20話:次なる場所へ


セロが起き上がって最初に見たのは、霞がかかった灰色の空と、自分を心配するように覗き込む金髪の少女の顔だった。


前髪で隠れていた顔をあらわにして、涙目でこちらを見下ろしている。綺麗系の顔立ちだな、とセロは思った。


(それより、後頭部の柔らかい感触は……膝、か? 懐かしいな、アイネが時々してくれた)


不思議とよく眠れたものだと、セロは小さく笑った。そこに、アスカから不機嫌な声がかけられた。


「ようやくお目覚めね。……傷は大丈夫?」


「死ぬ程じゃなさそうだ。それより、ここは……?」


「戦ってた場所から1kmほど離れた所にある元マンション。あの場所に留まったままだと拙かったからね、移動したの」


「そうか……いや、ちょっと待て」


セロは覚えている最後の光景を思い出した。爆発し、四散する廃墟の末路を。それをやった犯人がいない。どういうことか尋ねると、アスカが少女の頭を撫でた。


「あのジジイ、逃げたそうよ。この子から全部聞いたんだけど」


少女からの又聞きになるが、とアスカは何が起こったのか、その説明をした。


そうか、とセロは小さくため息をついた。


「見逃してもらった、って訳か」


「そうとも限らないけど……いえ、そう思っておこっか。今度殴る時に遠慮せずに済むから」


「どうでもいい……って俺が言うのはな。アスカを巻き込んじまったし」


セロが申し訳なさそうに言った。唐突に出てきた老人の目的は自分にあったと語られたからだ。アスカにとってはとばっちりにも程があると。


「何言ってるのよ。あの小デブ社長は私の追手だからね……お互い様ってことで。それよりも、今後の方針を早く決めましょう」


反省をするのもお互いに情報を交換するのも後、今はこれからどうするかを出来るだけ早く決める必要がある。アスカはカイセイが告げた『あの街にはもう戻らんことを推奨する』という言葉の意味を自分なりに解釈して、セロと少女に伝えた。


「戦闘があったのは30分前……いくらあの社長がロクでなしだからって、部下たちが安否を確認しない筈がない」


照光同盟ピースライツが知れば、こちらを殺しに来る。ギルドにバレれば、懲罰部隊案件になりかねない。そうなれば終わりだ。だが、幸いにも抜け穴があると、アスカは跡形もなくなったマコトの死体について言及した。


「物的証拠が消し飛んだのよね。でも現場の痕跡を調べれば、あの炎を仕掛けた犯人が分かる」


「……あいつのせいに出来るって訳か。それは良い案だ」


「と、思うでしょ。でも、この案にはちょっとヤバい所がね」


セロ達の格好と傷の話だ。社長含め20名の使い手が失踪、その直後に服もボロボロ、傷だらけの使い手が現れればどうか。どう考えても怪しまれるし、犯人に仕立て上げられかねない。だから、同盟の力が及んでいる街に帰るのは危険だとアスカは主張した。


「……理屈は分かった。けど、どの街に行くんだ?」


「鶴橋よ。あそこなら良い武器も手に入るから」


鶴橋駅には近鉄線の貨物列車により、優れた武具が運ばれてくる。主武器が無くなった今、武器の入手は最重要事項になるが、生半可なものでは意味がない。


人の数も桁違いに多いため、自分達が特に目立つこともない。環状線の沿線のため瘴気が濃く、魔物が強いが、倒せれば功績点と金を稼ぐことができる。これっきゃないでしょ、とアスカは言った。


