27話:ここより先へ
「と、いうことでミーティングを始めます!」
ホテルの中の会議用の一室で、ホワイトボードを背にしながらアスカが宣言した。セロとティーラはぱちぱちぱち、と消極的な拍手を返した。
「ありがと。あ、一応言っとくけどこの部屋は完全防音だから。宿泊してる徒党が使うからって、そういった対策は万全みたい」
だから何でも言ってオーケー。アスカの言葉に、セロとティーラは頷いた。
「それで、何を話し合うんだ?」
「色々と決めなきゃならないことがね……まずは私達の徒党の名前。チームでもパーティーでもなんでもいいけど、名前がないと締まらないからね」
「そういうものか………ん? チームだって?」
自分の目的は告げた筈だ。なのに表立って仲間になることの意味を知っているのだろうか。視線で問いかけるセロに、アスカが小さく笑いながら頷きを返した。
「一緒にぶっ殺しましょう。前から気に食わなかったのよね、貴族とか」
「私もです。貴族は
軽い感じのアスカと、年季が入った恨み節のティーラ。ティーラの方は王都の実家で何かあったのだろうか。アスカは聞きたかったが、予想外の言葉が飛び出たことから、追求する勇気をそこらへんに放り投げた。
「もちろんそれだけじゃなくてね。私達は命の恩を返せる。かよわい女一人じゃこの世界で生きていくのは心もとない。集まれば数の強みを活かせる。何より寂しくない、私達が嬉しい、オーケー?」
「……だが。失敗した場合を、考えないのか?」
「もしかしたら、に縛られていては何もできません。それに、私は何をした所で崖っぷちでですから」
アスカは300年ものの
ティーラは身寄りも身元も一切なし。狩人になるか、探索者になるかの二択しかない。だが、自分で戦って稼ぐ術も、身を守れるだけの実力もない。一人で放り投げられても餓死するか、借金で首が回らなくなって身体を売るかの二択だ。
「他の徒党に入る、というのは」
「いやです」
「……」
即答に、セロは二の句が継げなくなった。
だが、二人も悩んだ果てに決めたことだった。この場でグチグチと悩んで迷って苦しんで生きるよりも、心情的に正当性がある復讐の一員になった方が未来は明るいと考えた。二人はそう告げながら、胸を張って言った。
「と、いうことで徒党のリーダーはセロで決定! チームの名前は……うん、心石の名前で良いんじゃないかな」
「はい。カラーレスブラッド……属さない者という意味ではぴったりですね」
ティーラが頷くと、アスカがホワイトボードに文字を書いた。議題、我らが
「で、昨日はハッキリさせていなかった取り分のこと。取り敢えず、報酬の90%の1350万イェンはセロに。50万はチームの共同資金で……残り50万づつは、私達が受け取ってもいいかな?」
「―――は? いや、なんで俺一人が90%も。普通に等分でいいだろ」
斥候も十分な役割で、とセロが言うが、アスカは首を横に振った。
「流石に、それはダメだって。結局は足引っ張ってただけじゃない」
「それに、特に高値だったビルボード・トレントは、セロさん一人で倒したようなものですから」
「いや、そういうのじゃなくて」
納得できないセロに、これ以上情けない真似はできないとアスカとティーラは告げた。だが、セロはそれでも頷かない。3人は互いの意見をぶつけ合った。斥候が居なければ辿り着けなかったとか、剣がある場所を教えてくれなかったら、などといった助かった要素をセロは自分なりに主張した。
戦闘後の治療も、施されていなければ鬼の熊を相手に逃げ切れなかった可能性が高い。死ねば元も子もなく、助けてくれたのは二人だとセロは事実を告げた。
「でも、せっかくだから武器は良いものを揃えたいでしょう? 安物を買って戦闘中にまた折れたら、って考えると」
「最低限で大丈夫だ、特に高いものを買うつもりはない。使いこなせる気がしないからな」
何より修行中の身のため、武器の性能に使われるつもりはない。断固として意見を曲げないセロの主張に、二人は顔を見合わせた後、ため息をついた。
「……分かった。なら、共同資金として1000万イェンを。300がセロで、100づつが私達で。言っとくけど、それ以上受け取るつもりはないから」
それに、方陣術を―――特に障壁の購入に力を入れてもらいたい、というのがアスカとティーラの意見だった。回避優先のティーラより、正面切ってぶつかり合う役割のセロだからこそ、強度と範囲が広い障壁を手に入れてもらいたいのだという、徒党全体を考えての意見だった。
