35話:一つの終わりと

「……相変わらずだな、この街は」


降りるなり焼肉の匂いがしてくる。女は先頭に立つ男に向かって、指示を出した。


「明日までに接触する。目的の娘が最優先だ、急げ」


「了解」


冷淡で端的な声は、かつてこの国にあった軍隊そのもの。逼迫した様子で、女はため息をついた。


「今度こそ、だ。―――もう時間は残されていないのだから」




















夜の闇の中で一人になると、どうしようもない不安が湧き出てくることがある。自分が本当に正しい道を進んでいるのかどうか、日中には考えもしない悩みが噴出してくるのだ。この15年間、ずっと途絶えることはなかった。今代のイカイツを名乗る男は一人、鼻で笑った。


「何を今更。自分で望んだ道だろうに―――なあ、イクミ」


約束の廃屋の中、イカイツが闇に向かって告げた。声に応じるように、人影はのそりと姿を現した。


「そうだな。望んで見捨て、先に進んだ。俺もアザミも、それで良かった」


約束だった。生きている方が先へ。例え誰が落ちぶれようとも見捨てていけ、それで良かった。


二人の視線が交錯する。イクミは――ショウゾウに成り果てた中年は、目を見ながら告げた。


「説得なら聞かねえぞ……分かってるんだろうがな」


「ああ。最早取り返しがつかないことさえ」


しゃらりと、イカイツの腰元から片刃の剣が抜かれた。白銀のそれは夜の月のように艶やかで、僅かに灯る光を反射した。


ぬたりと、ショウゾウの懐から短剣が取り出された。刀身と柄の間にある赤い色の石が、何かを主張するように輝き始めた。


「――皆木修也ミナギ・シュウヤの名の下に告げる」


「ショウゾウの名の下に宣言する」


名乗り、睨みあう。命を奪うからこその礼儀であり、儀礼。一方的ではなく互いに結ぶ約束であり、手は抜かないという宣誓。


二人はほぼ同時に、今の自分の成り果てた魂を名乗りあった。



「飾り立てろ―――錆び暮れた芸術品バーントシェンナ・アートワーク



「腐り堕ちろ―――消炭割れた靴底ブレイズダウン・ロッテンソール



名前と心石に意志をかけて、二人は殺し合いを開始した。














「っ?! これは……!」


コンテナハウスの中、アスカはそれを感じていた。大きく揺らぐ波のようなそれは、使い手同士が本気で衝突している証拠だった。


隣を見る。そこには、寝こけたセロとティーラ、シャンの姿があった。万が一を考えてと、見張り役を買って出たアスカとリュウドウは、顔を見合わせた。


「……リュウドウ、此処をお願いできる?」


「待て、何を考えて……まさか一人で行くつもりか!?」


「あの男とセロを会わせたくないから」


会いたいと、セロは望んでいる。自分の復讐のことを深く考えるために、と表情が物語っていた。アスカは反対だった。堕ちるしかできない人間は生きている者を好んで引きずり込む、それが壮絶であればあるほどに。


今のセロの心は、危うい所で均衡を保っている。夢と現実で感情の見せ方が違ったのがその証拠だ。アスカは復讐の場面を見たセロが、復讐の側に傾くのが嫌だった。


「手は出さない。心配ないよ、きっと戻る」


そう告げるなり、爆音が響き始めた場所に向かって、アスカは走り始めた。恐怖に震える手を、隠すように握りしめながら。

















空振りをした剣が、柱を切り裂く。コンクリートも鉄筋も関係ないとばかりに寸断し、破片を撒き散らしていく。


剣閃は踊るように瞬き、ショウゾウの肉にいくつもの傷が刻まれた。


「ブランクあるんじゃ無かったのかよ!」


「弱い長に、誰がついてくるものか!」


叫び、イカイツは剣を横薙ぎに。余波の斬撃が天井を抉り、石の散弾が降り注ぐ。ショウゾウは障壁でそれを防ぎながらやり過ごす。


イカイツは、更に踏み込んだ。ショウゾウは―――イクミは遠距離での攻撃を得意とする術師タイプのためだ。得意な光爆は近距離で放てない、故に接近して一気に仕留めるつもりだった。