「あのジジイが街に居るかもしれないしね。短期間に再遭遇、っていうのはご勘弁」


言いながらアスカは横目で少女を見た。セロは頷きながらも、確かめておかなければならない点を指摘した。


どうやって鶴橋まで移動するか、ということ。街に戻れない以上、答えは一つしかなかった。


3つある方法の中で最も危険な、『徒歩で居住区外スラムを抜ける』だ。


「……場所は分かってるのか? 歩いてどれぐらいかかる、とかも」


「北北西の方向に歩きで3日ぐらい。……300年前なら5kmしかないし、一時間ぐらいの距離だったんだけど。もうどうなってんのよ大阪」


「……そういえば、大空白の後に広がったとか聞いたような」


「なのよね。で、食料なんだけど、携帯食料は回収済みよ。迷った場合も考えれば―――」


「分かってる、この子専用にしよう。俺たちは魔物の肉を食えばいい」


体内に入った瘴気を浄化しきれずにゾンビになられてはたまらない、というのがセロの本音だった。アスカは即答したセロに対し、嬉しそうな顔で肩をつついた。


「おっとこまえ~。あ、水は大丈夫だよん。水を生み出す方陣魔術ウィッチクラフトは常備してるから」


「……なんか調子変わったか? それが素とか」


「うーん、どうなんだろ。分かんないけど、胸のつかえは取れたかな」


「胸、のつかえ?」


「そういう意味じゃないわよ、って分かって言ってるでしょ!」


「大きな声を出すな、捜索隊に見つかるかもしれない」


「ぬぐぐ……ってやってる場合じゃないか。早速だけど移動しない?」


こちらの予想以上に小太り社長への捜索隊が早く派遣されれば、元も子もなくなる。アスカの提案にセロは頷き、立ち上がった。


傷の状態と体調を確認したセロは、少しフラつくが問題ない範囲だと、歩き始めた。


「ちょっ、待って!……お別れ、しないでいいの? あの廃墟はセロの故郷だったんでしょ」


「……危険過ぎるだろ」


「そうだけど、ここの屋上からなら見えるから。一目見るだけなら、ね?」


「……そうだな。それぐらいなら」


説得を受けいれたセロは促されるまま屋上へと昇った。そこは見晴らしが良く、遠くまで風景が見渡せた。北北西の方向を見ると、やけに高い木々の集合体が見えた。視力を強化して見回すと、西にうっすらと高いビルが見えた。


(いや、高いってレベルじゃない。雲を突き破ってないか、アレ)


そういえば、異変の後に産まれた新しい観光名所があるという話を聞いたことがあるような。セロは後でアスカに聞こうと思いつつ、崩れた廃墟を探した。


探せば、すぐに見つかった。援軍や捜索隊の類は来ていないようで、余波を免れた兵隊の死体がちらほらと転がっていた。廃墟は、その奥にあった。カイセイの方陣魔術ウィッチクラフトにより吹き飛ばされた結果、思い出の建物はオンボロビルから瓦礫の山へと成り下がっていたが。


(本当に……何もかも無くなっちまったな)


ジロウからセロになったのあの場所は、帰る場所だと認識しなくなった。自分とアイネという子供を育ててくれた、思い出の建物として記憶していただけで。


(……全部、壊されて。でも良かったのかもしれない。少なくとも、この街に未練は無くなった)


もう戻らないだろう。セロは強化した視力で廃墟を眺めながら、そんな事を考えていた。その顔は、どこか寂しそうで。だが、途中で表情が変わった。瓦礫の中にとある物を見つけたからだ。


(奇跡とまではいかない。ただの偶然だけど―――)


セロの口元が緩む。その背後から、階段を昇ってきたアスカと少女が現れた。


「ん、どしたの? 建物ならあっちだよー………って、成程」


アスカは強化した視力で、セロと同じものを見つけた。それは崩れた瓦礫の上に現れていた。


昔、ジロウが部屋の壁に描いた太陽の絵だ。陽の光を浴びて、本当に輝いているように見えた。


少女も同じものを見つけ、うん、と小さく頷いていた。


「―――行くか」


「そうね。ちょうど、あのお日様が指している方角だし」


ずっと不運が続いていたが、たまにはこういう幸運もあるらしい。


気分を持ち直した3人はセロの故郷を背に向けると、新天地へ向かうべく歩き始めた。





先頭にアスカが立ち、後ろにセロが、少女を守るように。陣形を保ち、魔物をやり過ごしながらセロ達は順調に進んでいた。2時間後には居住区の周辺こと居住区外スラムを抜け、荒野フィールドまで辿り着いていた。


