34話:背景

「原因の一つは外圧ですね“有志”という集団から脅しというか敵意をかけられてストレスに感じたセロさんが無意識に仲間との繋がりを求めていてそこにアスカさんの言葉により相乗効果が発生して私達全員が夢の中に招かれたのだとカチリという音は噛み合ったというか心界の域が定まったことを心石が報せてくれたのでしょうしかし規格外ですね寝ている時間を活用できるとは羨ましくて仕方ありませんってうわ私の持ち物全て出せます紙もインクも机までもこれなら外に持っていけずとも何度も練習できます革新ってレベルじゃないですよセロさんすごいすごいセロさんこうなればもう一生付いていくしか」


一人でまくしたてるシャンを遠くに置いて、セロ達は色々と話し合っていた。簡単な経緯を聞いたリュウドウなどは、義憤に駆られていたが。


「妹を、か……分かるなんて口が裂けても言えねえけど……その、元気だせよ。俺じゃあ力不足だけど、美味い肉は作れるから」


「というかこのゴブリンのリーダーさん何なの? 普通に負けるんですけど」


「方陣も展開してましたね……しかしこれがセロさんの修行風景、ですか」


それぞれの感想を前に、セロは何と言っていいのか迷った。取り敢えずホワイトボードを取り出して、この中で出来ることを説明し始めた。


意識すれば一部だが物を取り出せること。


方陣術は使い放題なこと。心素は消費するが、少し休めば回復するのだ。


所有物と強く認識しているのであれば、あっちでガリガリと方陣を書いているシャンのように何度でも作り出せること。


「じゃあこのゴブリンは? 生暖かい目で見てくるんだけど」


「なんか、作れた。強いし気が利くしたまにギャグを挟んでくれる粋なやつだ」


ジョークのつもりか桃色の髪を生やし出した時は本気で殺し合ったが、とセロはゴブリンの優秀さを語った。


「……原因を深く考えるより、修行が出来ると喜んだんですね」


鋭い指摘に、セロが頷いた。強くて数も揃えられるため、多数相手の模擬戦が劇的に捗ったことまで。


試しに見せてもらってもいいですか、とティーラが言う。セロは頷き、毎晩繰り返している修行の風景を見せた。


装備は現実のものと同様。ただ、相手はランク5か6になろうかという赤いキャップをかぶったゴブリンとその配下10名。いずれも剣に棍棒、鉈に弓まで持っている本気仕様だ。そうして始まった戦闘を前に、一同は絶句していた。


目まぐるしく入れ替わり、殺し合う―――そう、殺し合っているのだ。命さえ失われないが、互いに本気で肉と臓物を狙っての攻防を繰り広げている。


そこに、嘘はなかった。防ぎきれずに骨まで見える傷も、内臓まで達しているだろう刺し傷も、目の奥まで抉り入っている矢傷まで全て。


試しに頬をつねったアスカは、痛みを覚えたことに絶句していた。つまりは、セロはこの痛みを、あの傷の痛みを感じながらも戦えるのだ。


(どうして、そこまで―――)


アスカ達はその光景を見ていられなかった。流れる血も痛みに歪む表情も、現実のものと寸分違わないから。ビルボード・トレントの群れを前にした時のような必死の形相で、どうしてそこまでという想いが湧き出てくる。


(――大切だったから? そうだよね、きっと)


気がつけば、シャンまで黙って魅入っていた。その戦いは一時間続き、セロが何とか生きながらえながらも勝利することで終わった。


軽く息を吐いて、それだけで傷が治っていく。夢の中と言えばそれまでなのだが、少なくとも同じことを試す度胸を4人は持っていなかった。


「……大丈夫、なの?」


「ああ、こうして治っているから」


セロが笑顔で答える。そこに傷はなく、名残と言えば消えかかっている地面の血だけ。アスカは、それを見て悔いた。2年ずっと、厳しい修行を積んだというセロの言葉を軽く見ていたことに。


