閑話の2
●
「叔父貴が殺されただぁ?」
豪華な革の椅子に座り、デスクの上に足を乗せながら、その鋭い眼光で報告書を読み上げていく。穏やかではなく、遠征部隊は皆殺しだという。信じがたい内容だが、写真付で報告が上げられて来ては信じざるを得ない。トオルは書類をデスクに放り投げた後、報告を持ってきた腹心の部下に濁った目を向けた。
「それで、殺ったのはどこの
「それが、不明なんです。マコト社長に至っては、本当に殺されたかどうかも分からず……」
現場の痕跡を調査した結果、地面の焦げ跡が怪しい。骨まで残さず焼き尽くせる
状況的に死んでいるだろう、ということは分かっているが、断定が出来ない。ややこしいことになってきたな、とトオルは舌打ちを重ねた。
「それで、相手のレベルは。お前のことだから分析は済んでるんだろ」
トオルの腹心であるメガネをかけた部下のヒロダは、頭がキレることで界隈では有名だった。何の準備もなく話を上げてくるはずがない。トオルが確信していた通り、ヒロダは一定の見解を用意していた。
「兵隊を殺ったのは、中堅以上。一方的に殺されてます。ただ、社長を殺った相手は……確証はありませんがほぼ間違いありません、2年前の契約が関係しているものと考えられます」
「……契約? ってことはあれか、流しのボンボンと結んだモンか。ユニオン出身っぽいいけすかねえ野郎に書かされた」
トオルはため息をついて、天井を仰いだ。だから止めとけって言ったんだ、と舌打ちをしながら。
「―――隠すべき所は隠すか。まずは叔父貴の死因については誤魔化せ。強い術師が居た、ということにしろ。仮にも同盟のトップが約定破りだなんて嫌な風に広まったら面白くねえ事態になる」
「分かりました。……元社長の女どもは?」
「解放してやれ。つーても娼館行きにしかならんだろうけど」
身元は無いし、養ってやる義務もない。トオルはコレ幸いにと、同盟の小型金食い虫だった女達を追い出すことにした。
「他に変わったことは?」
「へい。南巽の
現場には傘下の使い手が二人と、隣接する方陣魔術専門店の店主が一人、腹に大穴を開けた状態で転がっていたという。
使い手に関しては以前より素行が悪く、何度も注意を受けていた者たち。トオルは店の場所を聞くと、片眉を上げたものの、放置することを命令した。
「……よろしいので?」
「その女の情報は持ってる。想像できるんだよ、バカがバカをしたからバカみたいに死んだってな。……些事だ、気にする時間もねえ」
同盟の中核を成す戦技者がごっそりと減ったのだ。横柄な態度を貫いた前社長の負の遺産もあるため、他所の大規模徒党がここぞとばかりに仕掛けてこないとも限らない。これからの事を考えると頭が痛い、とトオルは元社長の無能を恨んだ。
「どうにもならねえなあ……俺が頭にならなけりゃ」
「はい。トオルさんが立たなければ、清々しく迅速に瓦解するでしょう」
ヒロダの見解に、トオルは分かってると答えた。年貢の納め時か、と呟いた後、トオルは足を降ろしてヒロダに命じた。
「代替わりの準備を進めろ。まずは内の結束の強化を優先する」
「承知。ただ、我こそはと名乗り出る者が居れば―――」
「呼べ。ここで俺が殺す」
虫を潰すような顔で、トオルが命じた。ヒロダは汗を流しながらも嬉しそうに、深く頷きを返した。
「それでは、これで。ああ、準備のために秘書のナルラを借りますが、よろしいですか?」
「当たり前だ、俺から連絡を入れておく……早く行け。少し考え事がしたいんだよ」
「承知しました。……中央への繋ぎは、どうされます」
「代替わり後、俺が直接行く。通信球でハイ交代じゃ済まん、それは不義理ってもんだろ」
