28話:街の中心部にて

翌日、セロ達は駅へ続く大通りを歩いていた。道路には絶えず車が行き交っている。故郷の街とは大違いだなと、セロは改めて自分が大きな街にやって来たのだと実感していた。


それでも、やはり古い建物も残っていた。だが、駅に近くなるにつれて町並みは刷新されたものばかりになっていた。


「ん……アスカ、あれは?」


「あー、昔で言うスーパー銭湯っぽいけど」


なんていうか、大きい。20倍とまではいかないが、5倍ぐらいになっているのではないか、と思えるぐらいに地上20mの高さに堂々と看板が出されている“延命の湯”という施設は大きかった。


それを横目に通り抜けると、柱で支えられた大きな道が見えてきた。あれが高架鉄道だと、アスカが解説をする。人や車が通る道路を邪魔しないようにと、高い位置に建てられた鉄道だ。その近くには詰め所があり、ベテランのような使い手が常駐しているようだった。テロ対策かな、とアスカが呟いた。


「……アスカ、これは落ちてくる心配はないの?」


「大丈夫に作られているんだって、ティーラちゃん。この近鉄線は街にとっては物資的な意味での生命線だろうし」


異世界にはこういったものはないのだろう。アスカはちょっと弱気になっているティーラの目を見て微笑ましそうに頭を撫でた。


途中でセロがぴくりと動いたが、アスカは小さく頷き、ティーラと手を繋いだままガード下を通り抜けた。照明で照らされた超短距離のトンネルっぽいそこを抜けると、大きな交差点が見えた。


「あれは……商店街?」


「そうだよ。あそこを左に曲がれば駅だね」


確かに、とセロが頷いた。人の流れと密度が全然違うからだ。人の声によるざわめきも大きく、車と人の声と、ガチャガチャとした金属音が組み合わさっているため、強化した耳には少しばかり辛かった。


『……五感の強化は止めようか、セロ』


『みたいだな。全員が素のまま歩いている』


念話と視線で、二人は確認しあった。使い手による心素の強化は、同じ使い手であればぼんやりと感じ取れる。セロとアスカが見た所、通りを往く人達は何も強化をしていなかった。


ここで自分達だけが強化をすれば、かなり目立ってしまうだろう。つまりはそういう事かと、セロとアスカが小さく頷きあった。


交差点の角を曲がり、商店街に辿り着いた時には、その顔は引きつったものに変わっていたが。


「―――多いな」


「何のイベントも無いって聞いたのに」


300年前の梅田もかくや、と言うぐらいに商店街がある通りには人で溢れかえっていた。この中を抜けるのは、と思ったアスカだが、そこに変な看板を見つけた。


そこには上を示す矢印と、“無茶をせずに昇れる方限定”と書かれていた。どういう意味か、考えている内にアスカは理解した。


商店街の通りの上にある、硬そうな木材で出来ている雨除けのアーケードに、使い手らしき男達が足を強化して飛び乗ったからだ。ふと視線を上げれば反対側も同じようで、混雑した道の上を一部の使い手らしき人々が悠々と歩いていた。安全とかどうなっているんだろう。アスカは遠い目をしたが、これはこれで便利だと受け入れた。


「じゃあ、ティーラちゃんよろしく、セロ」


「分かった」


「え……きゃっ?!」


アスカが軽々と飛び乗った後、セロはティーラを横抱きに抱えるとアーケードの上に飛び乗った。高さにして3m上の、そこに広がっていた光景を見てアスカは感動のため息をついた。


「広い……! これならすぐに駅前に辿り着けそう」


「だな。しかし……混雑しているというか、なんというか」


「カオスね。色々と……セロ?」


「ああ。……ともあれ、想像以上に広いな」


見れば、アーケードがある通りだけではなく、駅の近くにあるのだろう商店街への足場も作られていた。高い建物の隙間を縫うようにして、あちこちへアクセスできるようになっているのだろう。中には忙しない様子で移動している使い手も居て、何を焦っているんだろう、とセロは不思議に思った。