セロは、迷いながらも頷いた。一応は納得できる理屈だったからだ。
「じゃ、次ね。これからのスケジュールについてだけど」
まずは、今日一日は外に出ないこと。心素が全回復していない事と、疲労が残っていること。そして、外で危険に出会うかもしれないその前に、互いの持ち札を完全に見せ合おうというのがアスカの意見だった。
「……慎重だな。気持ちは分かるが」
「この街の治安のレベルが分からないからね。人相手の戦いに巻き込まれる可能性がある、って考えると不確定要素は排除しておきたい」
「万が一に備えるために情報交換を、ってことだな」
「そう。じゃ、まずは私から……とはいっても、隠してたもので能力と言えるものは一つだけなんだけど」
アスカは方陣の多重起動について説明した。最高で5つが可能であること。告げられたセロは、鬼熊の投擲を防いだ時の光景を思い出し、天才だな、と小さく頷いた。
「そんな、まだまだよ。5つを同時展開できるのは障壁と
「……他の方陣は?」
「えーっと、
それだけでも十分な能力だ。謙遜をしているつもりだが、尋常ではない。事実、セロは単純な障壁の方陣であっても2つを越えて展開するのは10年単位の修練が必要だと感じていた。
「課題は出力だね。数だけ多くても意味がないし。まだ
どう言い表せばいいのか迷っているアスカに、セロは分かっていると答えた。自分も同じだったからだ。ただ、最後のひと押しには大きな切っ掛けが必要だとも感じていた。
そのためだったのだろう、あの最後の擬似的な殺し合いは。苦虫を噛み潰したような顔をするセロに、ティーラはハッと気付いた視線を向けた。
「そういえば……覚醒から2年で現出に至るって、とんでもなく早くないですか? セロさんは天然の覚醒者で、ご両親からの受け継ぎじゃないんですよね」
「ああ、受け継ぎじゃないのは確かだが……早いのか?」
「早い方だとは思うけど……そういえば、周囲で現出に至った人ってあまり居なかったからよく分かんないかな」
実際、至った者は引く手あまたなのでギルドにあまり顔出ししていなかったような気がする。アスカはそう告げると、データが少ないから何とも言えない、と結論付けながらティーラに念話を飛ばした。
『ティーラちゃん、この件はちょっと待ってて。後で説明するから』
『え……セロさんの変な勘違いについて、心当たりがあるんですか?』
『師匠の二人の仕業。そういう教育方針だったみたい。自信をつけると慢心するから、って低めに評価して奮起させ続けるのが狙いだと思う』
復讐相手の強さを実感していて、復讐が最終的なゴールとして目指している者だからこそ出来る荒業だ。普通、心が折れる。少なくとも自分なら途中で逃げ出すだろうと、アスカはセロに対して鬼のような鍛錬を強いた二人の師匠の底意地の悪さを垣間見ていた。
意図的な勘違い系を演出しているのだろう。セロの熱意を活かすには上手い方法だと思うけど、とアスカはあまりにも厳しい方針について、頭を悩ませた。
(……いや、まずはセロから話を聞いてからにしよっか。どこまで教えてくれるか、だけど)
暴露するのか、しないのか。それを確かめる意味でもアスカは問いかけた。
―――結果だけを言えば、現状維持になった。アスカは教えられた能力を前に頭を抱えながら、深いため息をついた。
「また、さらりとヤバイことを。
「ああ。修行用にしか使えないけど、便利だぞ。鍛錬に使える時間が激増するし、覚えてからは成長効率がかなり高まった」
誇らしげに頷くセロの様子を見て、アスカは胸が痛くなった。同時に、師匠だった人物の思惑の一端も知ることが出来た。
普通は、夢を捧げようだなんて考えない。眠りはひと時でも安らぎだ。それを全て放り投げて自分の身体を苦しめ続けるというのは、狂人の発想だ。
(違う、8歳の子供だったから……だからこそ、師匠の二人はセロを鍛えたのかな)
夢を捧げて時間を確保するなど、師匠達によっても予想外だっただろう。それだけはアスカにも分かる。問題は、セロの本気度だ。
子供の無知&純朴さと大人以上の焦熱の殺意の両方を内に秘めているため、何が切っ掛けでどこまでかっ飛んでいくのか分からない。取り扱い注意の爆弾と同じだ。師匠とやらは小爆発を繰り返させることで鍛えたのだろう。結果が2年での現出というのなら、尊敬して然るべき成果だ。
問題は、成長した今。決定的に爆発してしまった後のこと。
