33話:願うべきは
「――なんだって?」
セロは聞き返した。早朝から押しかけてきた、ギルドの精鋭だけで編成されたという部隊を前にしながら。
「何度も言わせるな。お前達には殺人の容疑がかかっている。大人しく我々に連行されてもらおうか」
「殺人……誰が、誰をだ」
「貴様たちが! あのイカイツ殿の孫をだ!」
我慢できなくなった、自称“有志”の男が声を荒げた。ティーラがびくりと肩を跳ねさせ、アスカがぴきりと額に青筋を浮かべた。
「経緯が全く分からないんだけど……何の根拠があって言ってんの?」
「それをこれから取り調べると言っている」
「それこそ訳が分からない。え、なに、アンタ達
「……これ以上被害が出ないように、先手を打たせてもらったまでだ。とにかく、貴様たちには嫌疑がかかっている」
「それを説明しろっていう話だろ? ……というか、タクマ君が死んだって、マジなのか」
「お前は、幻屋の三男坊か……!? っ、それが鶴橋に住まう者のやる事か!」
殺気が含まれた怒声に、ティーラが怯え、セロの背中に隠れた。
以前の街で受けた仕打ちを思い出したのだろう、涙目になった。それを感じたセロは、無表情のまま腰に下げられた鞘から剣を抜き放った。
「貴様、やはり……!」
先頭の男が汗を流しながら叫ぶ。セロは、その様子を冷めた目で見ていた。心の中に浮かぶのはただ一つ、このまま黙っていても殺られるという確信だけ。
言葉が無力なことをセロは知っている、あの時もそうだったからだ。
数は多いが、それだけ。アスカ達は逃して自分が留まれば十分に生還は可能だ。セロは隠れている者も含めて敵の数を把握すると、地面を強く踏んだ。
びしり、とアスファルトに亀裂が入る。腰を落として、後は始まりを待つだけだ。誰かが戦意を見せれば、ここは殺し合いの世界になる。セロは静かに、その時を待った。
だが、一向にその時は訪れない。そういうつもりで来たのではなかったのかと、セロの思考に苛立ちが混じった。感じられるのは、他力本願の気配。先頭に居る者はともかくとして、後ろに控えている者たちは明らかに怖気づいていた。まさか、こんな事に、俺じゃない、逃げたいという顔ばかり。
それでも、殺気と共に対峙していれば空気が緊張していくのは止められない。
――その空気は、横合いから飛び込んできた声により霧散させられた。
「そこまでだ、小僧共」
野太い声に、根拠のある自信が乗った風格。突如現れた人物を、セロは見た覚えがあった。リュウドウの店に串焼きを買いに来ていたその人物は、
男は場を見回した後、詰問に来ていた者たちを睨みつけた。
「どういった理由で囲んでんだ? お前だよ、先頭に居るお前。説明してみせろ」
「そ、それは……タクマ殿の殺人容疑がありまして」
「こいつらが、ってか? ならギルドナイトの出番だろ。木っ端風情が何を出しゃばってんだ」
男が睨みつけるだけで、糾弾していた者たちは喋れなくなった。
「そっちもだ。さらっと殺し合いに発展させてんじゃねー……お? ……リュウドウ、てめえここで何やってんだ」
「え、その、弟子入りっす。そしたら急に絡まれて」
「……まあ、いい。とにかく、全員ギルド行くぞ」
ここで白黒をつけないと、舌の根も乾かぬうちにまた揉め事が起きる。流石にそれを放置はあり得ないと、男――アギトは告げた。
セロ達は不満を覚えていたが、これ以上ややこしい事態になるのはゴメンだったため、付いていくことにした。
途中で殺創旅団の団員とも合流して、ギルドへ。中に入ったセロ達は奥に案内された。3階にある第一会議室という、広い場所。そこに入ると、先日見た時より10は老けたように見えるイカイツの姿があった。
「……アギト? どういう事だ、彼らは」
「勝手に犯人を決めつけて
その言葉だけで事情を察したのだろう、イカイツが深いため息を吐いた。一方で、隣に居る勝手な者たちはセロを横目で見ながら怯えていた。
(……ああ、そういう事ね。ホテルの件も独断ってことか)
アスカは視線の意味を察した。宿泊拒否は有志とやらが勝手に行ったことで、イカイツは知らないらしい。それをチクられるのを怖れているという訳だ。タクマを殺害したのが自分達なら、動機にもなりかねないと。アスカはそれを念話でセロ達に伝えると、思っていた通りの答えが返ってきた。
最早どうでもいいのだ、嫌がらせのことなど。コンテナハウスというアイデアを引き出してくれたことに、むしろ感謝すらしていた。
