31話:過去から繋がる今


遠く、剣戟の音が聞こえる。見つからないように眺めていた男は――ショウゾウは、小さく笑いながら「おっかねえ」と呟いた。


(なんだありゃ。どんな育ち方すりゃあ、あんな風になるってんだ?)


この年になってショウゾウは分かることが増えたと、自嘲していた。剣の振り方一つでどんな道を歩んできたのか、歩んでいくのかが朧気に見えることがあった。


突っ込み、斬る。連携さえしていないように、無謀に。ただのイキがった若造に見えるかもしれないが、違う。ショウゾウは直感で悟っていた。


あの灰色の男は周囲の状況を全て把握した上で突っ込んだのだ。そして、試している。新調した装備を実戦で調整しているのだ。


正気ではない、間違っても一つミスすれば死んでしまうような実戦中にやるものではない。出来るとするならば、それは別の生き物――鬼だ、鬼にしかできない業だ。


周囲の自称狩人には分からないだろう、育ちが違いすぎる。10では聞かない、100度死にかけながらようやく身につく類の、修羅の生き方だ。


(ひとたび戦いとなりゃあ、ガラリと変わるな……ま、今の俺には関係ねえんだが)


ショウゾウにとって重要なのは狩場で暴れる者ではなく、眼前で死にかけている見知らぬ男だった。先ほどまで魔物と戦っていた狩人の一人だが、アイアントードに肝臓を貫かれたせいで、既に手遅れの状態だった。


ひゅー、ひゅー、とか細い呼吸が聞こえる。ショウゾウはひっそりと男の髪の毛を掴みながら、廃墟の奥まで引きずっていった。運び終わったショウゾウは、瀕死の男を地面に放り投げた後、その頬を優しく叩いた。


「おい、起きろ。……おい」


「う……あ……だ、だれ?」


「お前さんの味方さね。ああ、辛いな、苦しいなぁ、分かるよ――だから、俺が助けてやる。安心しろ、とっておきの治療法があるんだ」


ショウゾウは縋ってくる声に答えず、都合の良い情報だけを与えた。蝿が光に群がるように、虫けら同然の儚い命は、誘導してやればすぐに誘いに乗る。


治療をするのに必要なんだ、だから心石を出せ。ショウゾウが告げると男は血を吐きながら、藁にも縋る顔で心石を現出させた。


弱々しくも煌めいている、魂の形と言われても信じるだろう。いつ見ても、誰であってもこの世界で形になった心石は、何よりも美しい。


だからこそ、この道を照らしてくれる。間違いではないと、全てを肯定してくれる。どんな手を使ってでもと血に塗れたあの夜からずっと。


ショウゾウはグローブをはめた手で瀕死の男の頭を撫でた。よーしいい子だ、いい子だといつか幼い時分に、親にしてもらったように。


―――しばらくして、男の遺体は仲間に発見された。全身を瘴気に犯された状態だというのに、この上なく心安らかな表情だった。













「おーい、こいつのトドメ刺したの誰だぁ?」


「つっ、やべえ骨逝ってそう」


「まーたポーションかよ。舐めとけば治るんじゃね?」


「ヒロマサ―! ヒロマサ、どこー!?」


「くっそ、バケモンかよ。これじゃ報酬が……」


「あー、死んでんねこりゃ。誰か浄化できるひとー!」


狩りが終わった戦場で、生き残った者たちの声が響いていた。地面にはランク4からランク6までの魔物の死体と、力及ばず斃れた狩人の姿も。


このあたりの瘴気の濃さだと、日をまたがずしてアンデットになるため、浄化しておくのが倣いだという。


その作業をしている者たちの傍らで、セロ達は魔物の死体から魔石を剥ぎ取っていた。緊急討伐対象ではないため、集団規模での戦闘とはいえ、この場での報酬は魔石と素材のみになる。


