40話:敵と理由

大空白の混乱時代が終わった後の時代。人が自分達の生きていける領域を作るためにかけた30年があった。その最中に人間どうしの殺し合いが最も激化した地域が、なんば、日本橋あたりを包括したミナミという街になる。


そこには新世以前の呼び名でいう半グレ、ヤクザ者、極道といった表社会では厄介者扱いされている人間が逃げ込んでも許されるという、空気があったという。かつての名残である飲食店や電気街を頼りにしていた住人と合流したその地域は、争いが絶えなかったそうだ。


「いかにも悪徳の街っぽいな。抗争が頻発してもおかしくない」


「あ、ああ。でも、それだけじゃないんだ。当時に分かれた思想とか、矜持とか。組や徒党もそれに準じて分かれて、一向に互いを認めようとしないからだって。喧嘩が起きても、それを罰する奴も出てこないし」


先月まであったという互助組織、“アスラ会”。そのトップの娘だったという少女、ナズナはミナミの特色を説明した。今のこのオオサカに、常時治安維持のために動き回る組織は存在しない。それでも、組合や連合の中には道から外れた者を処罰する者達が存在している。だが、ミナミという街では外道を罰する役割を担う者が滅多に出てこないらしい。父から教わった知識だと前置いて、ナズナはセロとシャンに説明した。


力とは意味がある事に振るわれるべきだという、統制派。


人は想うがままに力を振るうべきだという、混沌派。


生きていくためだけに振るうべきで同胞に向けるのは時代遅れだという、穏健派。


異なる主張ごとに組や徒党が編成され、故があれば力と力をぶつけ合っているのが現状だという。その中で、共通して認識されているルールはひとつだけ。


「――間違っているのは負けた奴。犯罪者とか正義の味方とか関係ない、弱い奴が悪いんだ。悪くて、そして許されない」


シンプル極まる弱肉強食の世界が、ここミナミの不文律。ナズナの言葉に、若頭の男が補足した。


「ずっと昔は、それなりに懲罰者のヤロウ共が出張ってたらしいけどな。なんでも、大半が過労死しちまったって話だ」


犯罪に比べて取り締まる者が少なすぎたということだろう。いつしか、治安維持は派閥ごとの使い手達によって行われる事になった。飲食店から武器防具、素材を取り扱う店から果ては組合までが絡め取られ、傘下に入らない店があれば実力行使に出るまでになったという。


その派閥外の1つが、若頭の男が所属していた組らしい。その男がお嬢と呼ぶことは、ナズナは死んだという組長の娘になる。情報を整理した後、セロは若頭に視線を向けた。


「俺はセロという。アンタ、名前は」


「ゴサクという、殺し屋のダンナ」


またも勘違いの言葉。否定するのも面倒くさくなったセロは、シャンに念話を飛ばした。

『シャン、店の方はどんな感じだった?』


『あの店のバックらしい組の人間が集まってた。アスラ会の逆襲じゃあって、どいつもこいつも頭に血が昇ってたね』


『……つまり、勘違いされてるのか』


目撃者が居たのだろう。あまり見ない銀髪の少女と接触した二人、その後に仇である組の傘下にある店へのカチコミをかけたとこを見られていた訳だ。


殴るだけで殺し合いにならなかったが、顔見世程度の挨拶であり、堂々たる宣戦布告と取られたという。少なくとも、ゴサクはそう信じ込んでいた。だからこそ、急いで鉄火場に向かって駆けつけたのだろう。


セロがそのあたりの推測をナズナに告げると、顔色が青白くなった。


「は……つ、つまりは戦争が? 私と私の部下っぽい二人が、あいつらの組に喧嘩を売ったことになってるのか?」


「そうらしい」


「事情はどうあれ、お嬢……もう止まりやせんぜ」


ゴサクが真剣な顔で告げた。買取の金を誤魔化されたという理由を口実に、店内の全員を殴り飛ばしてこき下ろしたのがセロ達だ。舐められた時点で袋叩きにされかねない面子商売である組の人間からすれば黙ってはいられない事は間違いなく、今も下手人を血眼で探しているだろう。


