第16話 がんばれ、ジルバート!!


 僕の名前はジルバート・バルテレミー。


 クリスティエラの城主を叔父にもつ、由緒正しき貴族の出身である。


 さらに、有名ギルド『銀の流星』に所属し、将来を期待される若きホープ。


 今年入学したクリスティエラ第一魔法学園では、入学式で新入生代表を務め上げたのだ!


 そんな僕の好きな人はクラスメイトであるリーリー。物静かだか魔法も剣術もかなり強く、なんと言っても可愛い。


 僕はリーリーに振り向いてもらうために、これまでどんな教科でも常に一番をとってきた。


 でもなかなかこっちを見てくれない。


 そんな時、クラスに編入生がやってきた。


 名前はリク。黒い髪と赤い眼をもつ不気味な男だ。しかもなんか顔色が常に悪い。病気か?


 この男、『隻眼の猫』に所属しているらしく、あろうことかリーリーととても親しげに話しているでは無いか!?


 弱虫ノアを使ってとっちめようとしたけど、うまくいかず、それどころか次の日ピンピンしてた。


 ギルド対抗戦では、トーナメントでぶち当たり、僕の渾身の召喚魔法をなぜか二刀流で、しかもめちゃくちゃ下手くそな剣術で破ってしまった。


 後で見にきていた父親にめっちゃ叱られた。


 それから宿泊研修のときには、リーリーが誘拐される事件があったのだが、僕がリーリーを見つけ出したのに、なんかよくわからないまま有耶無耶になってしまって、誰も僕の功績を思い出しもしない。


 だから僕はこの夏休みの間に、とことん自分を鍛え直した。


 邪魔な奴は全力で潰してのし上がる!たとえ卑怯な手を使っても、最後に立っている方が勝ちだ!


 これは父親の口癖だ。


 そして迎えた新学期。


 僕はヤツを倒すべく、まずは情報収集を行うことにした。もしなんかやばい話が聞けたら、社会的に抹殺してやるつもりだ。


 訪れたのは学園寮。ノアとリクの部屋の前だ。


 魔法を使うとバレるかもしれないので、ドアの前で聞き耳をたてる。


『うわーあちぃー夏あちぃー。でも俺死なねぇ、太陽よ!すまんな!』


 なんかわけのわからないバカ丸出しの声はリクだ。こいつはいつも、なんかわけがわからないことを言っている。


『もー、暑い暑い言わないでよ。僕まで暑くなるでしょ。その声聞いてたらね、自分は思ってなくても暑いなあと思えてくるんだよ?知ってた?』


 このうざい話し方の高い声はノアだ。


『うるせーぞノア。だからお前には友達がいないんだ!』

『君に言われたく無いよ!ってか知ってるんだからね?夏休みの間、何回か僕んち忍び込んでアレ奪ってったよね!?』

『ギクッ、いや、それはまあ、ほら、なんかスゲェ怪我したんだよ、だからさ』

『しんじらんなーい!言ってくれたらあげるのに!僕たち友達でしょ?』

『そうでした。すんません』

『とか言いつつめっちゃ飲むじゃん!!つか今何パック目?さっきから飲み過ぎなんだってもー!!』

『いやー、今日も暑いね!』


 バシッ、アイテッと、会話?は続いた。


 なんの話してんのかな?







 まあいい、もう少しここで聞いていよう。と、室内が騒がしくなった。


『あ、ゴキブリ!!』

『いいいやあああああっ!!!!』


 ダダダと走る音が近付いてくる。


 バアアアン!


「ブホォ!?」

「いやあああっ」


 勢いよく開いたドアに、僕はぶち当たって倒れる。その横を、ものすごい速さで走り抜けていく宿敵リク。


「あれ?ジルくんどしたの?」


 キョトンとするノアの顔が、めっちゃムカつく。


「な、なんでも、ないよ」


 よろよろと立ち上がり、その場を離れる。


 こいつらの部屋にはもう二度と近付きたくないと僕は思った。








 新学期の授業は、あいも変わらず基礎の基礎を学ぶつまらないものだった。正直、僕みたいに貴族の出身でギルドに入っていると、これくらいのレベルはすでに習得済みであることが多い。


 それでも僕は言われたとおりに、手のひらに小さな火の玉を出し、それを程よい集中力で安定させる。


 魔法基礎の授業など楽勝過ぎてつまらない。


「あ、ちょ、ダメ!」


 突然、クラス内にリーリーの可愛らしい声が響いた。


 何事かとクラスメイトが一斉にそちらを振り向く。


「大丈夫だ!見ろ!これほら、めっちゃ凄くね?俺凄くね?」

「っ、ほんとだ……よかった、爆発しなくて」

「ハッハッハッ、夏休みに頑張った甲斐があったってもんさ」


 大口を開けて高らかに笑うリクの掌には、拳大の炎の玉が浮かんでいた。それは濃色の赤で、端に行くほど黒い炎となっていた。


「え、あいつ、いつのまに魔法なんか」

「しかも見ろよ。あんな濃い色の火見た事ねえ」

「どうしたらあんなに安定するのかな」


 クラスメイト達がコソコソ言い合う声が聞こえる。


 なんだよ、なんで魔法が使えるようになってんの?