セロは自分が覚えている限りの、斬った魔物が転がっている場所へと向かった。アスカ達も、収納をするためついていく。だが、そこには先客の男が二人いた。その男達はセロを見るなり、ふてぶてしい顔で告げた。


「なんだぁ? 何か用かよ、こいつは俺が倒した――」


「しっ! バカ、黙ってろ、行くぞ」


片割れの男が拳骨で隣の男の口を塞ぐ。男たちはそのまま、足早に去っていった。どういった意図が、と悩むセロに背後から声がかけられた。


「獲物の掠め取りだな。強気で誤魔化しても無駄だろうに」


「――リュウドウか。傷は浅そうだな」


「おう、さっきはありがとなセロ。……本当に。危うく死ぬ所だったぜ」


リュウドウは真っ二つにされたアイアントードを横目に、セロ達へ感謝の意を示した。そのストレートな言葉に、横にいたアスカ達が感動した面持ちになった。


「ど、どうした? なんでたかが礼を言われただけで感動してんだよ」


「……少し、あってな」


「……少し、って様子じゃねえぞ。ま、深くは追求しねえけど……それで、誤魔化せない理由はコレだよ」


リュウドウは転がっている魔物の死骸で、一刀で両断されている部分を指差した。他の魔物とは違い、この致命傷を除けば綺麗なものだ。他の魔物はあちこちに傷が入っているため、素材の質としては落ちるだろう。素材として質が高そうなのは、セロが倒した個体だけだった。


誤魔化せば恥をかくのはこちらの方だと判断して、退いたのだろう。説明を受けたセロは、成程と頷いた。


「しかし、多かったな。これが普通なのか?」


「いや、極稀にだ。スタンピードにも見えないし……ん、なんだ?」


セロ達は悲鳴を聞いて、そちらに首を向けた。何やら狩人の一部が騒いでいる。聴覚を強化して聞いた所、仲間が廃墟の奥で死んでいる所を発見したらしい。それだけではなく、今にもゾンビになりそうな、無惨な姿になっていたようだった。


「……また出たのか」


リュウドウが忌々しいと呟く。どうやら合成獣キマイラの仕業らしい。ランク6でも特殊な魔物で、複数の魔物が交配もしくは合体することで産み出されるその魔物は、多種多様な能力を持っている、事前知識が通用しない難敵だ。


そのため、発見した際は一番の緊急討伐対象として狩ることが推奨されていた。リュウドウが知っている最近になって活動を始めたという新しい個体は、隠密型。戦闘の最中にひっそりと攫って胸を抉り、瘴気を撒き散らすタイプだと、先週からギルドで広報されていたらしかった。


「それは……かなり恐ろしいな。だが、いいのか?」


セロが視線の先を促す。そこにはリュウドウの徒党の仲間達が苛立ちと共にこちらを睨みつけていた。その矛先はリュウドウに向けられているようだ。


その態度に、腑に落ちないものをセロは感じ取っていた。そもそも、最初に強引に突破せざるを得なかったのも、リュウドウが完全に孤立していたからだ。あと2秒遅れれば、脇に潜んでいた狼系の魔物に足を噛みつかれて引き倒され、首まで齧り取られていただろう。


それを言及せず、どうして年下らしい者に一方的にリュウドウが責められているのだろうか。セロが尋ねると、リュウドウは何とも言えない風に表情を歪めた。


「……悪い。それも含めて、ちょっと時間取れないか?」


「少しだけなら」


「助かる。命の礼もあるし、良い所に連れてってやるよ」


チケットのようなものをヒラヒラと見せたリュウドウは、謝りながら仲間の元へ去っていった。


それからセロは複数のチームに声をかけられた。助けられたぜ、とそれぞれに感謝の言葉や礼だと魔石を渡して去っていく。


遠巻きに舌打ちをする者も居たが、比率としては少なかった。嫌がらせを受けているのに、どうしてだろうか。セロは不思議に思いつつもありがとうと言われて悪い気はしなかったので、素直に受け取っておいた。