「……ここまで来れば大丈夫だと思うよ」


「そうだな……ちょっと休するか」


「賛成。でも、どこで休憩するべきか」


周囲を見渡しても、ろくな場所がない。かろうじて建物の形が残っていた街の周辺とは異なり、壁が屋根から崩れ落ちて機能を成していない“元”建物ばかり。


セロはどうすればいいか悩み、アスカは目的の建物を探し始めた。


「……アスカ? 何か知ってるのか」


「ええ。ここら辺なら……あった!」


アスカは大きな店に駆け寄ると、落ちている看板を拾った。トラットリアの名前を見つけ、よし、と目的のものを探し始める。セロは意味が分からず、首を傾げていた。


「トラット……なに?」


「イタリア料理の店ってこと。で、このファミレスぐらいの建物の規模なら、っと」


アスカは青空が天井になっている建物を探し回った。そして5分後、あった、とアスカは地面の瓦礫を押しのけ始めた。セロも手伝い、二人でコンクリートの破片を拾っては投げ、拾っては投げていく。すぐに目的のモノは見つかった。


「……地下への階段?」


「そう、ワインセラー。これなら雨風は凌げるから」


アスカが先頭に立って進み、セロと少女は後をついていった。埃だらけの階段を、恐る恐ると降りていく。辿り着いた先は、一面の暗闇が広がっている空間だった。


「……暗いな。アスカ、明かりは?」


「あ、使えないんだ。ほい“ライト”っと」


アスカは定義魔法マジックの一つ、ライトを使って光源を確保した。周囲にふよふよと浮かんだ光球が、地下の空間を照らしていく。アスカはぐるりと見回し、うーんと悩んだ。


「どうした、問題が?」


「ちょっと広いなーって。これならひょっとして―――」


アスカを先頭に、地下の探索が始まった。魔物は居なく、襲ってくる人間もいない。ただ、あちこちを調べる度に空気中に散らばる埃が、何よりの敵だった。


「……比較的新しい店だね。なら――――っと」


「どういうことだ?」


「治安が悪化してたしね。大戦のこともあったし、あの頃は地下室がブームになって―――よし」


見つけた、とアスカが扉を開けると、そこにはベッドが置かれた部屋があった。


「仮眠室ゲット! っと、その前にちょっと掃除ね」


アスカは部屋の中でわざと埃を立てた後、風の方陣魔術ウィッチクラフトを弱出力で放ち、埃を部屋の外へと負い出した。そして別の部屋から箒を持ってくると、ゴミや残った埃を外に掃き出していった。


30分後、部屋の中は最低限だが休憩できるようになっていた。アスカは椅子を持ってきて並べ、二人に座るように勧めると、自分も腰を降ろした。


「ふぃ~~……これで一段落ね」


「そうだな。まさか、こんなに立派なベッドにありつけるとは思わなかったけど」


「運が良かったのよ。きっと、あのお日様のご利益ね」


アマテラス、アマテラス、とアスカは両手を合わせて感謝を捧げた。少女はそれを真似して、ごにょごにょと何かを呟いていた。


アスカはほんわりとしながらも、顔を引き締め。時計を確認した後、それじゃあ暴露大会を始めましょうか、と音頭を取った。


「まずは私から。なんと、このアスカ・テンマは凍結復帰者リターナーだったんだよ!」


どーんと、両手を上げて発表するアスカ。対する二人の反応は鈍いものだった。セロが『知ってる?』と尋ね、少女が黙って首を横に振るぐらいの。


アスカは予想していたため、ため息を一つ挟むだけで、説明をした。全てを聞いたセロは頷き、感想を告げた。


「つまり、アスカは315歳……ここはアスカ婆さんと呼ぶべきか」


「止めい! いやマジで勘弁してね、その響きは結構ダメージ大きい」


色々な協議の結果、眠っている間の年齢加算は応相談ということになった。その後、アスカは300年前の自分のことを簡単に語り始めた。


―――世界の変革を予想していたこと。走り回ったけど狂人扱いされ、冷凍睡眠の初期の被験者になったこと。発掘されて連れて行かれそうになったが、何とか逃げおおせた事と、同盟に追われるようになった経緯。そして、両親はどうでもいいけど、眠っているかもしれない姉と弟を探すと誓った所まで。