トオルの回答に、ヒロダは満足したように頭を下げると部屋から出ていった。バタン、と扉が閉まってから30秒後。トオルは床に額がぶつかりそうなほど深く頭を下げつつ、それはもう深い深いため息をついた。
「はあ~~………叔父貴よう。道楽にも限度ってもんがあんだろ、クソ」
痕跡を見たトオルは確信していた、ほぼ間違いなくシェール家の一員、“ハイ”をミドルネームに持つ掛け値なしに危険な使い手の仕業だと。よりにもよって、と考えたトオルだが、拷問でもされたかと推測を立てていた。
(でも、そこまで追い込むとはな……誰かやったのか皆目分からん。心当たりが多すぎる……まあ、今となってはどうでもいいが)
確定情報として数えられるのは、マコトを殺った者は恐らく複数である事と、その中の一人にアスカという少女が含まれている事。だが、仮にも同盟の手練をまとめて皆殺しにした上で、4階建てのビルを木っ端微塵にするなど、尋常の相手ではない。
トオルは胃痛に効く香草の煙草を吸いながら、ぼんやりと現状を整理した。
(女の
部下と隣の店主のオッサンの腹を開けたのは、思い出したくもない“空芯”の方陣魔術だろう。部下の車も持ち去られていたことから、既に街の外に出ている可能性が高い。故にトオルは放置を選択した、まかり間違っても同盟ごと滅ぼされたくないからだ。
(……鍵になる小娘も、そうだ。覚えのない展開が多いな、今回は)
予想外の事態はいつも俺の心臓と胃腸を苦しめる。そう愚痴りながら、トオルは窓の外を見た。
「蚊帳の外、ってのも面白くねえな。金使って探るかぁ――――ようやく、ようやくかもしれないし」
誰が望んで始まったのか、今のようななんちゃってスローライフも、これで終わりになってくれるのなら。
トオルはため息をつきながら、煙草の火をガラスの灰皿に押し付けた。
●師匠たち
「―――待て。落ち着くが良い、ラナンキュラス」
「貴方に名前を呼ぶ許しを与えた覚えはないわ、
フルネームを呼ばれたカイセイの背筋に嫌な汗が流れた。細めの下で、瞳孔がゆらゆらと動く。
「物騒すぎやせんか? 何度も言っておるじゃろ。殺しとらん、実地で学ばさせただけじゃ。放任主義のお主のフォローをした点では、感謝されて然るべきじゃろう」
「……もっともらしい言葉ね。でも、誰が信用すると思ってるの? ジジイの悪趣味なんてとっくに知れ渡ってるのに」
ラナンは傍に控えていたカイセイの弟子を見た。緑色の長髪を静かに佇ませ、優しい笑顔を浮かべた美丈夫を。
―――全てが嘘だ。地面に散らかっている細切れになった肉を見たラナンは、心底嫌そうな顔でカイセイに視線を戻した。
「……殺した、って言葉に嘘はなさそうだから収めるけど。本当に次は無いわよ。他の師匠達に報せるのも禁止」
「了解じゃ。他に何か望みはないかの?」
「無いわ―――いえ、一つだけ。あの子に仲間は居た?」
「ほっほ、親ばかにも程が―――いや冗談じゃ。居たぞい、女が一人」
カイセイは黒髪の少女の特徴を教えた。ラナンは胡散臭いものを見る目でカイセイの言葉を聞いていたが、アスカ、という名前を聞いて顔色を変えた。
「……アスカ? まさか、あの―――」
「ほっ? どうしたんじゃ、急に」
カイセイが片目を見開いた。名前を聞いた途端に、ラナンが動揺を見せたからだ。
そのラナン本人は、いえ、あり得ない、と繰り返した後に、同じ名前はいっぱい居るし、と落ち着きを取り戻した。カイセイはラナンのその様子を興味を持った。一戦を混じえた、と告げた時と同じぐらいに心を動かしているように見えたからだ。
『―――テンセイよ』
『何なりと、我が師よ』
