14話:これから、出会い
身体の疲れや緊張度合に関わらず、簡単に眠ることができる。何時、どこであっても。それはジロウの頃から変わらない、セロの特技だった。
セロは夢の世界に落ちた後、復讐までの道筋を整理しようと考えていた。以前とは異なる、落ち着けるようになった夢の中で、そう考えることが出来ていた。
「……やっぱり、勘違いじゃない。原因は分からないけど、心が落ち着いてる。というか、起きてる時より頭が冴えてるような」
どこか薄ぼんやりとした、昨夜までの夢の中とはまるで違う。現出に成功したからか、この世界に名前を付けたからか、心地よいベッドで熟睡出来ているからか。セロはそのどれが原因かは分からなかったが、本能寄りだった心が、理性と程よくバランスを取れていることに気が付いていた。
これならば誰にも話を聞かれることなく、今後の方針について落ち着いて考えられる。セロは小さく頷きながら、夢の世界の中にホワイトボードを作り上げた。
「……マジで出来た。いや、なんか、出来ると思ったんだけど」
昨夜までは脆い武器を顕現するのが精一杯だったのに、今は身近で慣れ親しんだものなら一時的とはいえ作り上げられそうだ。ひょっとしたら、もっと先まで。セロは手応えを感じながら、ホワイトボードに色々と書き始めた。
「まずは、あの金髪のクソ野郎についてだ。ってあいつ、どこの誰なんだよ!」
ギルド所属か、ユニオン所属か、異世界とやらに居るのか。それさえも分かっていない現状を、セロは“要調査”と記した。
「目標は殺害、これは絶対。次、相手の手持ちの札について」
セロは指折り数えた。
―――炎。これが真っ先に思いつく。言霊無し、方陣無しと言えば収納のような
特異で、強力過ぎるのだ。セロはあの炎の術が一般大衆に役に立つように、と開発されたマジックには当てはまらない気がしてならなかった。
「となると、先祖代々から伝わるっていう
忌々しいが、最も厄介だ。だが、見えてくるものもある。あれだけ強力な
ラナンの言葉を疑う訳ではないが、推理としては穴がない。そう考えたセロは、金髪の男の正体に
「奴が名家とすれば、頼もしい仲間が大勢居るっていうラナンの話にも筋道が通る。問題は、どこの誰がどれぐらい偉いのか、という情報を俺が持っていないこと」
トップクラスに偉いのか、せいぜいが中間なのか、最下位ぐらいなのか。セロは悩んだ後、中間以上という条件を付け足した。最下位と侮って火傷をするのはゴメンだと考えていたからだった。
「情報収集をするためには……何が必要なんだ? というか、誰に聞けばいいんだろうか」
セロは今日に赴いたギルドについて考えた。まだ全てを把握した訳ではないが、狩人や探索者達の斡旋をする場所のように感じたセロは、じゃあどこで、と悩み始めた。
「……ダメだ、思いつかない。自分で調べるのが一番早いけど、じゃあ何処で調べるんだ、って話になるよな」
セロは更に悩み始めた。自分の世間知らずっぷりを痛感しながら、頭を捻らせた。
「……分からないことは後回しで。相手の札の話に戻ろう」
炎、これを防ぐ方法の第一候補は今日に見た障壁の方陣だ。範囲や効力により金額が違いそうだが、いきなり高いものを買う金はない。まずは使い慣れるために、とセロは最低レベルでもいいから方陣を購入する、という字を「目的1」とした。
剣術、これはユニオンのレベルを調べないと判断がつかない。対抗策としてセロは剣腕を高める、良い武器を買う、流派を調べる、といったものを上げた。
「……そうだよ、剣術だ。基本の技の後、応用技を開発するべきだ」
身につけた剣術は3つ。構えから強力な一撃を繰り出す、
