38話:それぞれの道
「ぐっ、
リュウドウは後頭部を押さえながら起き上がった。まるで誰かに殴られたようにズキズキと痛む頭を抱え、周囲を見回した。まるで見覚えのない部屋、宿の中だろうか。
そう考えたリュウドウは、隣の部屋から大きな物音と、叫び声を聞いた。ティーラのものだと悟った瞬間、リュウドウは何が起きたのか、セロがどういった選択を取ったのかを察するに至った。
「あ、んの……馬鹿野郎!」
勝手な真似をと、怒りの声が溢れる。
扉を開けて外に出ると、ティーラと視線だけで通じ合う。
だが、追いかけたものの追いつくには至らず。
残された二人が全てを知ったのは、全てが終わった後のことだった。
セロとタケシの間で、甲高い音が鳴る。
それが始まりだった。セロは跳ね上がった剣を腕で引き寄せ、タケシは手甲の中にまで浸透してきた威力に薄く笑う。
互いに両足を広げて重心を落とす。そして、アスカは見た。僅かに見える斬撃の軌跡と、それを迎え撃つ両の手甲によって乱れ咲く火花を。
(早さはセロの方が上、でも……なんて動体視力!?)
タケシと名乗った男は振るわれる剣の全てを目で捉えて、撃ち落としている。揺れる電車の中で体勢も崩さずに、危なげなく対処する様は技量の高さを伺わせた。
目が慣れていっているのだろう、徐々に余裕さえ生まれているような。
そう思った時だった。セロの剣が拳の一撃で大きく弾かれ、タケシが大きく踏み込み―――
「っと」
下から跳ね上がったセロの蹴り。死角からの一撃をタケシは受け止めて後方に跳躍、再び間合いが遠ざかった。タケシの獰猛な顔が、感心した色に変わった。
「……やるねぇ。あそこで咄嗟に蹴りを出せるか」
腕をプラプラと振りながらタケシが笑う。セロは険しい顔をしながら、問いかけた。
「自警団気取りか?」
「同乗者の鎮圧の義務ってやつでね。先輩殿曰く“殺してこい”とのおおせだ」
「物騒だな」
「剣を片手に緊縛プレイを楽しもうって奴ほどじゃないさ」
タケシがアスカに視線を向ける。白く薄いローブがめくれて、パンツが少し見えていた。慌てて隠す仕草に、タケシが深く頷いた。
「やっぱ、女の子は恥じらいがあってこそだよな。可愛ければなお良し」
「同感だけど、どこ見てんだよ」
「……いやお前が言うなよ」
呆れ顔で、タケシが言う。そこでアスカは誤解されている事に気が付いた。セロが襲撃者なのはともかく、アスカを拘束して拉致しようとしていると思われているのだ。
だが、どうしてセロは否定しないのか。アスカは気づき、怒りの眼差しのまま叫ぼうとしたが、声が出ないことに気が付いた。
『ごめんね、アスカさん』
『シャン! これ、アンタが……!』
怒るアスカを放って、戦闘は再開されていた。
前へ、前へと詰めるタケシにセロは圧されていた。セロが遅い訳ではない。閉所だというのに壁や天井に引っ掛けずコンパクトな振りで攻撃する様は、アスカをして見惚れるほど。だが、30位とはいえ精鋭の名前は伊達ではなかったらしい。
左右の拳、甲で適切に受けながら危なげなく捌くその技量は積み上げられたものを感じさせられた。自由に剣を振れる外であっても、通じなかっただろう。
だが、戦えている。その情報こそが本来の目的を―――監禁していた3人を徹底的に打ちのめす―――達成してなお交戦している理由だった。
強敵との戦いの経験。今の自分がどこまで至っているのかという確認。成果はあったと、剣を振るいながらセロはひとまずの安堵を抱き―――
「舐め腐ってんじゃねえよ」
強烈な衝撃に吹き飛ばされた。痛みは後から来た。ぐらんぐらんと揺れる視界と共に。
「――まあ、な? 全力を出す理由なんざ人それぞれだ。でもオレぁ楽しみにしてたんだよ。あんなにどギつい殺気を放てるなんざ、どこのやり手だってよぉ。それが何だ? 腑抜けた剣ばかり振るいやがって」
タケシは下級のポーションを飲みながら言う。腕にできた傷が残っている、セロの一撃を敢えて受けながらカウンターをした時に負ったものだ。浅く、肉だけしか切り裂けていない、致命には程遠いそれが塞がっていった。
