2話:急転


「いやー、仕事がこんなにも早いとは。流石は巷で噂の毒炎使いっすねぇ」


「世辞は要らん、さっさと済ませろ。それとも、貴様の偽名の通りにでもなりたいか?」


名無しの死体ジョン=ドゥの異名を名乗る髭の男を、戦闘服を身にまとった女性が苛立ちと共に睨みつけた。『毒炎』と呼ばれた輝く金髪を持つ美丈夫は、くだらないものを見る目で見下すだけ。


凍えるような視線を受けたジョンは「怖いねえ」と肩をすくめた後、大金が入った袋を付き人らしい女に手渡した。


「……相場より多いが。貴様、これは一体どういうつもりだ?」


それなりに規模が大きいギャングを統括するボスの暗殺。最速で済ませた汚れ仕事とはいえ、報酬としては大きい金額だった。


青い髪の女が理由を問いかけると、ジョンは笑顔のまま通信球を取り出した。睨みつけられる視線に構わず、ジョンはとある場所が入っているデータを送った。先日、追跡装置マーカー


「いきなりですみませんが、ね。しがないただの情報屋としちゃあ、ちょっと無視できない筋からのお願いがありまして」


街の有志からの依頼です。ジョンが告げると金髪の男が頷き、女は舌打ちをした後に金を受け取った。


「ゴミ掃除か、なら仕方がない。それで、中に使い手は」


「居る訳ないですよ。一人もいないからこそ、この金額です。あ、この情報は一応サービスってことで」


ジョンの言葉に金髪の男は黙って踵を返した。何もかもがくだらない、と男の仕草全てが物語っていた。悠然と立ち去っていくその背中を、控えている青髪の女がため息混じりに追っていく。ジョンは二人の背中を見送った後、これでしまいか、と呟きながら軽く背伸びをした。


「しっかし、ユニオン所属のお坊ちゃまが何のつもりかねぇ―――くわばら、くわばら」


深追いは命を縮めることになる。情報屋の流儀に従い、事の顛末にまで興味を失せされたジョンは街を出るための身支度を始めた。


次なる場所でまた、人の裏を扱って日々の小金を稼ぐために。















あちこちヒビ割れたビルの中。照明のない薄暗い部屋には円になって座る20数名の少年少女達がいた。そこはジロウにとっての大切な仲間達が集まる場所で、年始めとして様々な情報が交換されていた。主には次なる石の拾い場から、魔物が集まっている場所などだ。その中で、話し合いより喋る方が好きな子どもたちはジロウの周囲に集まっていた。


「ジロウ―――アンタ、ついに妹ちゃんにプレゼントしたんだってね?」


仲間である少女の言葉に、ジロウは訝しげな表情を返した。


「お前、なんで知って……あっ! スズ、てめえまさか覗いて?!」


「違うわよ。ずばりヒントは、街の中の服屋の前のアンタにある!」


「そうそう。それでさあ、荷物片手に見たこと無い笑顔引っさげて帰ってきた日にはね~」


「語らずとも落ちるって話よね!」


だから、とチームの中の数少ない少女二人がジロウに熱い視線を送った。ジロウは「これだからこいつらは」と呟き、舌打ちを返した。


「お前らには絶対に貸さねえ。そもそもサイズが合わねえし」


「そう言わずにさあ」


「そうよ、チームの仲間として、共有すべき財産があるでしょ!」


少女二人はどこかで聞いた言葉を熱くも語り、並べ立てた。ジロウはため息で距離を取り、頷かなかった。先月の話だが、貸した裁縫道具が壊れた状態で返ってきたからだった。ジロウが言及すると、二人は痛い所を突かれた顔になった。