心石の名前が変わっている事には気が付いていた。だが、身につけた技術までもが激変するのは不合理だと判断しての行動。


――故に、ショウゾウが正面から踏み込んできた時に反応が遅れた。


短剣の柄にはめられた緑色の石が、キラリと光る。美しいその輝きを、イカイツは見たことがあった。直後にショウゾウが放った、剣技までも。


「飛燕六翔」


速度に偏重した斬撃が6つ。羽ばたくような剣の軌道の一つが、イカイツの右腕を浅く切り裂いた。


「ぐっ―――!」


「――


まずは一つ、とショウゾウが呟く。イカイツの能力を把握していたからだ。同時に、イカイツの収納から一つ、錆びた芸術品が落ちるなりグズグズに崩れた。


それこそが錆び暮れた芸術品バーントシェンナ・アートワークを元にイカイツが生み出した防御型の心戒、時は命なりThe time is life。時間をかけて作り上げた芸術品を代替に、敵の攻撃を減衰させる能力だった。


「この15年でいくつストックを増やしたかは知らねえがなぁ」


覚悟の上だと、ショウゾウは収納から一つの心具を取り出した。クズ石を燃料に、心素を流し込むだけで小さな火が灯すことが出来る、どこにでも売っている安物。


ショウゾウはそこに名前も知らない狩人だったものを詰め込んで、放り投げた。


ぴかりと光、爆発に変わる。爆炎と煙が立ち昇り、中から咳き込んだイカイツが飛び出た。直後、ブスリという音。ショウゾウは胸元を見下ろし、そこに突き刺さっているナイフを無造作に抜いた。


「咄嗟に放ったんだろうが、無駄だ」


2つ、と呟きながらショウゾウの短剣の柄にはめられた白い石が光る。たちまち傷が治っていく様子を見て、イカイツが顔を歪めた。


「やはり、その二つはあの子達の」


「お前が殺したなぁ!」


次弾、爆発。イカイツの懐から3つ目の身代わりが錆びて落ちた。冷や汗が、ぽとりと落ちる。全てを察したからだ。


「合成獣ではなく、お前の仕業か! いったいどれだけの命を……!」


「望んで差し出した! どうせ死んでた命だ、再利用して何が悪い!」


どいつもこいつも、ちょっと死にかけたぐらいで。ポーションも用意していなく、平和にボケ過ぎていた。自分は死なないと思っていたのだろう。むしろ善意だとショウゾウは嗤った。いつか無意味に死ぬ命を役に立たせたのだと。


追撃の一撃が、更にイカイツのストックを削る。錆びれ落ちた代替品に、怒りの声が混じった。


「その程度か! その程度の腕でお前は―――っっ!」


激昂したショウゾウがクルリと掌を翻した。見覚えのある動作に、イカイツは戦慄した。光爆を放つ時の癖で、いつまでも直らなかった。だが、今の心石の名前は違う、光輪の鶴翼陣ライト・ウイングスではない。


当たれば四方八方に衝突エネルギーを炸裂させる理不尽の代名詞だった、光爆ギルレイザは使えないだろう。


(―――なんて訳があるか!)


イカイツは回避を選択した、亀のように縮こまりながら。その選択が、命を救った。


夜の闇でなお、黒く輝くナニカ。気が付いた時にはもう、。グズグズに崩れた跡地の上で、イカイツは滝のような汗を流しながら、それを成した者を睨みつけた。


「……これが、今のお前の力か」


鉄筋という錆びる物質だけではない、コンクリートまで理屈を越えた勢いで劣化させられていた。集束した光砲で破壊するのとは違う、あまりにも違いすぎる力を前にイカイツはかつての親友の変わり果てた業に、怒りを覚えていた。


「仕留めきれなかったか」


応えず、ショウゾウの舌打ちが夜の空間に木霊した。これこそがイカイツの厄介な所だと忌々しげに、嬉しそうに。


時は命なりThe time is lifeの真価はただの防御じゃない―――それを盾に前線という前線で剣を振るってきた経験にある)


