30話:転、転、転じて前へ
「――それでは緊急会議を開きます。被告人、前へ」
ホテルに戻って、ミーティングルームの中。アスカとティーラがホワイトボードに仁王立ちになりながら、セロに笑顔を向けた。
「そこのタプンタプンとはどういった関係なのかな? 三行で説明しなさい」
「知り合いの
「そんな?! あんなに熱い言葉をかけてくれたじゃないですか!」
「……この胸尻オバケはこんな事を言っていますが、セロさん、セロさん?」
「いや、さっぱり。何が何だか俺も分からないんだが」
セロは簡単に説明をした。南巽で出会った、腕が良かった、買った。あとは前の街での狩りの合間にちょくちょくと障壁の方陣を見に行ったり使い方の相談をしたり。3行もない説明の後、セロはそういえばと言葉を付け足した。
「熱いかどうかは分からないが、褒めたことは褒めた。方陣のことだ、普通に出来が良かったから」
「……それだけ?」
「他に何を言う。それよりもシャン、店の方はどうしたんだ?」
出張という風にも見えないし、どうしてあんな所で空腹に倒れそうになっていたのか。セロが問いかけるも、シャンはそそくさと視線を逸らした。
「……ねえ、おねえさん。
「支払い、まだ済んでないんですよね」
取り敢えずと先ほどシャンが食べ散らかしたこのホテルの食事代は、私達の胸先三寸である。遠回しに告げると、シャンはだらだらを汗を流し始めた。
それでも答えようとしないシャンに、アスカは真顔に戻って告げた。
「――ティーラ、フロントに通報をお願い。ここに食い逃げ犯が居ますよーって」
「待って待って待って下さい! 分かった分かりました最初から話すから!」
シャンはわたわたと慌てながら観念した。そして厳しい3対の視線が集まる中、セロが店に来なくなった一週間前のことから話し始めた。
セロのアドバイスを元に服装を変えたり売り方を工夫した結果、売上が倍増したこと。これなら返済も大丈夫だと思っていた矢先、隣の同業者であり幼い頃からの知り合いのオジサンの様子が変になっていったこと。
「で、いきなり乗り込んできたの。泣く子も黙る
「で、迫られたと」
「……うん。今までの利子が必要だ、って。お金を渡したのに、強引に腕と髪を掴まれて外に引きずり出されてね。このままじゃ徹底的に汚される、って分かって―――気付いたんだ」
私が何を持っているのか、この方陣はどんな時に使うのか、仕方ないと諦めてもいいのか。
「そこで、オジサンが言うの。お前程度の腕じゃ、遅かれ早かれ同じことになってたって」
そこで、プツリと何かが切れたらしい。シャンはセロを見ながら告げた。
「はっきりと言ってくれたから、信じられた。俺が戦いに持っていくのは私の方陣だって」
だから、シャンは試した。どちらが正しいのか、渾身の証明を。結果は、一撃だった。ただの一射で、障壁もまとめて貫通された男たちは死んだという。
後は、無我夢中で逃げた。急いで着替えて、持てるものだけ持って、チンピラの車を奪ってこの街へ。到着寸前に事故を起こして車はめちゃくちゃに、シャンは足を引きずりながらここに辿り着いた。
「で、ポーションを買ったらお金も無くなっちゃって」
「……正当防衛っぽいけど、やっちゃったのね」
「俺達が言えたことじゃないけどな。でも、その後は? ギルドに登録は出さなかったのか?」
「ううん、狩人として登録はしたよ。試しに、狩りにも行った。でもこの周辺の魔物は強いから、私一人だと厳しくて」
南巽とは比べ物にならないぐらい、強くて厄介な魔物ばかり。数も多く、大勢に襲われればその時点で死ぬことが分かったシャンは、狩りで金を稼ぐことは諦め、方陣を売って生計を立てようとしたらしい。
「個人で、か。そういうの大丈夫なのか?」
「徒党との専属ならね。ただ、新参者には厳しいかも」
イカイツの件があったばっかりだ。それでなくても、商売とは縄張りに気をつけなくてはならない。店舗を構えるのが前提、個人に売り込みをかけるのにも流れのポッと出がいきなり、というのは忌避される傾向にあった。
「それで、ね。何人かは条件付きならって引き受けてくれたんだけど……」
「……愛人契約と抱合せ、って所でしょ」
アスカの言葉に、シャンが無言で頷いた。予想通り過ぎる内容に、アスカが蟀谷を押さえた。
「ったく、男ってのはどうしてこう……あ、セロは別だけど」