「……警邏の担当をしている人かな? 服装もきっちりとしてたし」


「そうだろうな。町中に湧く魔物対策に、駆けずり回ってるんだろう」


結界内とはいえ、魔物が湧く数はゼロではない。想像の10倍はありそうな駅周辺の商店街の規模を思うと、この建物の屋根の下でランク3程度の魔物が出てきたとしてもおかしくはないとセロとアスカは感じ取っていた。


「っと、歩きながら話そうか……それにしても濃いーね、瘴気が」


アスカの呟きにセロは同意した。南巽の居住区内とは比べ物にならない、ちょっとした居住区の端ぐらいの濃度で感じられたからだ。


―――瘴気なるものが、どこから湧き出ているのか、どういったものなのかは未だに不明とされている。どういった成分なのかも分かっていないが、人にとって害悪なのは確かだ。心石の覚醒者であればほぼ大丈夫だが、未覚醒の者が長期間晒されていると魔物に変容した事例もあるという。


霧のような、淀んだ空気のような、濃い場所では肌をピリピリと刺してくるこれを何と捉えればいいのか、使い手達にとっても言い表すことが難しいもの、瘴気。ただ、これを生み出している者がいればそれは人類の大敵なのだろうと、誰もが察していた。


魔物の起源の一説に、“瘴気を吸った心石使いが転じて魔物になっている”とも言われていた程だ。魔物の数と強さを考えるとそれはあり得ないと一蹴されていたが。


『……駅周りが特にヤバイ。環状線が瘴気を循環させているって噂を聞いたことがあるけど』


『そうなる理由が分かるな。そろそろ到着だけど……どうした、ティーラ、さっきから静かだけど』


見下ろせば、ティーラは赤い顔をして硬直したままだった。熱かと思ったセロがそっと額を触るが、平熱だったため戸惑いが深くなった。


『……セロ、あそこ。降りる場所あるよ』


『ああ、分かってる』


アーケード上の道路から下へと降りる場所をアスカは指差した。地面に黄色い丸が描かれている場所だ。そこだけ人通りが無く、セロ達は軽やかな足取りで着地した。


「ほら、ティーラ」


「あ、ありがとうございます………その、重くなかったですか?」


「いや、全然。道中でも思ったが、少し軽すぎるぐらいだ」


強化するまでもない、羽のようだ。セロがそう告げると、ティーラは顔を真っ赤にした。


降りた所は駅近くの、環状線が走っている線路のガード下だ。人通りが多く、様々な通行人がティーラを横目に見ながら通り過ぎていった。その気配に気付いたのだろう、ティーラは恥ずかしい中でも咳を一つして自分の調子を整えると、セロに向かって問いかけた。


「あ、ありがとうございます……その、に、臭いは大丈夫でしたか?」


「……匂い? ああ、いい匂いだな」


隣のアスカが「今でも焼肉の臭いがすげー」と呟いているのを思うに、これは肉の料理のものなのだろう。腹も空いてきたし、先に飯でも食べたい。セロはそういう気分になった。


「アスカ、この近くで……どうした?」


「なにも? ただ、これは色々と教育やろなぁと思っただけ」


“情操”と頭が付くやつとか。勘違いをしたのだろう、耳まで真っ赤にしたティーラを横目に、アスカはジト目でセロを睨みつけた。


すると、近くから笑い声が聞こえてきた。耐えようとしているが耐えきれていない様子で、セロ達が視線を向けると笑っていた男は「あ、やべ」と言いながらも笑みを隠しきれていなかった。


赤色の屋台で、串焼きをやっている男だった。背は高く、190ほどはあるだろうか。がっしりとした身体と顔は、戦いを生業にしているのだと一目で分かるぐらいに鍛え込まれていた。


