23話:荒野を往く(2)
小さく、鋭く、早く、それでいて雑にならないよう意識しながら、流れるままに身体を動かす。セロは朝の境内の中でいつもの準備体操を行っていた。夢で反復練習した動作の復習と、固まった関節を解すためのルーティーンのようなものだ。
最初は大げさに動き、徐々に無駄を省き動作を整えていく。締めにと放った貫手が、落ちてきた葉を切り裂いて真っ二つにした。
横で見ていたティーラが、少し興奮しながら拍手を送った。セロは無表情ながらも照れくさそうにしながら、拍手をしているティーラに向き直った。
「拍手はいい。まだ、自慢できるようなものじゃない」
「そんな! そんなことないです、綺麗でした。指を立ててえいや、ってする技も……本当に一撃で」
「フレイムウルフ程度ならな。一応だが、拳技の一つだから」
セロは自分だけの剣の技については現在も開発中だが、格闘術は違った。アルセリアから教わった剣技を元に、ラナンの指示の元に開発した技があった。その一つが“一閃”を意識して練り上げた一撃必殺の貫手だ。
「でも、凄いです。とても10歳とは思えないぐらい」
「まだ疑ってるのか……それより、服の具合はどうだ?」
しつこいな、と呆れたセロは話題を変えた。ティーラは「ふく」と呟き、自分の服を見下ろした。
「あ、服! とってもいい感じです! 本当に今までとは大違いで……何から何までありがとうございます」
「いや、礼を言えって話じゃない。素人が見様見真似で作っただけだからな。直しがあれば、と思っただけだ」
「し、しろうと……とてもそうは思えないです。動きやすいし、全然引っかかりません」
ティーラはその場でくるりと回った。厚手のワンピースがたなびき、ふわりと風に浮かんだ。
「本当にびっくり箱です。器用なんですね、セロさんは。ご両親がそういう職業だったのかも」
「……どうだかな」
セロは誤魔化したが、うっすらと記憶に残っている光景があった。ティーラが指摘した通り、父と母は服飾か、装飾品に携わる仕事をしていたようだったからだ。明確には覚えていないが、4歳ごろまではたくさんの服に囲まれた生活をしていたような。
(まあ、どうでもいい。しかし、何が原因で戦死するような羽目になったのか)
何か普通ではない事情が舞い込んできたのだろうか。セロはそんな事を考えていたが、やはりどうでもいいことだと、それ以上考えないことにした。
「しかし……ティーラ、アスカは昨日すぐに寝たのか?」
「いえ、私は見てません。……やっぱり、ちょっと様子がおかしいですよね」
セロは頷きを返した。起きてからのことだ。昨日の疲労が残っているのか、アスカの表情はやや曇っていた。眠れなかったのか、と尋ねるも黙ったまま首を横に振るだけ。
自分達は速攻で眠りについたが、あの後に何かが起きたのだろうか。心配をする二人が黙り込んでいると、その張本人が飛び込んできた。
「やっほー! じゃ、今日も頑張ろっか!」
「……アスカ」
「なによ、らしくない顔。早く行きましょう、鶴橋の焼き肉が私達を待ってるわ!」
「分かった。でも、いいのか?」
「うん。それとも、尻尾巻いてあの街に戻る?」
「その様子だと心配なさそうだな。……っと、そのナイフケース。昨日は問題なかったようだが、手直しが必要か?」
「へ? いや、全然大丈夫、というかすっごい使いやすい。これに関しては確実に才能アリだと思うよ……って嬉しくなさそうな顔」
「別に。ただ、ちょっとな」
「ふーん。でも、私は好きだよ、セロの作品。だよね、ティーラちゃん」
「はい! なんだか優しい感じがします」
私も好きだとティーラが笑顔で告げる。やめろ、とセロが顔ごと二人から逸らした。
「そういう所は年相応だね。……それで、セロ。今日も色々とお願いするけど」