「……スタイルが良いから幸せになれる、ということでもないんですね」
女性二人が同情ムードになった。セロは置いてけぼりにされたような感覚に陥ったが、シャンだけはセロをじっと見ていた。
「―――嘘、じゃないんだよね? セロ」
私の方陣は綺麗だったんだよね、と。懇願するような顔で告げるシャンに、セロは苛立ち混じりに答えた。
「背筋伸ばせよ、胸を張れ
自分でもまずできないだろう、真円の如き一筆書き。あれがあったからこそ、俺達はあの道を越えられたんだと、セロは感謝の言葉を捧げた。
「それに……アスカ。方陣士としての腕は保証するぞ、何度も見ただろ?」
「うん、5つ並行起動できたぐらいだしね。それに、
「う、うん。全部、収納に収めてる。私、収納の範囲ならちょっとしたものだし」
概算で100平方メートルとシャンは告げた。それはセロの10倍でアスカの8倍、ティーラであっても2倍以上だ。それを聞いたアスカは、うん、と頷きセロに念話を飛ばした。
『―――何この人。メチャクチャやばいんだけど』
『ああ。既に現出に至ってるみたいだしな……』
『咄嗟に障壁ごと貫通……貫通って言ったよね。どういう出力してるのかな』
『分からないけど、戦闘もいけそうだな』
戦闘のセンスが無いと想定しても、方陣士としてはこの上ない腕だ。いざとなれば術師として動けるぐらいの力量もありそうだった。
『来てるね、風が来てる。私の好きな風が』
『怖いぐらいに順調だな』
装備も揃ったこともあり、態勢は万全と言えた。あとはこのホテルで宿泊しつつ地道に狩りと修行と経験を積めば、という話をしていたセロ達は、扉をノックする音に首を傾げた。
今時分なんでわざわざ、まだ規定の時間も過ぎていないのに。
そう思いながらアスカが扉を開けると、そこには「申し訳がない」と顔で語っているホテルのボーイらしき男が背筋を丸めながら立っていた。
嫌な予感がする。顔をしかめたセロが呟き、果たしてその通りになった。
―――30分後、セロ達4人はホテルの外で呆然と空を見上げていた。
「……宿泊拒否って、そんなの有りか」
「普通、無いわ。あり得ない。でも、そんな道理を引っ込めざるを得ない筋からのお達しがあったんでしょうね」
アスカは怒り心頭で呟いた。間違いなく、昨日に揉めた相手か、その取り巻きによる仕業だ。
だが、追求をしている時間はない。何よりも今日の寝床の確保が先である。そう判断した一行は街中を回ったが、どの宿にも宿泊を拒否された。
唯一、老朽化が進んだボロ宿だけがOKと答えたが、応対した男の表情を見たアスカはやっぱりキャンセルするわと宿を去った。
「これで全滅、っと……セロ、どうする?」
「寝袋を買って
セロの言葉にアスカとティーラが頷いた。シャンは経緯が分からず疑問符を浮かべていたが、歩きながら説明を受けると、憤慨の意志を表情に出した。
「じゃあ、そのイカイツって人の仕業なの?」
「分からない、ということにしておこう」
後は今日の寝床に移動してから説明する。そう苦々しく告げたセロに従い、4人は人数分の寝袋と食料を買うと、
夜闇の中、アスカを先頭に歩き続け、人の気配がなく老朽化しすぎていない廃墟を見つけると、セロ達はその上層階にまで昇った。
あちこちが埃だらけの罅割れだらけで、照明さえも見当たらない。暗く寂れたコンクリートの部屋の中、尾行はされていない事を確認したアスカからひとまず安全という事を告げられた一同は、ため息と共に腰を落とした。
「……はい、
「食料はこっちです」
収納から取り出したそれを互いに手渡し、セロ達はもそもそと食事を始めた。ホテルの食事とは比べ物にならないぐらいに味気なく、隙間風が埃を撒き散らすため、余計に不味く感じられた。
地面も冷たく硬く、いつまでも座っていたくない心地だ。その冷えた空間を更に凍えさせるような、アスカの呟きが部屋に響き渡った。
「……ここまでする? 私たち、ここまでされるような事をした?」
くしゃり、と携帯食料が握りつぶされた。パラパラと、乾いた粉が地面に落ちた。
「これ制裁よね? 調子乗ってんじゃねーぞ、って意思表示よね? 下手人は分かりきってるけど」
名士の顔に泥を塗った、と感じた者たちの仕業だろう。イカイツ本人とは思えないが、手段が手段だ。街中のホテルにまで手を伸ばせる者はそう多くない。最後のホテルも、恐らく罠だった。