いずれもアルセリアから教わった技で、自分の技がない。師に曰く、『技とは“そう”であらなければならない必然性があるべきだ』。自分の特色を活かした、自分が誇れるような技でなければならない。セロは考えた後、鍛錬をしつつ考える、ということで保留にした。
今日の対フレイムウルフ戦の途中で、思いついた技もあった。形を整えればできそうだと感じたこともあり、鍛錬をしつつセロは実戦に耐えうるまで研ぎ澄ますつもりだった。
「でも、なんかごちゃごちゃしてきたな……考えがまとまらない」
手持ちの情報と、意見を出してくれる人が居ないのが原因だ。以前はラナンが全て担ってくれていたが、これからは全て1人でこなさなければならない。
そう考えたセロは思いついたように、“仲間”と書いた。数は力だ。昨夜の試練で、ラナンだけでなくアルセリアも同時に相手をすれば、と考えると敗北の2文字以外は浮かばない。そして、現実の相手が一対一に応じてくれるとも限らないのだ。セロは不足だらけの自分の穴を埋める手として、仲間か徒党を作るのが一番のように思えていた。
「相手の札でもあるんだよな。もし奴が大勢の部下を従えていると、一気に不利になるし」
イズミが雇われているシェール家とやらのように、手練の使い手を大勢抱えている家ならば、辿り着く前に殺されるだろう。情報を探ることも同じで、怪しい奴だと捕らえられればそれで終わりだ。かといって悟られず、秘密裏に調べるなんてどうすればいいのか。考え込んだセロは、深いため息をついた。
自ら身につける、というのが一番手っ取り早いように思える。だが、それだと修行が疎かになる。学んでいる最中に察知され、逆撃を受ければ逃げるしかなくなるからだ。セロは今の自分が仇の家と真正面からやり合えるなどと、思い上がった心は一ミリたりとも持っていなかった。
「……それが出来る仲間を探す、か。やっぱり、それが一番手っ取り早い。でも、どうすれば仲間になってくれるのか、っていう問題も浮かんでくるんだよな」
相手が名家なら、暗殺は宣戦布告と同じだ。というか、戦争をやるつもりでないと手も届かないだろう。協力してくれるには、どういったものが必要なのか。考え始めたセロはやる事が余りにも多い、と感じていた。
現実はいつも難題ばかり、とセロは軽く笑った―――1つずつ砕いてやると口元を歪めながら。
今は我武者羅に鍛えるしかなかった頃とは違う、クリアすべき問題が見えている。なら解決するだけだ、と当たり前のようにセロは次のことを考え始めた。
勝てるかもしれない、きっと勝てるなんて思わない。自分は絶対に勝つのだ。殺し合いではない、俺が殺す。セロはそう決めていた。次の敗北は死、それはアイネへの、二人の師匠への裏切りだ。惨めな自分を、終わりに向かおうとするバカな自分など真っ先に殺して然るべき。
小さな復讐者は気負いなくそう考え、更なる成長を遂げるべく、夢の中の鍛錬へと没頭していった。
手持ちの札はまだ2つだけ。1、現出に至った自らの心石『
まだ何も終わっていないと、セロは笑いながらウォーミングアップの素振り1万本を始めるべく、剣を振り上げた。
寝起きは快適だった。積もっていた疲労が完全に取れている。夢の世界で密な鍛錬をしたというのに、精神的な重さもばっちり取れていた。
セロは上機嫌のまま着替え、宿の1階に降りて食堂に入ると、驚愕に固まった。
「より良い栄養を取るのは義務のはず――――え?」
え、と繰り返す。そしてセロは食堂の入口に立てかけられていたボードをもう一度見て、考えた。
バイキングとはなんぞや、という話であった。
広い食堂に大きなテーブル、その上に様々な料理が乗った大皿が並んでいる。これを一体どうすればいいのか。考えたセロは一つの可能性に気が付き、冷や汗をかいた。
(まさか、これを1人で全て食べろと? くそっ、腹が減っているとはいえこれは……!)