イカイツの孫の事も同様で、セロ達にとっては過去の人で興味さえ湧かない。だが、死体の損壊状況については引っ掛かる所があった。アギトも同様なようで、あまりに酷い損壊状況から確証に近い推測を言葉にした。
「怨恨、だな。相手の本当の狙いは、タクマ本人か――」
「私だな」
アギトの視線を受けたイカイツが、視線を落とした。
場に沈黙が満ちていく。まさか、と口にする者も居たが納得できるような理由を用意できず、ぐだぐだに。最終的には犯人を指名手配に、賞金がかけられることになった。
セロ達と有志の人間は、どちらも厳重注意に。アスカはどうして自分達が、と不満げだったが、実害が無ければ特に気にすることでもないというセロの言葉に従った。
解散となり、ギルドの広間に出る。セロ達は拠点に帰るつもりだったが、横から話しかけられた。振り向けば、有志の先頭に居た男が眉間にシワを寄せていた。
「……どういうつもりだ? なぜ、イカイツ殿に」
「興味がない」
セロはハッキリと告げた。お前達にも、イカイツという男にも、何もかも。
「だけど、邪魔立てするなら話は別だ。……それと、大勢で囲って怒鳴りつけるな。こっちには繊細な女の子が居るんだ」
セロに見られたティーラが、嬉しそうに頷いていた。私もか、とアスカが照れているが、1000歳と聞き間違えたのだろう、315でしょお婆さんと念話で告げたセロは、思い切り足を踏まれた。
うんうんと頷いているシャンは、リュウドウに胡乱げな目で見られていた。リュウドウ的には、味付けしているとはいえ魔物の肉を遠慮なくもっさもっさと食べる女は繊細の範疇には入らないのだろう。
告げるなり1階に降りたセロ達は、どうせならと個人依頼を見た。狙うべきはこの街周辺でこなせるものだ。隣街――玉造や桃谷までの移動護衛や、迷宮内の探索は除外し、割の良さそうな依頼を物色していく。
その隣で、でかでかと新しい紙が張られていた。商店街で起きた殺人事件の犯人に関するものだ。目撃情報に200万、生け捕りオンリーだが捕縛をすれば2000万と被害の規模の割には破格の値段だ。
だが、セロ達はそれを無視した。言いがかりとはいえ嫌疑をかけられたからだ。犯人捜索の途中で自称有志のような者達とかち合った場合、先ほどのような事態に陥る可能性が高い。余計なことはゴメンだ、というのがセロ達の総意だった。
その後、セロ達はトレント系の魔物の討伐依頼を受けた。南の荒野で繁殖しつつあるジャイアント・トレントの討伐と、素材の回収という内容だった。
ジャイアント・トレントは木材としての有用性が高く、軽くて頑丈なため木造の建設物などに使われているという。基本報酬は200万、素材の量によっては追加の報酬が出るという。
群れの中にビルボード・トレントが混じっているらしく、他の狩人達にとってはあまり人気のない依頼らしい。そういった事情もあり、依頼の受注はスムーズに済んだ。
朝食後に出発を、と拠点に戻ったセロ達だが、そこに見慣れない人影があった。強化した視力に、拠点の周囲を囲んでいる者たちが映る。少し解れた服に、小柄な体躯、不安を抱えた眼差し―――どう見ても子供だった。
見張り役は5人、木の枝を両手に持ちながら怯えるように周囲を警戒している。入口では、針金を掴みながら鍵開け役が四苦八苦する様子が見て取れた。
「――アスカ」
「……うん、ごめん」
「いや、俺も同じ気持ちだ……リュウドウ、あれは孤児院の子供達か?」
「ああ、近所で有名な悪ガキ共だ。危ないから
一応は市民であるらしい。それでも気を使う理由もないため、セロ達は普通に拠点に戻った。途中で気が付いたのだろう、子供たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「……なんだったのかしらね」
「ただの物取りでしょう……セロさん、どうしたんですか?」
「……いや」
セロは首を横に振った。子供とは異なる視線を感じたような気がしたが、探ってみても気配は無し。思い過ごしだったと、セロが答えた。
それから、セロ達は準備を済ませて外へ。最後にシャンがコンテナハウスを収納すると、依頼を果たすべく目的地に向けて走り始めた。
体力作りの一環としてセロが提唱したからだ。ジョギング程度の速度のため、歩幅が短いティーラでも付いていくことが出来た。
走り始めて5分後、人の気配が無くなった頃に、アスカがリュウドウに話しかけた。