そこに飛び込むよりは自分で選んだ場所の方が安全だと判断したアスカは正しく、だからこそセロ達は相手のやり口に強い怒りを覚えた。
恐らく、頭を下げれば元通りになるだろう。そのための工作だ、本気で仕掛けてくるなら手段が迂遠に過ぎる。気に食わない生意気な新人如きが調子くれてんじゃねーぞ、という罵倒を行為に置き換えてきているのだ。
謝らない限りは許さない、という意思表示。対するセロは、3人に問いかけた。
「ギルドに頭を下げて許しを乞いたい人」
尋ねる声に返ってきたのは、夜の静寂だけだった。
「意地でも頭を下げたくない人―――って早いな」
セロは苦笑した。言い切る前にアスカとティーラが素早く手を上げたからだ。だが、腑に落ちない点があった。シャンまで手を上げたことだ。出会ったばかりで、どうしてそこまで。尋ねられたシャンは、眠り難そうだけど、とアスカ達を見た。
「でも、えへへ……なんかみんなでこうしてキャンプするのも楽しいなあって思ったから」
「……あー、シャンさん? ひょっとして、今までずーっと一人で店を?」
「うん。この11年間、ずーっと。身寄りも無かったから」
8歳で両親が失踪してから、受け継いだ技術を元に何とか暮らしてきたとシャンは小さく微笑んだ。19歳。弩級のぼっち。アスカが、くっ、と涙を拭った。
セロとティーラは思った。
やっぱりちょっとチョロすぎないかアスカ(さん)、と。
「―――それじゃあ決まりね。とことんまでやってやろうじゃないの」
「力付くは無しの方向で、ですね」
イカイツ本人の仕業ではない、訴えれば改善されるだろうが、それは格好悪い。
誘い込んで脅しに来る者を迎撃して根こそぎぶん殴る、そこまでするような相手じゃない。
あくまで狩人として、だけど自分達の方法でやらせてもらう、と3人は意志を固めた。
「三人寄れば文殊の知恵、とも言うしね。何より、このアスカさんがいるから」
「えっ、ひょっとして年上?」
シャンが胸を見ながら言う。アスカはぴきりと額に青筋を立てながら笑顔を返した。
「違うわ。っていうか誰が看板娘よ」
「あの、誰も言ってない……」
「シャラップ! 取り敢えず寝床に関するアイデア!」
「……そうだな。野宿は旅の練習にもなるけど、休憩という点ではちょっと」
休息は重要だ、ひょっとしなくても運動と同じぐらいには。だが、安全が確保されているのが大前提。次に寝心地、次にコストだ。
それから4人はあーでもないこーでもないと話し合った。その中で一番アイデアを出したのは、アスカ。300年前の知識を元に、色々と提案を重ねていった。
「テント、は耐久性に難がある。コテージ、は木材の値段と組み立てる技術がネックね」
アーケードのように、トレント系の魔物から削り出した木材で建てられた設備は強度が高く、取り回しが効くことから重宝されているが、4人が休めるスペースを確保するだけ、となれば少々値が張る。隙間風もなく、きちんと組み立てられるかどうかも未知数だった。
「いつまでもこの街に居続ける訳でもないしね……出来れば携帯性も欲しい所だけど」
荒野を抜けた時にも感じたことだが、安全な寝床というのはあると無いのとでは命に関わってくる。先の夜のことに関しても、夜闇をものともしない魔物が出れば、最低でも一人は欠けていただろう。いざとなれば持ち運びが出来る休憩所を、と考えたアスカは、ぽんと手を叩いた。
「そうだ、キャンピングカーがあるわ! ……あー、でもすっごい高いでしょうね」
「車が最低で1000万イェンから、でしたから……」
車は本体だけでなく、魔物が嫌う特殊かつ高級な塗料が必須のため、かなり高価になってくる。更に様々な心具が盛り込まれているであろうキャンピングカーの値段は、恐らくだが2000万イェン以上。現時点では、とても手が届くようなものではなかった。
「とはいえ、テントっていうのもね……いっそ魔物避けの塗料を表面に塗りたくってみる?」
「それは、厳しいと思います。塗料はあまり人体には良くないらしいので」
密閉性がないテントの中で長時間晒される、というのは中毒になる可能性がある。ならば別の案は、とセロ達は意見を出し合った。
だが、いい方法が浮かばない。夜も遅く、予定の時間を大幅に過ぎている。明日の事を考えればそろそろ眠りに付いた方が良さそうなぐらいに。
そんな集中力が切れかけた時に、セロがふとした思いつきを言葉にした。