「なんだ、恨みでもなければ強くなれないタイプか? 笑わせるぜ、そんな建前でもないと剣も振れないお坊ちゃんだなんてよ、期待はずれにも程があらぁ」
「……」
「
「ああ、すまなかった」
セロは素直に謝罪した。意識を保つように手のひらをバンダナに当て、触れた先が血で僅かに濡れる。そして、赤い唾を横に吐き捨てながら淡々と答えた。
「そうだな……お前程度、越えられない間抜けがアイツに届く筈もない」
「……んだと? てめ、聞いて無かったんか。洒落臭え理屈はいいから、ただオレを見ろって言ってんだろうが」
「それこそ知るか。だけど、無礼は今から詫びさせてもらう」
セロは半身で構えた。相手から見れば自分の身体で隠れる位置に剣先を置く。
頬の傷が痛む。咄嗟に芯は外したがダメージは奥にまで通っている。既に万全とは言い難い状態。それでも視線は先ほどとは異なり、相手に真っ直ぐと注がれていた。
今から、お前を、殺す。
全力で心素を練ることが宣言の代わり。
タケシは軽く嘲笑しながら、構えた。重心は後ろに、迎撃する体勢のまま。
ガタンゴトンと、列車は揺れる。風穴から夜の風が流れ込む。そこでようやく、アスカは今の時間を知った。
二人は目もくれず、相手だけを見据えた。迷いを捨てた殺意だけを目の奥に携えながら。
「―――我流」
一閃、という呟きと共にセロは大きく踏み出した。宣言による威力増加を乗せて、今出来る最高の一撃を前に。斜め下から薙ぎ払うそれを、タケシは拳で打ち据えた。
最初と同じシチュエーションだが、比にならない反響音がコンテナの中を襲う。
体勢を立て直すのは、セロが一瞬だけ早かった。鍛えられた足腰を一歩前に、タケシを間合いの中に捉えた。
ありったけの心素をこめての連続斬撃。
「――へっ」
鼻で笑う声。
だが、蔑むのは全てが終わってから。そう言わんばかりに踏み込んだタケシは全身に襲う悪寒のまま、防御体勢を取った。
セロの目から焦点が消え、理性が飛んだ斬撃が都合4度。袈裟懸け、切返、横薙ぎ、唐竹、躊躇いが欠片も無くなった剣をタケシは全て受け止めた。
最後の一撃は、突き出した拳の威力を剣を通じ手元に浸透させるおまけつきで。
タケシの目論見通り、セロが握っていた剣が手から離れ、コンテナの天井へと突き刺さった。
(速かったが、それだけじゃあオレには―――)
冷や汗をかいた事は事実。命の危険を感じたことも本当だが、ランカーの上位陣と相対した時と比べれば蟻にも等しい。
それでも鍛錬にはなったかと、タケシは感謝の気持ちと共に拳を前に突き出した。
(――やはり、通じない)
剣を失った直後、セロは内心で笑っていた。
コンマ数秒にも満たない中で、動揺もない。予想していた事だったから。
今の自分の剣は借り物に過ぎない。剣理自体は練られたものだが、自分のそれと合致していない。雑魚であればともかく、似せた偽物が通じるほど鳴神猛という男は甘くなかったということ。
せめてあと一週間、準備期間があれば自分の剣を。そう考えたセロは、小さく笑った。
(時間があればだって? そんな理屈が通じるなら、俺はアイネ達を失ってない)
時間はいつだって有限だ。そうと知らない内に暴虐の魔の手は忍び寄る。
間に合わずに負ければ、灰だって残らない。
助かる道はただ一つ。故にセロは当然のように前へと踏み出した。
想起するは、アルセリアと初めて対峙した時のこと。防げない、上等だ、やり用があると。
セロは五感を強化しながら、額の肉と骨を限界まで硬くした。読んでいたからだ。鼻っ柱を叩き潰して昏倒させてやろうと、利き腕の右拳が突き出されて来ることは。
回避は不可能。する必要も無いと、セロは前に出て頭を下げ額でそれを受けた。
みしり、と骨が軋む音。同時にセロは首を捻って横へ、芯で受けずに横へ流しながら前に出た。考えてのことではない。試したことではなかった。
だが、拳を受けた先にあるのは額であり、バンダナだ。アイネとの絆の象徴でもあるこれが壊れるなど天地がひっくり返ってもあり得ない。そう認識したセロは、狙い通りに懐へと入り込んだ。