「それで、実際の所はどうなの? 恨みを買いそうな人には見えなかったけど」
「俺も同感だ。復興にも精力的だった、ここ20年であの人に関しちゃ悪い噂さえ流れたことはねえよ」
ならば、タクマ自身に向けられた恨みだろう。それよりも戦闘の話を、と言いかけた所でセロ達は魔物と遭遇した。
デミオーガが4体、棍棒を片手に編成を組んでいる。あちらも気が付いたのだろう、殺気立ちこちらを睨みつけている。
「――頼んだ、ティーラ」
「はい」
出発前の打ち合わせ通り、昨日の内にシャンから購入した方陣を実戦で試すべく、ティーラは方陣を展開した。虚空に白色の方陣が浮かび上がり、心素が巡り赤色に染まっていく。
対するデミオーガは慌てたように持っている棍棒を投げつけて来たが、リュウドウの障壁を前に呆気なく弾かれた。
「行きます――
宣言と共に、方陣から槍状の炎が3つ飛び出た。一つが顔に命中して即死、一つが腹に命中して悶絶、最後の一つはデミオーガの肩を掠るだけに終わった。
同時にセロが飛び出す。無表情のまま、無事なデミオーガへの間合いを詰めた。互いに攻撃が届く距離に、一刀で勝敗が分かれる一瞬。デミオーガは棍棒を振り上げ、直後にその首から上が飛んだ。
「“一閃”――アスカ!」
「ほい、っと」
応えたアスカも回り込むように前へ。肩の火傷により動きが止まった一体に向け、地を這うような姿勢で襲いかかった。
「ガアっ!」
痛みにより反応が遅れたものの、デミオーガの薙ぎ払いの一撃が放たれる。力が入っていない雑なそれを、アスカは見た後に潜り込むように回避、一歩踏み出して跳躍し、デミオーガの膝を足場に駆け上がると、首筋に短刀を走らせた。
「――“風切”」
宣言と同時、風をまとった鋭い一撃がデミオーガの首を半ばまで切り裂く。アスカが着地すると同時にデミオーガは緑色の体液を撒き散らしながら、白目を向いて後ろ向きに倒れ込んだ。
悶絶し泡を吹いていた最後の一体に、トドメを。10秒もかからず戦闘を終えた後、信じられねえとリュウドウが呟いた。
「簡単過ぎるだろ……こいつらも、油断できねえ魔物なのに」
「開幕の一発が効いたからね。それにしても、凄い威力だったわ」
赤の素質がランク9というだけはある。デミオーガの火傷痕を見たアスカは、自分ではこの威力は出せないだろうと感心していた。
「そんな……シャンさんのお陰です。複数化に加速までかけてくれたし、正確さもすごくて」
狙った通りに飛んでくれるため、ズレや補正を考える必要がないとティーラは興奮していた。アスカは驚いた顔でシャンを見た。
「えっ、ズレないの?」
「は、はい」
「羨ましい……私も、お金貯まったら買おっかな」
武器はいい感じだし、とアスカは青いチタンナイフをくるりと回した。心素をこめると風の膜により鋭さが上がる仕組みだが、これは自分にあっているとアスカは手応えを感じていた。
軽装服により防具の重量も軽減している上に、動きを全く阻害しない作りになっている。唯一の欠点と言えばボディラインが出やすくなる所。上着を羽織っていないと視線を集めやすくなるのだ。
(セロは気にしないし、リュウドウは……割と見てくるわね)
気づかれていないと思っているのだろうが、尻のあたりに視線を感じることがある。でも、襲うような度胸もなさそうだし、とアスカはスルーしていた。あまりにもセロが気にしていないことへの反動でもあった。
そのセロは、新しい剣の切れ味に満足していた。強化がすんなり通るし、何よりも頑丈だ。握りの部分も手になじむようで、斬撃の冴えが3割上がったようにも感じる。
調整のためには、とにかく戦闘、戦闘、戦闘だ。
勢いづいたセロ達はその後も魔物を狩りながら南へ向かい、ジャイアント・トレントを狩り尽くした。想定外だったのは、あまりに興が乗リ過ぎて日が落ちるまで留まってしまったことだ。
今から帰ると夜の中を帰る羽目になるからと、セロ達は一泊した翌日に帰ることにした。
幸いにして、コンテナハウスを置くスペースには困らない。夕方の内にリュウドウが調理しておいた焼串を片手に、コンテナハウスの中では反省会が行われていた。
「調子に乗りすぎちゃったわね……不意打ちも痛かったし」
アスカはビルボード・トレントの鞭のような攻撃を受けた後を擦っていた。即座にティーラの治癒を受けたため痕は残っていないが、飛び上がる程に痛かったことを思い出し、身震いしていた。
