2章:交錯する日
12話:新人
雨が明けたらそこは、懐かしい故郷だった。ジロウだった自分が石を抱えて通っていた、見慣れた街。セロはずぶ濡れの身体を引きずりながら歩くと、居住区の入り口の門に書かれている街の名前を読み上げた。
「……旧・南巽、か」
それは、大阪のどこの地域になるのだろうか。大阪全体の地図を見たことがないセロには分からなかったが、それでも名前が分かったことだけでもこれは進歩である。そう考えたセロは、街の中に向けて歩き始めた。
門番の顔ぶれは、ジロウだった頃から変わっていなかった。2年前のことだというのに、妙に懐かしい。そう思ったセロは門番を見つめたが、視線を向けられた男達はそそくさと視線をそらした。
今までに無い反応だった。どうしてなんだろうと、セロは無表情のまま内心で首を傾げた。その様子を見るになんだか焦っているようだが、自分の顔に何か付いているのだろうか。セロは訝しい顔をしながらも、大したことではないか、と街の中に入っていった。
セロを出迎えたのは、2年前と同じ、景気が悪い田舎町の風景だった。だが、セロの主観では圧倒的に違う点があった。それは、子供だった頃よりもずっと遠くまで風景を見渡せるということ。
2年前、8歳の頃から伸びに伸びたり35cm。目線の高さが違うと、こうも見える風景が異なってくるのか。セロは感動しながらも、歩を進めた。
(持ち物を確認―――身体、バンダナ、剣、メモ帳の束、以上4点。たったそれだけだ)
他に持ち物はない、とセロは自分の現状を確認するように呟いた。修行の際に稼いだ金の類も全て、拠点に置いてきた。師匠達から離れて身一つ、武器一つ、防具にならない服が一つと、教わった内容と、それをメモした紙だけがセロの今の財産の全てだった。
これからが本当の意味でのスタートだ。セロは気を引き締めて、それとなく周囲を探った。現出に至って分かったことだが、街の中ではそこかしこに心石の使い手が居るのだ。守ってくれる誰かが居ない今、油断をすれば、たちまちいつぞやのように尻の毛まで燃やされてしまうだろう。
セロは警戒心を最大にして、街の中を慎重に歩いた。その10分後、セロは何の諍いもなくギルドへと辿り着いていた。小さかった頃はチンピラに絡まれるか、店先に居る店員に嫌な顔をされて追っ払われるかのどちらかだった。
(……視線さえ合わそうとしなかったのは、ちょっと引っかかるけど)
何にせよ、拍子抜けだ。セロはそう思いつつも、油断は禁物だと自分を戒めた。この2年の修行が語ってくるのだ。本当に、毎日毎日毎日毎日、鍛えて鍛えて鍛え続けた。だとしても、期間はたった2年でしかないのだ。
街には自分以上に長い間、魔物と戦ってきた歴戦の戦技者が大勢いるのだろう。それだけではない、まだまだ未熟だと二人の師から毎日言われ続けたセロは、使い手にしても最下位に近いと確信していた。
ゴミが油断すれば、燃やされて殺されるだけ。だからこそ、決して油断だけはしない。セロはそう思い、全身に力を入れながらギルドの扉を押した、が。
(………開かない? なんでだろう。まるで何かに引っかかっているかのように、これ以上動かない)
どうして、とセロは訝しみ、すぐに気が付いた。
―――これはギルドに認められるための、第一の試練なのだと。
(入るだけでも一筋縄ではいかない。証を見せろと―――そういうことだよな、ラナン)
セロは決意した顔で一歩退くと、全身の強化のために心素を練り上げた。鍛えられた筋肉の組織の隅から隅まで意識して、強く。試練の扉を押し開くための力をこの手に。
集中していたセロの顔が、直後に驚愕に染まった。試練である筈の扉が、独りでに開いたからだ。セロはそこで己の未熟さを恥じた。
(扉は開かない、そう思わせるための罠―――くそっ、後手に回っちまった!)
こうなれば、先手は譲らざるを得ない。セロは空かされた思惑から瞬時に立ち直ると、腰を落とした。どんな攻撃が来ても回避できる体勢で、両手をだらりと下に。
そうして、鋭くなったセロは捉えた。入り口の所で、腰を抜かしながら震えている試験官らしき人物を。小柄な女性で、黒い髪。少し伸びた部分を横にまとめている。装備は軽装、短剣使い。早ささを強みにする戦技者だろう。
瞬時に分析を終えたセロは、初見の相手か、と舌打ちをした。アルセリアは様々な武器を扱えたが、短剣だけは使わなかった。どのような技を使ってくるのか、先読みは難しい。
(ここは待ちに徹して相手の出方を…………ん?)