「なあリーリー、他にもできるんだぜ?見てみろよ!」

「ちょっと!あんまり調子乗らないでって」


 リクの火の玉が、ふわりと中を飛ぶ。それはスススと空中を移動し、


「うわあすげぇ」

「あれは魔力コントロールが上手くないとできないぞ」


 などと湧き上がるクラスメイトの前で、カーテンに引火した。


 きゃあああ、とクラスに悲鳴が上がる。


「あれ、なんで?」

「火が強すぎるのよこのバカ!!」

「いでっ!!」


 リーリーがリクの頭にチョップを繰り出す。羨ましい。


 水魔法が得意なノアが、慌ててカーテンを鎮火する。


「こら!カイドウ!ちょっと来い!!」


 騒つく教室で、リクは基礎魔法の先生に連行されていった。


 なんてバカな奴なんだ……


 あんなんにこの僕が負けたなんて信じられん。


 僕はなんか虚しくて俯いた。 








 昼休み。食堂にて。


 偶然にも、リーリーと近くの席が取れた。今日はラッキーな日だ。


 しかしやっぱり宿敵リクもいる。ちなみにチビのノアも同席している。


 僕は取り巻きのバリーとチェスターに食事を買いに行かせている間、情報収集にせいをだすことにした。


 どうせ金のないリクのことだ、相変わらず無料配布の質素な食事しか食べられないんだろうなあかわいそうだなあほんとあわれだなあ、と思っていたら、今日に限って様子が違った。


「おしお前らたんと食えよ!この俺様の奢りである!つか誰だよトマトのサラダなんかもってきやがったのは!?俺はトマトも嫌いなんだよ」

「偉そうに好き嫌いを公言するなバカ!」

「まあまあ、せっかく奢ってくれるんだから、好きにさせてあげようよ」


 あれ?なんかめっちゃ豪華なんですけど。


 肉料理特化型の豪勢な食事。ウソだ。一体何が起こったんだ!?


「でもどうしたの?あんたお金持ってたの?」


 リーリーが不審げな顔で問う。まさか犯罪ではないよね?とか言っている。いいぞ、もっとやれ。


「違うわ!これは、あれだ。依頼報酬だ」

「嘘つき!夏休みはじめの依頼しかやってないじゃん」

「それ!その、なんたら村の獣人達の祭りでさ、」


 ん?急に声を潜め出した。リクが油断ない目を周りに向けている。


 僕は気付かれないように、テーブルの木目を数えて誤魔化す。


「ってな事があってな、」

「めちゃくちゃ大ごとじゃない!?」

「だろ?んで、なんか流れで俺、神さまみたいな扱いされてよ。帰りに物凄い量の贈り物貰った」

「もしかして貴金属?」

「おう!全部売っぱらってやったわ!」


 バチイイイイイン、と子気味の良い音が、食堂内に響き渡った。


「いってえなおい!平手はやめて!」

「あ、あんた!獣人族の作る貴金属がどんだけ貴重なのかわかってんの!?プロポーズに欲しいアクセサリーナンバーワンなのよ!?」


 リーリーが叫んでいる。すごい剣幕だけれど、可愛い。僕も怒鳴られたい。そしてプロポーズには獣人族製の貴金属を取り寄せよう。


「え、欲しかったのか?」

「え?」

「なんだよ、良かった。はいこれ、リーリーに似合うと思ってとっといた」


 リクがリーリーの左手を取ると、その薬指に紫の宝石がついた指輪をはめた。


「お、ピッタリ……あれ、なにこの空気?」

「リクくん、それはちょっと、マズかったかもしれないよ……」


 本気で首をかしげるリク。顔を真っ赤にして走り去るリーリー。食堂中の学生が、あいつマジでバカなんじゃね?と溜息を吐く。


 僕は、涙目になるのを必死でこらえていた。








 ダメだ。情報収集て。全然ダメだ。むしろ精神的ダメージがでかい。


 貴族の出身でなに不自由なく好きなものを好きなだけ好きなようにしてきた僕が、なんでこんな惨めな思いをしなければならないのか。


 放課後、頭を整理しようとフラフラ歩くうちに裏庭へたどり着いた僕は、リーリーがあんな奴とけっ、けっ、けっ、けっこ、けっこ、ゴホッ、ゴホッ。


 ともかくそうゆう事態になったらどうしようと頭を抱えていた。


「んで、この時に、相手の腕を左腕で止めて右手を突き出す。それで右の手が相手の顎に当たったら強烈だ」

「んー、イマイチよくわからない」


 またあいつか!リクめ、どうしてこうも僕の前に現れるんだ?


