17話:宣言の|鬨《とき》



天真飛鳥テンマ・アスカは昔から勘が鋭い子だと言われていた。家族だけではない、友達からも何度も言われたほどに。偶然だよ、というのはその時の本人の弁だった。嘘をついているのではなく、その時の飛鳥は心からそう信じていた。


西暦2152年、第三次世界大戦が始まった時も勘が働かなかったからだ。食料不足、治安悪化で動揺する人達が屋敷を襲撃した時も、アスカは寝こけていて気が付かなかった。


だから、私はみんなと一緒だよ、違う所なんてない。飛鳥は本心からそう答えた。特別な力なんて欲しくない、普通の女の子で良いという願いが本当になるように、と。


天真飛鳥テンマ・アスカは優しい姉と生意気な弟と。いつも厳しく、時々優しくなる両親と一緒に、何一つ不自由のない平和な日々を生きるだけで幸せだったから。


―――だが、飛鳥は想像すらしていなかった。その平穏の全てが崩れる日が来るということを。


何の前触れもない、突然のことだった。


ある朝、ベッドの上で目を覚ました飛鳥は一つの絶望的な確信を抱いていた。


と。


原因は何か、誰かからのメッセージなのか、自分の中から生じたのか、それさえも飛鳥は分からなかった。だが、その時のアスカは勘違いだとは思わなかった―――思えなかった。根拠がないのに、誤魔化すこともできなかった。


自分だけではない、家族に―――それ以上に広い範囲で、とてつもない絶望が襲ってくる、という予感を確信と共に抱いてしまった。


なにかの間違いだと、学校を休んで色々と調べた。日本のこと、大陸のこと、世界のこと。調べていけばいくほどに、不安が増大していった。大戦の爪痕は大きく、経済も10年前とは比べ物にならないぐらい低下している。それでも復興は進んでいる、いつか日本は元の活気を取り戻すでしょうと、テレビのコメンテーターは口を揃えているかのように同じことを言っていた。


両親も、姉も同じだった。何の根拠があって、と飛鳥は思っていたが、気の所為だと信じたかった。


だから、貯金を使って様々な調査に乗り出した。旧華族に連なる家だったため、お金には困らなかった。


何より、アスカには才能があった。突出した天才ではないが、少しの時間で多くの技能を習得できる、多才だと感心されたことがあった。道理を弁えて、情報の取捨選択といった社会人の技能も、誰に教えられることもなく理解できる才能もあった。


故に、結論に辿り着いた時、飛鳥は心の底から悔やんだ。


掴めたのは、世界の裏で致命的な何かが動き始めているということ。詳細は分からないが、コレだ、と飛鳥は確信した。コレが自分たちを死に誘う元凶だと。


飛鳥はすぐに動いた。家族に訴え、親戚にも連絡した。事は一刻を争うと感じたが故の、飛鳥なりの最速の行動を心がけた。


分かってくれる筈と、必死で訴えて、資料と共に熱弁をした。


―――返ってきたものは、どうしようもない狂人を見る目。その日、飛鳥は優しい家族を失った。


恥をかいたと激怒する両親。


飛鳥のことを心配しすぎて、心のバランスを失った姉。それまでの飛鳥の無理の積み重ねが、症状を悪化させる原因となった。


不器用に元気づけようとしてくれた弟。それでも、飛鳥には分かった。どう接していいのか分からず、生意気でいっちょまえな―――それでも好ましいと思っていた―――ナリはどこにもなく、腫れたものを見る目をしていることに。


青い血だと褒めそやしていた人々も、離れていった。


その一ヶ月後、日本の治安の悪化が始まった。これは序章だと飛鳥は呟いたが、誰の耳に届くこともなかった。全員が、きっと元に戻ると繰り返すだけ。


誰がどうやって元に戻すのだろうか。海外で蠢いている前大戦の敗戦国の動向を、全て把握しているのか。核爆弾こそが人類最悪の兵器だと、どこの神様が断言したのだろうか。


そう考えていた飛鳥だが、誰に何を問いかけることもなかった。軟禁された自室の中、貝のように閉じこもったまま、集めた本を読んで過ごすだけの日々が続いた。


運命の日が訪れた時も、また唐突だった。少し休みなさい、という言葉と共に差し出されたのは冷凍睡眠の承諾書。経緯から両親の意図まで瞬時に把握した飛鳥だが、逆らうつもりもなかった。