そこにはタケシの驚愕の顔が、眼前に。反応の早さは流石だと、セロは感心する。
だが、もう遅い。セロはタケシの右肩を掴みながら同時に肘を顎に、足を狩る形で突き出しながら押し倒そうとした。
「っ?!」
だが、転倒しない。タケシは驚きながらも反射的に、残った足で踏ん張った。それを確認するより早くセロは潜り込むように飛び込み、両足をタケシの足に絡めながら背中の服を引っ張った。
たまらず、タケシが背中から倒れ込む。コンテナの床に後頭部を打ち据える音が響いた。すかさずセロは膝だけで起き上がった跳躍、着地と同時にタケシの顎に膝を打ち下ろした。
ガコン、という音が響く。後頭部と床が盛大に叩きつけられた音だ。脳震盪を起こしかけたタケシの目の焦点が一瞬だけぼやけたが、それも一瞬のこと。
タケシは急転する状況に困惑しながらも最善の行動を取った。とにかく立ち上がり、寝転んだままにされないこと。身体に染み付いた動きのまま、タケシは無意識ながらも素早く、身体の反動だけで飛び上がった。そのままバックステップで距離を取ろうとした所で、完全に意識が戻った。
そこでタケシは、目の前に敵の姿が無いことに気が付いた。
警戒し、防御のために全身を心素で固める。
その首に、セロの腕がしゅるりと巻き付いた。
「が?! ぎ、ぐ………!」
「……!」
タケシが苦悶の声を上げる。セロは何も言わず、食いしばりながら渾身の力で首に巻きつけた腕を締め付けた。
「ぬ、がぁぁぁっ!」
タケシは叫びながら暴れた。コンテナの壁へぶつかり、背後に居るセロを何度も打ち据える。それでもセロの腕は離れない。全身を打ち据えられる痛みに耐えながら、ただ腕へと力をこめる。
そこでバランスを崩したタケシが後ろ向きに倒れた。同じく倒れ込んだセロも背中と後頭部を打ち据つけたが、腕を巻きつけたまま耐えた。
両足でタケシの足の動きを封じながら、ギリギリと首を締め付け続ける。腕を掴んでくるタケシの爪が肉に食い込むが、満足に心素も練れていないのだろう、表面を僅かに削るだけに終わった。
10数秒後、タケシの動きが鈍くなっていった。首を強化して守っているようだが、万全とは言い難いのだろう。脳みそに供給される酸素が危険レベルにまで下がり始めていた。
このままいけば、一分も経たない内に意識を刈り取れるだろう。
そう思ったセロの耳に、焦った声が届いた。
『セロ、右!』
反射的にその方向を見たセロは、直後に腕を離して横に転がった。
今まで居た場所に、振り下ろされた短刀が突き刺さる。
先ほど倒したと思った、アレインによるそれは奇襲だった。完全には回避しきれず、セロの左肩に浅くない切り傷が刻まれた。
一方でアレインはポーションで復元したのだろう両腕で短刀を携え、女らしからぬ鬼の形相で襲いかかってきた。
「よくも―――死ねぇ!」
殺意を前面に押し出した連撃がセロを襲った。無手のセロは力任せの攻撃をしゃがみ、転がり、跳躍で回避しながら回避し続けていった。
横では膝立ちになりながら咳き込んでいるタケシの姿が。
セロは舌打ちをしながら避け続け、動く度に血で床が汚れていった。
そして、数秒後だった。避けながらも床へ、前面へ意識して血を零していたセロの作戦が成ったのは。血を踏んだアレインが足を滑らせたのは一瞬のこと。一秒にも満たない時間だが、仕掛け待ち構えていたセロにはそれで十分だった。
足を強化、アレインの剣の回転半径より内側へと一足飛びに。剣が振られるより前に踏み込んだセロは渾身の右拳をアレインの横隔膜へ叩き込んだ。カウンターで放たれた拳の先から、肋骨が何本も折れる感触が返ってくる。同時に拳を渾身の力で捻ったセロは、アレインの折れた肋骨がナカにある臓腑にあちこち突き刺さる感触を確かめ、離れた。
血反吐と共に吹き飛ばされたアレインが、部屋の端へと転がっていく。力の無い様子を見るに、致命傷のようだ。セロはそれを見届けながら天井に突き刺さっていた剣を引っ張り抜き放つと、腰に携えた鞘へと収めた。
