21話:ひと時の交流

夢から覚め、意識がうっすらとだが徐々に覚醒していく。そうして目覚めたセロは起き上がりながらも、意識は定まっていなかった。


(境が曖昧になってる、って感じか……傷か、睡眠環境のせいか? どっちにせよ、やっぱり高い宿は必要だったんだな)


今後に活かそうと、セロは背伸びをして気持ちを切り替えた。そこで、違和感を覚えた。昨日はじくじくと痛みを訴えていた所が、想像以上に治っているのだ。


眠っている間に何が起きたのだろうか。周囲を見回したセロは、すぐに犯人らしき人物を見つけた。


金髪の少女が、どうしてか自分のベッドで横たわっている。くうくうと、安らかな寝息を立てたまま、起きる気配がない。


(……なんでだ? ひょっとして、アスカの寝相が悪かったとか―――)


セロは視線をアスカのベッドに向けると、硬直した。それはもう笑顔でこちらを見ている、黒髪の夜叉がいたからだ。


「セロくぅん。昨夜はお楽しみしちゃった?」


「そっちは頭でも打ったのか」


むしろこの子を蹴落としたらしいアスカの方が悪いのではないのか、とセロは睨みつけた。アスカは心外も心外だという様子で憤慨した。


「失礼ね! これでも寝相だけは良いね、って弟に褒められたことあるの!」


「……いや、アスカがそれで良いのならなんも言わんが」


張り合うのがちょっとバカらしくなったセロは、寝転がっている少女を見下ろした。少女は呻いている、アスカの大きな声のせいだろう。間もなくして少女は、ゆっくりと身体を起こした。


「ん~……」


少女は起きるなり周囲を見回した。そして、セロの顔を見るとその腕を掴むように手を掲げ始めた。


(なんだ、寝ぼけて―――違う。痛みが引いていく?)


そこでセロは気が付いた。身体のあちこちにあった怪我、痛みが緩和しているのは、この子の仕業なのだと。アスカも同じことに気が付き、信じられないという顔をした。その場凌ぎではない、傷跡も小さくなっているからには、勘違いではあり得なかった。


「うっそ、冗談よね、え、マジ? 方陣なしって事は、方陣なしってことだよね」


「落ち着いて落ち着け」


地味に言葉が狂っているセロも、アスカ同様に驚いていた。利便性とコストが突出している一族秘伝の継承魔法マグニス、それも治癒に類する術など、想像の範囲を二段飛びで越えていたからだ。


――戦闘に携わる者にとって、戦闘に関する怪我は必要経費として割り切られている。それを癒やす治癒術は戦闘能力と同じぐらいに重要だが、行使に必要な心素量は他の術の5倍以上にもなる。使いすぎては継戦能力が著しく下がるからと、ポーションを必要経費として見込む徒党が大多数を占めるのだ。


それでも、負担が無いという訳ではない。少女はセロの傷を治療した後、力尽きるようにコテンとベッドに横たわってしまった。


セロとアスカはしばらく黙り込んだ。そうして顔を見合わせると、念話での会話を始めた。


『私も一緒だよ、傷も痛みも小さくなって――違う、治りかけてる。……この子、必死になって治癒してくれたんだね』


『でも、使いすぎた。消耗し過ぎで動けそうにない……出発は明日に延期だな』


『うん。でも、ちょうど良かったんじゃない? 私達、勢いだけでここまで来ちゃった感あるし』


互いの能力や手持ちの方陣について、確認しておいた方が良い。アスカは提案し、説明を付け加えた。


『ああしておけば良かった、なんて後悔しながら死ぬのは嫌だからね。あのジジイにやられたダメージも残ってるし、一日休むだけで生存確率を上げられるなら、そっちの方が』


『……そうだな。確かに、治癒は助かる』


他にも考えておくことがある。セロは、寝ている間のことを考えていた。気配の殺し方も知らない子供に術をかけられていたのに、起き上がれなかったという点だ。


(夢に入っている間は、無防備になり過ぎるのか……これも色々と確かめておく必要があるな)