「……ごめん。ごめんなさい」


「え、なんで謝るんだ? むしろこっちの方が」


「でもそこに正座。うるさい口答えしない、早く!」


アスカは強引にセロを正座させた。そうでもしないと、押さえきれない気持ちが爆発しそうだったからだ。


ティーラも参加して、無茶を責める言葉をセロに叩きつけた。このままではいつか疲れる、心が保たない、痛みに押し潰されてと、次々に告げた後にセロは笑った。


「大丈夫だって。……強くなっているんだ。これだけは、止められない」


実感があるからこそ、他の方法なんて考えられない。そう告げたセロは、起きている間にも休憩は出来るとアスカ達に感謝を示した。背中を気にしなくていい時間を共に、言葉を交わすだけで幸せを感じられる。もう何もない自分だけど、互いに尊重しながら会話が出来る相手が居るのはありがたいと、満面の笑顔で答えた。


アスカは、思わず赤面した。いつもとは異なり、ストレートな言葉と素直な感情がセロの表情に映し出されていたからだ。同時に、違和感を覚えていた。


(違いすぎる、あまりにも。さっきまでのセロとは……ううん、きっとこれが)


もう一度セロを見て、アスカは下唇を噛んだ。その表情はまるで子供だ。10歳相応の少年そのものだ。取り繕うこともなく、世界への不信も何もないセロという人間の根本がここにはある。


夢だからだろう、余計な虚飾で自分を隠せないでいる。勘付いたアスカは、意識的ではなくとも秘密を暴いてしまったような罪悪感を覚えていた。


だが、良い笑顔だった。素敵という表現を使うのに躊躇う必要もないぐらいに。幸せなその表情を前に、アスカは叫びたい気持ちの全てを飲み込んだ。


「……取り敢えず、時間もできたことだし」


「色々とお話、ですね」


身体が休んでいるのなら、寝不足を気にすることもない。方陣を描きながらヒャッハーと雄叫びを上げているシャンを他所に、4人は話し合いを始めた。


戦術から修行、今後のことについて、いつしか時間も忘れて朝まで話し合った。


最後に、アスカは現出したセロの心石、“無色の血塔カラーレスブラッド”の固有能力について自分なりの意見を出した。


「……相手の防御、というか心素を無視してる?」


「の、ように思えるの。フレイムウルフもそうだけど、ビルボード・トレントも」


貫手で一撃だったり、アイアントードもそうだが、こめられた心素量と結果に差があるようにアスカは感じていた。


特にビルボード・トレントだ。炎で多少は弱っていたとはいえ、踵落としだけでああも見事に引き裂いたりできるのか、とアスカは疑問に思っていた。


「無色、っていうのもね。何にも色付けされない、染まらないっていう意味なら理由は分かるでしょ?」


「ああ……強化や干渉も、多少なりとも心素に含まれる“色”が関わっていると聞いたことがある」


心石使いには独自のカラーを持っている。生まれ育ち素性に血筋などが影響するものだが、それは心素という方向性を決めるものだ。


変じて強化、干渉の方向性を決めるものだが、セロは多少なりともその効果を無視しているのではないか、というのがアスカの推測だった。


だが、決定的とは言えなかった。先の戦闘の時にも観察したが、ビルボード・トレントの時のように明らかに無効化しているようには見えなかったからだ。そうなると、何らかの条件が出揃った時にセロの無色の特性は強くなるのか。


色々と意見を出し合っている内に、夜が明けた。


気がつけばコンテナハウスの中、起き上がったセロは胸の上に重みを感じた。


「ん、うぅ……あれ、ここは?」


「おはよう、アスカ」


「セロ? うん、おはよう………っっっ?!」


アスカは無言の叫び声を上げながら飛び起きた。顔を真っ赤にしながらセロを指差す。セロは頭をポリポリとかきながら、困った顔になった。アスカの無防備な顔を間近に見てしまったからだ。


「……そういや、頭を撫でられてたっけか」


「そ、そうね。そのまま引きずり込まれた感じだし」


気まずそうにセロが告げると、アスカが赤い顔のまま仕方ないを連発しながら何度も頷いた。それから朝食を済ませて帰路についたが、セロとアスカはずっと気まずそうにしたままだった。


「なあ、ティーラちゃん。あの二人ってそうなのか?」


「……知りません」


ティーラは不機嫌な様子でジト目になっていた。これはしくったか、とリュウドウは助けを求めようとしたが、残るシャン新作方陣の構想を練っているらしく、ぶつぶつと何かを呟くだけ。