しばらくすると、セロは後ろからクイと袖を引かれた。振り返ると、アスカとティーラの姿が。笑顔の二人は、ぎゅっとセロの腕をつねった。


「……少し痛い」


「当たり前でしょ、罰なんだから。……相談もなくいきなり突っ込んじゃって、何事かと思ったわよ」


それからセロはアスカとティーラに説教を受けた。だが、リュウドウを助けたことについては素直に褒められた。二人共、彼の人となりと感謝の言葉に感じるものがあったのだろう。セロは頷きつつも、そういえばとシャンを見た。


「大丈夫だったか? 魔物があまり来ないように牽制をしていたが」


セロは周囲を把握していたが、遠距離の攻撃を受けていないかどうか、心配をした。シャンは顔を引きつらせながら、怖いけど頑張ったと胸を張った。


周囲の視線の濃度が、40%ほど上がった。


「……まあ、取り敢えずは置いといて。傷もなさそうだな」


「うん。自慢の障壁だから」


自分が作れる最高ランクの障壁方陣だから、とシャンはセロの前で展開して見せた。範囲は半円状、幅も3mと広く、力強さはセロの比ではない。圧倒的に輝く繊細な障壁を見たセロは、素直な感想を言葉にした。


「――神々しいな。ここまでラインを綺麗に引けるのか」


「……失敗を積み重ねたからね」


「でも、向上心があったからこそだろう」


少なくとも、前の街のあの変態オヤジは違った。セロが告げると、シャンは小刻みに身体を震わせた。頬も赤く、足はもじもじと内股になっている。さしものセロも、急変するシャンの様子に不安を覚えた。


「待て、素直に褒めただけだ、なんで興奮している!?」


「だ、だって……セロ君があんまり褒めるから」


シャンは耐えきれないように首を横に振った。その度にローズミストの髪がさらりと流れ、胸も揺れた。


「メスの顔になってますねー」


「あっちはオスの顔になってるけど」


いかにも獣欲を持て余していそうな男たちが、シャンの痴態を凝視していた。その中で恋人が居るらしい者は、その彼女から尻を剣で強かに打たれていたが。


それから一時間後、セロ達はギルドに戻っていた。トータルでの報酬は30万イェンと、短時間での狩りと思えば破格だ。セロは換金を終えた後の受付の女性の、苦い顔が印象的に残っていた。


思えば、街に来て初回の新入りが受ける難度ではないような気がする。アスカがそんな事を呟いていたが、セロにとっては修行になり、資金調達も順調に行ったと良いこと尽くしだったため、特に気にならなかった。


アスカも同意見らしく、追求することなく流した。コンテナハウスに心奪われているということもあるが、リュウドウが見せたチケットに興味津々だったからだ。


「おう、終わったか。こっちだこっち」


「……リュウドウ? どうした、その怪我」


セロが尋ねる。リュウドウの顔に殴られた跡があったからだ。どことなくぎこちない動きから、足にも何発か蹴りを入れられたのだろう。戦闘は終わったのに、どこの誰にやられたのか。セロが尋ねようとするその前に、リュウドウはチケットを手渡した。


「確認したけど、予約オッケーだってよ。つっても場所分かんねえか」


「これは……焼肉屋のタダ券?」


『幻屋』と店の名前が書かれたチケットには、飲み放題食べ放題とも書かれていた。リュウドウはそれを4枚手渡すと、ついて来てくれと言う。


これがお礼か、と察したセロ達はリュウドウについていった。ギルドを出て、大通りへ。駅を抜けたすぐそこに、目的地である店はあった。


店名が書かれたピカピカの看板に、嗅ぐだけで涎が出てきそうな肉とタレと炭が織りなす匂い。ごうごうと響いているのは、換気扇が動く音らしい。


「……いいの? 串1本で1万だったら、4人でいくらかかるか」


「命の礼だ。それに、一応は私心も入っている」


食べた感想を聞かせてくれ、とリュウドウは言う。何かしらの目的があるようだった。だが、いきなり連れてこられても訳が分からない。食べ方さえ知らないのに、とセロが告げるとアスカが名案だとリュウドウに同道をお願いした。