メリットばかりではないらしい。カイセイに伝えられた事といい、自分はまだまだ未熟だと思い知らされたセロは、小さいため息をついた。


そうして、少女が起きたのは2時間後のこと。セロ達3人は会議室らしい場所に移動すると、そこに放置されていたホワイトボードを使って相談会を始めた。


アスカが記した議題の名前は、“鶴橋への道~焼肉の匂いは危険な香り~”。


ツッコミは誰からも入らなかった。


「……ともあれ! これからどうやって危険な荒野を進んでいくのか、それが問題よ」


人が作り上げた建物という建物が崩壊しているだけではなく、2~3ランク上の魔物が出現する上に周囲を支配している地帯、通称を荒野フィールド。ゲームか、とアスカはツッコミを入れた。


「ま、由来は置いといて。この先に進むには、荒野を通り抜ける必要があるの。注意点は―――」


アスカは自分なりに収集していた情報をセロ達に伝えていった。


―――魔物との遭遇確率は今までの5倍、強さも5倍という理不尽。


―――屋上には不用意に昇るな、鳥系の魔物に釣り上げられて地面へ落とされ、トマトになるから。


―――未踏破区域らしき魔物に出会ったら逃げろ、上級ランクの狩人か冒険者でも居ないと勝ち目がないから。


「それと、色んな地形があるみたいね。砂漠に森に沢、断崖絶壁に小高い丘とか」


それらに生息している魔物は、把握しきれないほどの特性を持っているという。見れば笑えるようなものから、泣いたり笑ったりできなくなるようなものまで。


「私も全てを知っている訳じゃないけど……聞いた話で、特にヤバいと思ったのが“ビルボード・トレント”、って魔物ね。ランクは6。厄介なのは、人間を攫っては体内に取り込んでいくってこと」


捕まったが最後、体内で四肢を縛り付けられたまま心素をちまちまと吸い取られていくという。質が悪いのは、長期間吸い続けるために取り込んだ人間えさへ特殊な栄養液を摂取させ続けることだ。精神に作用する効果もあるらしく、何とか味方を取り戻した狩人が、そのあまりの惨状に引退してしまう程だったと、アスカは嫌そうな顔で説明をした。


「トレントの仲間内で、捕らえた獲物人間を見せ合う習性があるらしいわ。それでビルボード看板って名前がついたとか」


拉致&強制的看板娘とか本当に勘弁して欲しい。そう語るアスカの顔色は青白かった。


「次、獣系は多種多様で―――」


アスカは、知っている限りの情報を伝えていく。セロは渋い顔になり、少女はあまりの恐ろしさに小刻みに震えていた。


最下位のラインがフレイムウルフ、最悪はあの廃墟を薙ぎ倒せるほどの凶暴な魔物が出るという。ここまで誰も会わなかった理由が分かったと、セロは深く頷いていた。


「―――で、これが私の手持ちの情報。セロ、私達が生きて荒野を抜けるには何が必要になると思う?」


「……全部は分からん。でも、俺一人の力だけでは生き残ることは無理だ、というのが分かった」


主武器である剣がない、ポーションは1つだけ、食料も不十分。セロは断言した、自分だけでは道半ばで確実に死ぬと。


「そうね。だから、私達はチームにならなければならない。一体になって、この苦境に立ち向かう必要がある」


死という理不尽に抗うべく、助け合う関係を。セロとアスカは頷きあい、少女を見た。


「私は、アスカ・テンマ。下級の狩人で、デビュー2年目よ」


「俺はセロ。同じく下級で、一ヶ月の新米だ」


二人は名乗り、少女を見た。


君の名前は、と問いかけるように。少女は一度だけ視線を下に逸らした後、すぐに二人の目を見返して答えた。


「――――ティーラ」


鈴がなるような声で、少女ははっきりと告げた。


「ティーラ・エルネード………王都・グラーウィアで暮らしていました。今は、家族いない、一人です」


「そう……よろしくお願いするね、ティーラ」


「こっちもだ。治癒は本当に助かった、ティーラ」


挨拶と、感謝の言葉。ティーラは小さく頷くと、拳をきゅっと握りしめた。


「こっちこそ……本当にありがとう。アイツから助けてくれて……本当に、本当に、ありがとうございました」


ぺこり、とティーラが頭を下げる。セロは、視線を逸らしながらその言葉に応えた。アスカは「いいのよ」と笑みで応えたが、次の瞬間には驚愕の表情で立ち上がっていた。そのせいで椅子が後ろに倒れたが、アスカは気にせずにティーラに尋ねた。


