32話:やるべき事と
「あー……………ダルい」
夜行列車を降りた男は深いため息をついた。命令は観察、使命は報告、老いた音使いの師匠へと報告を持ち帰るべく、焼肉の街こと鶴橋に派遣された者の名前を、ソウ・テンセイと言った。
どう見てても女としか思えない外見を持っているが、性別は男だ。不機嫌な顔が、周囲に威圧を撒き散らしていた。原因は、疲労と睡眠不足。移動中にランク10の魔物が出たことにより迎撃に参加させられた結果、睡眠時間を大幅に削られたからだった。内面が滲み出た視線は睨むだけで人を殺せそうなぐらい、物騒なものになっていた。
「ほんっとうについてねぇ……全部ジジイが悪いってことにしとこ」
性悪で陰険でロリコンな湯楽海星とか言うボケジジイがいつまでも息をしているから、世の中はこうなんだ。ソウは本人が居るなら決して出せない本音を口にしたまま、緑の長髪をかきわけた。
「……括るか」
気乗りはしないが、このままでは鬱陶しい。焼肉の煙でベタつくのも嫌だと、ソウは長い髪を後ろで一つに括った。
そして、鶴橋の街へ降り立ったソウは最初の目的地に向かった。そこは駅横の商店街の奥深く、シャッターが閉められているばかりの通りの、曲がり角から4つ手前の所。幻影により見えなくされていた入口をくぐり抜けたソウは、暗い道の奥を歩いた。
「……げっ! なんのようだよ、オカマ野郎」
「ご挨拶だな、ジャック・ポット」
そこは、裏ギルドと呼ばれる場所だった。その中で情報の扱いを生業としている男の額には、二重の丸があった。ジェノサイド・ベアの攻撃を防いだはいいものの、余波で額に石が当たった時に出来たそれは戦士の証でもあった。それはそれでダーツの的にちょうどいいので、付けられた仇名が
その名前を気に入っていない彼は、不機嫌さを隠さないまま舌打ちをした。
「急に何のようだ。師匠に甚振らて喜ぶ趣味は無くなったのか、
「そのクソ師匠からの言いつけでね。おっと、口が滑った」
「こいてろ。チクったら殺しにくるくせに」
「当たり前だろう。…ま、それも俺が生きてたらの話だが」
「そこは大人しく死んどけや。つっても何のようだ? こんな街に、お前らが興味を寄せるような情報なんて……いや、一つだけあったかな」
「だろうなあ。金は出すからサクサク謳ってくれよ」
「はいはい。しっかし惜しいぜ。テメーの面なら、笑顔で黙り込むだけで、馬鹿な野郎共が自由に謳ってくれるってのに」
「……好きでこんな顔じゃねーよ、お前の額のようにな」
的に風穴開けられたくなければ、さっさと言え。ソウが500万を取り出しながら告げると、ジャックは笑みを浮かべた。
「前金は正義、ってね。ま、一週間前にやって来た徒党の話だが。なんだっけっか、カラーレスブラッドとかいう」
ビンゴ、とソウが呟いた。カイセイから聞いてはいたからだ。その徒党が何をしたのか、全てを聞いたソウは呆れ顔になっていた。
「イカれてるな。流れ者が二日目でイカイツに喧嘩を売るか、普通」
権力者には形だけでも頭を下げておけばいい、それが合理的だ。処世術ともいう。地元で名声もあり、金も力もある奴と争う理由には足りない。いざ揉める時は、首を取る必要が出来た時だけでいいのだ。
意地を張ったのだろうが、そんなものに何の意味があるというのか。最初に仕掛けたのがイカイツの孫で、不運が重なった結果とも言えるが、大人しく口止め料を受け取っておけば良かったのに。
「おこちゃまだよな。そんで、翌日の行動がまた傑作でよ」
宿泊拒否された翌日早朝に、コンテナを買ったという情報。その直後に塗装屋に持ち込みで大口の依頼があったというなら、確定だ。“お前ら如きに頭を下げるつもりなんて毛頭ない”。行動だけで、そいつらは宣戦布告を済ませたということ。
更に話を聞くと、南巽周辺で起きた同盟虐殺の犯人が残した証拠品として、とても見覚えがあるナイフが提出されているという。どう考えても頭オカシイ奴だコレ、特に師匠に害が及びそうな所がグッドと、ソウは評価を3段上げた。
「その後は……ここ3日ぐらいは大人しいな。なんでか焼肉屋の三男坊を鍛えてるらしいが」
渡された写真には、その男とセロ達が映っていた。ソウは初めて見るセロの顔と情報を照らし合わせると、いやいやいやと呟いた。
(え、マジ? これで10歳ってありえないっつーか……夢姫もついにボケたか?)