一週間後、冷凍睡眠の施設に移動した。事前の処置を受けて、冷たいポッドで横たわるだけ。理論上は400年もつと言われているが、飛鳥にはどうでも良かった。


覚悟という覚悟もなく、飛鳥は惰性のまま全てを受け入れた。何をどう頑張っても、は容赦なく世界を飲み込むことが分かっていたからだ。


―――卑屈になっているだけと気が付いたのは、ポッドの前に立ってからのこと。薄い布を羽織った飛鳥は、物音がする方向に振り返り、見た。


強化ガラスの向こうで、泣きながら謝る姉と弟の姿だった。


声は聞こえない。叩いても割れないのは分かっている。だが、飛鳥には分かっていた。ごめんなさい、ごめんなさい、とただ繰り返す言葉は許しをこうためではなく、自分の不甲斐なさへの怒りと悔恨だけで構成されたものだった。


今更何を謝っているのよ、と飛鳥は答えたつもりだった。だが、出てきたのはどうしようもない悲しみと、両目から溢れ出る涙だった。


言葉ではない、意味ではない、そこにこめられた感情を理解した飛鳥の身体は、反射的に、自然に動いていた。


少しだけ別れの時間を。許しを得た飛鳥は、ガラス越しに姉と弟と手を合わせた。


言葉が届くことはない。だが、飛鳥はガラス越しでも合わさった手と、交わされた目で通じ会えたような気がした。


―――家族でいった温泉旅行。


―――牧場に行った時は、弟がヤギにおにぎりを奪われて涙目になっていた。


―――ちょっと不細工なストラップを集めたがる姉の笑顔。


―――家の中に引きこもった大戦時、ゲームからトランプまで、遊びという遊びをやり尽くした。


自分がもっと愚かで鈍ければ、最後の時が来るまで二人と一緒に、あの日々を送れたのだろうか。


俯き、涙を流しながら飛鳥は心の底から悔やんでいた。


その思考を中断させたのは、施設の大人の人間の声だった。


時間です、と面倒くさそうな声。隠しているが分かる、わずらわしいという感情を博士のような服装をした男達は抱いている。


その時初めて、飛鳥は人を憎んだ。お前達大人がもっとちゃんとしていれば、世界は滅びずに済んだんだ。私なんかが動く必要もなく、平和な生活がずっと続くのなら、こんな事には。


何もかもが今更で、どうしようもなく遅い。だから、飛鳥は一つのことを誓った。


冷凍睡眠を使う意図は読めている、小賢しい者が考えそうなことだ。恐らく自分は実験体で、姉と弟、両親も将来的には眠ることになるだろう。


だから、可能性が低くても。雲を掴むような話になるだろうが、生きている限りは絶対に諦めない。


『いつか、きっと。また会おうね―――弥生姉さん、昭人』、と。


ガラス越しに、伝わらなくても天真飛鳥テンマ・アスカは確固たる想いと共に誓った。


それが、西暦における自分の最後の言葉になるという確信を抱きながら。










(―――あれから300年。冷凍睡眠から目覚めた私は、冒険者レンジャーを名乗る男達にされた)


廃墟の階段の中、吹き飛ばされたセロを助けるべく、アスカは階段を駆け下りていた。恐らくは下手人と、自分を追ってきたことを察しながら。


(保護じゃなかった。目を見れば分かった。探索者シーカー達と、冒険者レンジャーの大半が私を人ではなく、物として見ていた)


これなら社長が、ボーナスを、その前に味見でも、という言葉。


アスカはそれらを全て聞き取りながら、外の風景を見た。


―――分かってはいた。世界は滅びるか、違う形になると。ポッドに入るずっと前から予想はしていたし、確信もしていた。だが、滅びた文明の跡地という暗い方向の視覚効果は、アスカの心に深い衝撃と絶望を与えた。


もしかしたら、という期待ごと打ち砕かれてしまった。それでも、アスカは諦めなかった。


いつか、きっと――――また。だからこそ、アスカは生き延びることにした。例えどんな手を使ってでも。


(良心の呵責はなかった。なにせ、私は“物”なのだから)