『――シャン』
『準備は出来てる。でも、本当に良いの?』
『方法が無い。同乗している奴らも、動き出したようだ』
セロは二人だけが通じる波長を用いてシャンと話しながら、示唆した。30位の上役らしい者達が近づいている気配を。
立ち上がり、戦意を滾らせてこちらを睨んでいる男は紛れも無い強者だった。だというのに、更に強い者がもう間もなくここにやって来る。
セロは今の戦闘で理解させられていた。最底辺であろうランカーでさえ、感じた所だが自分の方がまだ弱いということを。不意を突いた組み討ちでようやく有利を取れた程度だから。
両の掌に集まりつつある心素を見る限り、タケシという男が未だ見せていない切り札を隠し持っている可能性は非常に高い。つまりは。自分のだけの剣を持っていない状況で、真正面から圧倒できる相手ではないということだ。
最下位にさえ劣る雑魚が傷を負った状態で、圧倒的な格上に対して何が出来るというのか。
欲張れば、諸共に死ぬ。そしてセロは、そんなくだらない結末を迎えるのは真っ平ごめんだった。問題があるとするならば、怖い目で睨んでくるアスカのこと。恐らくはこちらの思惑を看破したのだろう、鋭い視線は一歩も退かないという意志に満ちていた。
『状況だけで全てを察したか。……説得は無理だよな』
『ティーラちゃん達と同じようにね。だから、気絶させて出てきたんでしょ?』
シャンの言葉に、セロは頷いた。泥をかぶるのは最低限で良い。そう思ったからこそ、問答無用で後頭部に一撃を加えて信頼できる宿に二人を残してきた。
相手の狙いを看破したティーラに何も告げなかった。短期間の付き合いだというのに、ここで見捨てられる筈があるかと列車に乗り込もうとしていたリュウドウもまとめて、説得は無理だと強引な手段を取った。
それでも、悔いはない。セロは後ずさるように端へ――コンテナの外で待機していたシャンの所へ移動した。
「な……待ちやがれ!」
「断る。お前以上の化け物の相手なんて、やってられるか」
セロは痛む腕を抱えながら、苦笑をこぼした。シャンが仕掛けた消音結界の中、こちらを睨みつけるアスカの視線を受け止めながら。
『転移方陣、起動するよ』
『ああ、やってくれ』
申し訳がないという気持ちはある。ここで見捨てて、と思われても仕方がない。だが、構わずに逃げる道をセロは選んだ。想定の内だったからだ。
顔が見られたのも想定内、だからこそ犯罪の疑念は自分に集中する。セロはアスカを連れて逃げる選択肢を最初から除外していた。間違いなく、追手がかかると理解していたからだ。
あくまで拉致された被害者で、犯人との関係は確証には至らない。そもそもが誘拐自体が犯罪だ。ラナンの組織だろうが、勇者連合の目を完全に誤魔化せる筈がない。
そうしてトドメとばかりに、シャンが並行して方陣を起動した。狙いはタケシに、以前に見せた基本線だけのそれを見たアスカが、俯きながら叫んだ。
「避けて! その術は、障壁では防げない!」
「っ?!」
流石というべきか、その方陣の異端さは感じていたのだろうタケシは障壁を展開しながら、アスカの助言が後押しされて横にズレた。直後、障壁などまるで無かったかのようにシャンから放たれた一条の光線がタケシの障壁を豆腐のように貫き、反対側へ抜けた。
「――じゃあな」
あくまで、悪役を気取るように。軽く笑いながら、シャンが起動した方陣と共に、セロ達はコンテナの外に広がる夜の闇へと、その姿を晦ましながら去っていった。
残された者達は、ただ呆然としていた。その中で最初に立ち直ったのは、事情を一番に把握していたアスカだった。
「……ありがとう。助かりました、戦士様」
「……こっちこそだ。あの術、正面から受けてたら死んでた」
背後に開けられた風穴を見て、タケシはため息をついた。情けねえと、自分の無力を悔いるように。
その後は現場の実況見分が進められた。生き残りはただ一人、アレインは既に死亡していたため、セロに前蹴りで頭を踏みつけられた男だけが重症患者かつ襲撃事件の関係者として鉄道警備隊に連れられていった。