昨日のフレイムウルフなど比べ物にならない強敵だ。まともに挑んだ所で勝ちの目を得られる可能性は限りなく薄い。
(でも、食べなければいけないのか……嬉しいっちゃ嬉しいけど、全力だぞ)
一心不乱に、マナーなど気にする余裕もない。そこでセロは気が付いた。そうか、バイキングとは海賊なのだ。大阪湾の中で覇を唱える一派が、確か海賊―――バイキングと言ったはず。全ては繋がった、とセロは覚悟を決めた。
そうしている内に、あくびをしながら起きてきた客が食堂に入っていった。中ぐらいの皿を片手に、次々に料理を取っていく。
セロはそれを眺めて、息を吐いた。良かったような、残念なような。何だかよく分からないが負けたような気がしたまま、見様見真似で料理を取っていった。5分後、芸術的なまでに山盛られた皿を前に、セロは無表情ながらも満足げに食べ始めた。
いただきます、とウインナーから食べ始めたセロは、頷きながら次々に口へと運んでいった。次は焼売、卵焼きにちょっと固いミドルウルフの揚げ物。これはこれで、と食べ続けているセロだが、横から話しかける者がいた。
「……アンタ、なにやってんの?」
「ん? アスカか。見れば分かるだろう、バイキングだ」
「分かんないから聞いてるのよ。1人でこんなに取っちゃって……まるで略奪行為ね」
「それが
「なにドヤ顔してるの。ぜんっぜん上手くないから。それに海賊とバイキングにはなんの関係もないわ。そもそも、バイキングと呼ばれたのは日本で初めて――――」
何かを言いかけたアスカが、途中で言葉を止めた。セロから目を逸して、咳を2つ。何を言わせるのよ、と向き直った時には警戒の目をしていた。
セロは何がなんだか分からなかったので、そういう気分なんだな、と無視をした。特に気にしなかったのは、一晩の鍛錬の成果が上がったことが原因だった。その上で朝から美味しいものが食べ放題だということもあり、セロは浮かれていた。
対するアスカは、セロをちらりと見ながら持ってきたパンを小鳥のようについばんでいる。セロは食事に熱心だったが、そういえば、と昨晩に夢の中で発見した課題について尋ねた。
「―――名家、というものを知っているか?……おい、どうしたアスカ。急にむせるなど」
セロはゲホッ、ゴホッ、と喉をつまらせたアスカを胡乱げな目で見た。落ち着いたアスカだが、その綺麗な青い目は涙目になっていた。
「ち、違うのよ。な、なんにも……そう、なにもないの。それで、なんでアンタは私にそんなことを?」
「探しているからだ―――ある人物をな」
告げた途端、セロの身体から抑えきれない分の心素が少しだけ漏れ出た。アスカはそれを感知したかのように、緊張した面持ちになった。
まるで猫のようにしなやかな足に力を入れ、静かに腰を上げる。アスカは、自分を見ているセロに向かって尋ねた。
「探している、と言ったわね………それで? アンタはその人物を探して何をするつもりなの」
「………さてな」
セロはそこで会話を切った。さり気なく尋ねるだけなら、普通のことだろう。だが、下手に過激なことを告げると名家の手の者に悟られるかもしれない。そう考えたセロは、とぼけるように食事に戻った。
「知らなければいい。邪魔をしたな」
素敵な食事時間だというのに、余計な真似をした。セロが告げると、アスカは変な顔をした。
「……どうした。何か聞きたいことでもあるのか」
「そりゃあもう色々と。……話ついでに提案なんだけど。セロって、今日の狩りの予定とか、どの区域に行くのかは決まってるの?」
「決まってない。……というより、可能なのか」
「緊急討伐に参加した人なら、4日分はね。報奨として行きたい区域を選べるのよ」
そこで、と告げられたアスカは提案をした。今日は一緒に狩りをしようと言うのだ。徒党を組むのではなく、同じ宿に泊っているよしみで。セロは特に反対する理由もなかったので頷いた。
―――昨日と同じようにバスに乗り、街の外へ。狩りの担当区域に辿り着いた後はそうも言っていられなくなったのだが。
「ど、どうしたの? 強い魔物は居ないようだけど」
「……別に、何も」
何も無いな、とセロは目の前の風景を眺めながら呟いた。
見覚えのある街から続く道。劣化が進んだ、人の住んでいる気配が無くなった廃墟群。道路を突き破ったものの、中途半端なところで折れている目印の樹の様子さえ変わっていなかった。
「……本当どうしたの? そろそろ始まるけど」
アスカの言葉に、セロは小さく頷くことで答えた。ちらりと、アスカの装備を見ることも忘れずに。