「タダ券、まだあるんでしょ?」


「……一応な。でも、俺はこの店には」


「色々と話を聞きたいから言ってるの」


この前の一件とか、その後の事とか。アスカの言葉に、良い案だとセロがリュウドウの腕を掴んで引っ張った。そのまま5人、なだれ込むように入店をした。


「おっ、いらっしゃ……坊っちゃん?」


「お、おう。久しぶり、タカさん」


「いや久しぶりじゃねーっしょ。……や、そういう事ですか」


タカと呼ばれた男は、いらっしゃいと言い直した。5人は階段を登った先にある、3階の個室に案内された。扉から上等で、内装を見るにいかにも高級な客を呼ぶ仕様になっているようだった。


タダ券とはいえ、これは少しおかしいのではないか。そう思ったセロだが、疑問はすぐに氷解した。リュウドウの兄が現れたからだ。


白い帽子に料理服と、いかにも清潔な姿。それとは対照的に、リュウドウと同じく恵まれた体格をしていた。その大きな背中は丸まり、顔はくしゃくしゃに歪んでいたが。


「……あ、兄貴。客が居るんだからよ」


「うるせえよ、バカ。心配ばかりさせやがって」


「……」


泣きそうになっている兄から視線を逸らすように、リュウドウは俯いた。それでも流石のプロなのだろう、すみませんと謝罪を一言告げると、何を頼みますか、と注文を聞いてきた。


セロとティーラは何も分からなかったので、リュウドウにアドバイスを受けるまま肉と米を頼んでいった。シャンも何が何だか分からないままに注文し、アスカは野菜やサイドメニューを注文した。


ありがとうございますとリュウドウの兄が告げ、下がっていく。バタンと扉が閉じられた後、リュウドウはアスカに不満を訴えた。


「で、話ってなんだ?」


「あー、うん。ごめん、ちょっと強引だった」


アスカは謝りながらも、呆れた声で告げた。


「でも、ちょっと胸のツカエが取れたんじゃない? 泣くほど心配するなんてよっぽどだよ」


「……分かってるさ。特に兄貴には迷惑かけ通しだからな」


そうして、リュウドウは黙っているのも不義理だからと事情を話した。


鶴橋でも有名で、歴戦の狩人や探索者達が頻繁に利用するこの店はリュウドウの実家であること。子供の頃から料理人として修行を積んでいたこと。そして、去年から店を出て屋台を営みながら、狩人として活動していること。


「また、どうして。焼肉屋が嫌いって訳でもないんでしょ?」


「そりゃあな。でも、分かるだろ?」


リュウドウはメニューに書かれている金額を指差した。それを見た4人は、盛大に顔をひきつらせた。


多めに食べると思って注文した5人前で、しめて80万円。トップクラスに稼いでいる徒党でなければ尻尾を巻いて逃げるしかない強気の値段設定だった。


だが、運ばれてきた肉を食べた一同は値段さえ忘れたリュウドウの指示通りに焼いてはタレに付けて食べる。甘くもなく、辛過ぎもせず、語彙の少ないセロにとっては魔法としか言い表せないタレと、圧倒的な旨味がじゅわっと口の中を蹂躙しては脳天まで突き抜けていった。