「分かってる。基本の方針は昨日と同じだな」
「うん。でも、出来ればだけど……奇襲で戦う相手に、ビルボード・トレントも入れて欲しい」
どうしても戦わなければならない状況になった時、相手の強さが全く図れない状況は怖い。万が一にも囲まれた時のことを考えて、とアスカは提案した。
「1体、できれば倒せるまで。逃げるしかないのか、戦って倒せる相手なのかは最低限把握しておきたいんだけど」
「……一理あるな。分かった、一体だけなら何とかなると思う」
アスカの物言いに、確証はないが何か少し引っかかるものを感じていたセロだが、内容はまともだったので反対はしなかった。
(それに、もうすぐ未踏破領域の近くを通る。未知の高ランクの魔物とビルボード・トレントの群れのどちらが避けるべきか、把握しておいて損はない)
体力は消耗するが、やる価値がある。意見を統一した3人はおさらいとばかりに陣形とハンドサインの内容を確認しあうと、出発した。
鳥居から出ていく時、アスカが一度だけ境内がある方向に振り返ったが、セロは特に追求することなく、小走りで先頭に立つアスカの後ろについていった。
感知・警戒と道の選定と戦闘の要否の判断をアスカ、主な戦闘要員としてセロ、バックアップとフォローにティーラ。昨日と同じ陣形での旅は、順調だった。
――――だが、出発してから一時間後。
3人は、今までにない事態に出くわしていた。
『……いるね。フレイムウルフが8体に、猿みたいな魔物が14体』
『睨み合ってるな………喧嘩、というか普通に殺し合いしてるんだが』
どうしてか魔物達は互いに取っ組み合い、牙と拳と爪の炎と石が飛び交っていた。血と肉が飛び散り、その度に狼の吠える声と猿の金切り声が周囲に響き渡った。
セロ達は息を潜めて様子を伺い続けた。距離はあるため気づかれてはいない、だが、どうすべきか。アスカは迷いながら、気は進まないんだけど、と前置いて提案した。
『このまま漁夫の利狙いで……殺し合いに残った奴を私達が狩る、っていう手はどう? 魔石とかもガッポガッポよ』
『成果だけを見ればな。でも、無理そうだぞ………援軍が来た』
戦況は一進一退になっており、どう見ても長引きそうだった。このまま待つという手が消えた訳ではないが、もし見つかった場合の魔物達の反応が読めない。最悪、仲間割れを止めてこっちに向かってくる可能性もあった。
『―――退きましょうか。道はここだけじゃない』
『了解。まあ、それが最善か』
『……ごめんなさい、二人とも』
ティーラが謝った。あの数で攻めてこられた場合でも、アスカとセロは何とか生き延びられる可能性があるが、ティーラは9割9分死ぬ。だからこその迂回だということを、ティーラは理解していた。
『水臭いこと言わないの。ていうかあの数は普通にヤバいから』
『道が無くなった訳じゃない。迂回も覚悟していたことだからな』
最短のルートは選べなくなったが、それだけだ。まだ余裕はある、狼と猿の泥沼の消耗戦に引きずり込まれ、生きるか死ぬかの戦いをするような状況じゃない。そう告げながらアスカとセロはティーラの頭をポンと叩いた。
『……はい。でも、魔物って殺し合うんですね』
『時と場合によってはね。餌が競合したとか、お前の面が気に食わないとか、諸説あるよ。でもあれは別の理由かな』
犬猿の仲、とアスカが呟いた。セロとティーラは意味が分からず首を傾げた。気にしないで、とアスカが苦笑した。
『性格の不一致、ってやつでしょ。それよりも道は、道は、っと』
それから3人は別のルートを探して彷徨った。
だが、どれも魔物の密度が高く、安全だと判断できる場所が見つからなかった。
だが、収穫はあった。途中で群れから逸れたのか、単独行動をしていたぼっちのフレイムウルフと、そのフレイムウルフと先ほど争っていた猿の魔物を倒せたことだ。早速と、アスカとセロは戦闘をしながら出会ったことのない猿の魔物の分析を始めた。