良いように使用しようという輩に、遠慮など要らない。そう考えたアスカは仲間割れを誘発した。慣れない行動ばかりだったが、アスカはやり通した。集めた情報を元に誘惑したのだ。金銭、独り占め、もっと多くの、あいつも同じことを考えている、事故が起きるかもしれない。演技力の勝負だったが、辛くも疑われなかった。アスカにとって誤算だったのは、施設跡から街へ帰る途中に、本当に事故が起きてしまったこと。


未踏破区域ではよくある事態だった。だが、そこにアスカの撹乱が乗りに乗ってしまった。


疑心と疑念は一発の方陣魔術ウィッチクラフトで爆発した。高ランクの魔物が乱入してきたことが、事態に拍車をかけた。


その地獄の中でも、アスカは何とか生き延びることができた。死んだ使い手の服と財産を奪い、武器を奪い、息を潜めながら魔境である区域を抜けた。


予想外だったのは、そこに待ち構えていた冒険者レンジャー。唯一、物ではなく別のナニカを見るような目。


助けてやろう、と男は告げた。押し付けがましい態度だったが、アスカは利用するより他に手は無かった。


心石使いの才能がある、と言われた。凍結復帰者リターナーには使い手としての素質が全て揃っているらしい。長時間眠っている内に心石が精製され、年月と共に徐々に心素が蓄積されているから、というのが世の中に出回っている推論らしい。


冒険者レンジャーの男は基本的なことだけを教えると、ある日唐突に去っていった。


(――そこから、私は情報を集めた。推測をつけたの、だけど)


照光同盟ピースライツの社長、と呼ばれている人物が噂のゲスらしい。嗜好もそこで知った。社長の男は地位や立場が上の女を屈服させることに生きがいを感じているらしい。幼い容姿であると、なお良いとか、知りたくない情報までアスカは知った。


凍結復帰者リターナーは上流階級の者が多い。発見された時の容姿も相まって、社長という男の琴線に触れてしまったのだろう。


だから、偽装した。凍結復帰者リターナーが3年未満で狩人に転向して、離れた街で活躍しているとは思わないだろうと、そう考えていた。誤算だったのは、身体があまり成長しなかったこと。時間と共に男の嗜好から外れたら、という淡い希望は失われた。


残る手は、見つかる前に照光同盟ピースライツの勢力から外に出ること。姉と弟が眠っているかもしれない冷凍睡眠施設を見つけだすには、冒険者レンジャーになる必要がある。中央とまではいかずとも、環状線の沿線近くにある街へ拠点を移せれば、とアスカは考えた。


(―――それよりも、追手の方が早かった。それだけのこと)


階段を降りきったアスカは、入口から外を見て、乾いた笑いを零した。


見えたのは、20人ほどの心石使いの姿。そして、噂通りの小太りで、油のてかりが見苦しい男のにやけ面だった。この男が、と。アスカは忌々しいと顔を歪めながら、集団に向かって話しかけた。


「―――アンタ達、照光同盟ピースライツね? そして、アンタがマコト・ワニサワとかいう社長ボス


「く、ふふふふふ。流石、話が早いね、可愛いお嬢さん」


マコト、と呼ばれた男の脇に居る二人が魔方陣クラフトを空中に取り出した。あとは心素を巡らせれば、術が発動するだろう。アスカは手練だろう二人と、その仲間たちを見て舌打ちをした。


(こいつら、弱くない。むしろ強い……そうか、セロに方陣魔術ウィッチクラフトをぶつけたのはこの二人ね)


威力、精度ともにゲンより確実に上。この場で撃ち合っても、勝ち目はない。そう判断したアスカは、拠点の中で昏倒しているだろうセロを気遣った。


吹き飛ばされる寸前に何かが光ったように見えたが、結局はまともに術を受け、そのまま落ちてしまった。


(死んでいてもおかしくないぐらいの威力だった。生きているにしても、重傷なのは間違いない)


巻き込んでしまった、とアスカは悔やみ、それ以上に怒った。自分の迂闊さと、バカさ加減に。既に、状況は最悪の一歩手前だ。アスカは状況を深く読み込み、察した。自分がここで逃げれば、目の前の男たちはセロと金髪のあの子を確実に害するだろうことまで。


―――自分の命は惜しい。目的も、約束も、誓いもまだ胸の中に。


だが、アスカは自分の内心の声を聞いた。勝手に巻き込んでおいて、無責任に見捨てるのか。そんなクズになっていいのか。両親や、世界を守れなかった大人達のように。


あの寂しい顔をしていた、セロを見捨てて逃げるのか。


普通の少女らしい顔を、少しだけど取り戻そうとしていたあの子を見捨てるのか。悍ましい目に合わされることを理解していながら。


(かといって、真正面からだと―――?!)