極限状態でこそ剣は冴える。その先頭でイカイツは何度も激戦を潜り抜けた。今となっては昔の話でブランクがあるため腕は落ちているのだろう、それでだ。


地力と極まった防御により、あらゆる策を真正面から打ち破ってくる。効力も見切られた、これからは極力減衰を使わないように立ち回るだろう。


強く、用心深く、上手い。そんな相手を確実に仕留めるには、圧倒的な物量で責め立てるしかない。それが、ショウゾウが15年もの時間を復讐に費やした理由だった。


例え、外法の代償に心石が黒く染まり堕ちたとしても。


例え、その影響で肉体のあちこちがボロボロになったとしても。


止まれなくなったショウゾウは、最善を尽くすことしかできなかった。復讐に走る以外の全てを許されなくなったあの日から、ずっと。


イカイツも、死にたい訳ではない。あの日の答えを聞き出すまでに殺されたのでは、この15年の意味がなくなる。そう思い詰めて致死の攻撃を回避、減衰しながら隙を見ては逆撃に努めた。


―――やがて、限界が訪れた。


錆びて堕ちたストックの中心で、膝を突き息を荒げているイカイツ。


対照的に、ショウゾウは息を荒げていたが、両の足でしっかりと立ったままだった。服には大きな切り傷がいくつもあったが、全てが治療されていた。


「……これで終わりだ」


「そのようだ。……だが、一つだけ聞かせてくれ。あの日、お前に起こったことを」


討伐後の15年前ではない、袂を完全に分かつことになった10年前。イカイツは、覚えている限りの自分の言葉を繰り返した。


「――“お前の無実は晴らされた。これからはフォローもできる、この街を守り発展させるために、一緒に頑張っていこう”……嘘じゃない、本心だった。なのに、どうしてお前は」


「それが原因だからだ」


ショウゾウの目に殺気が宿った。今までの漫然としながらも常態化したものではなく、刃のような苛烈さを思わせる鋭さで。


「孤児院出身だった俺は、それでもこの街が好きだった……守り、発展させるために命を賭す価値があると信じた。俺も、カナの奴もだ」


幼馴染であり、愛していた女。迷宮の奥に居た蜘蛛型のボスに巻きつけられた糸で首と背骨を捻じ折られて死んだ。それでも前衛兼タンク役だった彼女は、死の間際に仲間に障壁を張り、酸の唾を防いだ。


その一瞬に勝機を見出した“イクミ”は彼女と、他の徒党の死体ごと全力で光爆の方陣術を叩き込んだ。余波で他の徒党の者に掠り傷を負わせたことは覚えている。


だから、“イクミ”は言い訳をしなかった。死体を粉微塵にしたのは事実だからだ。恨まれるのは当然だ、それでもイカイツという男が残っているのなら後を託せる、ここで消え去っても憂うものはない。


「……利用し、利用されるのは当然だ。人を使う奴ならば当然のこと。綺麗汚いじゃない、自分の望みを達成できるかどうかだ」


故に、半ば冤罪であっても受け入れた。やり場のない怒りを抱えているのはお互い様だった。カナを失い、反論する気力を失っていた自分が間抜けだったと。口惜しい感情はあったが、街が苦しい時に更に揉めるよりもイカイツのためならばと賽の目を受け入れた―――その決断が穢されたのだ。


「見捨て続ければ良かった。俺達を踏み台にすれば良かった、なのにお前は―――」


「……ああ。自己嫌悪と後悔から解放されたかったんだ、俺は」


ショウゾウの言葉に、イカイツが答えた。


許されたかったんだ、と。


「裏切られ、日に日にやつれいていくお前を見たくなかった。カナを失って苦しむお前を――」


「同情して、見下して、手を差し伸べた―――5年も経って、自分が傷つかなくて済む理由が出来てからだ!」


何もかもが遅かった。冤罪を仕掛けた徒党は蔑まれるだろう。力がある徒党だったのに、信頼が損なわれる、街を守る狩人の発言力も。代わりに“イクミ”が得るのは手のひらを返された賞賛だけ。