カイセイは弟子のテンセイに念話で命令した。内容は『鶴橋に出向しろ』というもの。テンセイは笑顔のまま、承知の声を返した。
『しかし、あの荒野を抜けるのは至難の業。私とて油断をすれば危ういレベルですが』
『だからじゃ。欠けることなく抜けているのなら、俄然に興味が出るというもの』
装備は乏しく、準備も万全ではなく、足手まといを抱えているというのに、あの領域を抜けることが出来る。それもラナンの弟子となれば、他の師父達との情報の取引に有用になる。
それからカイセイは、誤魔化しつつもラナンの前から去った。
だが、そこには待ち構えていた人物が居た。銀の長髪に美麗な衣装を身にまとった、本性をむき出しにしたままの剣の鬼は、壁に背を預けながら「待っていた」と笑顔で告げた。
「セロと仕合ったと聞いてな。……どうだった、剣の方は」
「生憎と、剣はその前の戦闘で壊してしまったようでの」
カイセイはそのままを伝えた。武の腕だけでいえば未熟だが、年齢を考えると末恐ろしいにも程があると、嬉しそうな顔で語った。
「しかし、よく分からんことがあっての。半覚醒状態にあるようじゃが……あれは
カイセイは戻ってから、あの時の嫌な予感はセロという少年が持つ心石の本領が発揮されようとしていたのではないか、と推測を立てていた。
アルセリアは「分からない」と一言を。ただ、とラナンの胸の傷について伝えた。
カイセイは驚いた。状況を鑑みるにセロに殺意があった訳ではないだろう。だが、最初の現出による大量の心素発現とはいえ、人形越しに本体まで傷をつけるなど、カイセイをして見聞きした覚えがない能力だった。
「……もし。万が一、儂らが望むものであれば」
「悲願が達成できるという訳だな。遂に、滅びてしまったこの世界の運命も――――」
アルセリアの言葉に、カイセイがくぐもった笑いを上げた。その顔は、ずっと昔に彼が失った、使命に燃えていた頃の名残が感じられるものだった。
「いつまでたっても男は男の子、とは言うが」
「小娘が言うセリフではないわ。……貴様こそ、芽を摘み取る真似をしそうなんじゃ」
これだから堕ちた鬼は、とカイセイがため息をつく。アルセリアは否定せず、ただ、とラナンの方を見た。
「分かってるさ、我らが姫の邪魔はさせない。そうなったら憐れにも程があるからな……どうした、カイセイ。怖い顔になっているぞ」
「―――ほざけ。貴様風情が、二度とあの娘を憐れむな」
二つ名に姫を持つのはラナンただ一人。嫌がっている本人が本気で撤回を求めたとして、自分達はそう呼ぶのを止めないだろう。
それだけの理由がある。それだけのものを見せられた。だからこそ、自分から望んで諦めた元人間如きに憐れまれるなど、誰が許しても、カイセイ自身が許せなかった。
アルセリア本人は「どの口で」と鼻で笑っていたが。
「……っと。ラナンが気付いたようだな。ここは笑顔で別れるとしようじゃないか」
「それが狙いじゃろうに……似た者同士、好き勝手しよるわい」
「望んだからな。―――いい加減にうんざりしていたのは確かだ」
何もかもを台無しにしてくれる存在を。そう告げたアルセリアの目には、深い虚無の光が宿っていた。
「……怖気が走るわい。そんなことだから師匠を斬り殺す羽目になるんじゃよ」
付き合っていられないとカイセイは言い残し、その場を去っていった。
アルセリアは小さく笑いながら、見送った。
それを望まれたことも無いくせに、と愚痴を言う少女のような顔をしながら、鶴橋がある南の空に向かって呟きを重ねた。
「強くなってくれよ、セロ―――最低でも私達を斬り殺せるぐらいには」
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