惜しいような、チャンスのような。今度確かめて、機会があったら胸でも揉んでみよう。夢見心地で緑髪の見た目男の娘は、もしかしたら許してくれるかもしれないと真剣に頷いていた。
「――でも気に要らないね」
復讐を誓った経緯は聞いた、怒って当然だ、殺戮のために生きて然るべきだ。なのにどうして、周囲の仲間が生きているのか。魔紋付きの剣を使っているらしく、そこも腹立たしかった。“アレ”を使うと決心すればすぐにでも2段、3段上の力を得られるのに。
(――見てみるか)
相手の能力を見定める点で言えば、ソウは誰よりも自信があった。看破し、腑抜けているようなら分からせてやってもいい。
30分後、ソウは徒党が居るという地域にまで足を運んでいた。居住区の外で狩人の姿もちらほらと、強い魔物の姿は見えない。瓦礫ばかりが並んでいる、見慣れた光景。その中に例の一味は居た。
(鍛錬中……? メッタメタにされてるな、デカブツの奴)
噂の三男がとにかくボコボコにされていた。あらゆる角度から攻撃をされ、それを障壁で防いでいる。ギリギリを見極めているのだろう、少しでも気を緩めたら一気に攻撃を受けるという寸法だ。
少なくとも見た目素人にやる鍛錬じゃない。そういう所はこちら寄りだな、と思いつつソウは聴覚を強化した。元は隠密かつ偵察役として鍛えられたソウは、素の五感の高さは師匠達と比べても頭一つ抜けている自負があった。その上で強化を施すと、1km先からでも声を聞き取ることができる。
会話を盗み聞いたソウは、成程ね、と呟いた。
(攻撃のセンスは軒並み壊滅。タンク役として活躍できるようにするつもりだね)
殺せないタイプだろう。何事にもセンスというものがあるが、中でも相手を殺傷する才能が無い者は戦場に置いてお荷物にしかならない。えてしてそういう者に限って、無謀で無防備な攻撃を仕掛けようとした所にカウンターを食らって合掌、という終わりを迎えることが多いからだ。
だからこその、タンク役だろう。体格と体重を活かして、敵の攻撃から只管に仲間を守る技能を鍛えているのだ。良い判断だと、ソウは思った。防御の才能はそれなりにあるらしく、狩人や探索者の中でだが防御専門の優れた技術を持っている使い手は重宝されるからだ。
術や治癒、司令塔を守る役割として大規模な徒党には最低一人、多ければ5人は備えている。
(あるいは、鍛えた後で収穫するつもりか……なんてことは考えてないね)
そういった後ろ暗い意図がないことは、遠くからでも分かるというもの。恐らくは心配そうに修行の光景を見ている、金髪の少女の守り役として鍛えているのか。
それ以外には、面子は居なかった筈だ。いや、もうひとり新たに追加したという噂が―――と考えた所で、ソウは後ろを振り返った。
誰も居ない。幻術ではない。何かを仕掛けられたという訳でもない。
事実、セロを含めて誰もが気付いていない。ならば、遠視で見ている光景は、コンテナの中から現れた長身の女の存在は、正真正銘の現実ということになる。
ソウは、額から滝のような汗を流し始めた。
(人違いだろ……その筈だろ? いやいや、まさかだよな、あり得るはずが――)
“その者”には多くの仲間を殺されてきた。鮮血と共に現れ、陣を支配して何もかもを吹き飛ばす無情の鬼。見かけたら逃げろと、ソウは師匠であるカイセイからいの一番に教えられた。
(ローズミストの髪、タレ目にほくろの位置まで……動くのは来年頃って話だ、どの周回でもそうだったと……師匠は俺に嘘を教えたのか?)