普段であれば、まっとうな言葉であれば先程のように止まってくれる。順序立てて説明して、一理あるとするならば聞いてくれるのだ。
だが、復讐相手が目の前に現れたのならどうなってしまうのか。そうでなくても、名前と居場所が分かったのならば、と。脳内でシミュレーションしたアスカは、ヤバイね、と呟いた。
(……旅をしろ、かあ。そう告げた気持ちは痛いぐらいに分かるけども)
このまま行けば、どこまで行ってくれるのか―――そうした期待感を抱いてしまう何かをセロは持っている。復讐の心が原動力とはいえ真っ直ぐで、どんな障害も乗り越えてくれそうだ。
そして、心石使いの力量は乗り越えてきた苦難と死線の質と数で決まるという。街から街へ移動するだけで命を賭けなければいけないこの世界で、色々なものを見て回れば、どれほどまでに強くなってくれるのか。それを考えれば、この勘違いも奇跡的な巡り合わせだという見解をアスカは見出していた。
『でも、問題は私達がセロさんについていけるかどうか、ですね』
同じような結論に至ったのだろう、ティーラの念話での言葉にアスカは頷きを返した。もう二度と、足を引っ張る無様を晒すのはゴメンだったからだ。ついていってやろうじゃないか、といった強い気持ちのままに二人の少女は視線を交わした。
「ねえ、セロ。それって、私達も入り込めるのかな」
「……夢の中に? ラナンなら出来ていたけど、夢は専門家って言っていたからな」
色々と話し合ったが、やってみないと分からないという結論になった。それは夜に試すとして、最後にティーラが自分の能力について説明をした。
現出に至るまでもうちょっと、という点はアスカと同じ。特筆すべきは
後衛をしながら前衛の仲間に治癒を届けることが可能だからだ。アスカはうんうんと感銘を受けた後、真顔で告げた。
「ティーラちゃんは今後一人で歩き回るの禁止ね」
「……やっぱり、まずいですか」
「うん。隠していればバレない、って考えるべきじゃないと思う」
アスカも積極的に広めるつもりはなかったが、秘密とは得てして嗅ぎ付けられるものだ。そして、遠隔治癒は有用すぎる。想像することさえ憚れるような目に合うからだ。真剣に注げるアスカに、どういったものなのか、ティーラは恐る恐る尋ねた。
アスカは腕を組んで、天井を仰いだ。
「…四肢を拘束されて、戦場で持ち運ばれるんじゃない? 障壁専門の使い手が。それだけで移動タンクとヒーラーが兼用できる訳だから」
「便利アイテム扱い?!」
「で、便利じゃない? だから更なる最悪としては……継承魔法を使える人間を増やそうとするかな」
「便利アイテム製造器!?」
「うん、ランクアップしちゃう……ダウン? どっちにしろ世間体が悪いから、表向きは恋愛結婚って形でまとめるかなー。で、事情を知る私とかセロは確実に殺されるやつ」
世間体が悪いからと、ティーラを拉致した後に口封じに来るだろう。そういった事情から、私達は一蓮托生でもあると、震えるティーラに向けてアスカは優しく微笑みかけた。
「大丈夫だって。横の怖い顔してる人が守ってくれるから。ね、セロ?」
「……手前勝手な都合で子供を一方的に酷い目に合わせるクソは死ぬべきだと思っている」
はっきりと、セロは自分の意思を言葉にした。だよね、とアスカは頷きながらも、困った顔になった。
「私もそういう輩と、女を強引にモノにしようっていうクズは殺されても文句は言えないと思うんだけど……それだと片っ端からジェノサイドになっちゃいそうなんだよね」
それはまずい。狙われるたびに皆殺しだと敵が増え過ぎるし、心に傷を負いそうだし、何より目立つ。本懐である復讐に届かないかもしれない。そう説明した上で、アスカは折衝と交渉役を自分が担うことを伝えた。
「ボコボコにすれば諦めるかもしれないし……最善は手を出されないように威圧で、ね。良い意味で目立てば、ネームバリューが生きてくるし」
「そう、ですね。強くて有能であれば利益的な観点からギルドが守ってくれると思いますから」
社会的立場を上げてマウントを取ればいい。要約するとそんなことをアスカとティーラは説明した。
「……確かに、そうだな。分かった、二人に任せる」
そういったやり方があることをセロも知っていたが、自分にはできそうにないため、アスカに任せた。
「共同資金の管理は私に任せて下さい。できれば市場の調査もしておきたいのですが……私はこの世界のことをあまり知らないので」
無知が災いして、足を掬われるかもしれない。そう訴えるティーラに、アスカは任せてと自分の胸を叩いた。