「あ、あれは! 裁縫係をアンタばっかりに任せるのは悪いかもって!」


「そうよ。ていうかあのボロい針でどんだけ器用だったのアンタ、って話なのよ!」


むしろジロウが悪い、と反論する少女の甲高い声に、ついに切れた者がいた。


「―――ってお前らいい加減うるせえよ! チームの話し合いの場っつってんだろバカ!」


リーダー格の少年が大きな声でジロウ達を怒鳴りつけた。ジロウはなんで僕がと思いつつも、これ幸いに逃げようとリーダーの話に乗っかった。


助かったのもあるが、リーダーの声に強い感情がこもっていたからだった。少女二人もそれを察したのだろう、「はーい」と返事をすると自分の場所へと戻った。


「それで、仕事の話? あ、見張り班担当の紅一点は色々と文句がありまーす」


「それも後にしろ、つか黙ってろ。……朝に返ってきたオッサンに聞いた話なんだがよ」


低い声で、リーダーは嫌そうな顔になった。


「1階の奥の部屋に居る飲んだくれのな。あのオッサンから聞いたんだけど、めっちゃヤベーんだよ」


「あー、街で情報屋してたっていうハゲのおっさんだっけ? 俺もチラっと聞いたんだけど……抗争、ってマジ話なの?」


「ああ、あのオッサンちょうど現場に居たって話だから。換金所の向かいの酒屋でギャングが襲撃されて………3人残して、あとは皆殺し」


襲われたのはモノトーン・ギャングという、それなりに大きい徒党だという。居住区の外にまで出張ることがあるため、ジロウ達のチームの中で知らない者は居なかった。襲われた原因は、何だったのか。情報を持たないジロウ達はさっぱり分からなかったが、それなりに理由はあったのだろうという結論が出た所でジロウ達は話を終わらせた。


チームとして、ジロウ達の興味は別の所にあった。ギャングも“使い手”と呼ばれる集団だ。死んだ一味が魔物狩りを担当していた地域かどうか、という点は重要だった。死んだギャングが自分たちの石拾いのエリアに近い場所を担当していた場合、色々な悪影響が出てしまうからだ。


「でも、怖えーよな。もしかしたら、俺たちも狙われるなんてことは……」


「ねーよ。俺たちなんかに手間かけるほど、街の大人も暇じゃねえよ」


理由ではない、価値がない。子どもたちは街での扱いから、自分たちの立場は知っていた。一応は、石拾いとして必要とされている立場であることも。


「でも、魔物……狩人だっけ? 誰がどこの担当だったかなんて分かんねーよなぁ。俺たちなんかがギルドに言っても、ぶん殴られて追い返されるだけだし」


調べるにも方法がない。どうすれば、と話し合いが止まった所でジロウが手を上げた。知り合いの情報屋に聞けば、教えてくれるかもしれない、とためらいがちの言葉に、リーダーが胡散臭そうなものを見る目を返した。


「いや、マジで言ってんの? 金も無いのに引き受けてくれる訳ねーって、殴られて追い返されるのがオチだろ」


「そ、そうかもしれ………いや、違うかも。あの人なら、多分。も、もしかしたらだけど」


「……まあ、ジロウが言うならな。でも、金無しってのはやべーだろ」


時間もないし、とリーダーの少年は頷いた後、全員を集めた。500イェンづつ出せ、と自分の財布から金を出しながら。


「チーム合計で20人、合わせて10000イェンだ。そんなにやばい情報じゃないし、気が向けばやってくれるかもしれねえ」


「……自分たちだけで解決する、っていうのは無しか? 1年前とは違う、俺たちも大きくなったし」


チームの中でも、腕っぷしで頼られている少年が意見を出した。そうだ、と追従する声が出た所でリーダーが転がっている角材を拾い上げ、突き出しながら笑った。


「これ一本で下級魔物、例えばゴブリン4体に正面から怪我なしで勝てる、っていうんなら文句は言わねーけど?」


辛勝でもダメだ、怪我は病気に繋がるし、骨折でもすれば復帰できるかどうかは運次第になる。自分の弟でそれを経験していたリーダーが告げると、誰も何も答えられなくなった。


「今まで通りが一番なんだって。1,2体なら逃げ切れるし、不意をつけば罠にはめた後に逃げられる。でも、それ以上にあいつらが増えやがると俺たちの方がダメになる。お前らも分かってんだろ?」


4人相手に、無傷での勝利も逃亡もありえない。最低でも数人の犠牲が出ることになる。運任せとはいえ、遭遇する度にそれではいずれ全滅してしまう。リーダーは危険性を説明した後に、だけど、と笑った。