「グラーウィア?! 王都……ってことは間違いない、異世界人だったの!?」


「そ、そう、です……あの、いけませんでしたか」


「いけないってことはないわ! でも、あの、クソ―――ジジイ!」


アスカの言葉に、二人は頷いた。確かにクソだったからだ。


「って、そういう事じゃないの! あのジジイ、思ったよりヤバいわ」


「……どういうことだ?」


「それだけの背景があるってことよ。……人間抱えて、阿倍野の天空ビルを抜けられるぐらいの」


表向きに、異世界―――300年前の大空白で発見された、別時空の世界と行き来する手段は主に1つ、阿倍野にある天空ビルの直通エレベーターに乗る方法だけ。当然、警備体制や検閲は最高レベルだ。異世界からの拉致など、普通に考えて出来っこないとアスカは憤慨していた。


「あのジジイ、“わしら”って言ってたわよね。……組織っぽいけど、どういう存在なのかしら」


「どういう、か……分からないな。ラナン達は教えてくれなかった」


「夢姫、とか呼ばれてた人ね。セロの師匠さん。それと………あの鬼人剣が剣の師匠って、マジ?」


「―――いつかやると思ってました」


「いえ、もうやってる。懸賞金20億とか、やらかしたってレベルじゃない」


アスカの指摘に、だよな、とセロが頷いた。その後、セロは知る限りのことを話した。一通り聞いたアスカは、桃色の髪の巨乳か、と怨念がこもった声で呟いた後、諦めの顔になった。


「……考えても無駄だね。厄災レベルランク13とかいう天上の話は放っておこう」


今は地べたを這うための話だと、アスカは話を戻した。


「ティーラ、ティーラね……いい名前。太陽みたい、って感じかな」


光源は光球だけなのに、金色の髪は眩いくらいだ。洗い尽くすと、アスカは決めていた。ティーラは悪寒を覚えつつも頷き、自分の素性について説明を始めた。


王都で、中堅の規模の商家の一人娘だったこと。5歳の頃に受け継ぎにより心石が覚醒したこと。現出までには至っていないが、継承魔法の治癒の他、収納も扱えること。


「成程……治癒術に関しては、家族以外の誰も知らないのね?」


「はい、そうです……でも、まだ何も言っていないのに。どうして分かったんですか?」


「あくまで商家メインっぽいから。多分、ご先祖様が継承魔法の大元を作ったんだろうけど、それで大いにモメた。で、商家を起こしたとかそんなんじゃないかな」


「は、はい。ぜんぶ、その通りです。父さんと母さんから、引き継ぎの儀式の前に教えられました。誰にも言うなって」


「ん? ……なんでだ。料金でも取れば一財産になりそうだけど」


「タカリの類を防ぐため、って所かな。継承魔法で、治癒術――――ほら、幸せな期待でいっぱいになるじゃない?」


あまりに有用で、輝いて見える力。その光は人の目を眩ませる。もしかしたら、この病気や怪我も治るのではないか、と都合のいい夢を見るまでに。


「はい。初代様は、向こうの組合に“管理”されそうになったらしく……苦しんだ、という手記が残っています」


力があるのだから、と責任を持たせようとする輩が絶えなかったという。力があるのだから治せばいいだろうと、術者の都合もお構いなしに、自分勝手な理屈を並べ立て、さっさと治せという者まで現れたと、ティーラは初代の手記の内容を語った。


セロは話を聞いて理解した。落としたパンに群がる蟻の理屈だ。生きていくから仕方がないと集られ、ボロボロになった初代が嫌になった。それで、商家に転身して子々孫々に自分の失敗を伝えたのだろう。


「それをここで明かしたのは、お礼をするためか?」


「……本当に、ほっとしているんです。あのままだと、あの化け物にもっとひどい目にあわされて………なのに、庇ってまでくれて。聞きたかったんです。どうして、あそこまでして私を助けてくれたんですか?」


好かれていなかった、という印象をティーラは持っていた。聞いていた話から連想するに、仇の男が金髪であるということに関わっている所まで、ティーラは察していた。


なのに、カイセイという老人の話を聞いてから、態度が一変した。アスカについても、勝ち目が薄い戦いだと分かっていたはずなのに、どうして。


その疑問に最初に答えたのは、アスカの方だった。


「助けて欲しかったから、かな。ちょっと、昔の自分と重ねちゃって」


あの運命の日から、苦しくて辛いことばかりだった。自分の力ではどうにもならない、絶望の淵に追い詰められて。両親によって突き落とされた後でも、冒険者の連中に運ばれていた時もそうだったとアスカは言う。