攻撃力と防御力は平凡。素早さは少し高く、何より厄介だったのは投石を多用してくること。石だけではなく、時折だが糞も混ぜて投げてきたのだ。アスカとセロの障壁により事なきを得たが、もう少しで、とティーラは青い顔になっていた。
『いや~………ほんとにひどい敵だったわね。仮称はシット・モンキーでよろしく、ファック』
『異議なし。……これ、ヤバイな。毒物が含まれてそうな臭いだ』
変に臭すぎる、とセロは鼻をつまんだ。アスカも同じで、嫌そうな顔になりながら顔を背けた。
『ランクは……4か5、って所かな? 2体ぐらいならすぐに狩れるけど』
『数でこられると厄介だな。……何より
気持ちの問題ではなく、単純に集中力が鈍るのだ。それが分かっているため、もし嗅覚を強化していたらと思うとゾッとする、と感知役のアスカは呟いていた。
『……それじゃあ、ティーラ。嫌なのは分かるけど』
『いえ、必要だと思うので……?』
ティーラは言葉を止めると、顔をしかめた。少し遅れてアスカが振り返り、セロが構える。
そうして、3人は視線の先に見た。焦げ茶色の幹を身体に、枯れた葉を髪のようにざわめかせた樹木系の魔物を。
あれが、とアスカは呟く前に横に飛んだ。ほぼ同時にセロもティーラを抱えて、後ろへと回避する。パシィ、とアスファルトに鞭のような何かが叩きつけられた音が鳴り響いた。
『っ、ビルボード・トレント―――セロ!』
『分かった、ティーラを!』
アスカは頷きながら、これは回避しきれないと判断して後ろに下がった。入れ替わりでセロは前に出ると、両手を心素で強化して正面から距離を詰めようとした。
ビルボード・トレントはセロを前に逃げなかった。その胴体に顔のようなものが浮かび上がり、笑いの形に変わっていく。
次にビルボード・トレントの両脇に腕のような、枝の部分がずるりと伸び出た。鞭のようにしなる枝のような器官は風を切る音と共にセロの頭部へと襲いかかった。
バチィ、と痛々しい音が響く。セロが展開した障壁に、鞭が直撃した音だった。
(――少し重いな。まともに受けると、ちょっとヤバイか)
何より、想像以上に速い。セロは相手の攻撃を分析すると、自分から前に打って出た。現時点での間合いは15m、リーチで圧倒的に負けているのに守りに入った所で体力を消耗させられるだけだと判断したセロは、短期決戦を挑んだ。
前へ、多少の傷は覚悟で懐に入り込むべく進むセロ。対するトレントの枝による鞭の攻撃は速く、回避しきれないセロの肌にうっすらと掠り傷が走った。セロは痛みに耐えながらも、直撃する攻撃だけを障壁で受けながらじりじりと距離を詰めていった。
『――セロ!』
『大丈夫だ、近づけば近づくほど威力は落ちている』
しならせるための大きな動作が出来ないせいだろうか、距離が近いほど鞭の威力は小さく、見極めるのも容易くなる。セロはジグザグにステップを刻みながら、障壁で鞭を受け止めては流し、ついには間合いを詰めきった。
(急所は―――分からない、なら真ん中をぶち破る)
セロはフレイムウルフ程度なら一撃で昏倒する量の心素を練り込み、正面から拳を叩きつけた。ガキリ、と鈍い音がビルボード・トレントの表皮に響き渡り。セロの顔が、痛みに歪んだ。
(硬え……!)
これで足りないのか、とセロが舌打ちをする。だが、間合いは既に詰まっているのだ。あとは十分に力を溜めてから、と考えるセロにアスカからの念話が届いた。
上を、とたった一言。それに反応したセロが頭上に障壁を掲げた。それとほぼ同時に、落ちてきたビルボード・トレントの葉が障壁に突き刺さった。
甘い、とセロが呟き―――その両足に地面から飛び出た蔦が巻き付いた。
(上は囮か、味な真似を!)