アスカは、弾かれるように横に跳んだ。直後、上から降ってきた縄のようなものがアスカの居た地面に堕ちると、自動的にとぐろを巻くような動きをした。


近づくものを自動的に縛り上げるという、特定の法則が刻まれた心具アイテムの一つ。全力で抗えば脱出できるが、この数を相手にそんな暇はない。ひとたび捕まれば、そこで終わりだ。


魔方陣クラフト見せ札ミスディレクションに―――って、ヤバい!)


意表をつかれたアスカが、意識を逸らした一瞬。その隙を突くように、魔方陣クラフトを構えていた二人の脇から影が飛び出てきた。


軽装、無手。装備を見たアスカは、近づかれまいと短刀を構えた。


格闘士らしい男は、お構いなしに距離を詰めてくる。だが、男は途中で立ち止まると、全力で横に跳んだ。


「な―――しまっ!?」


格闘士の男の影から見えたのは、風の塊。アスカは反射的に障壁の魔方陣クラフトを心石から取り出し、目の前に展開した。


「ぐ―――っ!」


二人がかりの術、恐らくは『風の槌ウインド・ハンマー』か。アスカは防御しながら、相手の狙いを悟った。万が一にも傷つけないよう、というのが目的。


ならば、次に来るのは先程の格闘士の男、組み討ちの類で捕まえるつもりだろう。


そんなアスカの予測は、外れた。目の前に見えたのは、先程と同じ縄。


考えるより前に、アスカは足で蹴り上げた。ほぼ偶然に芯を捉えたその一撃は、網を遠くまで飛ばすことに成功した、が。


「―――終わりだ」


浮遊感。気がつけばアスカは、格闘士の男に組み伏せられた。うつ伏せのまま、後ろ手に関節を極められた。反撃をしようとするも、髪を捕まれ、顔を地面に押し付けられる。


勝敗はついた。それを示すように、社長マコトが大きく拍手をした。


「お見事。いや、これは望外の収穫だな。まさかそこまで鍛え上げているとは」


「……女1人で生き抜こう、っていうならね。これぐらいは必須スキルよ」


見下ろしてくるマコトを、アスカは押さえつけられながらも下から睨み返した。


マコトが、おかしそうに笑った。


「いや、純粋に褒めているんだよ。喜んでいる、と言ってもいい。なにせその力の全てが私の物になるのだから」


「な……なに、を、言っているの?」


「俺の固有能力までは知らなかったようだな……至極簡単な心戒コマンドメンツさ。古風に言えば、契ということかな」


単純だがそれゆえに効果は強い、とマコトはアスカの全身を舐め回すように見た。


まさか、とアスカは呟いた。


「―――ご想像の通り。俺は、。心と心の契約という訳だ、愛しい人よ」


今度こそ、アスカは絶句した。何を言っているのか理解したくなかった。


そんな心情を知ってか知らずか、マコトは興奮した面持ちで説明を付け加えた。


「昼は凍結復帰者リターナーとして、色々なことを喋ってもらおう。それが照光同盟ピースライツを更に富ませる。そして、夜には小鳥のように謳ってもらおう。なに、心配するな、私は床上手でね」