悩み苦しんだ覚悟と決意と誓いの全てを穢された時、イクミはショウゾウとなった。


恨みと憎しみと怒りのままに、一人の男を殺すだけの存在に。


「……やはり、か」


「何がだ。何を……悟ったように諦めてやがる」


「気が付いていた。自分の過ちを」


イカイツは自嘲した。飛び込んできた可能性を前に、特に考えずに縋ってしまった自分の未熟さを。


最後の友が街を出ていった後に、昔から懇意にしていた武器屋の店主から罵られたからだ。あんたは自分が楽になりたいから、その一心で動いただけなんだと。


全てを知ったイカイツは、手遅れになった現実を知った。


知りながらも、進むことを選んだ。その結果が、今の立場だ。公私を問わず完璧に、理想の長として現ギルド長を立てながら裏で立ち回り、街の復興に尽力した。そうしなければならないという、義務感を胸に抱きながら。まるで逃げるように、15年前からずっと、10年前からは完全に感情を殺したまま。


だが、それを語った所で何になろう。イカイツは言葉を発さず、ただ立ち上がった。


幽鬼のような表情で、その顔にはいつものような覇気はなく。ショウゾウが、訝しげに問いかけた。


「……なんのつもりだ?」


どうして、と。だが、イカイツは答えない。


安堵の表情の中に、反抗する気炎は見えず。


「……イカイツ」


再度問いかける。だが、答えない。


「――イカイツ」


問いかける。だが表情だけで微笑んだまま。


ゆらりと手に持った刀を動かし、シュウゾウは黒く染まった手にありったけの心素をこめながら、叫びを上げた。



「シュウヤぁあああああっっっ!!」



「――イクミ」



最低限の義務とばかりに放たれた突きは、シュウゾウの頬を掠め。


入れ替わりに突き出された貫手は、皆木修也の命を終わらせた。



ずぶり、と貫通した掌が血に塗れる。力なく崩れたイカイツの体が、シュウゾウの肩に寄りかかった。


抱き合うような形のまま、イカイツは笑った。



「ごめんなぁ……約束、したのに」



この廃墟で、初めて出会った。父のやり方に反発していた。何に反発していたのかさえ分からず、一人になったあの日から何をしたいのかさえ見失った。


しなければいけないという気持ちのまま、10年。


―――やっと、終われる。


虚無しかない言葉を最後に、イカイツの身体は力なく倒れ伏した。


うつ伏せのまま、血だけが広がっていく。身体に心素はない、脈動も絶えた死体はもう何の言葉を発することもない。


その場に残された背中を丸めた男は、呆然と呟いた。


「……なんだ、それ?」


満足していた。望んでいたように聞こえた。やっとという言葉が、油のようにしつこく頭の中に残り、反響している。


勝ち組だったはずだ、自分とは違う、将来を有望視されていた。成功だけを掴み、余裕があるからこそ同情の心を見せた、その筈だ。


カナと自分との約束も忘れて、良い子ちゃんぶってあんな言葉を―――その筈だった、のに。


ショウゾウの頭の中をこれまでの記憶が駆け巡った。


この廃墟で出会ったこと、競うようにして力を高めあったこと、ライバルだと認めたこと、魔物の脅威と被害を前に手を取り合うしかなかった過去のこと。


そして、戻ってきてからのこと。たった一人、援軍もない。まるで殺されることを望んでいたかのような態度。


まさか、と思う自分が居た。だが、止まることは許されなかった。復讐とはそういうものだ、憎悪の気持ちは未だこの胸に、果たされたとしてもあの日に感じた憤怒の全てが消えた訳ではない。