「……おにーさん、今の聞いてた?」


「あー、すまんな。だけど良いコントだったぞ、なんばでナンバーワンを目指せるぐらいに」


「なんでやねん。ていうか、花月あるんだ……」


「そりゃあこんな時代だからな……なんだ、アンタ達。田舎からのお登りさんか?」


「そんな所かな。で、オニーサン、それ串焼きだよね?」


牛の、と告げたアスカは値段を見て顔を引きつらせた。


「たっかぁ! 1本1万イェン?!」


「……まあ、牛だからな。高いけど、味はそれなり以上と保証するぜ」


答えた男は、どこか不満そうだった。美味しそうな匂いを発していて、見るからに丁寧に調理されているのが分かるのに、どうして笑顔で売らないのか。


考えていたセロは、屋台の奥にある、牛とは別に分けられている焼き場にあるものを見つけた。


「それは……ミドルウルフの肉か?」


「っ?! 確かにそうだが……分かるのか、兄さん」


「少し前まで調理していたからな……それは売り物じゃないのか?」


「あー、試作品のようなもんでな。これなら無料にしとくけど、1本どうだい?」


「ありがたく」


セロが答えると、男は嬉しそうに串を3本焼き上げ、使い捨ての皿に乗せてセロ達に手渡した。


「うわー美味しそう……炭火焼きだね、お兄さん」


「おう! できれば感想も聞かせてくれると嬉しいがね」


セロ達は頷き、それぞれに串を手に取り肉にかじりついた。セロは3つ一気に、アスカは一つづつ、ティーラは少し猫舌なのか熱がりながら。


もぐもぐと食べ終わったセロは、何度も頷いた後、感想を告げた。


「美味かった。……焼き加減もそうだけど、タレが絶妙だ」


「……そうか。タレについて感想は?」


「美味しいけど、少し濃いな。戦闘の後ならもっと美味かったと思う」


「へえ……兄さん、狩人か?」


「車も持てていない、成り立てだけどな」


「ってことは……荒野ルートで来たのか?! いやー、その目つき、ただものじゃないとは思っていたけど」


話している内に、アスカとティーラも食べ終わった。感想は似たようなものだが、二人にとってはタレが濃すぎるように感じたらしい。それを聞いた男は、がっくりと肩を落としていた。


「やっぱりなあ……タレで臭みを誤魔化すのもダメか」


「あー、そういう意図ね。牛の方は見た目、ジャストな加減っぽいけど」


魔物とは違う、食用の牛だろう。それを見たアスカは小さく頷き、3万イェンを取り出した。男は驚きながらも受け取ると、牛肉の串を用意する。


「さっ、二人とも。あ、心配しないで、おごりよ」


「……いいのか?」


「私が食べたかっただけだから」


一人買って、一人だけで食べるとか無理。そう告げるアスカから串を受け取った二人は、牛串にかぶりついた。


セロは食べるなり、目を見開いた。ティーラは無言でもぐもぐと何度も噛み、口の中に広がる牛の旨味を堪能していた。アスカも同様に、300年前を思い出してちょっと涙ぐんでいた。