アスカはと言えば、監禁されていた事実や、タケシへの助言が認められて無罪放免となった。それだけではなく咄嗟の判断力が認められ、勇者連合の一員として誘われるに至った。
「どうするつもりですか? セロさんがここまで狙っていたとは考えにくいですが」
「チャンス、と捉えるよ。狙われている現状が変わった訳でもないし」
戻ってきた鶴橋の街で、アスカはティーラとリュウドウに対して告げた。内部に入り込み、機会を伺うことを。
「セロの師匠達が所属していた組織もね。結構な力を持っているらしいし、手練も多い。今のままじゃ自分の身一つさえ守れやしないから」
次に襲われた時に、セロが駆けつけてくれる筈もない。否、それを待っているだけの自分が許せないとアスカは断じた。
「“弱き者、汝の名前は女なり”なんて。今度会った時に、一言でさえ言わせないから」
足手まといも、心変わりもゴメン被る。徒党・カラーレスブラッドはここに散じた。自分が原因で、旅は中断された。
それだけで、諦めてやる理由なんてどこにもない。力不足は痛感した、現出に至った後でさえも。だが、それがどうしたとアスカは止まるつもりのない双眸で空を見上げた。
「どうせ、あのセロが止まる筈もないよ。……おまけだけど、シャンもね」
アスカは苦笑する。ティーラ達も同意した。夢の中、あの心界での話だ。有用極まる世界を見せられたシャンはきっと、連れていかなければ何もかもを台無しにすると言い出したのだろう。恐らくは秘めていたのだろう“転移方陣”という物騒極まるものさえ持ち出して、逃亡計画に同道することを望んだ。自分だけの方陣を練磨し、研究し、最奥に至るために。
「なら、行く先は一緒よ。私達が曲がらなければ、きっとまた会えるから」
未熟であろうと、先へ進むのであればいずれ必ず混じり合う。大阪は広いが、人間の輪はそこまででもない。次なるステップは沿線か、中央府。それぞれの想いのままに高みに登る道中できっと、自分達は合流できるとアスカは信じていた。
「ショウゾウの賞金は預ける。だから、きっと返してね? 何倍にも出来るって、ティーラ達を信じてるから」
「……はい。やって、見せます」
討伐の報奨は得ていた。金額にしておよそ三千万イェン。アスカはそれをティーラに預けることを決めていた。当初の徒党の方針の通り、金庫番兼儲けを出す商人としての役割を求めるために。
失敗はするだろう。リュウドウの口添えがあったとして大成は難しい。先駆者を押しのけるのか共同歩調を取るのか、いずれにせよ一筋縄ではいかない苦行だ。だが、アスカは成功を疑っていなかった。
あのショウゾウやイカイツのように、進む道を間違えなければ。想いを歪ませた結果、“しなければいけない”という義務から来る強迫観念に操られて捻じ曲がらず、自分だけが分かる熱を帯びた本心のまま、一途な光のように正しいと信じられる思いを続けることが出来るのならば。
――自分は勇者連合の中で情報を集めつつ、鍛え。
――ティーラとリュウドウも同様に鍛えつつ鶴橋で成り上がり、資金を蓄え。
――指名手配を出されたセロとシャンは、恐らく難波か西成に向かっている。
バラバラで、まるで統一感がない。だが、嘆く必要など何処にもない、なぜなら全員が生きている。
アスカはそう自分に言い聞かせながら、セロに対する想いを胸の中に封じ込めて、ため息をついた。見上げた空は相変わらず、淀み。だけれどもその向こうには見慣れた蒼がある筈だと信じながら、アスカは歩き始めた。
ティーラとリュウドウも同様に、足手まといにしかならず、置いていかれた意味を噛み締めながら歩き始めた。
その同時刻。離れた場所で―――難波寄りの荒野に居るセロとシャンも同じく、空を見上げて互いの仲間を想いながら、それぞれの道を歩き始めた。
それぞれの心を支える熱情を元に。
いつかきっと、もっと成長した自分の姿で合流できる日を信じながら。
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