おかしい、と違和感に気がつく。入り口の女、尻もちをついて震えている。演技ではない、涙目でこちらを睨んでいる。試してやろうという戦意ではなく、死に抗う人間のものだ。そして、セロは見た。ギルドの扉が、外向きに開いていることを。
(……………そういうことか)
全て自分の勘違いだったらしい。セロは安心しながら構えを解くと、どこか無表情ながらもしょんぼりとした様子でギルドの中へと入っていった。
扉の中には、かつてのジロウが想像していた通りの光景があった。30人も入ればいっぱいという、室内では、狩人らしき者達が酒を片手に騒いでいる。誰もが楽しそうに話し合っていた。だがどういう訳か、騒いでいる男達は徐々に静かになっていった。
セロは首を傾げながらも、奥に『受付』と書かれた場所を見つけると、一直線に向かった。回り込む必要はなかった。どういう訳か、通路まで椅子を広げていた男達が一斉に道を開けてくれたからだ。
―――親切な人達だな。ひょっとしたら、良い人ばかりなのかもしれない。そんなことを考えたセロだが、これも罠である可能性も否定できないと、緊張だけは解かなかった。
「……ここが受付か」
「はっ、はい! あの……もしかして、ナイトの方ですか?」
「違う」
何を言っているのか、とセロは訝しんだ。
「あ、あの……でしたら、裏のギルドの?」
「違う」
というか、何だそれは。セロは初めて聞く単語に好奇心を抱いたが、文無しの状態では何もできないだろうと話を戻した。
(というか、騎士だの裏だの、何に見えてるんだ)
ひょっとしたら目でも悪いのかな、とセロは思いつつも要件を話した。組合に登録に来た、と無表情ながらも自信満々な様子で。
「……え。し、新人の方ですか?」
「見ての通りに」
「中央から来た裏の殺し屋とかではなく?」
「違う」
仇を討つ意志は未だ燃え盛っているが、好き好んで人を殺し回るつもりはない。何より、そういうバカは目立つ。ラナンの教えから結論を出したセロは、堂々と答えた。
「まだまだ未熟な、ただの心石使いだ………登録を頼む」
「は、はい……分かりました。少々お待ち下さい」
受付の女性は茶色いボブカットの髪を揺らし、おっかしいなーと呟きながらも脇にある書類を取り出した。手続きに必要なものらしく、登録、所属、といったものが書かれている紙が並べられていく。それを眺めながらセロが大人しく待っていると、背後から声がかけられた。
なんだ、とセロが振り返る。するとそこには、先程入り口で尻もちをついていた女の姿があった。
「ま、待ちなさいよ……あんた、入り口であんな事をしておいて」
「………あんな事?」
「私に殺気向けたでしょ! よくも、不意打ちなんか……!」
「ぶつけてないぞ」
セロは事実を答えた。試練と思わしきものと戦うために、戦闘姿勢は取った。だが、欠片たりとも殺すつもりはなかった。
(それにしても、殺気? ……アルセリアがちょくちょくぶつけてきたアレがそうなら、違うと断言できるぞ。でも、いきなり戦う姿勢を見せられたら勘違いもされるか)
入り口で待ち伏せたように、戦うための心素を練り上げたことは確かだ。そう思ったセロは、素直に謝罪することにした。
「すまん、勘違いをした。二度はないから、許して欲しい」
「……言葉だけ?」
「生憎と金はない。無一文だ」
偽りのない事実をセロは告げた。
途端、ギルドの中は大爆笑に包まれた。
「か、完全に勘違いかよ!」
「ただの見た目詐欺かよ、騙されたぜクソッ!」
「も、文無しの雑魚なのにあんなに堂々と……!」
男女問わず、腹を抱えて笑っている。セロは金が無いことの何がそんなに面白いのか分からなかったが、まさか、と呟くと受付の女性に話しかけた。
「ギルドの登録には、金が必要になるのか?」
「は、はい。え……ひょっとして」
「そうか……いくらになる?」
「―――1万イェンよ」
セロの質問に答えたのは受付の女性ではなく、騒いでいた黒髪の女だった。財布から1万イェンを取り出すと、セロに押し付けるように出した。
「……初対面の相手に恵まれる言われはない」
むしろ迷惑料を払え、と言われる状況だ。力自慢の先輩から言われるやつ。そんな嫌な過去を思い出していたセロに、女は緊張した面持ちのまま告げた。