 そういえばリクは、カーテンを燃やした罰として、またトイレ掃除を言いつけられていたはず。


 その証拠に、リクの後ろにはトイレブラシとバケツと、名前のわからないトイレをボコボコする奴があった。


 しめしめ。少々小さい復讐だが、トイレ掃除サボってたって先生に言お。


 しかし何をやっているかと思えば、イーナに体術を教えているようだ。


「そうだなぁ、やっぱ実際にやってるとこ見せないと難しいか」

「ん」

「んじゃちょっとジルバートに協力してもらおう!近くにいるし」

「え?」

「え?」


 イーナと僕、同時に首を傾げた。と、目の前にブワッとやってきたリク。瞬間移動かよ!?


「ちょうどいいとこに来たな!よし、こっち来て立って」


 いやいやいや、なんで僕がいるってわかったの?臭い?僕臭い?それかイーグルアイでも持ってんの?


「ちょ、離せよ!なんだよもう!」

「よーし、さあ来いジルバート!今日めっちゃ俺のこと見てたジルバート!ストーカーかこのジルバート!」


 おいおいおい、色々バレてる!?しかもなんか嬉しそうな顔がムカつく!!


「貴様ッ、後悔させてやる!!」


 なんかわからんけども、来いって言ってるしムカつくからいいよな?殴っていいよな?


「おらああ、」

「と、わかりやすい挑発に乗った敵は、だいたい右ストレートで突っ込んでくるから、左腕でガードして、っと」


 ガッと顎にぶち当たる、リクの掌底。


「わかった?」

「う、うん。でも、ジルバートが……」

「あー、伸びちゃった。まあ、いいか」


 僕は多分、ヤバいやつと遣り合おうとしてるみたいだ。







 なんかいい香りがする。


 そう思って目を開けると、そこは見知らぬ部屋で。


「目、醒めたみたいね」


 目の前にはリーリーが!リーリーが!!と言うことはここは寮のリーリーの部屋か!!


 ガバッと起き上がれば、リーリーが慌てたように言う。


「まだ起きない方がいいよ?リクの攻撃食らって脳震盪起こしてたみたいだから」


 そういえばあいつめ!思いっきり叩き込みやがって!


 と、部屋を見渡せばリクが、リーリーの椅子に踏ん反り返っていた。


「貴様ッ!なんて事してくれたんだ!」

「ごめんって。でも死んでないからいいよな?」


 なんてヤツだ!死ななければ何してもいいと思ってんのかコイツは!無茶苦茶だな!


「もー、あんたらもいい加減にしなよね。周りで色々やられると面倒なんだけど」


 呆れた顔のリーリーが、僕に水の入ったコップを渡してくれる。優しい。好きだ。


 あ。昼間リクが渡した指輪がネックレスとして使用されてる!!くそぅ。


「俺悪くなくね?最初から俺なんもしてなくね?」

「そう言う所が気に入らないんだ僕は!」

「はあ?じゃあなに?気に入らなきゃ手出してもいいのか?」

「気に入らない奴に勝ちたいと思うのは当然だ!」

「ほうほう、そりゃ立派ないじめっ子のご意見で」

「バカにするな!!」


 クソ、こいつとは、分かり合えるはずもない。僕は貴族の出身だ。周りを蹴落としてなにが悪い。気に入らない奴をいじめてなにが悪い。


「ちょっとうるさい!ケンカなら他所でやれ!!」


 リーリーがキレた。リクの首根っこを引っ掴んでドアの外へ捨てる。さらに僕の首根っこを引っ張ってドアの外へ捨てる。


 なんて貴重な体験だろうか。


「なんで俺まですてるの!?捨てないでよー次からはケンカしないからぁあああ」

『黙れ!もうくんな!!』


 なんか痴話喧嘩みたいだ。と、考えた自分が悲しい。


「クソアマ!誰が来るかボケェ!」


 そう言って去っていくリク。情緒大丈夫か?


「んでも、なんで今日あんな俺のこと見てたの?」


 寮までの帰り道が一つしかないので、僕はいやいやリクの横を歩く。


「見てない」

「いやめっちゃ見てた」

「見てない」

「見てたって!」


 なにこいつしんどい。しつこい。


「まあ、なんでもいいけどさ。俺はお前嫌いじゃないぜ」

「は?」

「だってリーリーが誘拐された時、みんかどうしようって焦る顔してたけど、お前だけは真剣に助けること考えてたろ」


 な、なんだそれ。なんでコイツがそんなとこ見てんだよ。


「なんだかんだ真剣になんでもこなすお前すげぇよ」

「なんだよ急に」

「遅くなったけど、リーリー見つけてくれてありがとな」


 沈みかけた夕日が、あたりをオレンジに染めていて。そんな光をバックに、ニシシと笑ったリクを直視できなかった。


「アホらし」


 そっと呟いて、僕はリクに対する認識を変える。


 潰すべき敵、クラスにやってきた異物じゃなくて。


 これからはライバルだ。

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現代日本で肩身の狭い思いをして生きてきた吸血鬼、異世界に転生したら自由過ぎてとりあえず太陽の下に出てみた!! しーやん @shi-yan

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