「ここだけの話、街の方でちょっとしたツテができたんだよ。俺たちに“石”を使っての戦い方を教えてくれる、っていう人が」


「え………ま、マジかよリーダー!」


「こんなクソつまんねえ嘘なんか言わねえよ。でも、もう少し時間がかかるんだって。それまで耐えしのぐためにも、な?」


説得するリーダーの言葉に、反論する者はいなかった。ほっと一息つくのを、ジロウだけは見逃さなかった。それから、それぞれのメンバーがジロウに金を預けていった。


「落とすなよ」「ちょっと汚れてるけど」「エロい本があれば……やっぱいいや」「パチられそうになったら逃げろよ、絶対だぞ」「やっぱりアイネちゃんの服を、ちょっとだけだから」「余ったら俺に」「角の店のおねーさんに貢ぐなよ」と、各々に託す言葉をかけながら。


ジロウは時折頷き、時折首を横に振りながら古ぼけた財布に金を入れていった。最後に、リーダーの少年がジロウの首に腕を回しながら小さい声をかけた。


「頼むぜ、ジロウ。さっきの話は本当なんだ。だから、あと1ヶ月ぐらい……最悪は移動すればいい。今が安全かどうか、それが分かるだけでいい」


「うん、分かった……でも、アツシ。戦い方を教えてくれる人って、どうやって見つけたのさ。そんな暇っていうか変な人、普通は居ないだろ?」


技術というのは高価なものだ。少年たちは肌で感じ取っている。命を賭けて魔物と戦う、戦えるようになるための術が貴重なことを。事実、街住まいの人間でも全員とはいかないのだ。それを知っているジロウの問いに、アツシは鼻をかきながら答えた。今は切っ掛けを掴んだだけだ、と悪びれもせずに。


「ここを“卒業”した先輩のツテだよ。あ、そういやその事でお前のアドバイスも聞きたかったんだ。みんなの服を繕ってくれたお前にな」


メンバーの服はボロだが、耐火の性質が付いている服だった。この地域の魔物の中で一番に厄介な火を投げてくるゴブリンに怪我をするだけで逃げ切れる、その服を見繕って縫って服に仕立て上げたのはジロウだった。これがなければ、とアツシは何度も繰り返した。続く機会をくれたのはお前だと、アツシは感謝の言葉を繰り返した。


「だから………今度も頼むぜ、ジロウ」


「うん、分かってる。みんなの期待、絶対に無駄にしないから」


ジロウは笑いながら頷いた。大切な仲間のためならば、と強い覚悟を胸に抱きながら。


その後、ジロウはすぐに準備した。部屋に戻ると、心配そうな顔でアイネに引き止められたりもしたが。それでも、仲間に託された想いを無駄にはできないからと、力強く抱きしめた後、すぐに出発した。


「行ってくるから。あ、知らない人にノックされても扉を開けちゃダメだぜ?」


「なにいってるの、ウチに鍵ないじゃない」


いつもの冗談を交わすと、ジロウは急いでビルの入り口へ。そこに待ち構えていたリーダーを横目に街へ行こうとしたジロウだが、そこにスズとメーコが現れるのに気づき、立ち止まった。どうした、とジロウが言うと二人はごめん、と頭を下げた。


針のこと、悔しい気持ちばかりが募って謝ることを忘れていたことに気がついた。そう説明されたジロウは前半の意味は分からなかったが、謝ってくれたならオッケーと軽い調子で二人を許した。


「やっぱり、ジロウはジロウね………気をつけて。魔物が増えてるかもしれないし」


「分かってるって。みんなの金を託されたんだ、絶対に死なないから」


僕の逃げ足をなめるな、とジロウが親指を立てて笑うとリーダー達もつられて笑った。そうして無言で頷きを交わした後、ジロウは街への道を走り始めた。全速ではなく、周囲を警戒できる速度で、可能な限り早く。


10分後、街まであともう少しという距離に辿り着いたジロウは、最後まで気を緩めなかった自分の慎重さに感謝した。前方、遠くに2体のゴブリンを発見したからだ。ゴツゴツとした顔を厭らしそうに歪めた2体のゴブリンは、誰かを追っかけていた。


(やばい。幸い、こっちには気づいてないようだけど………)