人違いであって欲しいと祈りながら、ソウは現れた女を凝視した。聞いた話では、常に虚ろな目に怖気が走る笑みを携えた、不吉しか感じない幽鬼のようだという。
だが、その女は見た目には明るく、セロ達との生活を楽しんでいるように思えた。
(人違いか……魔物?)
デミオーガだ。ランク5と下級だが、2mの引き締まった体躯から繰り出される一撃は侮れないものがある。教材にするのだろうか、と思っていた所で事件は起きた。
ローズミストの女が前に出ると、走って近づいて来ているデミオーガに向けて方陣を展開したのだ。怖気が走るほどに美しい、円と四角形のみのシンプルな紋様。
そこに、正気を疑うほどの心素量がこめられていく。
直後、擦過音。きゅいん、という音がしたかと思うと、デミオーガが刳り貫かれた。
―――確定だ、とソウは撤退を決意した。
どんな防御も意味を成さない方陣術、通称を“空芯”。空間を芯ごと貫き取るような傷跡を残すために名付けられた、陣鬼の得意技の一つ。
浮かれていたソウは組織の一員の顔になると、急いでその場から離れていった。
「ど、どう? これが私の試作方陣術なんだけど……」
セロは痙攣しているデミオーガを見下ろし、無表情ながらもうわぁと呟いた。
仕組みは簡単だ。恐ろしく整った方陣の基本線に心素を流し込んで巡らせて加速し、そのまま放つだけ。方陣は一つで世界干渉を可能とする、その干渉を極限まで強化して放つだけの力技だ。
それだけで、この威力。デミオーガの胴体を貫通して背後の壁を貫通して、それでも威力が減衰した様子がない。ひとっ走り見たが、刳り貫かれた壁の様子は均等だったったからだ。
セロは何をした所でシャンのこの術を防御できるとは思えなかった。試しにティーラに視線を向けるが、引きつった顔で首を横に振った。
「……成程な。これだけの攻撃の札がないと、狩人なんて名乗れない訳だ」
リュウドウは神妙な顔で頷いていた。攻撃のセンスがカス以下だということで、防御の専門家として鍛錬を積まされていた。その事に若干の不満を覚えていたが、これを見せられては納得せざるを得ないと、自分の認識の甘さを恥じていた。
一方、リュウドウから見えない所でティーラがぶんぶんと首を横に振っていた。
「あ、あの。セロさん、術の感想が聞きたいんですけど」
「……そうだな。取り敢えず、人に使うのは禁止で」
「それは……分かってます」
前の街でのことは不本意だったのだろう、シャンは素直に頷いた。それを見て、セロは要らない心配だったかとホッとしていた。
「だけど、魔物相手でも使い所が限られてくるな。ウルフ系の素早い相手に当てるのは難しそうだし、射程も短い」
殺傷能力は図抜けているが、準備に時間がかかる。背後の壁を見た所、射程は10mほど。シャン本人の身体能力も高くなく、反射神経が鈍いというのが致命的だった。戦闘中の思考の切り替えも遅く、攻撃と防御を素早く切り替えられるまで、相当の修練が必要になりそうだ。
その点、リュウドウの方は反射神経が高く、防御の際の判断も見事だった。
「……反省会は中でするか。そろそろ、準備が終わってる時間だ」
そう告げながら、セロ達はコンテナの中に入っていった。模様替えをしますとアスカが意気込んでから二時間、そろそろ終わっている筈だった―――が。
「……何やってるの?」
不思議そうにシャンが尋ねた。中途半端に置かれた家具の中心で、力尽きているアスカを不思議そうに眺めながら。
「なんていうか……強敵だったわ」
「いえ、終わってないですから」
ティーラの鋭い突っ込み。事情を聞くと、並べている内に混乱してしまったということ。一度並べてみたはいいものの、これはあっちが良い、でもやっぱりあっちがこっちで、と迷っている間に、自分のしたかった事が見えなくなったという。
「あー、分かるかも」
「はい。色々と考えすぎてしまったんですね」