―――美味しかった。たった一言を告げられた男は、苦笑をしながら礼を返した。


「偽りのない意見、ありがとよ。でも、やっぱりな……素材の差は覆しようがねえ」


「同じだったら誰も買わないよ。ただ、そうだね―――こういった肉はテンションが上がるし、狩人の携帯食としては十分に有りだと思うよ」


アスカの言葉に、男は目を見開いた。その反応を見たアスカは、やっぱりと頷いた。


「な、なあ……今のだけで分かったのか?」


「分かりやすいもん、おにーさん」


でも、と言いかけた所で横合いから声がかけられた。その発生源はいかにも狩人らしい、それも大手の徒党と一目で分かる男だった。


剃り上げた髪に、目を引く豪奢な装備。背中の大剣は一目で分かる業物で、男が只者ではないと示す何よりの証拠になっていた。


「くっちゃべってんじゃねーよ、リュウドウ。予約の串20本、急ぎだ」


「は、はい!」


リュウドウ、と呼ばれた屋台の男は急いで串を焼き上げ、狩人の男に渡した。


「おう、代金だ。……親父さんと兄貴によろしくな。お前も、親不孝だけはするなよ」


「……っす」


リュウドウが頭を下げる。狩人の男は舌打ちをした後、セロ達を一瞥だけするだけで去っていった。いかにも自信に満ち溢れた様子に、セロは強者の余裕を感じていた。


「確かに、強そうですね……」


「知らないのか?! あ、そういえばお登りさんだったな……あの人がトップを務める“殺創旅団キリングジェスト”は鶴橋でも1,2を争う徒党だよ」


周囲からは尊敬と畏怖の目で見られている。リュウドウが告げた通り、道を行く人々は大剣の男に道を譲るだけでなく、すれ違う人のほとんどが男の威容に目を奪われていた。


「ふーん……抑止効果も狙って、かな? でも、リュウドウだっけ。凄い人と知り合いっぽいけど」


「……実家がな。アンタ達には悪いが、今日は」


リュウドウは気まずそうな顔で告げると、店を片付け始めた。セロ達は残っていても仕方がないと、その場を後にした。


色々と複雑な事情があるのだろう。3人ともが察していたが、駅に来た目的は情報収集ではない、授業だ。アスカは駅のホームを指差し、ここが街の中心だと説明し始めた。


「気を切り替えていくよー。で、昨日の授業は覚えてるかな、セロ?」


「ああ。広がった街は、それまでの地図を役に立たない紙くずに変えた……だから、当時の人達は駅を目印にしたんだよな?」


大空白の際に起きた大阪の街の拡張は等間隔ではなく、地域によって差があった。どこからどこまでが元の街で、どこからが隣街なのかわからなくなった。


改めて線引をするにも、どこを中心として“その街”とするのか。その基点に選ばれたのが、交通の要所である駅だった。


どういう訳か拡張後も線路はそのまま延びていた。そのため、街どうしの大まかな位置関係を把握するためには、駅という目印は何よりも分かりやすかったのだ。


「物資の集積所にもなっているからね……幸い、人力だけは崩壊前とは比べ物にならないぐらい高まってたし」


長距離は車で、短距離は人力で、強化された使い手は時にコンテナごと運べる。故に駅周辺は人口密集地帯であり、物資集中地帯にもなるのだ。


「ギルドも駅に近いな」


「そうだね……あ、そういえば中級昇格の手続き。すぐに済むって聞いたけど、済ませておく?」


「それもありだな……」


告げながら、セロがアスカと目を合わせる。だが、アスカは黙って首を横に振った。セロはため息をつきながら、指の骨を鳴らす。


「それじゃあ、武器の調達を先にするか」


「賛成。かなーり歩き回る必要があるみたいだけど」


駅周辺を覆うアーケードや、密集した高い建物の下に広がっている商店街は、広大の一言だった。何より雑然としているため、一日ではとでもじゃないが歩き回れないほどに混沌としていた。


「……まずは、人通りが少なそうな所から」


「そういう場所に限って掘り出し物があるかもね」


セロ達は談笑しながら移動を始めた。人通りが少なく、死角になるような場所へと。


「しかし、不安だな。俺も、


「だねー。私も、


「……そうですね、


ティーラが強張った顔で呟き――――その直後だった。物陰から、ティーラを目掛けて、覆面で顔を隠した男が飛び出てきたのは。


襲撃者は素早い足取りで腕を広げながら、ティーラの小さな胴体をかっさらおうと飛び込んだ―――予想していたセロが置いた、前蹴りの足の裏の前に。


ずどん、と重たい音が。腹に直撃を受けた襲撃者は膝を屈するとのたうち回り、苦悶の声を上げながら反吐を撒き散らした。


それを見て慌てたのか、アーケード上から仲間であろう覆面をつけた人物が飛び降りてきたが―――


「ほいっと」


着地点を足払いでアスカに狩られ、後頭部を思い切り地面に叩きつけて気を失った。


これで奇襲の有利は無くなった、残りの気配は二人、数の上では同等だが――――


(まだやるか)