まあいいかとリュウドウは深く突っ込むことを止めにして、街までの道を急いだ。


それから二時間後、セロ達は街に戻っていた。そしてギルドで依頼の達成報告と換金を済ませていた時に、ある噂話を聞いた。


最近になって狩人の死者が増えている件だ。新たに発見された死体は、ベテランの男の狩人一人分。酷く損壊した遺体から、合成獣の仕業と判断。だが、合同して討伐に当たっていた者から目撃情報があった。何でも、普段は見かけない狩人らしき男が、そのベテラン狩人を引きずって連れ去っていたという。


ギルドからも正式に通達があり、容疑者らしき男の概要も伝えられた。そして、セロ達はその特徴に覚えがあった。


『セロ、これ』


『……あのショウゾウっていう胡散臭い男だな』


自分と同じ復讐者と告げた、壮年の男。まっとうな人間には見えなかったが、セロはあの男がここまでの事をしでかすとは思っていなかった。


『……もしかしたら』


『どうした、アスカ』


『犯人かもしれない。狩人だけじゃない、あのイカイツの孫を殺したのも――』


あの強盗犯、最初に退けた時のことをアスカは思い出した。何となくで済ませていたが、。イカイツ自身を貶すような発言も、それに繋がっているのなら。


『……どうする?』


『あの武器屋のおばさんの所に行こう。服ももう少しで仕上がる』


話を聞きに行くついでに、仕上げの瞬間を見てもらう。報告するのはそれからで良いとセロが告げ、アスカも妥当だと判断した。


自分達がこの街にとっては外様であり、狙われているらしいイカイツの派閥とは半敵対関係にあるからだ。嫌悪している相手から未確定の情報を告げられても、撹乱として見られるかもしれない。悪ければ犯人の一部だとして無実の罪に訴えられる可能性だってある。


『……警察みたいな組織があればね。落ち着いて話が出来たかもしれないのに』


『確か、“賄賂を受け取らず公平で理不尽も少なく、罪に応じた罰を受けさせるために犯人を捕縛する組織”だったか―――そんな存在が居てくれればな』


『あるいは、正義の味方とか』


『初耳だな……自分に都合の良い正義だけを信じている奴のことか?』


つい先日も見たな、とセロは“有志”のことを思い出していた。あの炎の男も、マコトとかいう死んだ奴も。


そして復讐に生きているショウゾウも。もしも復讐を正しいと信じているのであればその根底にあるものが何なのか、犯人かどうかという話とは別にセロは知りたくなった。


それから一行はギルドを出て、商店街の奥へ。目的地である武器屋の扉を開けた先には、驚いた店員の顔があった。


「なんだ……あんた達かい」


「約束の服を見せに来たんだけどな」


「そうだったね。……そこに座っとくれ」


用意された椅子にセロ達は座った。店員は―――カオルと名乗った女は、茶を出しながら語り始めた。


「最初にイカイツの野郎が来るなら、って覚悟はしてたんだけどね……そこまで耄碌しちまってたとは」


「……つまり、孫を殺したのは」


「あんた達を引っ張ってきたロクでなしさね。本名は渡良瀬生三ワタラセ・イクミ。15年前の鶴橋じゃあ“光爆の生三”で名前が通ってた上級狩人さ」


イクミはスタンピードからの大侵攻を食い止めた英雄の一人だったという。鶴橋でもトップクラスの徒党に所属していた彼は、街を守った後の迷宮攻略に名乗りを上げた。ギルドからの緊急指名依頼だったという。ベテランの探索者が所属している他の徒党と即席のチームを組み、総勢40人で迷宮の奥へ挑み、遂には核を砕くことで街に平和を取り戻した。帰ってきたのは、イクミを含めて6人。その中にイクミの仲間は居なかった。


「……緊急指名依頼を受ける、ってのは使い手にとっちゃこの上ない誉さ。居住区を失っちゃあ私達人間は生きていけない。全員、ほぼ全てだ。それを守るために死んでこい、って言われんなら使い手冥利に尽きるもんだ。だけど――あのイカイツが、依頼主が、突入した戦友がまさか不義理に傾くとはね」


生き残った6人の内、5人全員から証言があった。“俺の仲間はイクミの方陣術―――光爆塵に巻き込まれた”と。


ギルドは困った。物的な証拠はなかった。迷宮は崩れたため、仲間の死体を探して検証も不可能だった。


英雄達が6人に、訴える者が5人、街は困窮して明日も見えなく、これから一丸となって復興していかなければならない。それでも、とカオルは信じていたらしい。


「イクミはこの街で育って、この街を守るために戦った。30年来の幼馴染も居たんだ。腐れ縁だって本人は言ってたけどね。……ただ、この戦いが終わったら結婚するつもりだったとは聞いている。そして、イカイツもそれを知っていた」