「よく分からないが、そういうものなのか……」
「え、セロはやったことないのか?」
「部屋など、持ったことがない」
セロが断言し、リュウドウとティーラは黙って視線を逸らした。だが、このままでは生活に支障をきたすというレベルではない。そこで、シャンが模様替えの監督に立候補した。
「任せてちょうだい。模様替えにはちょっと一家言あるの」
「自信があるならお願いしたいが……模様替え、好きなのか?」
「うーん、どうなんだろう。でも回数だけはこなしたから。 ……それしかやる事が無かったとも言うけどね!」
一軒家でたった一人、家族の予定もなかったから。笑顔が眩しいシャンの回答を前に、ティーラとアスカが「くっ」と呟きながら視線を逸らした。
それから一時間後、5人総掛かりでの家具の移動は終わった。長方形のコンテナの短辺側を入口としているため、奥にシャンの作業場、中央が寝床と着替えの場所、手前がくつろぐためのソファ置き場。
床には昨日の内に木で出来た台を隙間なく設置し、その上に安物の絨毯を敷き詰めているためちょっとした家のようにも見える。
その中央でホワイトボードを持ってきたセロは、今後の方針と書いた。
「まずは、当初の予定通りに方陣術を揃えたいと思う」
ちょっとしたアクシデントがあったため停滞していたが、頼れる方陣士がこの場には居る。シャンは頷き、収納で持ってきたリストを並べた。
「アスカさんが得意なのは、風の系統ですよね?」
「うん。風と水、氷系統が得意で、火が苦手」
「となると、心石の色は青か緑のどちらかでしょうね」
心石の色には意味がある。術のイメージと似通った性質ほど使いやすいというものだ。現出に至っていればその色を見極めるのは簡単だが、錬成の段階では色々と見極める必要がある。そのためには、方陣士の助力が必要だ。シャンもそれは分かっているらしく、素質を見極めるための準備を始めた。
「それじゃあ、試験用の方陣を作成します。あ、代金はいいですから」
「ダメです、シャンさん。仲間であっても、代価は受け取るべきです」
ケジメとして必要だとティーラは主張した。その代金で、更に高度な方陣を描けるように支払う、いわば研究費であると。シャンは、成程と頷いた。自身もまだまだ上達する必要があると考えていたからであった。
方陣士は中央で制作されている専用の用紙に、精霊―――最低でもランク8という凶悪な魔物―――から取れる素材を元にしたインクで方陣を描く。これが“原紙”と呼ばれるものになる。
販売の際は、原紙を前に売買の契約をする。そうして、心石に方陣がストックされることになる。だが、契約にも回数制限があり、それを越えると紙ともども使えなくなってしまう。
原紙の質は様々で、インクの種類も色から質までピンキリだ。精進するには数をこなすのが最低限で、より上級かつ複雑なものを仕上げられるよう試行錯誤が求められる。そのための資金は莫大で、若手の方陣士が一人前になるまで3000万イェンぐらいかかると言われている。それを知るシャンは頷き、それでも割引価格で、と言い出した。
適性を見るのに、通常で一人5万イェン。それを一人3万と言われたセロ達は、小さく頷いた。
「それじゃあ―――始めます」
奥の作業場に移動したシャンは、安物の用紙を取り出し、しゅっとインクで円を描いた。すらりと一筆で真円に迫るものを書く様子を見て、全員が驚いた。
「こりゃあ……」
「セロがベタ褒めする訳ね」
リュウドウが絶句し、アスカが納得した。ティーラは手付きの美しさに見惚れて言葉を忘れていた。シャンだけは自分の凄さが分かっていないのか、不思議そうに首を傾げていたが。
残り2種類も似たような質だった。術適性を見るための原紙は安価で、最低限のインクで円を描いたものだが、全く手が抜かれていないことが分かった。
「……できました、それじゃあ、一人づつ」