「でも、相手はあのクソッタレのイムナ会の奴ばかりっす。金ぇ払ったからには、四方からタコ殴りにされません。舐めてきたから舐め返した、って筋が通りやす」


「あ、最低限のルールとかあるんだ」


「っす。度を過ぎた狂犬は、どこに行っても嫌われるもんですぜ。その点、殺し屋のダンナは見事っす」


セロは心外だと眉を潜めた。金を払ったのは、殴るための引け目を完全に消し去るためのこと。こちらを舐めきっている上から目線のクソ野郎に喧嘩を売っただけだ。一方的に殴るのは気が進まないというだけで、大した意味はなかった。


(でも、この街では違うんだな)


間違っていようが、勝った奴が偉い。そして、弱い奴はいつしか何もかも奪われてしまうということ。火と灰の中で学んだ過去が訴えてくる感触に、セロは顔をしかめた。


―――犯罪許容都市か。セロの呟きに、ゴサクは頷きを返した。


「強い奴は引く手数多っす。他所じゃ強盗に傷害、殺人でもすりゃあ組合に睨まれますが、ここではそんなもんはねえ。上の取り合いですよ、マウント合戦です」


武器に酒、金に女のランク自慢から所属する組の規模の競い合い。その中でも犯罪歴を誇らしく語り合うのが最近の流行らしい。その流れに乗り切れない大人しい者達は、北寄りの地域で真っ当に狩人や迷宮探索に精を出しているが、活気と熱気は断然南側の方が上だった。


「そういや、ダンナ方は何をしてこの街に?」


「ああ、ちょっと列車を襲撃したんだ」


セロが答えると、ナズナとゴサクがビシリという音を立てて硬直した。え、と掠れた言葉が声にすらならない。ナズナなどは過呼吸になりつつあり、ゴサクがその小さな背中を擦り始めた。額にうっすらと汗が浮かび始め、チラチラと怯える様子でセロを観察しながらだったが。


「……それほどか?」


「何言ってんの!? マジでやる方もやる方ですけど……さ、参考までに聞きたいんですが、どうやってあのクソ連合のランカーから逃げたんですかい?」


「ちょっとした秘策があった。無ければ、今頃はコレだ」


セロは無表情のまま、首を斬られるジェスチャーをした。ナズナがびくりと肩を弾ませ、シャンは首を傾げていたが、セロはナズナ達の反応から連合の恐ろしさを実感していた。連合のランカーの武威は、この無法都市でも轟いているのだ。殴り合いを生業にしていそうな者であっても、恐れるぐらいに。


(分かるけどな。どれだけ肉体を強化した所で、あの気配は……とても逃げ切れる気がしなかった)


転移という切り札が無ければ、逃亡は難しかっただろう。それを成し遂げたからこそ、こうして驚かれている。ランカーが常駐する列車を襲っても死んでいない戦技者として。


セロはそこで、二人に口止めを頼んだ。恐れられるよりも、侮った上で喧嘩を売ってこられた方が経験になるからだ。率直に告げると、ナズナは壊れた人形のように首を縦に振っていた。


「あ……っ、と」


「お嬢?! 大丈夫ですかい」


「ごめん、ありがとう。ちょっと……色々と有りすぎて目眩が」


組を潰されてから今まで、ずっとギリギリの精神状態だったのだろう。今回のことがトドメになったようで、ナズナの足元は覚束ない様子だった。この状態では有益な話し合いもできない。そう考えたセロは、一休みをするべきだと主張した。幸いにして追手の気配はなく、無理に結論を急ぐ時ではない。


だから、とセロはシャンとナズナに向けて告げた。



「まずは、風呂だな。特に、ナズナの方は必要だと思うし」




















「アイツ……ちょっと強いからって、デリカシーってもんが無いのか」


同じ地下にあった浴槽の施設があった部屋の端の、湯船の中。ナズナは目を腕で拭いながら、何度も何度も繰り返し悪態をついていた。その両目が赤いのは、ストレートすぎるセロの指摘に泣きながらも全身全霊で言い返した名残だった。