黒のインナーの上に、軽装の革鎧を身にまとっている。足は金属みたいな繊維が織り込んでいる具足と、底の厚い踏み抜き防止用の茶色い靴。黒のソックスは、昨日に見た耐熱性のあるものに似ている。武器の短刀は腰に、胸元の革鎧には投擲用だろう、ナイフが4本入っていた。
頭部にはなにもつけておらず、さらりとした髪を左横に流し、紐で結んでいる。筋肉の付き方を見るに、速度を活かすタイプか。健康的な白い足だけには、鍛錬の跡が色濃く出ていた。
「……なによ、ジロジロ見てんのに無表情のままで。私に言いたいことでもあるの?」
「ある―――足は凄いけど、胸筋が足りないな」
腕もそれなりに鍛えているが、胸筋が不足していると斬りや突きの威力が出ない。押し付けがましいのでそこまでは説明しないけど、と黙るセロに、アスカは絶句していた。
いきなり、失礼で、ちょっとはあるわよ、どいつもこいつも胸か、とぶつぶつ呟いている。
そうしている内に担当官がやってきて、狩りの時間が始まった。今日は4時間で、ランク2のミドルウルフとコボルト、ランク3のホブゴブリンを重点的に狩って欲しい、と通達があった。
バスから降りた14人が、それぞれパラパラと散らばっていく。セロとアスカも魔物を探して歩き始めた。しかし、とセロが見たことがない魔物のことをいう。
ミドルウルフ―――は見たことがあった。ちょっと大きい犬で、爪と牙が一段と鋭い魔物だ。俊敏に立ち回り、こちらの足に食らいついてくる。
コボルトは子供の頃に遠目見たことがあるだけ。直立歩行の犬、というのがセロの印象だった。短剣や短弓など、小さいが武器を持っている。
ホブゴブリンは、なんだろうか。セロがそれとなく尋ねると、アスカは端的に言うと大きいゴブリン、と指差しながら告げた。
セロは指の先に居る魔物を見て、成程、と呟いた。身長は自分と同じか、少し下ぐらい。手にはゴブリンでは到底持てないだろう、ずっしりとした棍棒を持っていた。
「……こっちに気付いてないな」
「鈍いからね―――お先に行くわよ。ブロックサインとか決めておく?」
「終わった後でいいだろ」
「そ。じゃ、小手調べと行きますか」
アスカは告げるなり、素早く移動を始めた。物陰から物陰へ、ホブゴブリンの死角を渡り歩いていく。10秒後には、ホブゴブリンが歩くルートの脇へ。
通り過ぎるのを待ち、物陰からホブゴブリンの背後へと躍り出た。ホブゴブリンがアスカの存在に気が付いたのは、跳躍の踏み込みの音を聞いてから。
その時にはもう、横一文字に振り抜かれたアスカの短剣は、ホブゴブリンの両目を横に切り裂いていた。
ギィッ、という野太く醜い悲鳴が周囲に響き渡る。アスカは気にもせずに、ホブゴブリンから距離を取ると手を前に翻した。
(方陣―――風、矢が基本、四散を付加?)
セロはラナンの授業の時と同じように、反射的にその構成を読み取った。
「
同時、緑色の
「
宣言と同時に、力が四方へと飛び散った。衝撃の音の後、ホブゴブリンの頭部の孔という孔から血が流れ始めた。
―――即死だろう。セロの推測通りに、ホブゴブリンは後ろ向きに倒れたきり、動かなくなった。
アスカは注意深く死体を観察した後、安堵のため息をついた。徐に近づき、じっくりと強化した短剣で心臓を一突きして、魔石をえぐり出した。
慣れているのか、あまり血飛沫が飛ばないように刺したようだ。死んだホブゴブリンの最後の抵抗は、アスカの革鎧に少しだけ付着した緑の血だけに終わった。
「ほんの1分足らずで、か。早業だな」
「一体なら、これぐらいはね。……次はセロ、アンタの番みたいよ」
アスカが指差す背後へ、セロは振り返った。言われずとも、と気配は既に察知していた。
大きさにやや差異はある2体が、こちらを見ながら下卑た笑いを零している。その視線はアスカの身体へと向いていた。
(……ゴブリンと似た嗜好か。弱い者を徹底的に嬲る、特に女を)
かつての同年代の仲間の内、二人がゴブリンから逃げ切れなかった。当時の無力の自分たちは置いて逃げるより他に、生き残る術はなかった。
だが、今は違う。それを示すかのようにセロは剣を抜き放った。特に工夫もなく、正面から。間合いに入ったセロの頭にホブゴブリンは棍棒を振り下ろした。
当たれば即死の一撃を、セロは正面から受け止める。ホブゴブリンは驚くも、このまま潰してやる、と鼻息荒く力を強めた。セロといえば最低限の強化で、と無表情で呟き、横を見た。視線の方向から奇襲を仕掛けてくる、もう1体のホブゴブリンを。
セロは慌てず、体の位置をずらしながら棍棒の力を横へ流した。
バランスを崩したホブゴブリンの背中に、横合いから飛び込んできたホブゴブリンの一撃が当たる。
「ゴブッ?!」
「ギブッ!!」
背中から殴られた痛みと、こんな筈では、という驚き。