「奇遇ね、私もよ。……だから、これは貸し。さっきのと合わせて貸し2つね」
「……生憎だけど」
そこで、セロの言葉は止まった。止まらざるを得なかった。セロのお腹が「飯を寄越せ」と言わんばかりに音を立てたからだ。
ギルド内は更に爆笑の渦に飲み込まれていった。セロは何がそんなにおかしいのだろう、と考えながらも、金を下げようとしない女に答えた。
「貸し、と言われてもな。踏み倒すつもりだとは考えないのか」
「そうなったら、そうなった時よ。投資ってそういうもんじゃない? 見損なって有り金を溶かすのもまた個人の自由。それが社会のルールってやつよ」
女は顔を引きつらせながらも、堂々としていた。どうしてか、身体は小刻みに震えたままだった。セロは分からないことばかりだと内心でボヤキながら、答えた。
「……こっちが望まない形では返さない。それで良いか?」
「上等よ。ただ、このお金は上げるんじゃないわ。……そうね。来週までに返してもらえればいい」
「分かった」
それならばどうにでも出来ると、セロは頷きを返した。
そして受付の女性へと振り返ったセロは、1万イェンと共に堂々と告げた。
「金は用意できた―――登録をお願いする」
「……まずは
成り立ての組合員が名乗ることを許される職業であり、称号だという。セロは説明書と書かれた古ぼけた紙を読みながら、基本的なことを学んでいた。
どちらも、“成り立て”はただの職業を名乗ることしかできない。狩人、探索者がそれに該当する。だが、
ひとまずの区切りとして、中級、上級狩人まで。探索者も同様だ。別の職業として
(狩人は受付で参加を申請、担当区域を割り当てられる。バスか徒歩、自家用車で移動して、担当区域内で狩りを行う。ただし、ギルドが仲介している個人依頼であればその限りではない………依頼って壁に張ってるあれか)
セロはギルドの壁に下げられたボードに張っている紙と、その前であーだこーだと騒いでいる者達を見て理解した。
(……狩り、行くか。依頼は金が入るまで時間がかかるし、組合員なら魔石を安く買い叩かれることはない)
セロは発行された身分証を示すプレートを片手に立ち上がった。セロが真っ先にギルドに来たのは、これを入手するためでもあった。身分保障も兼ねているこの登録章が無いと、買取額が冗談みたいに下がるのだ。そうなれば、多くの苦労を重ねた所で無駄、いつかの自分のように満足に食べられないで終わってしまう。
ラナン達のように火起こしの術もまだ使えないセロとしては、死活問題だった。流石のセロでも、魔物の肉を生で食べる勇気はない。最低限でもいい、携帯食料でもいい、食べて死なないものを、というのが今のセロが望むものだった。
手引に従い、入り口にある紙を見て、担当区域に出るバスが留まる場所まで。セロは移動しながら、密かに興奮していた。ギルド向こうにある地域は、セロにとっては未知の領域だった。
近づく度に、
(……
見かける子供達は、誰もがギラついた目をしていた。風体を見るに、恐らくは居住区の中にある廃屋を根城にしている集団だろう。それなりに武をかじり、相手の動きと狙いを読み取れるようになってから分かるが、誰もが何かを狙っているのだ。
財布、食料、あるいは武器。路地裏や物陰から虎視眈々と。心石使いだけではない、一般の人までも狙いに定めている。奪おうとしているのだ、生きるために。誰もが「こうしなければ自分達は死ぬのだ」という顔をしていた。
その通りに、死体になっている子供の姿もあった。ついさっき狩人か警備員に斬り捨てられたのだろう、路地裏で倒れ込んでいる小さな身体からは、既に命を感じなかった。
盗みに失敗したのか、獲物の見極めに誤ったのか、大人から憂さ晴らしを受けたのか。セロは死体がある路地裏を横目に、立ち止まることはなかった。
(同情なんてしている暇はない……とにかく、今は飯の種を)
腹が減っては戦はできぬ、というのがラナンから教えられた言葉だ。その師匠の最後の教えを乗り越えるために消費した心素の量は、莫大なものとなった。