「悪いな、そっちまでカバーできなくて」
「何言ってるの、ティーラとシャンを守るのが役割だったでしょ? 最後なんか身を挺して庇ってくれてたじゃない」
障壁が間に合わないと、リュウドウは身体を張ってトレントの一撃を受けていた。急所を回避できるだけの余裕はあったため、大事には至らなかった。
「あの時はありがとうございました。このフレイムウルフ肉の串も、とても美味しいです」
「ああ。肉の臭みも少ないし、タレの加減もかなりいい感じだ」
「そ、そうか? 普段より集中は出来ていたのは確かだけど」
ティーラとセロの感想に、リュウドウは嬉しそうに頷いた。
――生まれてはじめてだった。荒野の中に挑むのも、その中で調理をするのも。見張り役としてはセロ達が居たが、長引くとどんな魔物から奇襲を受けるか分からない。リュウドウは恐怖を覚えながら、とにかく手早く、無駄なく調理しようと強化まで使いながら必死な様子で料理に集中していた。
幼少の頃から積み上げた経験のまま、手が動くままに、直感に任せて作り上げた串は、今までのものより1ランク上の旨味があった。
何より、共に戦ったセロ達に美味しく食べてもらいたいという気持ちがこもっていた。売り物にするにはまだまだのレベルだが、リュウドウは何かを掴めたような気がすると、手応えを感じていた。
「シャンは……どうした、急に立ち上がって」
「ごちそうさま」
告げるなり、シャンは更衣室で着替えると奥の作業場に向かった。不思議に思ったセロが尋ねた所、インスピレーションが刺激されたという。
方陣飛び交う狩場に一日中留まっていたのは初めてで、終わったと思うと創作欲がムラムラと湧いてきたと、シャンは興奮気味に話した。
褒められる以上に高揚しているようで、言葉では止まらないだろう。何か方法はないか、と考えたセロはそういえばとメモ帳を取り出した。
ラナンからの教えをまとめたメモの中には、方陣に描かれた紋様の効果一覧という項目がある。手渡されたシャンは訝しげな様子で読み始めた。
1枚目、2枚目はつまらなそうな様子で。3枚目、4枚目とパラパラめくるごとに顔色を変え、5枚目、6枚目になると血走った様子でメモを見ていた。
効果ありと見たセロは、ヒョイとメモを取り上げた。あっ、と声を上げたシャンは親の仇を見るような目でセロを睨みつけた。
「……返して」
「いや、俺のだから」
「お願い、何でもするから」
「何でも、って……アンタねぇ」
アスカは呆れ声を上げながら、この調子でどうやって生きてきたのかと心配になった。この身体に容姿と性格を考えると、一人のままであれば良からぬ輩を引きつけては騙されていただろう。最終的には口には言えない所まで堕とされていたなと、アスカは妙な確信を抱いていた。
「何でもは要らない。たった一つ、睡眠は取ること」
「………何時ぐらい?」
「今日は22時までだ」
セロは告げながら、メモの一部を渡した。シャンは不満そうに見るが、約束を守ってくれるならいずれ渡すと、セロは収納の中にメモ帳をしまった。
「それと、こういうのを作って欲しいんだが」
「……透視と、自動反撃? あ、拠点防衛用だね」
コンテナハウスを守るためだろう、シャンはすぐに理解した後、出来なくもないと答えた。
「……軽い感じだけど、ひょっとしてすぐに出来るのか?」
「うん。方陣の基本であり元祖だからね、拠点防衛用の設置型方陣は」
250年前に開発された方陣の原型こそが、建物や地面に方陣を描き、そこに心素を流し込むことで発動するタイプだったという。そこから年月を経て今のような形に発展したが、元はと言えば方陣は動かせず、何かを守るための罠として重宝されていたと、シャンは方陣の歴史について語った。
「ちょーっとインクの量が多くなるから、お高くなるけど」
「最優先で用意する」
「うん。……色々と肝が冷えたし」
何より、苛立ちが勝った。アスカは顔には出さないが、コンテナハウスに子供が侵入しようとしていた時、腰の短刀を抜きかけていたのだ。
ようやく手に入れた拠点で、これから作り上げていく私達の家。そこに無断で入り込もうとする者を見たアスカは、内心で激昂していた。
二度と、ああいう光景を見たくはない。入口に迎撃用の方陣を描いていれば示威にもなり、手を出そうという輩は少なくなる。説明を受けたシャンは、逆にこういうのも出来ると複数の案を出した。