硬直した2体のホブゴブリンの傍で、セロは既に準備を終えていた。
一閃から、二柳。剣を振り抜いた先では、ホブゴブリンの2つの首が宙を舞っていた。
背後のアスカは「やるわね」と呟くも、訝しげな目でセロの剣を見ていた。
「……これぐらいが限界か」
「ええ。あまり狩りすぎると、他の狩人に恨まれるから」
ホブが16、コボルトが9、ゴブリンが27。アスカとセロは2時間で積み上げた
そこは少し広い奥まった場所に、鉄の柵のようなものが横に3つ並んでいた。元は何かの施設だったのだろうか。考えるセロに、アスカは「その手にはのらないから」と呟きを返していた。
「それにしても……大した戦果ね。ホブが2,000、コボルトが800、ゴブリンが300だから4万7千イェンぐらいか」
通常討伐のためギルドに10%を支払う必要があるが、1人あたり2万と少し。アスカが告げるなり、セロは弾かれたようにその顔を見た。
「……これ、だけで、2万に?」
「いや、だけってことはないでしょ。……アンタには物足りないか」
ホブも知らないなんて、とアスカが言う。セロは田舎者で悪かったな、と少しふて腐れながら答えた。
「そっちこそ、意識が低いな。日々修行だというのに」
「なによ、それ。どういう意味?」
「……いや、いい。俺もまだまだ未熟だってことだ」
修行は強いるものではない。セロはそう思い、発言を撤回した。いきなり謝られたアスカは、意味がわからないとばかりに困惑していたが。
「しかし、魔物が妙に多いな。2年前はこんなに出なかったのに」
「何らかの理由があるんでしょうね。………定期イベント、って所かしら」
「てい、き……なに?」
「分からなければいいの。このゴブリンとかコボルト、っていういかにもな魔物の事とかも」
どこから、何故。自分に問いかけるように呟いたアスカは、なんてね、と話を変えた。
討伐で得られる金とは別の、
中級になったというだけで、ギルドや街の市民からはある程度の信頼を得られる。だからこそ、とアスカは言った。
「このままいけば1年か2年ぐらいでいけそうだけど、やり過ぎると嫌がらせを受けるよ。こんな田舎だしね。出る杭を叩くことが趣味な奴なんて腐るほどいるんだから」
「……そうだな」
経験談らしい物言いに、セロは素直に頷きを返した。
それから二人は、特に意味のない世間話を続けた。アスカは足をぶらぶらとさせながら退屈そうに、セロは無表情ながらも新鮮さを感じていた。時折漏らすように告げる言葉に、知性と未知の何かを感じとったからだ。
自分が知らない話も多くあり、実に刺激的だ。だが、一時間も話すとアスカの方が飽きてきた。
「退屈ね……最低限のブロックサインも確かめられたし、やることも……あ、そうだ、ちょっと探検でもしてみない? この近くに、幽霊が出るって噂の建物があるのよ」
幽霊、それは亡くなった人の魂で象られた幻影だという。ラナンが冗談混じりに告げていた言葉だが、妙に印象に残っていたセロは、アスカの提案に乗ることにした。
5分後には、先程の繰り返しになったが。
「うわ、ずっぱりと斬られてるわね………セロ?」
「なんでもない。それより、ここに幽霊が出るのか」
「あくまで噂だけどね。何でも金髪の―――」
そこで、セロは走り始めた。他の全てに目をくれずに、一直線に中へ。
(五感強化―――聴覚、嗅覚―――居る、誰かが)
感知と同時に、セロは発生源である上層階へと走った。建物の中には、2年前の死体は残っていない。もう罅割れ砕かれた、入れ物だけになった建物の階段を風のように駆けていく。
4階に上がって、セロは気づいた。
奇しくも気配がある場所は、かつての自分の部屋であると。
全身から流れ出る汗も忘れ、セロは一気に駆け抜けた。廊下の奥へ。蝶番もない、立てかけられただけの扉を蹴り破り、中へ。
剣を抜き放つと、その切っ先を気配の主に突きつけた。否、正確には突きつけようとして、止めた。部屋の中で見た、金色の髪のがある位置が想像を越えて低い場所だったからだ。
確かに、金色の髪には違いない。だが、それ以外の何もかもが違う。
セロは、怯えながらもこちらに向けて石を構える人物に向かって、告げた。
「……子供?」
涙目で身体も貧弱、それでも諦めていないことが一目で分かる。意志に満ちた
背後では追いついたアスカが、セロを責めるような目で見ていた。
考えたまとまらない内に、立て続けだ。
何が何だか、とセロは剣を収めながらため息をついた。
―――何かが始まる音が、どこかで鳴り始めたような。
そんな残響が脳裏に過ぎることを止められないままに。
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