舌打ちする暇もなく、セロの身体が空中に持ち上げられた。ビルボード・トレントはそのまま地面に叩きつけるべく、蔦に力を入れて振り下ろそうとしたが、
「しぃっ!」
セロは腹筋の要領で身体を引き起こしながら収納していたナイフを取り出し、足に巻き付いていた蔦を一気に切り裂いた。急激に練り上げられた心素を使っての攻撃は鋭く、ビルボード・トレントは全ての蔦を斬られると、力を失ったかのようにふらついた。
セロは、その眼前に両足で着地し。
腰を落としながら、右手に大量の心素を集め始めた。
「数え剣技改め―――我流拳技・弐式」
殺意の声と練り上げられた心素の量を眼前に、ビルボード・トレントが怯えた。枝による反撃をしようとするが、セロの方が圧倒的に速かった。
「
言霊による宣言、威力が増加した貫手の一撃がビルボード・トレントの胴体を貫いた。
手応えあり、とセロが確信を抱く。それでも、油断だけはせず。セロは貫手を引き抜いて構え、次を、更に次の一撃を、と構えを戻す。その直後、ビルボード・トレントは悲鳴を上げながら後ろ向きに倒れていった。
どうやら、急所である魔石を偶然にも砕けたようだ。セロは倒れたトレントの心素が徐々に薄まっていくことを察知し、決着だな、と呟いた。
『――セロ!』
『待て。殺せたとは思うけど……油断するな』
魔物との戦いは生存競争だ、死んだふりまでする魔物は居る。故に残心を忘れて死んでいく、というのは上から数えた方が早い、間抜けな死に方である。セロは師の教えに従い、ビルボード・トレントの心素が完全に消えるまで臨戦態勢を維持するつもりだった。
近くでセロが、やや離れた場所からアスカとティーラが、緊張の面持ちのまま。見守っている中、ビルボード・トレントの幹は貫かれた場所から、ポロポロと崩れていった。
そうして、1分後。完全に消えた心素を前に、セロは安堵のため息をき、構えを解こうとした所でその表情が大きく歪んだ。
「……これが敗者の末路、か」
崩れ落ちたトレントの幹の中。そこには敗れた“元”狩人本人だろう、見るも無惨な状態の干からびた死体が横たわっていた。
『……セロ。この仏さま、どうする?』
『埋めてやろう。……腐臭さえもない。掘って、埋め戻すだけならすぐだ』
強化すれば時間もかからないと、セロが穴を掘り始めた。アスカは小さく頷くと、ビルボード・トレントに近づき、その特徴を調べ始めた。恐る恐ると幹を足でつつき、葉っぱを拾っては色々な角度から眺め、幹の中を覗き込む。
セロの作業は、ものの5分で終わった。手についた土埃を払っていたセロは、アスカの顔を見るなり、顔をしかめた。
『……聞かない訳にもいかないから聞くけど、何か分かったのか?』
『ええ―――とっても嫌な事実がね』
攻撃方法は先程のものが全てのようだが、前提が違うと思われることが一つ。アスカは、ガサガサに枯れた葉を踏み潰しながら、狩人の死体を指した。
『かなり弱い個体よ、コレ。餌である人間の養分を吸い尽くして、死ぬ寸前だった。さしずめ老衰寸前のおじいちゃんってところ』
『……あれでかよ』
セロは先程の攻防を思い出した。特に枝による攻撃は厄介で、強化無しの障壁無しで何度も受けたくはない重さだった。防御力も侮れず、フレイムウルフ程度ならば必殺の貫手も、宣言による一撃による補正がなければ貫けない可能性があった。
『ランク6、中級魔物の地位にあるのは伊達じゃないってことか』
『そうね……でも、このトレントは捕縛能力も加味されてのランク6だから』
単純な能力で言えば、ランク6でも下位の方になる。それを聞いたセロは、道は遠いな、と自分の未熟を恥じた。
アスカは肯定も否定もせず、ビルボード・トレントの死骸を更に調べた。そうして分かったのは、ビルボード・トレントの外皮は火に炙られると脆くなる、ということだった。
だが、アスカの手持ちの中でも、炎系の
『……心素は温存する方向で。ビルボード・トレントとの戦闘は回避一択がいいと思う』
『賛成。感知役の私がへばったら、一気に全滅しかねないし』
セロの提案に対し、アスカは少し食い気味に返答した。ティーラも同じく、安堵のため息を吐いていた。
それから進んでいく道中で、拙いな、とセロは内心で呟いていた。
(……二人の動き、どこかぎこちないな。くそっ、近寄らせない方が良かったか……死体を見せず、さっさと立ち去るべきだった)
あの悲惨過ぎる死体が、二人の脳裏に焼き付いてしまったようだ。しわだらけで醜く、元は人だったなんて信じられないほどの異形だった。あれを見てからずっと、アスカとティーラの顔色が悪くなっている。自分の判断ミスだと、セロは失策を悔いた。
セロが懸念している通り、アスカとティーラの内心には恐怖が満ちつつあった。二人共普通の死体ならば見たことがある。獣に喰われた人の死体も、好んで見たい訳ではないが、やり過ごすことが出来る。