だが、結果は違った。ギルドは5人の証言を認め、イクミから功績点を剥奪、資産まで回収した。討伐に参加したことで懲罰者による処分は避けられたが、渡良瀬生三は全てを失った。


それでも、5年ほどは鶴橋に残っていたという。イクミの人となりを知る者達から、おかしいという声も上がっていた。


「イクミは……それを信じたかったんだろうね。どうあっても故郷だ。人柄を慕う者も多かった」


しばらくは年若い仲間と、狩人として活動していた。女性の治癒術師や、優秀な男の剣士を連れ、彼らを鍛えつつ街を守るために魔物を殺し続けた。


カオルも元気づけた。同じように育った仲で、武器や防具などを融通したこともあった。

そして、5年後に転機が訪れた。訴えを出した5人の内、3人が罪悪感に耐えかねて真実を告げた。イクミの当時の攻撃について、危うく当たる所ではあったが、彼と仲間の捨て身の活躍でボスは倒せたのだと。全ては濡れ衣だったと、ギルドに訴えを取り下げた。


―――そこから、全てが狂った。カオルはあの日のイクミの顔が忘れられないと、青ざめた顔で告げた。


「通達に来たのはイカイツの奴らしい。そこで、あいつはイクミに何かを告げた」


「それで……どうなったんだ?」


「3日後に、姿を消した……ティーラって言ったね。お嬢ちゃんの服は出来たのかい?」


「あ、ああ。最後の仕上げはまだだけど」


「あと少しだろう。なら、待つさ」


セロは戸惑いながらも服を仕上げた。そして、更衣スペースで着替えてきたティーラを見るなり、カオルは懐かしそうに眉を緩めた。


「綺麗だね……金色の髪によく映える」


「あ、ありがとう……うん、着心地も良いよ」


「良かったね、お嬢ちゃん。……あんたみたいないい子だったよ、あいつの仲間の女の子は……スミレちゃんは、何度もあいつを励ましてた。いつかきっと誤解は解けますからって、剣士の坊やがうらやましがるぐらいに」


悲しそうに笑いながら、カオルは告げた―――イクミはその治癒術士のお嬢ちゃんと男の剣士を殺して街を去った、と。


前後の目撃情報から、間違いなくイクミが犯人であると結論付けられた。遺体には外傷が無かった。だが、心石使いであればハッキリと分かる違和感があった。


「死体が発見されたのは、イクミの奴が姿を消してから10分後。その時にはもうお嬢ちゃん達の死体からのさ」


「……“心核化”」


「知っているのかい、外法の極みだってのに」


「……セロ。それって、どういうものなの?」


「簡単に言うと、心石を抜き取り現実に固定する術法だ。固定された石は心具とは比べ物にならないぐらいに強力な“神石”になる」


それを自分のものにすれば、元の人物の固有能力や継承魔法を扱えるようになる。心具併用タイプの剣にはめれば、劇的な強化が見込める上に特殊な能力も付与することが可能になる。


だけど、死ぬのだ。抜き取られた人物は例外なく死に至ることになるため、心核化を扱う使い手は外法者と忌避されていた。


ずっと昔、魔物が強く人類が劣勢に追いやられていた時代。居住区を作るために足掻いていた使い手達が少しでも戦力を強化するために編み出した苦肉の策だとセロは教わっていた。使命に殉じた者が成る者から、神石と名付けられた。


作る方法は簡単で、現出した心石を手にしながら言葉での譲渡契約を交わした上で、心核化の定義魔法マジックを使うだけ。収納とは違って一般には公開されていないが、扱える者はゼロではない。言霊による契約が重要で、互いに信頼関係が無いと使えないため、無理やりに作るのは至難の業とされていた。


それを、ショウゾウは―――イクミは使った。恐らくは信頼してくれていた仲間を言葉巧みに騙して、神石へと変化させて殺したのだ。


「……本来なら外野がどうこう言う話じゃないさ。使い手になった以上、生き死には本人達の責任だからね。ただ、それはお嬢ちゃん達が納得して譲渡したっていう前提があってのことさ」