そういうつもりで良いんだな、とセロの表情が変わる。そして、振り向きざまに背後からの攻撃を受け止めた。先ほど倒した者とは違う、覆面をした新手の攻撃は鋭さと重さが段違いで、セロは受けた腕に痛みを感じた。


だが、完全な戦闘態勢に入ったセロは意に介さない。相手は何かを感じたのだろう、収納から取り出したらしい、小さいナイフで腰を落とす。


おい、と声が聞こえて、相手の一部が動揺を示した。それでもセロは止まらず、堂々と覆面の男に近づく。


(いや、子供か)


背丈と雰囲気から、15程度だろう。少年らしき覆面の相手は、セロの戸惑いを侮りと見たのか、呼気と共に踏み込んでナイフを突き出した直後に天井を見上げた。


「っ?!」


投げられた、と途中で察したのだろう少年は受け身を取るも、硬い床に叩きつけられたダメージは大きかった。それでも寝転んだままでは追撃が、と立ち上がった所で硬直した。


いっそ優しいほどに、顎と蟀谷に添えられた手。そこから感じられる感情を前に、言葉を発することさえ出来なくなっていたからだった。


「―――お前は、俺の敵か?」


「え……」


セロの問いかけに、少年は掠れた声で呟く。


淡々と、セロは同じ問いかけを繰り返した。


「お前は、俺の敵か? ―――俺から仲間を奪うのか?」


手の位置は変えず、繰り返す。その声色に、少年は何も答えられなくなった。


あ、と意味のない呟きを零すだけしかできない。アスカに倒された仲間を気にする余裕もない、答えを間違えれば死ぬ、それを強制的に理解させられていた。


「俺たちはお前たちに態と聞かせた。中級の狩人に昇格予定だと。それを承知の上で襲ってきた……つまりは、そういう事だよな?」


それでも構わない、襲って奪って殺そうとした。


「俺たちがアーケード上に飛び乗ったからターゲットにしたんだな? そこから気配が怪しくなったからな。つまりは、後腐れが無いと踏んだ訳だ」


勝算があり、遺恨も恐らく残らず、殺しても問題がないからと挑んできた。ならばもう語ることはないな、とセロは告げた。


「これが最後だ……お前は、俺の敵だったんだな?」


そうであるならば、とセロは殺気を発した。そこで、アスカとティーラがセロの異変に気が付いた。まさか、と止めようとするが既にセロの手には最後の力がこめられようとしていて―――手遅れになる直前に、セロの手が横から掴まれた。


「止めときな、兄さん。そいつは、手を汚すような価値がある奴じゃねえさ」


「……アンタは?」


気配を感じなかった、とセロが警戒を深める。乱入してきた男は口に煙草を加えたまま、小さく笑った。年の頃は50代ぐらいだろう、見るからにボロボロだがセロには分かる、相当の手練だ。だが、どうして介入してくるのか。視線で問いかけたセロに、男はへへっと笑いながら答えた。


「ただの通りすがりのオッサンのお節介さね。……忠告しとくが、そいつを殺すとこの街には居られなくなるぜ」


「かもしれないな、だからどうした?」


殺そうとするなら、殺されても仕方がない。それが心石使いの数少ないルールの一つだと、セロはラナンから教わっていた。


「こいつらはティーラを襲おうとした。金が目的だろうが、俺の知ったことか」


カイセイにひどい目に合わされた少女を、今も癒えていないだろう女の子の心を力づくで脅かそうとした。それを許せるかと問われれば、鼻で笑って否定するだろう。ぐぐ、と力がこめられていく様子に、男は苦笑しながら目を細めた。