この2年の鍛錬でそれなりに蓄えられるようになったが、人には限界というものがある。ややガス欠気味になっているセロは、無心のまま待った。進んだ先にあった、5という番号が書かれた停留所。セロはそこにやってきたバスに乗り込むと、座席に腰を落とした。
(……初めてのバス体験だな。担当の探索区域の魔物レベルはたしか、1~3って………え? こんなにすぐに出発するのか)
もし遅れていれば、と冷や汗をかくセロを他所に、バスは進み始めた。
ふと、セロは窓の外を見る。そこには先程と同じような、子供の死体が見えた。セロはそれをよくある光景だと受け入れた。選択を誤った敗者の死体として。
もしも石拾いをしていれば、と思うこともある。だが、恐らくあの子供が所属していたであろう集団は、かつての仲間たちを壊滅させた原因の一部でもあった。
(でも、関係ない。負けたから死んだ。生きるも死ぬも、全ては個人の自由……力次第。理不尽と思うけど、今の世界はそうして回っている)
可愛そうだね、と哀れまれても嬉しくはないだろう。少なくとも、かつての自分はそうだった。
それでも、理不尽に対する憤りが消えた訳ではなかった。きっとあの死体になった子供は言われたことだろう。そんな事をするから、お前は死んだんだと。
(誰がそうさせたんだよ。そうでもしなければ、こっちは生きていけないっていうのに)
かつてのジロウと同じ、大人を呪う気持ちはセロの中から消えてはいなかった。理不尽の具現たる炎使いへの復讐にために生きると決めたが、それ以外の想いの全てが消えた訳ではない。
勝手に産んで、勝手に捨てて、生きたいからと足掻いたら、ゴミだのクズだの大人は言う。
―――それさえも、力で語って通すしかないのだろう。
心石使いとそれ以外の隔絶した差を知ったセロは、何となくそういう実感を抱いていた。ふざけるなと吠えようが、圧倒的な力を持つ者は聞く耳を持たない。聞く価値がない言葉だからと一蹴されて殺されて、そこで終わり。死人は何をも語れないから。
違うだろう、と自分の中に居るジロウだった者が言う。
認めたくない、と復讐を誓ったセロが言う。
それさえも自由で片付けられるのか、セロは考えていた。命を賭けて主張を語るのか、生きるために耐えるのか。その果てに何もかもを失う結末があっても世界は関与しない、全てが自由だという言葉一つだけで。
(……そういえば、あの女も似たようなことを言っていたな)
失敗して死ぬ所まで、世界は責任を取ってはくれない。それでも、と言うのは正しいのか。
考えていたセロだが、バスが止まったことに気が付き、立ち上がった。
停留所とは異なる、周囲全部が廃墟群の、紛うことなき戦闘地帯。
門や壁といった魔物の侵入と発生を塞ぐ仕組みなどない、敗者だけが淘汰されていく見慣れた場所。セロは迷うことなく降りると、そこで待っていた担当者に顔合わせをした。
両頬に傷を負った、雰囲気がある巨漢だった。背中の槍を自然に携えながら待っていた男は、セロの姿を見るなり、片眉を上げた。
「お前、見ない顔だな。名前はなんていうんだ」
「……セロだ」
お前が先に名乗れよ、と言いそうになったセロだが、ひとまずは名乗った。問いかけるようなそれは、上から来るものではなく、純粋な疑問に対する問いかけのように感じたからだった。
「成り立ての新人だけど、何か用でも?」
「そのナリで新人? ………いや、まあいい」
手が足りない所だから助かったと思おう、と男は言った。
「俺はこの地域の狩りの担当官だ。ゲン、と人からは呼ばれている」
ゲンという野太い男は、名乗りつつ告げた。担当官殿と呼べ、と冗談混じりに。
「さて、早速だが担当官から緊急の仕事の依頼だ。その前に、この中に中級狩人は居るか?」
ゲンが告げると、バスを降りた20人の内、二人が手を上げた。いずれも高そうな武具を持っている狩人で、他の者とは違って意識が研ぎ澄まされていることにセロは気が付いていた。
「おっ、ヨーナに……お前、トシヤか! お前が来てくれるなんて、正直助かったぜ」
「おいおい担当官様よ。アンタがそう言って無事に帰れた試しが無いんだが?」
トシヤ、と名乗った眉毛が厚い男が笑った。何かに気が付いたのか、顔見知りらしい二人は笑いあった後、ため息を吐いた。