三原色で描かれた3種類の用紙の内、どれに流れやすいかで素質を見極められる。一番手はアスカで、やはり青と緑が同じぐらいに番流れやすく、赤は反応が鈍かった。
「やや青の方が反応良し……濃い水色、って所ですね」
「うん……というか、以前も試したんだけど通りが段違いでわかり易かった」
腕の悪い方陣士が作ると、反応があやふやで見極めが難しくなる。その点、シャンは凄いとアスカは深く頷いていた。
「そ、そうですか……?」
「うん。って、なんでまた発情してるかな」
ジト目でアスカが睨む。シャンはそれでも押さえきれないのか、恍惚とした表情をしていた。
「え、でも……方陣士冥利に尽きるというか」
どうやら褒められたことがないらしいシャンは、嘘偽りない賞賛の言葉に弱いようだった。歓喜と羞恥が入り混じり、身体の内が興奮で満たされるという。そう冷静に分析するセロの横で、リュウドウが前かがみになっていた。
「……次、ティーラで。リュウドウはちょっとあっち行ってて」
「はい」
「分かりました……わ、本当、嘘みたいに通り易い」
そうして、個々の素質が出た。シャンは10段階の評価で表現した。
アスカは青が8、緑が6、赤が1。
ティーラは青が3、緑が8、赤が9。
リュウドウは青が2、緑が4、赤が6。
シャンは全てが7と高水準で、セロは全てが1というど底辺だった。
適性について、普通と呼ばれるのが3。10で準災害クラスの人間の限界。8、9で超一流、7でも有名な徒党からスカウトが来る。6なら「やるねぇ」、5で「かなり使える」、4で「そこそこ」、3で「ふつー」、2で「は?」、1だと「帰ったら?」と言われるクラスだという。
それを説明された後、何とも言えない沈黙が流れた。セロは無表情ながらも落ち込んだ声で、分かっていたことだと呟いていた。
「分かって、って……え、セロさんって心石が無色なんですか?」
「……それを選んだ。けど、何か知ってるのか?」
「あ、ううん。ただ、知り合いの酔っぱらいおじさんが酒場で“無色は無職で無食な無嘱”とか謳ってたから」
色無しの使い手は真っ当に職分をこなせず、食べてもいけず頼られることもないという諺らしい。術師適性クソ雑魚ナメクジ扱いされたセロは、ゆっくりと視線を斜め下45°に落とした。
「で、でも! ほら、セロってば手先が器用だし、障壁使う分には問題ないし!」
「や、役割分担というか! 本当に頼りになりますし、優しいですし!」
「そ、そうだな。それに、強化もそうだけど武術の腕もすげーし!」
「うーん残念。でも、あの障壁の研究を進めればきっと……」
思い思いに慰めるのに数分。落ち着いたセロは、それぞれの適性のレベルに注目していた。ティーラの素質の高さと、シャンの並外れた術士適性についてだ。
セロはリュウドウを見て、一緒に相談すると良いとアドバイスをした。
「それは、防壁役として?」
「ああ。リュウドウはどうにも相手を傷つける行為が苦手らしいから」
刃を片手に命の取り合いをするには、最低限の人でなしの適性が必要だ。相手の命をいちいち考えない、やると決めたらスムーズに殺せる心構えが出来ない者は、殺す前に殺されるからだ。
剣の腕や筋力、心素量は関係ない、日常の倫理観の縛りを捨てなければ攻手としては成り立たない。一方で、そういったタイプは防御役に徹することで化ける可能性があるとセロは考えた。余計なことを考えず、誰かを守るということに心血を注げるからだ。
「そういった意味では、術士の意見を聞いた方が良い。防御役を欲しがるのは、後衛の術師が大半だと思うから」
「そうだな……分かった、やってみる」
リュウドウ達3人はコンテナの奥へ移動した。方陣の種類やメリットデメリットから運用のことまで相談するために。
残ったアスカはセロと一緒に外に出た。二人は周囲を伺い、誰も居ないことを確認してから話を始めた。
「それで、裏ギルドは?」
「場所は把握できたけどね……ツテとお金が必要そう」
