閑話の3


●鳴神猛という男


己を強いと誇れる根拠は何か。それは、蹴落としてきたライバルの数だと鳴神猛は確信している。地位だの素質だのくだらねえ、勝った奴が強いという正義を幼少の頃から示してきた体験談でもあった。


連合本部の一室で一人、タケシはこの地位を得るまでに味わってきた地獄を思い出す。死んでしまうかもしれないという訓練に耐え抜き、素質を見いだされては鍛えイジメられても耐え続けた。そうして8年の修行の果てにようやく辿り着いた、序列30位という立場。決して軽くないものだと、タケシは一種の自負を持っていた。


勝っては妬まれ、追い落としては睨まれ、ようやく辿り着いた今の自分。純粋な力のみで手に入れた立場から見える景色は、爽快なものだった。


――なのに、負けた。引き分けだと慰められたこともあったが、タケシは違うと主張する。横槍が入らなければ絞め落とされていたからだ。実戦での気絶は即ち“死”。殺されなかったのは、介入があってこそだとタケシは認識していた。


「こんな所で、なんて言えねえな。無敵の拳には程遠い」


情けないにもほどがある――が、面白い。


敗北は恥で、肯定してはならぬもの。されど、自分の手で恥を注ぐ機会がある。タケシは拳を強く握りしめながら、二度と負けないと気炎を轟かせた。


(しかし、あの男はどこの誰なのか)


正体は未だ分かっていなかった。唯一の手がかりはスカウトされた少女のみ。事情聴取の結果、あの殺し屋のような男は彼女を救うためにやって来たと分かった。


どういった仲なのかと聞いても、前の街で知り合ったというだけ。ギルドの懲罰者が調査した所その証言は本当で、それ以前の経歴が全く分からなかったと聞いた。


密行と襲撃の罪で指名手配されているため、見つかるのも時間の問題だろうとは言われている。だが、それはあの男がミナミの繁華街かニシナリ特区に逃げ込まなければ、という前提があってのこと。


(……考えるのは止めだ。どこに逃げようと今の俺には追えねえ。取り敢えずは懲罰の任務で名誉挽回しなきゃな)


タケシは電車で命じられた“襲撃犯を捕縛または殺害せよ”という任務を達成できなかったペナルティとして、新人の案内と監査を押し付けられていたことを思い出していた。


それさえも出来ないのならば、要らないものとして扱われる。役に立たない無能が序列内になんて、存在することさえ許されないのだから。


「―――いい心がけだね」


「……思考を読むなよ、ラスティ姉」


やっぱり来たかと、タケシはため息をついた。そして振り返ると、短い銀髪を持つ見慣れた姉弟子に向けてジト目を向けた。


「色々と言いたいことがあるけどな……庇ってくれなくても良かったんだぜ?」


「ああ、懲罰のこと? 別にそういう訳じゃないよ。最近はどいつもこいつも……数ばかり揃ってるけど、不作も不作だからね」


ここ10年で心石使いの人数はかなりの増加傾向にある。だが、それを育てる手が不足しているため、連合の戦力強化に繋げられていなかった。ランカーという少数精鋭が存在意義である勇者連合で、それは拙いという意見が出てきていた所だった。


「格下の雑魚相手に油断して負けた、っていうなら話は別だけど。まさか、剣と体術どころか実戦レベルの関節技を使える相手だなんてこっちも思って無かったから」


「……負けた俺が言えるこっちゃねえけどよ。それでも、ラスティ姉なら一蹴出来たと思うぜ」


「うん、上手く噛み合えばね。でも、実戦に絶対は無いから。どんなに力の差があっても、場所や体調、相性と時の運が絡まれば負けることもある。相手が必死であればあるほどに、その確率は跳ね上がる……で、私見で良いんだけどタケちゃんから見た相手さんはどんな感じだった?」