全てを聞いたセロは、納得したように呟いた。


「だからか。この子を連れていかなかったのは」


「……その心は?」


「ん? いや、巻き込みたくなかったんだろ。見るからに変態そうだったからな」


聞けたいことが聞けたと、セロは一人で頷いた。アスカが照れるように頭をかく。


「で、次はセロの番。言いたくないことがあったら、適当に誤魔化していいよ」


「……別に、隠すようなことはない。切っ掛けは2年前だ」


セロはアイネと仲間たちのこと、金髪の男に自分を含めた全てを焼かれて失ったこと、助けてくれ、鍛え上げてくれた師匠が居たこと、街で動いていた理由までを説明した。


「そ、っか………マジで10歳なんだね」


「一歳ぐらいの誤差はあるかもしれん。誕生日が分からないからな」


「う~ん、聞けば聞くほどに闇しか出てこないなー。ていうか何その金髪許すまじ。あと何考えてんの、セロの師匠ズ」


「それでも、俺を鍛えてくれたのは確かだ。ラナンは意図的に厳しくしていたようだし」


セロは、アルセリアには触れなかった。アスカも分かっていながらスルーした。ランク13レベルの魔物のことまで考えられるほど、余裕がなかったからだ。


その横では、少女が自分の金色の髪を触っては、落ち込んだ表情をしていた。アスカがそれを見て、あ、と呟いた。


「この子への当たりがちょっときつかったのは、仇の男のせいなんだ。……まあ、初見がよりにもよってあの部屋だったもんね」


「そう、かもな。……でも、あの男と一緒にするのは悪かった。極悪非道の所業だ」


セロは反省をしていると告げ、少女に頭を下げて謝罪した。すまなかった、という言葉に少女が目を丸くする。それを見たアスカは、不思議そうにセロに尋ねた。


「なんか、急に優しくなったね。切っ掛けは……あのジジイがクソ話を垂れ流してから? 正直に言うと、あの時、セロは参加してくれないかもしれない、って思ってた」


賢い人間ならば、逃げの一択だろう。それだけの力量差があることは、戦う前から感じていた。アスカが問いかけると、セロは自分でも分からないけど、と答えた。


「ただ、逃げたくなかった。……あの男のように、理不尽に頭を踏みつけてくる奴が嫌いだった、というのもあるけど」


「私も同じ。あのクソ親父の顔をかぶっちゃって、余計に腹立った」


あの時に湧いたモノは同情ではなく、義憤とでも呼ぶのか。ただ、ここで逃げればこの先ずっと逃げ続けることになる。胸に灯った灼熱の怒りから目を背けて、本当に良いのか。その疑問に対する答えとして、アスカは圧倒的不利な状況でも逃げないことを選択した。


「セロも、同情とかじゃないよね。憐れんだから、って感じとも違う。何となくだけど」


「それは、そうだろ。憐れむって、上から目線の言葉だ」


同い年の女の子を相手に、可哀想だと声をかけるのは喧嘩を売っているに等しい。少なくともかつての仲間はそうだったと、セロは記憶していた。


アスカは、そうきたか、と見た目のギャップに足を掬われた気持ちになった。


「……何か変なことを言ったか?」


「いや、同い年って。そりゃ詐欺だよ、ってなるよ普通は」


セロ、見た目は20を少し越えたあたりの青年にしか見えない。実際は10歳、しょうがくよねんせいだ。しょうがくよねんせい。アスカはセロの背中にランドセルを想像し、口元を押さえた。爆笑しそうになったからだった。


少女、身長が低く子供っぽい印象があるため、9歳か10歳ぐらいに見える。二人が並んでいる所など、親子にしか見えない。あまりのインパクトの大きさに、同い年ってどういう意味だっけ、とアスカの頭にゲシュタルト崩壊が起こりそうになっていた。


「っと。ちょっと話しすぎたね。もう寝ようか」


うつらうつらとしている少女を見て、アスカが提案した。早い時間だったがセロは頷き、休むことにした。我慢をしているだけで、受けた傷は決して軽いものではないからだ。今は長く休んで、傷と体力を万全に戻す必要があると、セロは判断した。