やがて、場が硬直した―――フレイムウルフが現れた、というゲンの言葉と共に。たちまち、降り立った狩人達から悲鳴の声が上がった。
「ばっ、おまっ―――ランク5だぞ!? それこそ中級様のチームを招集しろよ!」
「耐火性のある服なんぞ用意してねえぞ! もし群れで来たら……!」
「お、俺は帰るぞ! ってああ、バスがもう行っちまった………」
「だ、大丈夫だよ。2時間後にまた来るし、それまで耐え凌げば」
「でもよ、あいつら鼻が効くって話だろ? 隠れててもばったり出くわした日にゃあ俺達は……!」
死ぬ、という言葉が周囲に飛び交った。セロは初耳となる魔物の名前を聞かされて困惑しつつも、人知れず剣を強く握りしめた。
戦意が高まっていたからだ―――炎という名前、ただそれだけが酷く、気に入らなかった。
「静まれ! ……良い情報もある。相手が単独だってことだ。偵察に出た奴が情報を持ち帰ってきた。強かろうが、所詮はたかが一体。だが、奴は知っての通り頭が回る。犬畜生の割には、と頭に付くがな」
冗談を混じえながらも、力強く野太い声が全員の耳に行き渡った。外見と相まって、不思議と人を安心させるその言葉に、全員が我を取り戻していった。
勝てる、という確信と共にかけられた声だからだろう。セロが感じた通り、その想いがこめられた声はひとまずだが場を落ち着かせることに成功した。
その状況を呼び込んだゲンは、笑いながら全員を見回し、告げた。
「早々に殺るぞ。分かっているとは思うが、尻尾巻いて逃げるのは無しだ。理由は分かるな?」
有無を言わない言葉だったが、狩人達は分かっているという顔になった。セロはあまり分かっていなかったが、その炎の狼とやらを狩れるならと、真似をして頷きを返した。
「フレイムウルフは緊急討伐対象だ。この区域の居住区の壁でも大丈夫だろうが、万が一がある。防げなければ玉無しだと言われる訳だ。あのギルドに居る全員漏れなく、役立たずの烙印を押される」
そういうものらしい、セロが頷くと、ゲンは作戦を告げた。
棲家に関しては、当たりがついている。中級を先頭に突入、誘い出した後に退いて罠にかけて、とゲンが告げたと同時、集まっていた狩人たちの耳に大きな爆発音が届いた。
呆然とする狩人達。その中で、セロは強化した聴覚でゲンの声を拾っていた。
―――あれは罠を仕掛けていた場所じゃないか、と。
(……逆に奇襲を受けたのか? まいったな、腹減ってるっていうのに。心素も少ない、万全とは程遠いし、相手も未知数だ)
セロは不利な材料を並べ立て、弱音を吐く自分を一笑の元に踏み砕いた。だからこそ修行になるからだ。セロは剣を抜き放ちながら、《逃げるのか》という言葉をこめてゲンを見た。
ゲンは、不遜で灰色の髪を持つ目つきの悪い新人の問いかけを、歴戦の狩人として、狩人らしい獰猛な笑みで返した。
ふざけんじゃねえよ、と呟きながらゲンの心素が漏れ出て、濃い緑に染まっていく。同時に、罠を潰したらしい魔物が現れた。フレイムウルフという名前の通り、赤の熱を身にまとう、俊敏そうな狼が2体。事前情報の倍する数で、狩人達の前に姿を現した。
そこで、まるで誘っているかのように立ち止まった。
バウ、と嘲るような吼え方と、溢れる小さな炎。
強化した視力でそれを捉えたゲンは、力の限り吼えた。
「お前らぁ! 見てるか、見てんのかよ俺らクソみたいに舐められてるぞあのクソ犬に!」
眺めるだけで、かかってこいよとばかりのフレイムウルフ。その姿と様子を前に同じ感想を抱いたのだろう、中級の二人の心素が高まっていく。他の面子も同様に、特に気概がある狩人が意気揚々と自分の得物を抜き放った。
「―――それじゃあ競争だ。どこの誰に喧嘩を売ったのか教えてやれ! テメエは所詮は燃えるのが得意なだけのそこいらに居る犬ころ以下だってなぁ!」
ゲンの機に応じた号令に、“応”という言葉が返った。
人によって大小の差はあれど、虚仮にされたままではいられない。
そんな意志がこめられた狩人としての叫び声が、セロの産まれて初めてとなる、セロとしての狩りが始まる号令となった。
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