「つまり、イクミが二人を騙したっていう確証が?」


リュウドウが告げると、カオルが苦笑をこぼした。


ちょうどアンタの店だったね、と悲しそうに告げながら。


「“元気を出してもらうんだ”って幻屋の特上コースを予約したって自慢してたからね。……あんな笑顔を浮かべてた娘が一時間後に自ら死を選ぶだなんて、誰も信じちゃいないさ」


証言もあり、イクミが犯人であることはほぼ間違いないと結論付けられた。だが、偽証を優先したという後ろめたい過去があった街やギルドの人間は、イカイツを含め誰もイクミのことを追求できなかった。


この街を去ったのは幸いだと、臭いものに蓋をするように、全てを無かったことにした。しばらくして偽証をした5人は裁かれ、街の有力者はイカイツだけになった。


以来、イカイツは街のために尽力した。聖人のような人格者であり続け、街が元以上の姿になるまでずっと。そうして、寄付による富や、信望を集める最大の成功者として讃えられるようになった。一方で、追い出されたイクミは―――ショウゾウと成り果てた男は、どうなったのか。あの風体を見れば、幸せだったとはとてもいい難かった。


「戻ってきた目的は、本人が言っていた通りだよね……復讐の標的が誰かなんて、言うまでもない」


「孫は前座だな。見せつけるように殺した、っていう気持ちは分かる」


一気に晴らすのは勿体ないからだ。自分が小太り社長の部下から先に皆殺しにしたように、大事な大事な復讐相手だからこそ大切にしたいと思っている。


問題は、露見した時点でこの街を敵に回すという事が分かっているのに実行した理由だ。


「狂っていれば厄介だけど、狂っていなければより厄介だな……」


「え、逆じゃないのか?」


「いえ、セロの言う通りよ。素面で勝利を確信しているのなら、それに見合う“何か”を持っているってことだから」


邪魔をすれば容赦しないだろう、本気の全力で殺しにくる。恐らくは戦力と経験の両方で上回っている相手に、どの程度まで通じるのか。そして、目撃されたという情報が出回っていると気付いたショウゾウがどう出るのか。


(危険だからと避けるのは簡単だけど―――)


事全て上手くいくと仮定するのは危険だ。もしも遭遇した時に自分は勝てるのか、殺せるのか、守ることができるのか。


セロは震える拳を握りしめながら、仲間の顔をじっと見つめていた。














鈍色の空を見上げた所で、何も解決しない。昔、そう告げて笑った者が居た。


自分達3人は親友であり、仲間だった。魔物だ迷宮だなんてくだらない、俺達でこの街をもっと大きくと、約束を交わしあった。



「だから分かっていたよ。いつか、こんな日が来るってことは」



執務室の中、イカイツは背もたれに体重を預けた。昼下がりの窓の外からは淀んだ雲からこぼれた光が僅かに差し込み、窓が少し開いているからだろう、誰かの談笑の声が聞こえてきた。


イカイツはその声に椅子が軋む音を混ぜさせながら、目の前の侵入者に向けて尋ねた。


「タクマは……最後は、勇敢に終われたか?」


「ああ、最後まで変わらずさ。弱い者に対しては勇猛だった、女を一方的に殺すぐらいに」


「……やはりか」


イカイツは視線を落とした。赤坂エリは巻き込まれた訳でないと分かったからだ。


それでもイカイツは構えず、警戒さえしないまま堂々とした態度で目の前の旧友に向けて話しかけた。


「時間と場所は?」


「明日の夜、0時ちょうどにあの廃墟に。何人呼んでも構わんぞ」


「一人で行くさ。もう、巻き添えは無しだ」


「何を今更……まさか、逃げないでくれよ」


「それは無理だな」



20年ずっと、逃げ続けるには長い時間だった。


イカイツがそう答えた途端、ショウゾウの全身から殺気が漏れ出た。


だが、ここでは勿体ないと呟き殺気を収めると、来た時と同じように音もなく去っていった。


影のような存在が消えた後、その余波だけで焦がされた絨毯を見たイカイツは深いため息をついた。



「……失った時は戻らず、か」



疲れ果てた老人のような声。


その問いかけに答える者はおらず、窓の隙間から穏やかな風が部屋の中へと入り込んだ。



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