「……ちぐはぐな野郎だったな。最初に感じた殺気は、どこの獣かと思ったけどよ」


少し、戦うのを考えるぐらいに。だが、対峙した瞬間にその桁外れの殺気は収まった。かと思えば舐めるなと癪に障って殴りつけると、最初ほどではないが研ぎ澄まされた殺気を放って来た。萎れなかった戦意も含めて、タケシは灰色の男の目を思い出しながら告げた。


「“諦めるつもりなんて、毛頭ねえ”。そんな感じだったな」


「あー、そういうのタイプなんだ……約束か、復讐か。どっちにせよあんまり正面から、っていうのは勘弁して欲しいよ、そういう手合は」


勝っても負けても損しか無い。ラスティと呼ばれた女性は、苦笑を零した。


余裕だな、とタケシは舌打ちした。根拠がある自信のため、何も言えなかったが。


そして、吹き飛んだ。パラパラと、砕かれた部屋の壁が転がる音。


ラスティは蹴り出した脚を降ろすと、満足そうに頷いた。


「防いだね、感心感心。……たった一度の敗北で負け犬に成り下がってたら、そのまま楽にしてあげようと思ったけど」


「生憎だ、ラスティ姉。何年の付き合いだと思ってる」


カテゴリ・グリーンが序列21位、神足のラスティ・ネイル。新世代の星の一人と呼ばれる彼女と、幼い頃から修行に付き合わされてもう15年。今日も変わらず、蹴っては確かめることしか出来ない女を前に、タケシは思う。俺はここまでの脳筋にはならねーぞ、と。


「ごめんごめん。はい、ポーション」


「……ランク1で十分だ」


「嘘ばっかり。あっさりポッキリ折れてるのに、強情だね」


図星だったが、タケシはポーションを飲んで誤魔化した。同時に体内の心素を調節し、完全に折れていた両腕を微かに罅が入る所まで治す。完治ではないため痛みは残るが、これも負けた自分への罰だとタケシは思うことにした。


(しかし……やっぱり遠いな、クソが)


予想していた。分かっていた、タイミングも掴んでいたのに、回避どころか心素での強化による防御がかろうじて間に合った程度。タケシはランカーの壁が薄くないことを再認識していた。


(鍛え直しだ。……あの野郎も今のまま留まってるタマじゃねえだろうし)


ラスティが言うのなら、それだけの怖いモノを持っているのだろう。そして、あの武技の冴え。街のチンピラとは比べ物にならないレベルだったが、それでも未完成という印象が強い。


借り物の技で戦っているような感触だったのだ。俺の方が、まだ強い。タケシはその事を疑っていないし、欲目抜きでそう思っていた。


だが、あの男が本当の意味での自分だけの剣を見つければ。出来次第では、今の自分程度ならばすぐにでもぶち抜かれるかもしれない。無残に切り捨てられ、物言わぬ屍にされるかもしれない。


――このままなら、そうなるな。


タケシは初めてとなる追われる立場を自覚し、身震いした。


――だけど、俺の方がもっと強くなる。


嬉しそうに呟いたタケシの頭を、ラスティはにんまりとした笑みを浮かべながら強引に撫でつくした。















●●組織にて



「……それで、どうします?」


テンセイは土下座をしながら震えているゴミを無視して、師匠であるカイセイに問いかけた。カイセイは答えず、深い溜息をついた。


――許可なくセロを含めた一団に仕掛けたこと、マイナス50点。


――そのせいで最優先討伐対象だった“陣鬼”の行方が分からなくなった、マイナス4000点。


――連合に保護されたせいで、あの“天真”の名前を持つ貴重な手がかりに対する手出しが難しくなった、マイナス20万点。


木っ端の末端程度、2兆回殺されても仕方ないぐらいの失態だった。


「陣鬼はともかく……実際の所、連合に交渉することは出来ないんですか?」


「出来るじゃろうが、間違いなく拗れる。儂らほどの組織がどうしてそこまで興味を持っているのか、とな」


深くまで調べられれば、余計な所まで察するだろう。カイセイは勇者連合が抱える人材について、侮るつもりは毛頭なかった。


問題は、その後。連合と組織の関係は消極的対立というもの。情報を巡るあれこれから状況が一転すれば、抗争も有り得る。そして、連合は強大だった。本気でやり合えば、無視できない損害が出るのは間違いない。