誰が、と反論をしようとしたアスカの顔を、しゃがみこんだマコトが覗き込んだ。


アスカは、間近になった男の顔と目の奥に秘められた欲望を前に、声にならない悲鳴を上げた。


「うーむ、美しい。化粧をすればもっと上手く食べられそうだが、どう思う?」


「はっ! まあ、上の中まではいけそうですな」


「そうかそうか。まあ、飽きたら飽きた時だ。お前の貢献は覚えておくよ、ガイツ」


「さっすが、社長は太っ腹ですね」


「褒めるな褒めるな。さて、そろそろ撤収を―――」


マコトは、そこで立ち上がった。


護衛の男たちが、油断なく構えを戻した。戦勝ムードから、戦闘継続へと戻った―――廃墟の入り口に現れた、殺した筈の男に対して。


10名ほどは素早く魔方陣クラフトを宙に浮かべ、いつでも発動できる準備を。そんな精鋭の部下たちの前に立ったマコトは片手を上げることで攻撃を中止させた。


「……俺は驚いているぞ。あの不意打ちを受けて、生きているとは思わなかった」


感心したように、マコトは顎をさすった。


頭から血を流しながらも、2本の足でしっかりと立っている男は―――セロは、黙って剣を抜いた。


「ほう、やる気か。だが、よしておいた方がいい。君のリサーチも済んでいる。私の部下は有能でね?」


調査の結果、並の同盟員でも3人がかりなら封殺は可能。今はその上でトップクラスの二人を護衛に連れてきているのだから、負ける理由がない。それよりも、とマコトは社長の業務を果たすことを選んだ。


「そうだ、君さえ良ければ我が同盟に入社するといい。有能な味方はいつでもウェルカムだ。あの攻撃を防げたのなら、将来的に上の立場まで昇れるぞ?」


我が社のは粒ぞろいだし、娼館と契約も結んでいる。マコトは自慢げに告げるが、セロは何も答えない。


その態度に気を損ねたマコトは、方針を変えた。


勧誘から、脅迫へと。


「―――君も、この廃墟の住人のように成りたくはあるまい? 妥協をするべきだ。最善は別の所にあるだろうが、賢い選択だよ。でなければ、一晩で焼き尽くされたガキ共のようになる」


阿鼻叫喚の地獄絵図だったらしいが、とマコトは尋ねた――『灼熱ウルフ』を知っているか。


「あれはギルドに命じて作らせた賞金首でな。本当は存在しないんだ……が、アホなガキ共への脅しにはなった。小癪にも我が同盟に対抗しようとした正義のギャングとかいうバカが居てね?」


「あれは傑作でしたな。子供たちを正しく活用しようなどと、愚かな奴らだった」


「――――待って。焼、いた? 子供を……貴方の命令で?」


アスカが、声を上げた。行為もそうだが、聞き覚えのある話だった。つい先程、廃墟で聞いた話と。


「そうだよ、アスカくん。2年前、君の調査のためにこの付近へ人員を派遣した時に知ったのだが」


モノトーン・ギャングという徒党があった。照光同盟ピースライツのやり方についていけないからと独立をしようとしたが、その無謀は命で贖うことになった。それだけの話だと、マコトは告げた。


「この街の有力者へと圧力をかけた。奴らは早かったよ。ちょうど、街でのさばるガキ共が邪魔だったらしくてね」


流れの心石使いに、ギャングのボスの暗殺を依頼。下っ端は有力者の息がかかった者が、諍いに見せかけて殺した。見せしめの子供たちは、街の中だと延焼が怖いからと、居住区外スラムで行われることになった。


流石に、全てを殺しては立ち行かない。心具アイテム用のクズ石は必要だからだ。


結果的に、有力者も、マコトもwin-winの関係になった。


有力者は、街の子供たちが大人しくなって幸福に。窃盗をすれば殺していい、という風潮を流すことに成功した。


マコトは目障りで反抗的な徒党の掃除と、他の傘下の徒党への見せしめにできた。


自慢をするように、マコトは語った。物事はスマートかつ迅速に、というモットーに従っての行動だった。威圧するように、わざわざ聞かせた。セロの戦意を無くさせ、アスカの反抗心を削ぐために。