石鹸にシャンプー、リンスと三度目になる大量の湯船。それを恵まれたとしても、女としては退くことができない一線だった。


「そういう事を教えてくれる人がいなかったらしいから」


「……そうなのか?」


だとしたら、無神経な言葉だった。素直に反省して謝るナズナの様子に、シャンは気にしなくて良いと答えた。


「本人も気にしてない。別に、どっちが良いという話でもないだろうし」


子供どうし、正しいも悪いもない。ただ必死に、日々を越えるために手を荒れさせていたこと。簡単にだが過去を聞いていたシャンは、殴り飛ばした男のような態度を取らなければ、まず怒ることはないと小さく笑った。


「命のやり取りについても、仇とか仲間を襲った敵とかばかりだから。理由もなく暴力を振るうタイプじゃ無いみたい」


「……それが、あいつの仁義なのかな」


通すべき筋を持っているのだろうか。子供の疑問のように―――実際に子供なのだが、呟いたナズナの言葉に、シャンは何も答えなかった。セロ本人も迷っているように見えたからだ。


シャンの目から見たセロは、理性ある子どもだ。故あれば力を使うが、無闇矢鱈に誰彼構わずに、という行為は嫌っているように見えた。


だが、油断からアスカがさらわれたこと。それ以前の敗北と、列車で味わった敗北――贔屓目にも引き分けだったように見えるが、本人にとっては勝利ではない以上は負けらしい――を経た後。転移で逃げた後のセロの様子は、付き合いがとても短いシャンであっても変化を思わせるものだった。


迷っているのだろう。そうした事もあり、今は他人の子供のことなど考える余裕がないのかもしれない。そう思ったシャンは、セロも悪気があった訳じゃないとフォローした。そもそも、そういった事を教わらなかったように思える。


異性に関しても、下のネタをあまり好んで無いのは見て取れた。明言してはいないが、アスカ曰く「ゴブリンに殺された子供の頃の仲間を連想するからだと思う」らしい。何よりも、本人がまだ10歳であるということ。果たすべき最後の目標を定めていることもあって、寄り道はしないつもりらしい。


言葉少なに語るシャンは、良いことだと頷いていた。少なくともセロは自分の身体に惑わされる事がないと、信頼できるからだ。


「……ごめんなさい。オレ、アンタのこと誤解してた」


「ん? ああ、そういう事ね。……まあ、よく勘違いされたけど」


女の自分を活かすということ。意識的にやった記憶は、1%にも満たない。それ以外は全て嬉しくもない誤解だった。


男好きのする身体だろうが、知るかというのがシャンの素直な感想だった。面と向かって言われたこともあった。何より、隣に住んでいた優しいおじさんが変貌したことがトラウマになっていた。


あの時の“あの男”に成り果てた獣は、自分のことを捕食対象としか捉えていなかった。あまりにも予想外で、嫌悪感でいっぱいで、全身が恐怖に震えて動かなくなった。このまま反抗しなければ、どうなるんだろう。そう考えた時、シャンは選択肢が浮かんだような気がした。このまま動けないまま諦めるか、自分を捨てず抗うか。


そうして、シャンは笑った。選択をする自分の背中を押してくれる声と言葉が無ければ、自分は堕ちる所まで堕ちていたかもしれない。出会った時は、ただ褒めてくれる客だったというのに。


(望む才能ばかりは得られない。折角の素材を無駄にするとは贅沢な話だって、鶴橋では言われたけど――知ったことか)


セロと再会する前、働き口を探している時にその身体を使えば金なんて思いのままだと、呆れた声で告げられたことがあった。その道に進めば、大成するかもしれない。色ボケだろうが実力者で裕福な使い手は、少し探せば居るだろう。身体を好きにされる屈辱を我慢する必要があるが、金も時間も手に入る。


だが、それで長生きした後に何が得られるのか。堕落した人間にとって時間は喪失の象徴以外の何者でもない。大した野望もなく、流されるまま年を重ねた自分に待っている結末は惨めなものだろう。