「なんだこれ……なんだこれ……」


「魔法の牛の肉ですよきっと、私は詳しいんです」


「みんなと一緒にこんなに美味しい食事が出来るなんて、うう……」


無言で何度も肉を噛みしめる者、祖国との味の差に衝撃を受けるも魂を奪われた生贄の顔をする者、最早どういった経緯で泣いているのか分からない者。


気がつけば30分後、セロ達は呆然と天井を見上げていた。


「……80万。それぐらいはしてもおかしくない」


「でも、稼いでいない狩人が稼ぐのは厳しすぎる。リュウドウはそれが嫌だったんでしょ?」


アスカの言葉に、リュウドウが頷いた。


食用の牛肉は環状線に走る貨物列車によって運ばれてくる。だが、環状線の沿線は激戦区だ。各コンテナには魔除けの塗装が施されているし、鉄道にも結界が敷設されている。


だが、万全ではない。運搬には護衛の使い手が必ず同乗しているのだ。依頼用の金と電車、鉄道の維持費が必要なため、どうしても運賃は多く、牛の値段も高くなってくる。


結果が、この値段だ。特に高級の素材を使っている老舗では、一人前で最低でも10万イェンは必要になってくる。ランク4に手こずっているような狩人だと、まず手が出ないだろう。


「でも……テンション上がるだろ? 肉食べてると」


リュウドウの問いかけに、4人が頷いた。命がけの戦闘は疲れるが、これだけのモノが食べられるならという欲が出てくる。生き延びようという気力も湧いてくるというものだった。それが願いだと、リュウドウは告げた。


ずっと鶴橋で、店の中で修行したり、商店街で仕入れたり。それがリュウドウの今までの生き方だったが、平穏だけに浸っていた訳でもなかった。15年前に、それは起こったという。


「ここから北方向……玉造方面でスタンピードが起きてな。未発見の迷宮があったそうだ」


スタンピードとは、迷宮から魔物が溢れ出てくる現象だ。迷宮はウメチカや地下鉄だけではなく、荒野や未踏破区域にも点在している。定期的に探索者が間引きをしなければ、魔物は飽和し、地上を飲み干す波になる。


それが15年前、鶴橋の街を襲った。街を防衛する使い手が奮闘したものの、一部が街の中へ入り込んだ。特に空を飛ぶランク6のクラッシュバードが厄介で、その機動力でいっきに駅近くまで突破すると、そこに避難していた人々をゴミのように食い荒らしていったという。


「その中に、俺も居た。……地獄のような光景だったぜ」


駅近くに居を構えている裕福な者、商店街の一角をねぐらにしている貧困層、逃げてきた狩人、事態を予測して市民を守るべく奮闘した使い手。全て差別なく、ぐちゃりぐちゃりと餌になった。


「俺も、あと少しで喰われる所だった。今でも思い出すぜ、あの威容。……特にクラッシュバードの混乱の乗じて襲ってきたあの合成獣。食えば食う程に強くなるっていう、厄介な性質を持ったやつでな」


ランク4程度から、最後にはランク7へ。その合成獣は爪の一振りで並の使い手5人程度なら千切れ飛ばせる程に強くなっていた。


――それを止めたのが当代、16代目のイカイツだった。


「“我、この美しき鶴さえ踊る橋の地を守らんと願う”。口上とあいまって、メチャクチャ格好良かったぜ」


名士であり、鶴橋という街を守る象徴でもあるイカイツの名前の元に集った守護兵団ガーディアンズは颯爽と現れて合成獣を殲滅し、魔物の群れを撃退。迷宮を突き止めて、電撃的な作戦でその核を破壊することに成功した。


多くの市民が犠牲になった悲惨な事件だからこそ、イカイツと守護兵団の功績は大いに讃えられた。


だが、犠牲も大きかった。名うての狩人は作戦でその6割が死亡し、残った内の2割も別の街へと移っていった。


「……だから、魔物が多くなっている?」


「それは調査中らしい。ただ、死者の数は確実に増えてる」


あの時、市民を守るために散っていった人達への恩を返すために。現在進行系で危機に陥りつつも奮闘してくれている狩人達へ、何かを返したい。そう思ったリュウドウは自分に何が出来るかを考えたという。