「……そうか、コンテナの壁に直接書かなくても」
「うん、表面が仕上げられた木の板でも大丈夫。万が一、コンテナが破損した後でも使えるから」
魔物由来の素材の中には、心素を伝える縄や紐がある。それを使ってコンテナの壁に吊るしておけば、中からでも方陣の発動は可能になる。心素を貯蓄できるタンクを中に持ち運べば、留守中の自動迎撃まで出来る。
「まるで要塞だな。……というか、より一層孤立化が進むような」
街に拠点を構えて狩りや探索に出るのが、一般の徒党の
「反抗、っていうのはそういうものでしょ。私は後悔していないわ。妥協して折り合いを付けるなんて、それこそ無意味だから」
一つ一つ、保身を考えながら体制側に反抗するような性格なら、自分は今ここに居ない。そして、この時間は後悔するものじゃ無いとアスカは小さく笑った。
「迎合するのは正しいと思う。自分の中の不満を押さえて誰かに従って、何も考えずに言う通りにするの。生きるためにいちいち悩まなくて済むから、きっと楽よ―――でも、楽しくない」
それが何よりも重要だと、アスカは告げた。
「命を賭けても、って。必死で手を伸ばせるような熱がこめられた血が流れているのなら、思うがままに生きないと。誤魔化しても、きっと楽しくなんてないから」
いつか、熱にやられて腐ってしまう。その言葉にシャンと、いつの間にかこちらに来ていたリュウドウ、ティーラまで頷きを返した。
「私は、方陣を。この世界の誰もが見向きをするような究極を突き詰めたいですね」
「俺は言った通り、この街に恩を……それが終わった後は料理人として、更に上を目指したいな」
「私は、この世界で商店を、見たこともない商品で世界を驚かせたいです」
「私は、姉を助けたい。……私が知ってる弟は、もう居ないみたいだから」
それぞれに、抱えている夢を語った。困難はあるだろうが、いずれ叶えたいと願い続けることを誓った決意を。
比べれば、自分はどうだ。セロは自嘲しながら、この場にあってはとても聞かせられるものではないと感じていた。悔いることはない、そのために自分は生きている、これから先もずっと変わらないだろう、それでも誰もが前を向いている中で、自分だけが全力で後ろを向いているのは事実だった。
殺してやると誓った言葉に嘘はなく、絶対にという願いは衰えず。だが、復讐という行為は誰かに語って誇るものではない。そう考え、視線を落としたセロの頭にふわりと小さな手が置かれた。
「そんなことないって。セロの願いは、立派な志だと思う」
「……アスカ」
背伸びして、頭を撫でながらアスカが言う。セロは、自嘲するように答えた。
「何を証拠に。特定の誰かを殺したいって、願い続けることが――」
「ずっと前向きで綺麗だよ。それだけ妹さんを、失った仲間を愛していたっていう証拠でしょ?」
あの時の絆と想いは本物だったのだと、全てを穢した者に挑み、叩きつけるのなら。
「その行為が立派じゃ無いなんて、神様にだって言わせないよ」
「……甘いことを言う」
「私、甘党だから」
何かを言い訳に外道に走れない甘さも好きだよ、とアスカはセロの頭を撫でた。
セロは不本意だと、仏頂面のまま黙り込んでいたが。
(だけど……言われて気が付いたよ。俺以外の、誰にもできないことなんだ)
セロは、目を閉じながら笑った―――気が付いたからだ。
眠る前に見る夢も、眠った後に見る夢も、全てを捧げたいと願ったこの想いを。アイネを、仲間の無念を、灰のままにはしておけないと思う自分を認め誇ることこそが、かつて在った命が輝いていたと証明する方法になるということに。
同時に―――かちり、とセロは自分の中に何かが嵌った音を聞いた。
驚いたセロが目を開くが、途端に視界がぶれていく。
何を、と感じるより前に気を失ったセロはその場に倒れ込んだ。
その、数秒後。
「……どういう事だ?」
見慣れた風景に、見慣れたホワイトボードに、見慣れたゴブリン達。
間違いなく
「えっと……おはろ-?」
「ひ、ひょっとして、これがセロさんの……?」
「うっわ初体験。というか、かなり特殊な世界っぽいけど……」
「なんだここ……って、うわ、ゴブリン多すぎだろ!」
アスカにティーラだけではなく、シャンにリュウドウまで。
セロの世界に入り込んできた客人に、ゴブリンのリーダーが嬉しそうに一礼をした。
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