「セロと一緒に、この世界で起きたこと……この300年だけでいっか。歴史について教えてあげるから」
「……いいのか?」
「全然オッケー。というより、嬉しそうね。てっきり嫌がるかと」
「勉強できる機会は貴重だ。もう少し頭が良ければ、と思ったことは何度もあった」
親が死んですぐ、ボロい孤児院に入れられた時のことをセロは思い出していた。アイネを抱えて二人、偉そうな大人と年上の子供達に囲まれながら一週間。それだけを過ごしただけで、セロはアイネを連れて逃げ出した。
「……やっぱり、虐待とか」
「それもあったけど、一番辛かったのは……嫌気が指したのは、院長から命令されたこと以外に、何も出来なかったことだ」
一応、絵本はあった、でもお前には勿体無いからと読めなかった。一日のスケジュールは決められていて、黙々と私語もなく人形のように割り振られた仕事をするだけ。先輩の目が死んでいるのが印象的だったと、セロは遠い目をした。
「何人か耐え切れずに自殺したからだ。だから逃げた……でも、そこまでだ。外に出ても同じだった。誰一人として、俺たちに生き方を教えてくれる大人はいなかった」
ゴミのように扱われている所を、同じような境遇にあった仲間に拾われた。そこからずっと石を拾って生計を立てていたが、セロはもっと色々と知りたかったとアスカの方を見た。
「だから、嬉しい。思えば、今のこの世界がどうやって出来たかとか、考えたこともなかったから……どうした、アスカ。虫か?」
「…ちょっと、目にゴミがね。でも、分かった。そういう事なら気合入れて頑張るから」
アスカは奮起した。だが、ティーラの意見を聞いて悩み始めた。昨夜のことだが、江戸時代がさっぱり分からないというのだ。それは当たり前か、とアスカは頷きつつも、前提の知識がない状態での授業は難しいと、300年前のことから話すことを決めた。
アスカはノートとシャーペンを二人に渡し、ホワイトボードを裏返すと、一つ息を挟んだ。
「―――
「……そういえば、詳しくは知らないな。大きな異変、という意味で捉えてるだけで」
「だよね。私も、去年に死んだ物知りのおじいさんから聞いて初めてしったから」
それは旧西暦2119年、10月21日、日本時間の16時37分に起こったとアスカは語り始めた。
一つ、16時37分から17時17分までの40分間に起こった出来事を当時の人達は誰一人として覚えていなかったこと。
二つ、空が閉じて大地は広がったこと。
三つ、特定の建造物が明らかな異変を遂げていたこと。
四つ、魔物が現れ始めたこと。
大きく分類して4つだと、アスカはホワイトボードに簡単に記した。
「順番に説明していくね。一つ目だけど、この時間に全世界の全人類……だけじゃなくて、犬や猫といった動物を含めた全生物が気を失っていたらしいの」
ペットは床に倒れ、外の鳥は地面に落ち、車は事故によってあちこちで燃え上がり。とにかく大変な事態だったらしいと、当時の文献には残っていたらしい。世界から盗まれた40分の、その時間の中で死んだ人間は大阪市内だけでものべ50万人にも昇ったという。
「で、二つ目だけど……セロにとって、空を言われて何色を思い浮かべる?」
「色? ……灰色だな。いつもどんよりとした雲のイメージだ」
奥には太陽が見えるが、基本はそんなものだ。夜になると多少は晴れて星が見える時があるが、どうして朝から夕方までの時間を日中と呼ばれているのか、セロは不思議で仕方がなかった。
「そう。私はね、青よ。空と言えば、爽やかな青しかイメージできなかった。雲も、雨雲は灰色がかって見えたけど、白い雲もあったんだよ。そして、大阪の街はもっと狭かった。……南巽から鶴橋まで、ゆったり歩いたとしても2時間程度の距離だったんだけど、信じられる?」
「……早めに走れば20分だな。つまり、物理的に広がったと」
「そう。どこからともなく大阪の街の隙間に入り込むように、ね。家、マンション、店舗、丘、川、砂漠、森林が街の中に生えた」
何かが壊れた訳でもない。ただ、昨日までのお隣さんが20軒は離れた遠い土地の人になったというだけ。それでも運がいい方だ。今で言う未踏破区域―――自然に呑まれてしまった地域もあった。
大空白の時に大阪府の面積がどれだけ広がったのか、詳しい数字は出ていない。20倍を下回ることはないという試算だけが中央府から発表されていた。