ただ、堕ちていくよりもしがみつきたいモノがあるならば。シャンは胸中に、自分の望む果てを描いた。お金が足りない、時間が足りない、たどり着けるかどうかも分からない、辛い想いばかりをするからと言い訳をして、目を逸らしていた夢を。


(そうだ……私には解明したい謎がある。今はまだ切っ掛けすら掴めていないけど)


セロ達にも明かしていない自分の本当の目的、両親が消えた本当の理由、方陣の裏にあるもの、世界の謎。今は扉の輪郭さえ見えないその場所にたどり着くためには、とにかく実践と研鑽を積み上げる他に方法はない。


その点、今の環境はシャンにとっては夢のようだった。方陣を手軽に試作出来て、転移方陣のように危険なものをいくらでも試すことができるのだから。過酷な戦闘を自ら望んでくれる使役者であることも相まって、シャンは自分からセロの元を離れるつもりはなかった。


(この街でどう生きるのか


偶然だろうが巻き込まれたこの可愛い女の子を、どう扱うのか。


首を傾げるナズナの顔を眺めながら、シャンはセロが話し合っているだろう方向に視線を向けた。














「弱い奴は、なにをすれば強くなれると思う?」


コンテナの中、残ったゴサクに向けてセロは問いかけた。雇用だの金は無くてだの自分のことばかりを話す会話を切り裂くように。


つまる所は、そこだった。知りたいのだ。今のこの無様な自分を脱する方法を、復讐の道を早く歩けるように。


「それは……誰の話か分かりやせんが、修行とか訓練じゃ駄目なんですかぃ?」


ゴサクは尋ね返した。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。機嫌を損ねれば、と必死な様子での質問に、セロは違うらしいと答えた。


「強くなりたいと思う奴が居た。その修業の終わりに、色々な場所に行け、旅をしろ、戦え、この世界で生き抜けと言われたんだ」


強くなるための近道なのか、別の何かのためなのか。セロは何となく分かったような気になっているが、全然違うかもしれないと感じていた。


失われた命は戻らないことを教えられた。だからこそ、意味もなく殺したりはしない。だが、仇を前にその感触は吹き飛んでいた。迷いは無かったように思う。ただ、言い知れない後味の悪さはずっと付いて回るだろうと、そんな予感があった。


これを乗り越えれば強くなれるのか。違う、とセロは感じていた。


もっと別にある筈なのだ。色々なものを見ろと言ってくれた師匠の真意は、未だ見えていない。ただ、アスカ達と旅をしている時に少しだけど掴めたような。それも自分の弱さが原因で、一時的とはいえ失ってしまった。


「……よく分かりやせんが、修羅場を潜り抜けた戦士は強いって聞きます。強え奴と殴り合って勝てば、それだけ強さを実感できるかと」


ゴサクが戸惑いながらも答えた言葉に、セロは小さく頷きながら自分の手を見下ろした。列車の中で戦ったタケシという戦士との剣と拳でのぶつかり合いをしている時に、自分の中の何かが詰まっていくように感じた。


死にたくないと思うのは当然だ。その上で、負けたくないという感覚が胸を占めていた。どこか恥に似ていたような、それでいて焼けるような感情。


その成果かもしれない、セロは自分が以前よりも強くなっていることを感じ取っていた。先の喧嘩の中でも想像以上に威力が出たし、殴られた跡も痛みが引いてきたのはその証拠だった。


あるいは、単純に強者との戦闘経験が不足しているからかもしれない。セロはまだまだ駆け出しの自分を恥じていた。アスカ達と同道していた時と同じように慎重に事を進めるのも、決して間違いではないだろう。だが、そんな弱気でいて本当にあの男にたどり着けるのか、という焦りがセロの中に生まれていた。


「なにか分かりやせんが、ダンナも迷ってるんですね。……やっぱり、賃金が必要ですかい?」


「いつまでも付きまとわれるのは、厄介だ。アンタ達と居たら狙われる理由も増える。ただ、そうだな……どこに行けば、何の柵もないような、強い奴と殴り合えるのか」


タケシのように確固たる戦意を持って全力で倒しに来てくれる相手と、どうすれば出会えるのか。街をうろついていて、遭遇できるものなのか。列車の件がどうなったか分からない現状、すぐに別の町に行くという選択肢は除外する。そうなれば、このミナミで戦う相手を探す必要が出てくる。