裏切りの罪に贖えるものはただ一つ、殺して当然の筈だった、それが唯一の正解だった。なのにどうしてこんなにも、得られるものがないのか。


望んだ筈だ、なのにどうしてこんなにも虚しい。


周囲を見回した所で、誰も居ない。応えない、賞賛さえもなく、夜の静けさと暗さだけが残っているのだろうか。


「なあ……なんでだ? どうして、俺の周りから誰もいなくなったんだ?」


誰も、一人の人間でさえも。


ショウゾウは、縋るような声で物陰に向けて話しかけた。


「なあ……教えてくれよ、お嬢ちゃん」


懇願するように、繰り返す。


その問いかけに対して、問いかけられた隠れていた者は――アスカは応えず、逆に尋ね返した。


「私に聞かれてもね。これはアンタの復讐なんでしょ? ……たった一人、願うままに、周囲の仲間も手にかけてまで」


正しい悪いを論じるつもりはなかった。だが、力不足は認識していたのだろう。だからこその心核化で、命を手に掛けた。望んだ方法で望んだ結果を得て、どうして今更嘆くのか。問いかけるアスカに答えないまま、ショウゾウは自分の血で染まった掌を見下ろした。


「……鬱陶しかった。あの日、俺は怒りのままに全てをぶちまけた。だけどあいつらは、それでも何か別の方法が……やり直せる道がある筈だと諭してきた」


治癒術の少女は、キリはそれでもかつての友人と殺し合った所でなんにもならないと告げた。本当にそれを望んでいるのか、尋ねてくる所まで。


剣士の少年は、ジョナスは俺達が居ますから、と柄にもなく慰めてくれた。怒りなら俺にぶつけて下さい、復讐に堕ちると鬼になりますよ、と相変わらずの真っ直ぐに、事実だけを告げてきた。


イクミは、二人の言葉を疑った。以前からずっと、落ちぶれた自分を慕う二人が、イカイツが用意した紐付きの監視員だと思っていたからだ。


いずれ、裏切るんだろう。カナのように、仲間達のように居なくなる。


疑われた二人は、違うと必死に叫んだ。


その時、“イクミ”は証拠を出せと告げた。本当ならば、裏切っていないのならば自らの心石を出して誓える筈だと。


「その時の俺は、どうかしていた。混乱していたんだ。……復讐の方法を考えている自分も居た。薄々と、勝ち目が薄いことは分かっていた。イカイツを殺すなら、外法に手を染める必要があると」


功績を奪われてからの5年間、そうした誘いが多くあった。殴り斬り捨て知識だけを奪ったこともあり、その中に心核化―――神石の作成方法もあった。


「だから、二人に試した……裏切られているに違いない。術が失敗したのなら、それを証拠にして怒りのままに別れられるって」


「ああ。……だけど、心核化は


二人は無言で斃れ、それきり。


真実の証拠が二つ、転がった肉塊は顔だけを笑顔に保ったまま。


掌に乗ったそれを見たショウゾウは、呆然とした。


―――そして、戻れなくなった。そう呟く声は、自嘲を含んでいた。


ショウゾウは、その時に胸をよぎった感情を語った。


これで復讐を果たせるという暗い期待と、信頼を裏切った自分がどうしようもないカス以下のクズだと思い知らされてしまったこと。


「……だからこそ、アンタは止まれなくなった。“二人を殺した、ならば止まることなど許されない”って」


アスカは、その時の心境を推測のまま告げた。


後悔して止まるなら、あの二人の命はなんだったのか。無駄に散ってしまったのではないか。あの信頼も、道化のままで終わってしまうのではないか。


「だが……必要だったのは確かだ。俺だけでは勝てなかった」


心核化には代償がある、自分の心石の色がくすむ事だ。自己を信じられずに外部の誰かの力を頼ることを選択し続ければ、心の輝きは永遠に失われる。


出力も、その在り方でさえも。そして、先ほどの戦いを思い返し、間違いではなかったことも分かっていた。


だから突き進んだ。黒が混じった自分の石を感じ、ショウゾウは思い知らされた気がした。もう二度と、自分は元の場所には戻れないのだと。


他の街で情報屋を雇い、死なせてしまった二人の素性を聞いた後は更に。スタンピードの前兆だった狩場でカナと一緒に救った、新人の狩人だった。恩を返すためだろう、二人は5年間ずっと、自分を励ますためだけに。