「3つ、これも2つ目と似たような感じだね。例えば、天王寺には日本で一番高いビルがあったんだけど……異変後は、世界一高いビルになっちゃったんだ」
「……は? ビルって、あの空まで突き上げてたあの?」
「それだよ。大空白の後、あべのハルカスっていうビルは雲まで突き破ってどこまでも伸びる神の塔になっちゃったの」
それから二転三転あり、今では天空ビルと呼ばれるようになった。何よりも、異世界との道が繋がってしまったとアスカはティーラの方を見た。
「天空ビルのエレベーター……ちょっとした絡繰で上下に動く箱のようなものね。人や荷物を高い建物の上に運んだりできるやつ」
「あ、似たようなものは見たことがあります。ですが、それが……?」
「834階のボタンを押すとね。ティーラの世界に行けちゃうの」
「………は?」
「異世界―――通称“ラグセミア”と、繋がっちゃったの。何言ってるか分かんないし私にもさっぱり分からないけど」
判明したのは、異世界“ラグセミア”から日本人が帰還したからだったという。アスカの言葉に、意味が分からないとセロが首を傾げた。
「なんで、そのえれべーたーとやらで上に昇れば異世界に行けるんだ? ……異世界が、この空の上にあるのか?」
「それは物理的にあり得ないかな。でも、何が何だか分からないっていう結論は300年経った今でも分かってないらしいのよ」
「……そういえば、家の絵本で見たことがあるような」
絵本のタイトルは、“冥府戦争~3英雄の奇跡~”。罪人が落とされると言われている死後の世界からの侵略を、ラグセミアの3国家の3英雄が阻止するというお伽噺だったと、ティーラは思い出しながら話した。
「あー……それだね。実際に起きたことを元に書かれていると思う」
「で、では……英雄が見つけた、竜光山脈の峡谷にあった禍々しく輝く扉とは」
「驚いただろうねえ、色々と。英雄……勇者達のほとんどが元は日本人で、大空白の時に異世界に飛ばされとは聞いているけど」
異世界で強くなって、冒険の果てに扉を見つけて、気合一発乗り込んで見れば元あべのハルカスだ。どんな気持ちだったのか、アスカは一度聞いてみたい衝動に駆られた。
「他には、ウメチカね。大きな地下街だったのが、大阪市内で一番の迷宮に早変わり! めちゃくちゃだよね」
西のウメチカ、東のシンジュクとも呼ばれるほどの、最下層が見えない超大迷宮と化した。訳分かんないけど、と言いながらアスカは地下鉄のことも簡単に説明した。
「恩恵もあったけどね。東大阪に生えたイテマエ鉱山とか……ネーミングセンスはともかく」
そして、魔物だ。お伽噺か空想の物語でしか存在しなかった人を襲い食らう恐ろしい怪物が大阪のあちこちに出現するようになった。ランク1でも鍛えた大人が一人でどうにか、というレベルだ。ぐちゃぐちゃになった世界で混乱していた人々は次々に死んでいった。暗黒の5年と呼ばれた時期は本当に酷く、合計で100万人が亡くなったという。
「……心石を使えば、どうにか出来たと思うけど」
「だよね。でも心石ってね、大空白前には影も形も無かったのよ」
異世界だけに、概念としてはあった。奇跡の宝石を手にした優れた人が、中に芽生えるものを自覚した途端に超人になるという“もの”が。
「それを体系化したのが、始原の3勇者。異世界に飛ばされた日本人だね」
特殊な力があったという3人はそれぞれに試行錯誤をして、心石というものを作り上げた。異世界でも様々な恩恵をもたらし、世界は劇的に変わる原因にもなったとアスカは説明し、ティーラは驚いたように目を見開いた。
「勇者様が心石を……? でも、そういえば大公の家系図も……」
「話を戻すよー。で、心石使いとしての勇者が大阪に降臨。生き残っていた人達を集めて心石を伝授し、その力で魔物を駆逐したの」
ラグセミアの3大国家―――
暗黒時代に終わりを告げる奪還戦争と呼ばれる戦いは長きに続いたが、10年をかけて大阪市民は自立できる所まで立ち直ったという。
「日本各地でも、同じようなことが起きていたらしいけどね。ただ、異変の度合は大阪が一番酷かったらしくて」
魔物の強さ、多彩さ。空間拡張の度合。迷宮の多さ、多彩さ、厄介さ。副首都として繁栄していた所から、まるで地獄の釜の底の底へ落とされた。魔都・東京と並ぶ、毎日が誰かの死で溢れている煉獄の街。
「だから、今ではこう呼ばれようになったの―――冥府・大阪って」
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