「なら、あっしとお嬢に与してもらえれば―――」


「その分、自由がなくなる。落ち目というか跡形もない組に付き合う理由も」


ナズナという少女の境遇は、不運かもしれない。だが、ティーラのようにクソジジイに弄ばれていた訳でもなく、ただこの街で犯罪を厭わずにのし上がっていた徒党が別の勢力に叩き潰されただけとも言える。アスラ会とやらが潰れた詳しい事情は知らないが、そんなものだろう。


だから、と告げようとしたセロだが、その前にゴサクが立ち上がった。


「――違う! 潰されたのはそうだが、落ち目なんかじゃねえ! オヤジは、オヤジは嵌められたんだ……!」


「分かってる。あの生真面目な娘の様子を見てたらな」


ナズナは、街の流儀を語りながらも納得していない感じだった。染まりきってはいない様子から、アスラ会がどんな場所だったのかは想像できる。


悪どい真似を避けて活動していた、言わゆる“イイやつ”が多かったに違いない。だからこそ負けたのも、当たり前のことだ。セロは、ジロウの頃から見たことがなかった。イイことばかりをする奴が大成をして、勝利を収めている所なんて。


(裏切りか、求心力不足だな。他所から今の待遇以上の金を出されれば、揺らぐ奴はいくらでもいる)


イイやつばかりから死んでいく、つまりはそういう事だろう。情報が不足しているため確実とは言えないが、セロは自分の推測が当たらずとも遠からずと考えていた。短い期間にアスカからモノの考え方を見て学んだということもあるが、昔から自分の仕事だったのだ。


足りない手札と力を抱えても生き抜くために、仲間と共にピンチを乗り越える方法を考え出す。力が無いから頭を使って―――と。


考えこんでいたセロは、自分の中の何かが脈動する音を聞いた。


(なんだ? 懐かしい、とは違う。何か、空っぽだった自分の中が少しづつ―――)


心石カラーレスブラッドと共に名乗りを上げたことを思い出す。自分が何者かなんて、誰かに決められる言われはない。ただ、この血のままにと叫び、立ち上がったこと。


そうして、セロは思う。“自分”とは果たしてなんだったかと。


剣の鬼が言う“己”。拳士が告げた“建前”の裏にあるもの、退屈だと言われた自分。その全てがこの感覚の中にあるのならば、きっと。


(そうだ、落ち着け。考えろ、あの時のように)


ジロウだった自分は勝つために、あえて焼かれる方法を選択した。言い訳もせず、本気で勝つために。今の自分もそうだ、自棄糞に挑んで届かないかどうかなんて許せない、絶対に殺すと俺は俺で決めている。


(その強い感情を―――力を、思い出せば。今も同じだ、感情だけではなく手持ちの札から最善を導き出せ)


自分は何も考えずに強くなれる天才ではない、ならば突き詰めろ。初めから駄目だと決めつけるな、やれる手段を考えろ、その上で多くを掴み取れる方法を。


そうして、セロは顔を上げた。


目の前には、困惑する男の顔。


メリットはあるじゃないかと、セロはゴサクの顔の上に“餌”と名前を付けた。


「手伝う理由、見つけたぜ」


「……それは、やっぱり金で?」


「もっと変えが効かないものだ」


答えたセロは、口元だけを不敵に釣り上げた。



「アンタ達からは“敵”と“理由”を貰う。向かってくる奴全員をぶっ倒せば、確実に強くなれるからな」



向こうにも理由がある以上、死物狂いになってだろう。


そして、組の抗争となれば単独での狂犬扱いもされない、殲滅対象にもならない。


名案とばかりに語るセロの前で、ゴサクはポカンと口を開けたままになっていた。



「―――早速、お出ましだ」



地上に、隠すつもりもないのだろう、膨れ上がりきった殺気。



風呂から戻ってこない二人を守るべく、セロは剣を腰に下げたまま走り始めた。



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