いきなり入って「金を出すから情報寄越せ」では通じないらしい。誰かの紹介が必要な事と、少なくとも300万以上はかかるとアスカは調査の結果をセロに告げた。
「……地道に稼ぐしかないか」
「賞金首を狙う方法もあるけどね」
アスカは告げながら、ギルドに置いている賞金首リストをセロに手渡した。
「それと、この熊か」
「うん、あの時の鬼熊ね。通称ジェノサイドベア、生死問わずの3000万イェン」
ランクは堂々たる9で、鶴橋トップの徒党である“
「そうなるわよね。取り敢えず、このクマさん討伐を目安としよっか」
「次の街に移るための、という意味だな」
鶴橋周辺の魔物は強いが、あくまで環状線の沿線だ。これより内側は、もっと瘴気が濃く強い魔物が増えてくる。鶴橋界隈でほぼ最強となるランク9の魔物討伐は、次のステージに挑む前の試練としては妥当だとセロは感じていた。
「ミナミに移るのもアリだけどね。あそこは裏ギルドの力が強いって話だし」
裏ギルドが多く、大阪中の情報がそこで売り買いされているという噂がある。本当であれば、仇の情報も集まる筈だった。だが、裏の人間が多く、治安も底辺に近いらしい。今の自分達が行った所で食い物にされるだけ、というのが二人が出した結論だった。
「あと、徒党としての名前も売っておいた方が良い。地元っていう
アスカが言うには、今回のような嫌がらせを受けても、対処し難い事態になるという。こういった仕掛けをされる原因は複数あるが、“舐められているから”というのも要因の一つだ。組み立てのチームで新参者なのに生意気な、という感情で動いている者も居るだろう。
その感情を、手を出さずに事前に潰すのだ。功績を積み上げ、実力を発揮すれば誰も手を出そうなんて思わない。手っ取り早く名前を売る方法もある、徒党のランク自体を上げればいいのだ。
現時点で、徒党である“カラーレスブラッド”は最低となるランクE。この街での最高がイカイツが率いる“
「ランクを上げるには……個人依頼か?」
「時短で稼ぐには、それが手っ取り早いわね」
狩人としては、素材収集や指定討伐がそれに該当する。中級狩人になったため、下級の探索者としても活動できるだろうが、ノウハウが無い現状でその手段を取るのは早計であるとアスカは判断していた。
「リュウドウってツテもあるからね。商店街の一部職人に素材を卸すっていうのもアリよ。交換として、
心素で運用する不思議道具こと、
「まとめると―――こうね」
地力強化は、修行・装備の整備・方陣の作成に心具の作成。
狩り、依頼を達成して資金を集めつつ、徒党のランクを上げる。
最終的なクリアの指標は、ジェノサイドベアの打倒。
アスカは指折り告げつつ、ため息をついた。前の街でもこうした目標を立てていたからだ。だというのに、イレギュラーばかりが間に挟まってきた。
予定はあくまで予定に過ぎないというのを痛感させられ続け、最終的には無謀とも言える装備不調のまま、荒野の強行突破をする羽目になった。
もう、二度とああいう事態にはならないように。
そう誓うアスカの横で、セロは小さく頷いていた。まさか、二度もあんなイレギュラーに遭遇することはないと思いながら。
―――その同時刻、ギルド内には激震が走っていた。
商店街で殺人事件が起きたから、だけではなかった。その程度のいざこざは週に一度は起こることで、珍しいものではなかった。
衝撃だったのは、その事件の内容が広報されたからだ。
現場は商店街の迷宮付近、下手人は不明、目撃者無し、被害者は二名、いずれも死亡。死体の損壊が激しく外見からは判断が困難だったが、装備より判断。
そして、死亡者の欄にはこう書かれていた。
赤坂エリに、皆木タクマ――収監中の犯罪者が一人に、現イカイツの孫が一人、と。
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