だが、あの死体は異常の塊だった。成れの果てと表現するしかない外見もそうだが、そこに至るまでの過程もだ。どれだけ時間をかけて嬲られれば、人はああまで尊厳を奪われ尽くされるのか。
人は未知を恐れ、既知に安堵を抱く。時によっては未知に興奮し、既知に失望を覚える。
あの死体は、二人に半々の既知と未知を与えた。それも、どちらも悪い方向へと。想像で埋めるしかない未知なる過程にこの上なく恐れ、陰惨な結末を知ってしまったが故に、総合的な怖さが倍増してしまっているのだ。
セロはそこまでの理屈は理解できずとも、精彩を欠いていることには気が付いていた。
このままでは拙い。そう思うセロだが、打開策が見いだせなかった。
(いっそ俺が先導するか? アスカは半混乱状態だ、まともな判断が下せるとは……いや、ダメだ)
出発前に話し合ったことだった。セロが先頭に立った状況で後ろからの奇襲を察知できない場合、ティーラはほぼ確実に死ぬし、アスカも重傷を負う。
どうすれば、とセロが迷っている中でも歩みは進んだ。アスカは、何とか持ちこたえていた。敵の気配を読み、慎重にルートを選定する。だが、セロは念話の声とその表情、顔色から今まで通りのアスカではないことに気が付いた。感知だけではない、必要のない強化にまで心素を多く使い過ぎているのだ。
(このままじゃ、2時間もたない。最悪は引き返す選択も―――)
そう考えていたセロだが、見えた光景を前に絶句した。よりにもよって、森林地帯。入り組んでいるため見通しが悪く、奇襲を受けやすい地形。
アスカは、渋面のまま森の入口へと近づいた。セロがついていき、そこで顔をしかめた。
猿のものらしいクソがあちこちに散らばっていたからだ。この悪臭では、まともな探知はほぼ不可能と言えた。
それが分かっているのだろう、アスカは森の入口で立ち止まると、悩み始めた。今までの慎重なアスカならばこの場に近づくこともなく引き返している、そうあって然るべきだというのに。
セロは限界を感じ、これが引き返す最後の機会になるかもしれないと、アスカに提案した。
『戻ろう、アスカ―――このルートは危険すぎる。』
『……かも、しれない。でも、きっと大丈夫。強化を振り絞って一気に駆け抜ければ―――』
『それは賭けだ、アスカ。恐らくは半々の確率しかない』
5割、死ぬ。そして、死ねば人は終わりだ。往々にして命を賭けなければならない場面があるということをセロは知っている、だがここではない。回避できる賭けに挑むのはバカですらない、ただの愚か者だ。セロはそう告げながら、アスカの肩に手を置いた。
『食料はまだある、収穫もあった。一度あの神社に戻って――――』
説得をするも、言い切れず。くそっ、と舌打ちしながらセロはナイフを取り出した。
僅かに遅れ、アスカが失策を悟った。
「猿が7、樹が2!」
「来るぞ―――障壁!」
セロの合図で、アスカが障壁を張った。直後、木の枝と投石が障壁ごと二人の視界を揺らした。
「アスカ下がれ、ティーラを!」
「っ!………ごめん!」
「いいから!」
セロは告げながら、敵が密集している所へ突っ込んでいった。最初から心素を全開に、攻撃に意識の8割を注ぎ込んで。
ここでケチれば死ぬ、そう判断しての選択だった。
低い姿勢で、足場が悪い中を風のように駆けていく。猿の石が投げられるも尽くが外れ、セロは間合いを詰めきった後、最大の一撃を放った。
―――我流拳技が四式、四獣滅相。囲まれた時に本領を発揮する技で、ほんのひと時だけ頭と肉体の理性を外し、周囲に居る存在全てを殺傷するという意志のまま舞わせる技だ。
敵味方の識別が出来なくなるという欠点があるが、この場に置いては敵しかいない。限界まで強化した甲斐もあり、セロはたったの一息で2体のシット・モンキーの頭を砕き、2体の心臓を貫いた。
(奇襲は成功、後は一気に―――)
幸いにして、対多数の戦闘は夢の世界で慣れている。このまま猿だけを潰して、と考えたセロはそこで止まった。
後方で、か細い悲鳴が聞こえてしまったからだ。猛烈に嫌な予感がしたセロは振り返り、とにかく走り出そうとするも、途中で足を止めた。
止まらざるを得なかったからだ。たった10秒ほどで4倍に増えていたビルボード・トレントの群れを前にして。
「まさか、擬態―――っ!?」
致命的な失策に、セロが悲痛な叫びを上げそうになった時だった。
その視線の先で、四肢を蔦で捕まえられたアスカとティーラが、ビルボード・トレントの幹の中へと飲み込まれていったのは。
「アスカ、ティーラ!」
叫び、ただ伸ばした所でその手が届く筈もなく。
横合いから枝で殴りつけられたセロは、そのまま吹き飛んでいった。
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