組織の理念として、それは出来ない相談だった。大敵を放って人間同士で殺し合いなど、本末転倒にもほどがあるからだ。


「夢姫からも、今後一切手出し無用と告げられた。いやあ、ムキナの首を掲げながらあの一括、儂の残り少ない寿命が10年は縮まったわい」


ムキナ、というのはゴミの上司だった。功を焦ってのスタンドプレーに走り何もかもを台無しにした、という近年稀に見る無能にかける慈悲は無かったようだ。くわばらくわばらと、カイセイが態とらしく怯えた様子を見せた。


「しかし、激動ですね。順調に旅をして成長するというのが、夢姫の狙いだったと思われますが」


「物事が思い通りに運ぶことはないのじゃよ。予定は所詮、頭の中でのこと。何もかもが予想通りに行くのなら、世界はとうの昔に救われておるわい」


「……最後の時、ですか。“六天”様は近いと考えられてるようですが」


「あるいは、今回が“そう”やもしれぬ。などと何度も覚悟を決めた所で、求めている結果は出ておらん。忌々しいことにな」


組織にあっても、最後の戦い、その記憶だけが引き継がれていないのが現状だ。それがルールだとすれば、解くための鍵が必要になる。世界の謎を解き明かすだけの情報パーツを持っている者、その候補の一つが天真の名前を持つ者だった。


「……まあ、よい。幸いというべきか、候補はまだ他におる」


「先に回収できる方を、ですね。しかし、陣鬼はどうしますか? 聞く所によると、夢姫殿が1度、赤華殿が3度と、先代の剣鬼が4度ほどあの化け物に殺されたと聞いていますが」


邪魔というレベルじゃない、見敵必殺が絶対の敵対者。未覚醒の状態であれば六天が直々に、という大事だ。カイセイはその事も含めて、結論が出ていないと答えた。


本当に、あの陣鬼なのか。未だ確証に至っていないからだ。容姿は似通っているが、現出した心石の名前を確認出来ていないのが問題だった。間違いだった場合、何者かの陽動であることが考えられる。容姿や性格、言動も記録にあるものとはかけ離れているため、今は様子見という結論から発展していないのが現状だった。


下手に刺激をしたくない、という意見もある。カイセイがその筆頭だった。


「臆病風に吹かれましたか、マスター?」


「応よ、それが儂の売りじゃからの」


事も無げにカイセイは肯定した。触らずとも神如き化け物は人に祟りを投げつけてくるが、まともに対応する余裕もないのなら、他所に押し付けた方が良い。連合や組合にも手練が居る、在野でも六天に準じるレベルの化け物のような天才が生まれる時もあるのだ。


「ぶっちゃけ面倒くさいしのう」


「そこで本音ですか」


「それはそうじゃろ。ミナミの裏や西成など、任務でも無ければ行きたくないわい」


いずれも治安最悪の犯罪者が闊歩する危険地帯。その中で育った叩き上げの使い手はくせ者が多く、力量差はあろうが能力の相性や想定外の事態によりする可能性が他所の地域より圧倒的に高かった。


他所の地域から流れ込んだ者など、中級の狩人や探索者であっても一週間と生きていられない人が作り出した魔窟。それがミナミの裏であり、西成という特級危険地帯だった。


「……生き残れると思いますか?」


「今のままでは無理じゃろうな。自分の剣さえ持たない未熟者が、あの街で永らえられる道理がないわい」


借り物の、肉と骨と心に馴染んでいない仮初の剣のままであればいずれ打ち破られる。そういう地獄で、そういう街だ。能力スペックだけでゴリ押しできると勘違いした者から死んでいく。また、そうした者を殺して糧にする求道者も存在している。