その結果が、魔物の肉だ。材料はそこいらに転がっている、上手く調理できれば格安で販売できる、生きるための意欲に繋がる。リュウドウは思いついた日に店を飛び出し、ギルドの門を叩いた。


まずは研究が必要だと考えたからだ。研究のために魔物を狩る必要がある。魔物用のタレをアレンジするためには研究が、そのためには資金も。一石二鳥の策だと思ったらしい。


幼少期から体格が良く、街が街だということで自衛のために心石使いとしても少しだが鍛えていたリュウドウは行ける、と踏んで狩人になった。


だが、現実はそう甘くはなかった。セロとアスカは、同意するように頷いた。先ほどの戦闘の中で、リュウドウの動きを見ていたからだ。


ハッキリいって、攻撃と強化に関するセンスはゼロ。もっぱら障壁使いとして、仲間を守る防壁タンク扱いしかされていなかった。


「仲間の動きも酷かったけどな……あの時は言えなかったが、明らかにリュウドウを見殺しにするつもりだったぞ」


「……傍から見ても、そう思えたか」


「うん。私としては徒党を脱退することを進めるけど……その怪我を見るに、ひょっとして?」


「ああ。流石に今日のは堪えた。この店の威光を怖がったのか、刺されるまではいかなかったけどな」


それでも、何発かは殴られ、蹴られたらしい。


ははっ、とリュウドウは乾いた笑いを零した。


「情けねえよな……一人で勝手に粋がって、挙句の果てがこのザマだ」


どこにも手が届かなかったと、リュウドウは自分の掌を見下ろした。飛び出す日、自分の胸に灯った熱は未だに残っている。現実という冷水をかけられて火は小さく、煙だけを立てる無様な燻りに成り果てたようで。


「……危険だな。別の意味でも」


「そりゃあ……どういうことだ?」


「イカイツの孫が捕まった関連でな」


セロは強盗未遂の事件から、今までに起こったことを簡単に説明した。だからか、とリュウドウは仲間が今日になって態度を急変させた理由を察した。


実力が上だった徒党に入れたのは、街のためにという共有できる志があったからこそ。それがイカイツの孫ことタクマの件で、罅が入った。


セロは思う、タクマは前科にして数十犯はあるだろうと。動き自体は遅く、格闘術の腕も並以下で稚拙だが、襲うという行為に躊躇いが少なく、慣れが感じられた。


そんな未熟な使い手が犯罪を繰り返しても捕縛されなかったのは、祖父の威光があったからだ。スタンピードの事件もあり、イカイツの名声と期待はこの15年で高まり続けた。

だが、魔物の被害は増えつつある。この苦境の中、希望の光とそれに付随するものを陰らせたくないと考える者たちが多いのだろう。


「だからと言って、許すつもりはないが」


「同感。それに、そいつまたやるよ、絶対に。だって多分、タクマって奴は心石使いとしてそれなりに期待されていたんでしょ?」


当代が強いのなら、それを受け継いでいるであろう孫の素質も最低限が保証されている。だというのにあのレベルで、犯罪に手を染めているのは“折れた”からだ。


自分を殺しうる怖い魔物よりも、反撃しても殺されないで済むかもしれない、弱い人間を狙うようになった。そういう負け犬が楽の味を覚えてしまうと、簡単には元の道には戻れなくなるとアスカは告げた。


「……そうか。でも、なんでだろうな……前はもっと自信満々で、ちょっと乱暴な所はあるけど面倒見がいい奴だったのに」


「それは、分からない。期待されているからこその重責があったのかもしれないが」


セロは思う。かつての自分は街からゴミのように扱われ、何も期待されていなかった。だが、どこかで自由を感じていた。苦しくて辛かったが、自分なりに精一杯、日々の糧を得ることに達成感を覚えていた。


だが、イカイツという英雄の孫として子供の頃から重しという重しを乗せられていれば、どうなっていただろうか。セロにとっては遠い世界の出来事のため想像でしか埋めることは出来なかったが、それはそれで辛く厳しい環境のように感じられた。