この地獄から救い出してくれるような誰かが。もう苦しむ必要なんて無いんだと言ってくれる、カミサマのような、素敵で大人な人がもしも現れてくれたのなら、私は。


「なんて、結局は現れなかったんだけどね。……で、見ちゃった訳よ。あの時の私と同じぐらい、可憐な美少女が苦しんでる所を。セロも似たような感じでしょ?」


「そう、だな。カミサマを見たことは無い。これからも、きっと。それでも―――」


あの夜、“ジロウ”は狂乱の中にいた。まともな思考が残っていたかどうか。でも、助けて欲しかったと願う自分のことを、セロは覚えていた。誰でもいいから、誰か、アイネを助けてくれと、都合のいい夢を叶えてくれる存在が居るはずなんだと、必死に手を伸ばした。


返ってきたのは圧倒的な現実と、思い出すだけで吐きそうになるぐらいに痛かった、炎による責め苦。助けられたのは、全てが終わった後のこと。もしも廃墟に乗り込まれる前に、そんな真似はやめろと言ってくれる正しい人が現れてくれたのなら、ジロウとアイネは、きっと。


そして、自分だけではない、アイネと重なる部分があった。大人の都合だけで踏みつけられ、苦しめられ、このままでは同じように焼かれて終わる。セロは、戦闘の前はそこまで深くは考えていなかった。だが、説明を求められた今、自分の血と本能がそれを理解していたことに気が付いた。


「―――そうだな。可哀想だとは思わなかった。好きだから、とも違う。ただ、逃げたくなかった。あのジジイに喧嘩を売らない自分を認めたくなかった」


自分の都合でしかないと、セロは淡々と告げた。アスカは苦笑しながらも、自分も似たような所があると認めた。


「つまり……今はもう用済みですか?」


「まさか。そうならないよう、ティーラなりに工夫したんだろ?」


セロが率直に告げると、ティーラは目を丸くした。


「……気が付いていたんですか? 治癒術を使ったのは、お礼だけじゃないって」


「何となくだけどな。ティーラは“私はこんな風に役に立ちます”って行動で示してくれたんだよな」


「……ま、治療は本当に助かったよ。今後の進行が段違いになるし、冗談抜きで命の恩になるかもしれない」


良いタイミングだったと、セロとアスカはあっけらかんと言った。


ティーラはそんな二人の様子を見て、泣きそうな顔になった。


「どう、して……二人とも、怒らないんですか?」


「え……どこに怒る理由があるんだ」


「だって、結局は私の都合じゃないですか! ……感謝の心だけじゃない、そういう気持ちを持って行動するのは……私、恩知らずって言われると思いました。虫が良すぎる話だって、責められるのは当たり前だから……!」


「あー……助けたんだから尽くせよ、って怒ると思ったのか? それはちょっと……予想外だな」


「だね。ていうか、その理屈なら私達はここに居ないし」


セロは死の火傷を治療してくれたラナンに、アスカは戦い方を教えてもらった冒険者の一人に。感謝と共に身命を捧げて部下になるまでの助けは与えられた。だが、今は自分の都合で、自分の目的を果たすために動いている。だから気にすることじゃないと二人は考えていたが、ティーラはそうは思っていなかった。


「でも……でも、私は………そんなの許されることじゃない………」


行動には、相応しい対価で報いるべきだ。対価、お金―――価値というものは、単純なものではない。ティーラは父からそう教わってきたし、父の手伝いをする中で学び取っていた。


人は日々、食べ物を食べて生きていく。相応のものを欲し、引き換えに対価を差し出し、蓄えた糧を切り取りしつつ、それぞれの生活を、家を守るために商店に訪れる。故に恩義には恩義が、仇には仇が返ってくる。


ティーラは、あの老人がどれだけ強いか読めなかった。腕利きの冒険者だった母よりも圧倒的で、逆らっても無駄だと諦めていた。


二人にも分かっていただろう。命に代えても叶えるべき目的があると教えられたティーラは、より一層に感謝を深めた。普通に冒険者に依頼すれば、どれだけ積んでも届きそうになかった、あの地獄の状況に挑んでくれたのだから。


(返せるものは、私自身。それでも足りるかどうか。なのに選べない、私にも夢があるから―――なんて、勝手な理屈なのに)