「キャンピングカーの概要を聞いたけど、良い案なんだよな。でも、車自体は今は要らなくて……なんなら、そこだけ取り外しできたらいいのに」
「……セロ?」
「? いや、ふと思っただけだ。車じゃない、住める場所だけを手で持ち運びできれば――――」
無茶だよな、と言いかけたセロはある事に気が付き黙り込んだ。そして、セロだけでなくアスカとティーラは一斉にシャンを見た。
シャンは眠そうな目でうとうとしていたが、視線の圧にびくりと肩を震わせた。
「え、な、なに……? もう朝?」
「―――ある意味では夜明けだね」
「候補はあるよ、私知ってる。駅になら絶対に置いているし」
全てではないが、大半の要素を満たしている。これしかないと思った3人は眠りについて。
そして翌日の早朝、4人は駅に出向いていた。まだ薄暗く肌寒い空気の中を歩き、駅近くの集積所へ。そこに、目的の物はあった。通りすがりの駅員に聞いた所、値段は大きいものでも100万イェンに収まるという。
「思った通り、安いわね―――コンテナ」
シャンの収納にすっぽり収まった、未塗装の大型コンテナ。あとは魔物避けの塗装をすれば、とアスカはしてやったりの顔になった。
「しかし、よく売ってくれたな」
「……派閥というか、系統的に別だと思いますよ。利権の大きさを考えると、駅員やその関係者は街ではなく鉄道員としての所属になっていると思います」
地元密着の宿泊施設には強いかもしれないが、それ以外にはあまり影響を及ぼせないのだろう。ティーラの予想に、アスカが同意した。
「ちょうど在庫があったのも良かったわね」
「偶然ではないみたいです。駅員さんに少し尋ねましたが、大手の徒党では導入している所があるみたいです。遠征用の拠点として」
上級ランクの収納術を扱えなければ不可能だが、シャンは既にその域に達している。ティーラも、現出に至れば恐らくは同等になるだろう。
「でも、シャン……本当に良かったのか?」
「うん。私も、落ち着いて作業できる場所が欲しかったし」
この規模のコンテナであれば、大きなテーブルも置ける。雨風や騒音が入ってこない、ぐらぐらと揺れることもない作業場というのは方陣士にとっては必須となる環境だ。
むき出しで持ってきた仕事道具も、コンテナに配置できるなら把握もしやすい。コンテナハウスという拠点は、作業場が欲しかったシャンにとっても願ったり叶ったりだった。
「でも、色々と事情があるからな……取り敢えずは、仮のメンバーということで」
詳しい事情は、安全を確保できた後に説明するから、その上で決めて欲しい。そうセロから告げられたシャンは頷き、ひとまずは同行するという事で同意を示した。
そうして、日が昇ったセロ達は人づてに聞きながら塗装屋へ。そこで一つ、予想外の事態に出くわした。塗装の費用が500万と、想像以上に高かったのだ。出来上がりこそ3後日と早いものの、コンテナハウスの中に設置する家具の費用を考えれば少し心もとない。
そのため4人はコンテナを預けた後、ギルドに赴いた。途中で色々な視線を向けられたものの、意に介さない。嫌がらせによる苛立ちよりも、コンテナハウスといった自分達だけの拠点に対する道に気分を高揚させていたからだ。
「……中級への昇格、承りました。ですが、この街ではここからがスタートですので、あまり自惚れないように」
「はい」
「他の徒党の足も引っ張らないように。環状線であるこの街の魔物は田舎とは違う、一筋縄ではいかないものばかりですから」
「助言、ありがたく」
「……では、第5地区へ。時間がないので、急いだ方が良いですよ」
「大丈夫、走っていきますから」
受付を済ませた4人は、小走りで移動用のバスがある場所へ向かった。嫌味を完全にスルーされ、呆然としていた受付の女性を後にして。
受け取った地図には、難度7と書かれていた。この街特有の基準らしく、難度は1~10まで設定されているという。
出現する魔物はピンからキリまでだが、出没する平均ランクは5、時にはランク7の魔物も出現することがあると担当区域を示す地図の横に書いてあった。
「アイアントードにクラッシュバード、アイスオウガ、ブラックバーチに
「今まで出てきた魔物もね。ランク7は流石に少ないけど、一ヶ月に一度の頻度で遭遇するって。でも、アテにならないかも。最近は強い魔物ばかりが増えてるって話だし」