ジロウは物陰に隠れながらゴブリンと、襲われている人の様子を見た。食料か何か、大切そうに荷物を抱えているせいで速度が落ちた誰か。小柄だから子供だろうか、その足にゴブリンが投げつけた何かが命中する様と、その後のことまで。


かろうじて姿が見える距離のため、詳しくは分からない。ただ、2体のゴブリンは倒れた影によってたかって何かを振り上げ、振り落ろし、その度に打たれた影は跳ねていた。


(……荷物を捨てれば、助かったのに)


あれではもう、生きていないだろう。ジロウは、深呼吸をした。他人事ではないからだ。


(落ち着け、僕。焦るなよ、助けようなんて思うな。バカをすれば次に死ぬのは僕だ。託されたお金も全部失っちまう)


ジロウは1年前、拠点のビル近くでゴブリンと戦ったことを思い出していた。こちらは15人で、相手は2体。チームにはまともな武器がなかった、備えがなかった、戦える術を持っていない、力がなかった。それでも、拠点を襲おうとしていたゴブリンを相手に挑んだ。


2分たらずの、短期間の戦闘だった。2階に引き込んだ後、角材で奇襲を仕掛けて一気に仕留めようとしたが、リーダーの弟であるエイジが反撃を受け、肩を大きく抉られた。一番前に居て、勇敢に戦ったからだ。


エイジはその時の怪我が原因で一ヶ月後に死んでしまった。それほどまでに魔物は恐ろしいのだ。無策で、数にも劣る今、何をしても通用しないぐらいに。


(だけど、どうする………いや、考えろ。今までもそうしてきたじゃないか)


ジロウは、うろ覚えの教えを思い出した。父だったらしい人が最後に残した言葉だ。『常に考えろ。考えて、考えて、最後まで生きることを諦めるな』。ジロウは父のことが好きではないが、この言葉に従ったからこそ、アイネと一緒に3年を生きてこられたと思っている。


自分は弱いからだ。ゴミのようにではなく、ゴミよりも弱い。何にも逆らえず、いいように使われるだけの存在だ。自分たちを見捨てた大人に楯突くこともできず、頭を下げて縋るだけしかできない。それでも、苛ついたからと逆上した所で殺されるだけ。その数日後に、アイネは飢えて死ぬだろう。


そういった理屈を並べ立てたジロウは、自分に言い訳をしているようで情けなくなった。だが、リーダーの希望の言葉に縋るようにしてうずくまった。


戦う方法を教えてくれる人が居るのなら、僕たちはこの境遇から脱することができる。あるかもしれないという期待じゃなくて、嘘偽りなく戦技者として絶対に選ばれるのだと。


(だから、今は耐える)


誰も助けてはくれないこの世界で、襲い来る不運を力で跳ね返せない者に待っているのは惨めな最後だけ。ジロウが自分に言い聞かせながら隠れていると、そこに遠くから光が届いた。


異変に気がついたジロウは、恐る恐る物陰から半分の顔だけを出して、見た。ゴブリンが居た場所で、空高く燃え盛る輝きを。みにくい悲鳴を上げながら踊る影が3つ。数秒後には黒く煙を上げるだけの、ゴブリンだったものになった。


「あれは………炎の、ジュツ?」


魔物狩りの戦技者が使っていたのを、一度だけ見たような。ジロウは記憶をほじくり返しながらも、すぐに目を離した。先程の炎と、ゴブリンだった黒い塊を見たくなかったからだ。

あれは違う、とジロウは言う。夜の闇の中を照らし、安心を呼ぶ灯りの類とは根底から異なる“何か”があると、ジロウは震えながら呟いていた。


それでも、時間がない。どうすべきか、ジロウは少し考えた後に遠回りすることを選択した。あれは良くないものだという、寒気に従って。


見つからないように大回りで、街へと走ったジロウは数分遅れで街の入り口に辿り着いた。門番の挨拶もそこそこに、情報屋のジョンが居る場所へと向かおうしたジロウだが、そこで自分の横で車が止まる音を聞いた。初めての経験に立ち止まったジロウは、ふと止まった車の中を見るなり驚いた。