―――その行為がどういった意味を持つのか、分からないままに。


セロは、静かな声で問いかけた。


「……ワニサワ社長、だったよな。アスカをどうするつもりだって?」


使つもりだ。本人が望めばその限りではないが。有能な女は好きだが、反抗的な愚物は嫌いでね」


「アスカは……聞くまでもないか」


「当たり前よ―――この場は私の負けかもしれない。でも、諦めるつもりはないわ、絶対に」


ほぼ詰みの状況だというのに、アスカは答えた。私には夢があると。


「どんな夢なんだ?」


「遺跡で、冷凍睡眠施設で眠っている二人を見つけ出す。どれだけ時間がかかって、つっ!」


アスカの言葉が、マコトの足底によって中断させられた。


無駄だ、と状況が、世界の厳しさが押さえつけてくるようで。


それでも、アスカは黙ることをしなかった。


「ふむ、黙らんかね? そろそろ我慢の限界だ。賢く生きようと言っているのに、なぜ納得しない?」


「ぐ……ど、どうしようも、ないからよ。私は誓った。それを嘘をつけば、私なんて何処に居るの?」


「……情婦として生きればいい。死んで花実が咲くものか、という言葉を知らないのかね?」


「腐り果てた実になるよりマシってもんだわ! 止めたければ殺しなさいよ! 身を汚されようとも、構わない。もう青い血じゃないって廃棄された、私にこれ以上失うものなんてない!」


「ほう……まあ、その当たりはベッドの上でゆっくりと聞こうか、それが男の甲斐性というものだ。………しかし―――いい加減れるなよ、カス共が」


殺気を含ませた声で、マコトは宣告した。


「無力なガキとゴミが何を囀る。敗者は永遠に這い上がれない、それがこの世界のルールだ。無様な負け犬は、ただ黙って俺に従っておけばいいんだよ」


一変する空気に、格闘士の男に怯えが奔った。それだけの心素マナが、マコトの全身から漏れ出ていたからだ。


受け継ぎ、現出にまで至った心石使い。その本領が発揮されていく。


「敗者が信念を語るな。勝てないのなら、勝てないなりに生きて腐れ。無駄な反抗など、現実を見ていないクズのすることだ」


逆らえないのなら、頭を垂れろ。押さえつけるように、マコトは周囲の者達に告げた。


誰も、アスカさえも目の前の男の威圧を前に、即座に反論することができない。反抗心はあるが、それ以上に身体の本能が死を恐れているからだ。


だが、それでも、とアスカは気力を振り絞り、顔を上げようとした。


―――その時だった。セロが、空を見上げながら、言葉を発したのは。


「……俺は。俺は、この街に住む人間と、積極的に関わるつもりはなかった。それとなく流して、済ませようとした。早く功績点ポイントを貯めて、次の街へ、って考えてた。長く留まるつもりはなかった」


狩人も、受付も、ギルドの担当官も。ホテルの受付でさえ、大人だからという理由だけじゃない、自分たちを見捨てたと、そう思う自分が残っていたから。


だから、特に記憶することもなかった。積極的に関わろうとしても、忌避感が残った。



ジョンを殺すのか、と告げられた時に、少しだけ迷った理由。自分でも分からなかったことが今分かったと、セロは笑った。


復讐をしよう。そう誓ったのなら、全てを殺さなければならないからだ。


街に住まう大人を。大人が大切にする、家で生きる子供まで。


殺したのが街なら、街を殺すことが本当の復讐になる。


本能的に考えるセロの仮初の身体での、ラナンの最後の顔がちらつくのだ。息絶える所まで。


見逃すのか、殺すのか。葛藤は消えず、胸の中で燻っていた。


だが、セロは見つけた。本当に殺すべき相手を見つけられたのだ、そして。


「―――どうしたい、アスカ」


「決まってるでしょ」


「そうか。そうだよな―――生きている“俺”が。“血”が叫ぶのなら、もう仕方がないよな」


自分に流れているの本能を―――心が欲する本心に嘘をついて生き永らえるならば、愚かなままでいいと。


そんな想いを共有する仲間を、死なせたくないと願い。


そしてようやく見つけた復讐の片割れに。金髪の男が下手人とするならば、教唆犯とも言える存在に向けて、セロは告げた。



「―――セロの名の元に告げる」



最初に、復讐者として立った自分の名前を。


誰かが気づく、驚く声が上がった、その前に攻撃をしようという者も、一切が鬨の声の障害には成りえず。


復讐と憎悪に燃える自分を誇るように、セロは鍛え上げた手と共に心素マナを全開にした。



「天まで昇れ―――無色の血塔カラーレス・ブラッド!」



心石使いとしての一つの到達点である、現出リアライズ



本能が叫ぶ声と共に、セロは作法に則った上で自分の中にある一つの復讐を開始した。



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