セロの呟きに、アスカが魔物の出現確率について答えた。狩人の戦死者は去年の倍を越えそうなペースだという情報も添えて。
『よそ者の私達に対してピリピリしているのは、それが理由なのかもしれませんね』
あまり聞かれたくない会話のため、ティーラが念話で問いかけた。アスカは頷きながら、それだけではない不安を口にした。
『そういえば、南巽でも同じだった。魔物の密度が増えてるってこと』
ゲンが嘆いていた時の様子を、セロとアスカは思い出していた。あちらでも原因は不明だが、強い魔物がよく出てくるようになった事は間違いないらしい。
ある意味ではチャンスだと、セロは呟いた。その強い魔物を多く討伐すれば、余計な手出しが減るかもしれないと考えたからだ。修行にもなるため、一石二鳥と言えた。
『頑張ろうね、みんな。ただでさえ資金不足なんだし』
そうだな、とセロは頷いた。ただ、やる事は変わらないと思っていた。修行のために、報酬のために、命を賭けて戦うだけだ。ティーラの防具だけはまだだが、新しい武器もある。
荒野を突破したことにより、地力も上がった。どこまで強くなっているのか、セロは試したくて仕方がなかった。
その欲求は、到着して間もなく叶えられた。到着地点付近に、魔物の群れが発生していたからだ。奮戦する担当官らしき強そうな男と、必死に戦っている狩人達。バスの窓からその様子を見ていた狩人達は、到着するなり次々に飛び降りて戦闘に加わっていった。
セロ達も同様に、戦火の中に飛び込んだ。外に降り立っては駆け出し、正面の魔物を打ち崩していく。
『―――そいつ、アイアントード!』
ランク5だが防御力が高いことで知られている、鉛色の蛙。体高にして1.5mだが、油断はできない相手。
全てが初見で、慎重に行くのが定石。
だが、セロは戦っている者の様子を見るなり、正面から突っ込んだ。
無策の無謀と見たのか、蛙の黄色い瞳が殺気を帯びる。
直後、セロは剣を横に振った。
甲高い金属音に、蛙の硬い舌が空中を踊る。蛙の口から繰り出された舌による刺突を、セロが剣で打ち払ったのだ。
(―――いける)
セロはいつもと同じ動作をした。全身を強化し、柄を握り、踏み込むまま流れるように剣を振る。だが、前の街に居た頃とは違う手応えを感じた。
しゅらりという刃が通る音がする。間もなくして、切り飛ばされたアイアントードの上半身が地面に落ちて、ごろごろと転がっていった。
周囲から息を呑み、絶句する様子が。セロは意に介さず跳躍すると、前線の奥で孤立していた徒党の元へ、苦戦していた4匹のアイアントードへ剣を叩き込んだ。
落下の速度全てを威力に変え、一刀で両断された1匹は左と右に分かたれた。
―――仲間の死を前にしても、魔物は怯まない。本能のまま厄介な敵を察知するだけだ。アイアントードは急に飛び込んできた敵こそを殺すべきだと、最大の武器である舌の発射口を向けた。
直後に飛んできたナイフ、3匹全てが片目を失い、
「―――
「応」
たった一言。答えたセロは息を吸い、心素を巡らせて腰を落とした。
そのまま、踊るように前へ。とととん、という歩法と共に放たれた連撃は以前の比ではなく、するりと抜けたセロの背後で、3匹のアイアントードの首から上が飛んだ。
我流、四神楽―――転じた異名を、“死神楽”。
アルセリアがそう名付けた剣技であり、以前の自分では使えなかった高等技。それが再現できたことにセロは口元を緩ませ、自分の成長を噛み締めていた。
「なんて、浸ってる場合じゃないか。奇遇だな、リュウドウ」
「――セロ?」
「見た通りに。前は任せて、回復を」
戦い続けて疲労していたのだろう、リュウドウ達の徒党を助けたセロは殿を務めた後、仲間の元に戻った。
相談なく飛び込んだことでアスカに小突かれながらも、助けられたんだからとセロは主張した。その後は、徒党としてセロ達は戦った。
セロを前衛に、アスカはフォローと弱い魔物を狩り、ティーラは治癒と弱い方陣術による牽制を時々はさみ、シャンは障壁を使って自分とティーラを守っていた。
その中で、セロだけは最後まで前に出ていた。
まるで、新しい玩具を手に入れた子供のように。剣を振るっては狩人という名前の通りに、最後まで前線に立っては魔物の首を狩り続けた。
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