「じょ、ジョンさん!」


「あん? ………お前、ジロウじゃねえか」


「はい! あの、その、僕、いえ、僕たち知りたいことがあって!」


ジロウが大声で告げると、ジョンは少し考えた後に「乗れ」と告げた。ジロウは戸惑いつつも、開かれた扉を無視できず、急いで助手席へと乗り込んだ。


扉が閉められ、窓も閉じられた後、ジョンがタバコに火を点けた。ジロウはたまらず、身を乗り出すようにして話しかけようとした所で、先にジョンが問いかけた。


「それで? かなり急いでるようだが、事件でもあったか?」


「あの、ギャングのですね! 死んだ人たちの担当区域が知りたくて」


「……それだけじゃさっぱり分からん。いいか、最初っからだ。落ち着いて事情を話せ」


ジョンの物言いに手応えを感じたジロウは、自分なりに整理して経緯と知りたいことを話した。ジョンは成程ね、と頷くと面白そうに笑った。


「そりゃあ、随分と悪運の強いこった」


ジョンが軽く笑った。ジロウが意味が分からず首を傾げると、ジョンはこっちの話だ、と外を見た。


「それで? 話は分かった、だけど、まさか、なあ? 俺の飯の種を無料ただでもらえるとか、思ってねえよな」


「……はい。世の中は持ちつ持たれつ、ですよね」


ジロウは10000イェンです、と財布ごと手渡した。ジョンは驚いた顔をした後、口元を抑えた。


「ぷっ、あははは……なんだ、分かってんじゃねえか」


面白そうにジョンが笑う。ジロウは、固まっていた。目の前にいる人は


そんなジロウを知ってから知らずか、ジョンはひとしきり笑った後、告げた。持ちつ持たれつだよな、とオモチャを見る目を隠そうともしないままに。


「まず、事件のことな。あれだ、モノトーン・ギャングの連中が殺されたのはお前たちのせいだよ。具体的には、お前の仲間の一人が原因でな?」


ジョンは自分が知る限りのことを説明した。仲間の一人が、ちょっと踏み込んだ情報を入手して、別の情報屋に売っていたこと。そして、ギャングが抱える情報屋にも売っていたことを。


「便利だって利用してたあいつも、こりゃ拙いってことに気がついたんだよ」


鬱陶しいと思われた。そして、ジロウの仲間の一人が最近調子に乗っているギャングの予定を自分ではない情報屋に売った。そして、情報を買ったある徒党が襲撃したのだ。以前からギャングの一人が仲間にちょっかいをかけていたこと、それを疎ましく思っていた者。後は街の人間だ。ギャングが居住区外スラムの子供達を利用しようとしていたのが問題でな、とジョンは小さく笑った。


「心石の欠片を安定して安く提供してくれるのがお前達、スラムのガキだ。そんなガキどもをギャングの連中は子分にしようとしていた……まあ、そこでと考える奴らが出てくる訳よ」


素行も悪く、魔物狩りとしての功績も薄かった、だから殺されたとジョンは告げた。目障りで不要なゴミだと判断されたからだと。その話を聞いたジロウは、震えた。何を言おうとしているのか、察したからだ。ジョンは蒼白になったジロウに、こっからが面白い所だと、タバコの火を踊らせた。


「で、だ。いい加減、見せしめと躾が必要だって話が街の有志から出てな? 他のスラムのガキがこれ以上余計なことを考えないように、関わったガキのチームをちょっと血祭りに上げてくれ、って依頼が発注されたんだよ」


代金分の情報を寄越してやる。そう告げながら、ジョンはタバコの煙を吹き付けた。


「まず、俺は服屋である服を買って追跡装置マーカーを仕込んだ。後はちょっと金を払って店主に頼み込んだんだよ。この煙の臭いをさせたガキが来たらあの服を売ってやってくれ、ってな具合にな?」


いつもの情報屋・ジョンの姿はそこにはなく。圧倒的な悪意を前に黙り込んだジロウに、今頃血祭りで火祭りだろうな、とジョンは笑いながら問いかけた。



「お前だけが生き残れたんだよ―――運が良かったなぁ、ジロウ?」



それは、本心からの言葉であるとジロウでさえ分かる声色で。


ジロウは頷かず、転がるようにして車の中から飛び出すと、拠点がある場所へ向けて一目散に走り始めた。


去っていく小さな背中を応援するように、髭の男が大きなクラクションを鳴らした。




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