感謝をしている自分と、譲れない自分がせめぎ合っている。


だから、ティーラは中途半端な対応をした。治療をしたのも、その2つの自分が納得する方法だったから。感謝の心だけではない、打算の心が少なからずあった。


なんて、ずるい。俯き、絶えきれなくなった想いが両目から溢れ出した後も、ティーラは自分を責めた。ここで泣くのは同情を誘っているのと同じだ。ずるい子がする事だと、ティーラは自分の両目を掌で押さえつけた。


「ご、め……ごめんなさい……こんなの、ずるいのに………!」


「……そうだね、涙はずるいね」


「か、隠れて、治療したのも……そうすればこの人達なら、って想いがあって……!」


「……打算的だな。ちょっと意外だ」


「ご、ごめんなさい………本当に、なんて言えばいいのか………!」


涙が我慢できないのは本当だ。だけど、これ以上ない感謝を覚えているのも、助けたいと思ったのも本当だ。


だけど、両立ができない。全てを阿るということは、夢さえも捧げるということになるからだ。打算的な自分は、このままで行けば助かるかもという予感を抱いている。だが、両親から教えを受けた自分は不義理だと怒っている。


どうすれば良いのか、どうすれば正しいのか。考えても答えが出ない中、ティーラはぐちゃぐちゃになった内心に翻弄されるまま、俯き震えて泣くことしかできなくなった。


その頭に、セロは優しく掌を乗せた。


「―――ひどい奴だ、お前は」


「……はい」


「だけど俺は好きだぞ、そういう奴は」


カイセイから聞いた時にも、思ったことだ。割り切れず、それでも最後の一線は越えなかった女の子が居るだけだ、という話。この掌の下に、考え続け、自分を放り投げないティーラという一人の人間が居るのだ。


「大事な所は渡さない、それでいいじゃないか。簡単に全てを預ける奴より信用ができる……だから、十分に利用し頼ってくれていい―――こっちも同じようにするから」


「そうそう。辛い旅こそ支え合い、って言ってね」


アスカが、セロと同じようにティーラの頭に優しく手を乗せた。ティーラは、頷こうとして、それでも出来ず。でも、と顔を上げる直前にセロは告げた。


「泣くな。ありがとうは、もう聞いたから」


「どういたしまして、と私達は言うよ。初回特典として、その後に付けるに相応しい言葉を教えてしんぜようか」


アスカは笑いながらその言葉を耳打ちした。それを聞いたティーラの身体が、小さく跳ねる。


そうして、少し悩んだ後だった。ティーラは目をこすって涙を飛ばすと、頭に乗せられた二人の掌に自分の両手を重ねながら顔を上げ、告げた。


「―――これからも、よろしくお願いします。セロさん、アスカさん」


「ああ、よろしく頼む」


「よろしくね、ティーラちゃん。治癒、頼りにするから」


セロは無表情で、アスカは笑顔で答えた。ティーラも、赤い目をしながらも、その表情は花が咲くような笑顔になり。直後、手を握りしめたまま今まで以上の大声で泣き始めた。


『……なんで泣く?』


『あーもう。セロってば乙女心が分かっちゃいないね』


アスカは念話で笑い、顔でも笑みを浮かべた。セロは本当に意味不明だという顔だったが、アイネのことを思い出し、泣き止ませるにはこれだろうと、頭を優しく撫でた。


涙の勢いは、更に強くなった。


『……なぜ。やっぱり、女というやつは分からん』


『性別は関係ないよ。だって、ほら―――独りきりだと、上手く泣けないでしょう?』


壊れてしまったこの世界の下では。目で語るアスカに、セロは頷きを返した。


泣けば魔物に悟られる。泣けば弱い奴だと舐められる。間抜けで弱い者から理不尽という獣に狩られ、されるがままに奪われていく。


それでも、人には自分でもどうしようもない悲しみが産まれる時がある。


押さえられないのだ。大切な者を失った後は。虐げられて嗤われた後は。


問題は、泣いて喚いた後に立ち上がれるかどうか。セロとアスカは、その心配はないと思った。


泣きながらも掴んで離さないティーラの両手、その中に秘められた意志に、自分と同じような何かがあると気が付いていたからだった。


それからしばらく、ティーラは泣き続けた。


困った顔で頭を撫でるセロと、優しい表情をしながら撫でるアスカの掌の温もりを感じながら。



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