「でも、ベッドが2つだけか……セロとしてはどうしたい?」


「身体が小さいアスカと、この子で一つ使えばいいんじゃないかな。嫌なら俺は床で寝る、慣れてるし」


「ナマ言ってすみませんでした。大人しくこの子と添い寝します、ハイ」


やっぱ闇が、と言いながら反省の顔で寝床に向かうアスカ。セロは意味不明という顔をしつつ、ベッドに転がった。


間もなくして、アスカが居る方のベッドから寝息が聞こえてくる。あれだけ怖がってたんだから無理もないな、とセロは思いつつ、ぼんやりと天井を見上げていた。


(疲労の状態は、修行の時と同じぐらいか……)


つまりは極度に疲れている、なのに眠れそうにない。10分経っても同じで、目を閉じてもいつもの夢の世界に行けそうにない。どういう理由だなのか、とセロは頭の後ろで腕を組みながら、ため息をついた。


道中で魔物を焼いて食べたため、空腹だという訳でもない。なら別の可能性が、と考えていたセロに、囁くような言葉がかけられた。


「セロ……まだ起きてるよね」


「ああ。早く寝た方がいいというのは分かってるんだが」


「でも、眠れない―――何かが引っかかってるから?」


アスカの語りかけに、セロは無言になった。沈黙の時間が流れていく。その反応を肯定と取ったアスカは、勝手な感想だけど、と前置いて話しかけた。


「心石の名前を告げた後のセロは……怖かった。それが嘘偽りのない感想」


その場にいるだけで殺される、と思った。目が合えば次の瞬間には斬り捨てられて、屍を晒すだろうという確信があった。だから、何も出来ないままただ震えていた。自分の想像以上だった拷問を目にして―――無意識な行動だったが―――止めようとした時も、見られるだけで何をも言う気力ごと潰されたと、アスカは震える声で語った。


「でも、何かがおかしかった。途中で……静かに怒っていた所に苛立ちが混じったように見えた」


気分はどうだ、とあの男にセロは問いかけた。答えられない、怯えるだけの様子を見たセロは、更に顔を歪めた。“こんなことを望んでいた訳じゃない”と、その言葉は、声が語っていた。


「少なくとも、私にはそう聞こえた。……ねえ、セロ。貴方は仇に何を望んでいるの?」


「分からない。でも―――納得はしたいと思った」


セロは答えた。力なく、情けない声で、無様に過ぎた。


ちょっと殺気を解放しただけで、あれだけ偉そうだった大人が冗談のように崩れた。まともな抵抗を受けることなく、大した傷を負わずに。踏み潰し、痛みに悲鳴を上げる様が決定的だった。セロは悔しそうに、感じたことを告げた。


「何かが得られると思った。だけど、あの時に俺が思ったのは満足感じゃない―――情けなさだ」


こんな奴らが原因で、アイネは、俺たちは死ななければならなかったのか。セロは、辿々しくも心境を語った。


もっと壮大な目的があって。街のためなら仕方がないという、下手人なりの理屈があって。涙を呑んで見せしめが必要だという、理由があったからこそあの惨劇は起きたのだと。


そうでないのなら、自分たちはなんだ。本当にゴミのように掃除されるだけの存在だったのか。大人から見た自分たちはちっぽけだったのかもしれない。


だが、共に戦った仲間も、妹も、自分も、決して楽に生きれるなんて思っていなかった。日々は辛くても、懸命に生きていたという、自分たちなりの誇りがあったというのに。


「……そっか」


「そうみたいだ。……予想外の敵討ちだった、っていうことは分かるんだけどな」


「うん……何もかも、世界は自分の通りに動いてくれないよね」


「全くだ」


もしあの小太りの男が殺気を振り払って逆撃に出てくれば、もっと違う感想を抱いていたのだろうか。それを折ることで、満足感を得られていたのか。


セロは考えた所で、笑った。自分も勝手な理屈で―――復讐という死ぬか殺すかで終わる物語に沿って―――動いているという意味では、他人の思い通りではなく、自分だけの理由で死を撒き散らす存在であることに気が付いたからだ。


この胸の中の引っかかりも、あの金髪の男を殺せば無くなるのだろうか。


今のような胸の倦怠感ではなく、快活で爽やかな、満足できる何かが得られるのだろうか。


セロは答えが出ない問いを抱えたまま、体力の限界が来て夢に落ちるまで、ずっとそんな事を考え続けていた。




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