落ち目の自分の仲間ということで、悪意に晒されていただろう。そんなことをおくびにも出さずに、時には料理を片手に宿にまで押しかけて来たこともあった。


―――もしかしたら、きっと。今の時のように復讐を果たす本心を明かしていれば、協力を。あるいは、別の何かの道を探すことにも協力してくれたかもしれないのに。


「だけど、アンタは裏切った。望んではいなかったという言い訳もあったんでしょうけど……二人を裏切ったことに絶えきれなかった」


盗み聞きしていた言葉が重なる。義務感だけで、人格者を務めていたイカイツのように。ショウゾウも、殺してしまったからという理由を言い訳に、しなければならないという強迫観念のままに、復讐を果たした。


「だったら、俺は……俺は、どうしたら良かったんだ?」


「私が知るもんか。でも、術を試した真意は別にある筈よ。……アンタは本当に力が欲しいと、そう思ったからこそ行使したんでしょ?」


アスカは、戻れない言葉を告げた。試した、という言葉に若干の嘘が含まれていると感じたからでもあった。


本当に大切ならば、そんな方法で試したりはしない。心の何処かで力を欲し、復讐を遂げたいという気持ちが勝ったからこそ、心核化の術法を試したのだ。


故にアスカは次に起きることを覚悟しつつ告げた。



「胸を張って、勝鬨を上げなさいよ―――仲間さえ捧げて辿り着いた、アンタが望んだこの行き止まりデッド・エンドで」



笑って、誇るといい。そうでなければ命を捧げた二人が、ショウゾウが、あまりにも憐れで無意味になるから。


告げられたショウゾウは、ぐにゃりと口元を緩めた。


きひ、きひひという声が溢れ始め、次第に笑い声は大きくなっていった。


誇るように、嘆くように、叫び声のように。



「―――何が起きた?!」


「おい、あれ……!」


「い、イカイツさん……!」



騒ぎに駆けつけた者達が集まってくる。そうして、見た。


イカイツの死体と、その返り血を浴びながら狂ったように笑う男の姿を。



「お前が……お前がこの人を!」


「許さん……懲罰を待つまでもない、ここで死ね!」



段々と増えていく者達は、逃さないと囲うような陣形を組んで、怒声と殺気を叩きつけた。それでも、男は笑ったまま。あまりに不気味な様子に、我慢しきれなくなった一人が方陣術を放った。


石の礫を放つだけの、咄嗟のことだったため殺傷能力も小さい術。ガツン、と小気味いい音がショウゾウの額から鳴り、その身体を大きく揺るがせた。


だが、それだけ。あまりにも迂闊だと、アスカが滝のような汗を流した。


「ばっ、何考えてんのよ!」


「うるさい、入ってくるな他所者風情が!」


「そんな事言ってる場合じゃ……!」


アスカは焦った。不意打ちならば一撃、致命傷を与えるのならば文句もない、尋常ではない様子は分かっている筈、なのにどうして刺激だけを。


そんな事をすれば、とアスカが拳を握りしめ。


予想していた通りに―――最悪の状況を呼び寄せた。


そこでようやく笑いを止めたショウゾウが、ゆらりと周囲の者達に視線を向けた。



「……んでだ?」



ぼそりと、呟く。切れた額から流れ出た血が、地面に落ちる。


倒れ伏すイカイツの躯の上に。


それを見たショウゾウが、呟きを重ねた。



「なんで……俺が生きてんだ? 俺が……お前らが」



ギョロリ、と正気を失った目が狩人達を見据えた。



―――踏み出しは、一瞬。目で追えていたアスカは、冷や汗と共に抜刀を。



ごとり、と囲っていた一人の首が地面に落ちた。



その断面から吹き出る血飛沫の雨の中で、ショウゾウは泣くように叫んだ。



「俺には、誰もいねえのに―――なんでお前らがのうのうと生きてんだぁああああああああああっっっっっっっっっっ!!!」



声と共に、タメられていた心素と神石を媒介にした術が弾け飛び。



四方八方に吹き抜けた腐食の嵐が、集まっていた者達を区別なく平等に蹂躙していった。



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