だが、真に自分だけの剣を―――スタイルを見つけることが出来れば。


戦闘というものを理解し、勝ち抜くためのリズムやコツを掴むことができなければ、魔窟の地面に横たわることになる。


「ふむ、賭けるか? 儂は死ぬ方に一千万じゃが」


「相っ変わらずセコいですね師匠は」


勝ちを譲ってやろうなんていう気はなく、ここぞとばかりに儲けようとしてくる業突く張りの爺が。テンセイはため息をつきながら、それでもそのパワハラに乗った。ニタリという笑みを浮かべるのを見て、カイセイは呆れ顔になっていた。


「言っておくが、手出しは無用じゃぞ? 夢姫直々のお達しじゃ」


「……分かってますよ?」


「分かっておる者の反応ではないようじゃが」


万が一の場合は厳罰に処す。カイセイから六天を含めての決定事項を告げられたテンセイは、それでもと答えた。



「賭けますよ。―――分の悪い賭けの方が燃える性質なので」



生きていれば丸儲けだ。


引きつった顔で告げる弟子の言葉に、カイセイはそうなれば良いがの、としたり顔で笑みを返した。
















●●●陽光同盟への報告



「列車襲撃犯に、アスカの小娘の名前が?」


中央府への挨拶を済ませたトオル・ニワサワは、耳を疑う報告を聞いていた。この世界において最もやってはいけない罪の一つ、列車運営に対する妨害行為を仕掛けた愚か者が居るという報告だった。


関連する人物の中に、アスカ・テンマという名前が一つ。トオルは報告書を二度見した後、深い溜息をついた。


「……現時点をもってアスカに関連する資料を廃棄。叔父貴の部下もだ、まとめて処分しろ。容赦は要らん」


「承知しました。温情は最早抜きで?」


「そんな余裕は無くなった。勇者連合や列車運営機構に睨まれれば、今後の商売にも影響が出ちまうからな」


損切のコツは一つ、危険水域に至るまでに判断を下すこと。経験から見出した教訓を元に、トオルは部下に指示を出していった。


「あっちこっちに飛び跳ねやがって……しかし、正気か?」


まともな神経を持っている者ならば、まずやらない愚行だ。思いついた所で実行するなど、考えられない。組合の対人技能者―――懲罰者や、連合の序列者が動く規模の案件になるからだ。鍛え抜かれた使い手に命を狙われるのは即ち、戦争中の戦車の主砲の前に引きずり出されるのと同じく、いつ死んでもおかしくない立場に追いやられるも同義だった。

「……いや。小賢しい者と同じにするな、ってことだよな。少なくともここ数回のループには無かった案件だ」


あれば覚えているし、記録に残っている。


そうでないならば、突発的であり、イレギュラーな要素が絡んでいる。


あるいは、ここから何かが始まるという予兆なのかもしれない。トオルは舌打ちをした後、警戒を強めるように指示した。


(場合によっては、俺自らミナミに出向く必要があるか)


嵐を乗り切るコツは、自らその恐ろしさを知ること。知ったかぶりより億倍マシになると、トオルは一つの決意を抱いていた。


(あいつが本当にクソッタレの陣鬼になるか、見極める必要がある。……下っ端の木っ端に任せるには不安が残るな)


間違いなく、自分を含めた同盟の命に関わる案件だ。ならば仕方ないと、トオルはぼやきながら煙草の火を点けた。


身体に害はなく、精神安定のみを追求された香草の煙を吸ったトオルは遠い目をしながら、吐き出した煙を輪っかの形に変えた。



「……安心安全な平和に繋がればいいがな」



そうはなるまいと、直感が訴えるままに。



吸い終えて煙草を灰皿に押し付けたトオルは、物騒な目をしたまま立ち上がった。



次なる渦中へ、その騒動の果てを見極めんという戦士の形相をしながら。




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