「だが、殺せば街を敵に回す。お嬢さんは、より強い敵に襲われることになる……そいつらに聞けば分かるさ」


問われたセロは、倒れている敵達に視線で問いかけた。対する反応は、慌てて頷いたり、大きく頷いたり、何度も首を縦に振ったり。嘘ではないらしいと気付いた所で、アスカが問いかけた。


「じゃあ、こいつは何処の誰なの? 女の子を攫って金をせしめようとした、ケチでゲスなクソガキの素性はなに?」


問いかけるが、誰もが黙り込んだまま答えは帰ってこない。それを見たアスカがため息をつくと、セロに念話でお願いをした。


『殺すのは、ちょっと拙そう。相手の素性が分からないから』


『……だが』


『この変なオッサンの言っている事が本当なら、私達のためにはならない………お願い、リーダー』


懇願するような、アスカの眼差し。セロはそれを見るなり、舌打ちをすると拘束していた少年の覆面を剥ぎ取った。やはり、見覚えがない。だが、誰かに似ているような気もする。


迷ったアスカは、少し離れた場所にまだ残っていたリュウドウを連れてきた。どうしても、と急いで腕を引っ張られた彼は、セロが拘束している少年を見て頭を抱えた。


「噂には聞いていたけど、マジっすか――――タクマ君よ」


「……やっぱり。この子は有名人なの、リュウドウさん」


「今代イカイツのダンナの孫だ。……良くない噂ぁ聞いちゃいたけど」


つまりは、鶴橋のギルドの副長の孫。名士として知られている一族の一員という訳だ。年の頃は13歳らしいが、使い手としてギルドにも登録されている。そこで、タクマが声を上げた。


「そ、そうだ。じいちゃんは、あのイカイツだ……だから」


まさか、殺せる筈がないだろうとタクマが言う。同意見だったのか、襲撃者を含めた周囲の空気が次第に緩んでいく中で、そうか、とセロは呟いた。


「――つまり、俺たちの情報を売ったのはアイツか」


それまでの比ではない殺気が、セロから吹き出た。抱えられたタクマの膝が、カタカタと震え始めた。


「な、ばっ………お前、正気か?!」


「正気だからこそだ。敵は殺す。殺される前に殺す。その敵が分かった、ならやる事は一つだけだ」


先手を打たれては、何もかもが遅いのだ。故に、先手の奇襲こそが未だ弱小な自分達の生命線となる。手遅れでないのならば、ここから逆転する目はある。


(リスクはあるが、ここで一人減らしておくのも手か)


この少年も才能はあるのだろう、相手の戦力として数えられているかもしれない。セロは慌てた様子のアスカに気が付かず、両手に力を込め始めた。偽りのない殺気を背後に感じたタクマが、口の端から泡を吹き始める。


そこで、セロは背後で剣を抜く音を聞いた。まずい、とタクマから手を離して横に転がり、それまで頭があった場所をやる気のない風切り音が通っていった。


セロは転がる勢いで素早く立ち上がると、仕掛けてきた者を睨みつけた。


「なんのつもりだ―――通りすがりじゃないのかよ、オッサン」


「お前達のためを思ってだよ、若造……分からないか」


セロは、そこで気が付いた。警邏の足音が徐々に近づいて来ているのだ。逃げる理由はない。無いが、最悪を考えると留まる理由もない。


どうするべきか。迷っているセロ達に、声がかけられた。


「いいさ、ついてこい若造―――ま、強制はしないがね」


どちらにするか、好きにすればいい。男はそれだけを言い残して、商店街の奥へと走り始めた。セロ達は一瞬だけ迷い周囲を見回したが、3人まとめて男を追って商店街の深くへと入り込んでいった。


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