だが、やるしかないのだ。弱音ばかり吐く負け犬はさっさと殺されるしかない。故に死にたくないのなら、やりたい事があるのなら、自らの意志で立ち上がる他に手はない。


セロは思う、自分はそうしてきた。アスカもそうだし、ティーラも同じ、シャンも奪われ汚されるよりはと手を血で染める決断の上に立った。


そして、眼前の男も。そう思ったセロに、アスカからの念話が届いた。


『――誘う? でも、このタイプは同情では動かないよ』


『頑固そうだからな……でも、放っておけない』


『正面から言っても平行線でしょうからね。……ん。搦手ならいけそう。ちょっと嫌なヤツになっちゃうけど』


『悪い、頼んだ』


『リーダーのおおせのままに』


アスカはセロにウインクを返した後、俯くリュウドウに声をかけた。


「――それで。お坊ちゃまは、この店に出戻りするつもりなのかしら」


「……いや。それだけは、親父が許さない」


兄はあくまで部下の一人で、この店の頂点は父親ただ一人だという。リュウドウが勝手に家を出たことに激怒しており、会いにも来ないというのはそういう意味らしい。


「そう。だから、これからは一人で狩りを続けるつもり? そのへなちょこっぷりで?」


「耳が痛いけど……そう、だな。諦められると楽なんだが」


「それは嘘。だって、諦めたくないって顔に書いてる」


アスカが指摘し、セロは同意した。リュウドウが落ち込み、意気消沈しているのは確かだろう。だが、負け犬のような腐臭は感じない。


目の力もそうだが、声が死んではいない。悔しさに満ちあふれているという内の感情が透けて見えるほどに、芯が残っている。


水をかけられ、火が消えた所で終わっていない。燃え尽きた後の灰になっていないのであれば、燃料を足せば意志の炎は何度でも蘇る。やり通すと決めた、修行時代の自分のように。


「だからこそリュウドウは死ぬ。一人で馬鹿な無茶をして、今日死んだ狩人のように屍を晒す……でも、それじゃ困るのよね」


「……どういう意味だ?」


「借りが出来た、って言ってるの」


80万は高いと、アスカは告げた。レベルの低い狩人を一人、助けた報酬には高すぎると訴えるように。


「これじゃあ貰いすぎよ。恥ずかしくて表に出られない……だから、見合う価値になりなさい」


「そ、それは……鍛えてくれるって意味か?」


「ええ。80万に届く価値になるまでだけど。だよね、ティーラ」


「はい。適正価格での取引こそ、商売の王道ですから」


「よく分かんないけど、そうですね多分!」


「そこのタレ乳は黙ってて」


ぴしゃりとアスカが告げる。


リュウドウはそのやり取りに苦笑することなく、頭を下げた。命の恩、感謝すると泣きそうな声だった。


アスカは頷き、セロ達を見回した。


『ミッションコンプリート。これぞ悪役の妙ってやつね』


「……悪役?」


念話で話しかけられたにも関わらず、セロは予想外の言葉に思わず声を出した。それを聞いていたティーラが、小さくため息をついた。


「普通に良い人としか思えませんでしたが……そう、古の勇者曰くの『ツンデレ』っぽい感じでした」


「えっ、遠回しで面倒くさい女ムーブじゃなかったの? 本で読んだことあったけど、ぴったりな感じだったよ」


「だから言っただろう、アスカ。お前に悪ぶるのは向いてない」


3人に畳み掛けられたアスカが、顔を真っ赤にしながらプルプルと震え始めた。


怒りと照れの配分が2:8って所だな、とセロは分析した。



いつの間にか顔を上げ、その様子を眺めていたリュウドウは小さく笑った。


個性的だが、裏切りだけは心配しなくて済みそうだと、安堵のため息を吐きながら



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