことを知った。ミナミを取り巻く状況と自分達の置かれた立場については、非常に厳しいと言う他になかった。


アスラ会は、その派閥にも属していない中立派。極端すぎる在り方に耐えられない人達の受け皿になっていたという。良いように自分を偽る半端者はセイヤも嫌う所だったが、理不尽なレッテルを張られて追い出され、宙ぶらりんになって困っていた人材をセイヤはよく助けた。


「日和見のコウモリだ、とか言われてやしたけどね」


「仲間にならないなら死ね、ということか」


「ワガママなもんでさあ。それで、中立派を嫌う輩はどこにでも居るもんです。気がついた時にはもう、アスラ会は混沌派と統制派の一部から、殲滅対象の印を押されてました」


ブンブンと飛び回るのが鬱陶しいという気持ちは分かる。だが、よりにもよって2派閥からの“お前殺す”宣言は厳しすぎた。若頭や娘であるナズナが生きていただけでも奇跡と呼べる窮地だった。


とはいえ、中核たるナズナの父親―――朱羅アスラセイヤは既に故人。組織というものは、頭を取られた時点で瓦解する。ましてやどっちつかずの中立派、残党であっても烏合の衆であれば積極的には狩りに来ないだろう。その楽観は昨日の時点で終わったと、ゴサクはセロを見ながら告げた。


「イムナ会……混沌派でも残虐非道で知られる一派で、セイヤ兄さんの最大の敵でした。あいつらが抱える用心棒を、それもトクアン兄弟を返り討ちにしたとなると――」


「目障りなハエから無視できない狼に早変わりだな。噂にも説得力が生まれる。組長の娘が頼れる用心棒を見つけて反撃に出たと、誰もが思い込む」


“目障りな種は芽になる前に潰せ”が、ミナミに置ける鉄則だという。それも実害に繋がる厄種なら、人数を抱える組織にとっても楽観的ではいられないのだろう。


「でも、実際に動き出す組織は限られる。面子を重んじる組織か、混沌派の中でも武威を商売道具にしてる奴らとか」


名を売るには絶好の機会だと、ここぞとばかりに襲ってくる可能性がある。該当する組織を、ゴサクは渋い顔で話し始めた。


「1つは、統制派の中核です。昨年、ついに最後の敵対派閥を殲滅して唯一になったやつらは――“テンジン会”は、何かしらのイチャモンをつけて人間を送って来るでしょう」


規模だけならミナミでも最大で、オオサカを見回しても構成員だけなら五指に入る多頭龍、それこそが“不入いらずのテンジン”率いるテンジン会。総勢で5000人という、総力で来られれば逃げても逃げ切れないだろう大組織だ。


次に、直接敵対しているるイムナ会。トップたるシェレイアという女狐を筆頭に、一級品の力量を持つやり手の2名を補佐につける、恐らくはセイヤを殺したであろう集団だという。戦力の一角を担っていたトクアン兄弟を失った今、下手をすれば全戦力を投入してくる可能性もあるため、最も警戒すべき組織と言えた。


他にも、ヤギリ会とシャスタ会。混沌派でも武闘派で知られる組織の構成員がちょっかいを出してくることも。


「分かってたけど、かなり厳しいよな―――って、なんで嬉しそうなんだ?!」


「どいつもこいつも強そうだからな。それに、トクアン兄弟との死合で痛感した。やっぱり俺には命がけでの戦闘経験が足りない」


勝てたのは、偶然が作用した結果でもあった。


分析が甘々だった―――心界という能力に対する認識の甘さが招いた。


自分の剣の足りない所が、ようやく分かった気がした―――死にかけてようやく、言葉が胸にストンと落ちたように感じた。


戦闘に大事なのは地力だけではない、勝ちの目を強引にでも掴み取る意志と機転も必要だ。その意味では、作戦は成功だった。


(死にかけることは分かっていた。だからこそ、自分自身の存在が、気配が小さくなる―――そこで探せばいいと思った。自分より大きな気配2つを)


とっさの行動だったが、結果的に上手くいった。最も厄介な兄の方まで刃を届かせることが出来たからだ。それでも、賭けには違いなかった。悔いのないように宣誓をしたのは、そういう理由だ。


命を賭けて、真正面から最後まで。宣誓を交わして殺し合ったのは、初めての経験だった。セロは、静かに手を見下ろす。自分の意志を元にトクアン兄弟の命にまで刃を食い込ませた手応えはあった。だが、死んだかどうかは定かではない。


(どっちでも良いか……いや、安心してる俺がいる。誤魔化すな。勝てたことか、殺さずに済んだことか、どっちかは分からないが)


ともあれ、またやり直すことが出来るのは確かだ。すぐにでも身体を癒やして色々と動く必要があるが、全てはこれからになる。


セロはやる気になっていた。鶴橋での急な別れがあった。それでも一人ではないという事実が、セロの心に活気を与えていた。


「……なんか、嬉しそうにしてる。いい夢でも見たのか?」


「そんな所だ」


安否を確認できたこと、色々と話せたこともそうだが、セロは眠る事が怖くなくなっていた。アスカ達と交わした約束と絆に距離など関係ない。その想いが自分だけの一方通行ではないと知ることができたからだった。


――俺も、アイツラに負けていられない。夢で聞かされた話は輝きに満ちていた。それぞれの場所で、誰も諦めてなんかいない。ならば、今度直接会う時は自分も、もっと、ずっと。


セロは、静かに拳を握りしめた。


修羅場が渦巻くであろう街で強くなることを、改めて誓うように。


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