第15話 獣人族の宴②


「うあああ、頭がああああ」


 飛び起きると同時に叫ぶ俺。自分の声でさらに痛む頭を抱える。


 完全に二日酔いだ。つか吸血鬼も二日酔いになるんだな。初めて知った。


「うるさいよ。もう昼だよ」

「マジか。って、あれ、テオ先輩昨日なんでいなかったの?」


 焚き火の周りにいなかった。どこにいたんだろうか。


「ティアナの所。一緒に食事をしてたんだよ。面倒だけど一応兄嫁だからね」


 ああ、なるほど。テオも人間らしい付き合いするんだなぁ。意外と人間らしい所もあるんだな。


「おーい、リク起きた?」

「いい加減に起きろー!」

「お寝坊さんめ!」


 外から子どもの声が聞こえる。


「さっきから呼びにくるんだけど。鬱陶しいからなんとかしてよね」


 テオがうんざりしたような顔で言う。子どもは苦手なようだ。


「ふわぁああ、メンドーだけどすることもないし遊んでやるか」

「遊ばれてるの間違いだよね?」

「先輩、ヒドイ」


 頭は痛いけどまあその内治るでしょう。


 俺は小屋に設置されていた水桶の水で身嗜みを整えて、ガキどもと合流した。


「今日はあっちの森で遊ぼうよ」


 無邪気に手を繋いでくる猫耳少女のリビア。レナルドと狼耳の少年ライネルは、並んで先を歩く。


「今夜が祭りの本番なんだよ。ティアナ様が祭壇で舞を踊るの。とっても綺麗なんだよ」

「へー。なんの舞なの?」


 そう聞くと、リビアは、知らないのー?と頬を膨らませた。


「何しに来たのよ!?このお祭りはわたしたちが吸血鬼サマに感謝をするものだから、代々村長が舞をほうのうするのよ」


 奉納て、吸血鬼は神かなんかなのか!?


「吸血鬼サマは、いつかまたわたしたちの前に現れてくださるんだって!それで、助けてくれるのよ!」


 ほう、俺はすでにお前らの前にいるけどな。


 でも助けてくれるって何から?


「おーい!置いてくぞ!」

「また鬼にするぞ、リク!」

「おいこらなんで呼び捨てだ!?」


 キャッキャと笑う3人。


 なんだかなぁ、俺も普通に生きていたら、こんな子ども時代もあったのかな。


 いや、違うな。


 俺が本当に大変だったのは、人として生きた14年間だ。


 吸血鬼になる前の、あの日々はもう思い出したくはない。


 現代日本で何も考えずにネトゲばっかやって、他人と関わることなんてデスクトップ越しの熱のないもので。


 そんな日々の中では、思い出すことも無かったから、だから今、こうやって誰かと関わることで蘇る記憶が、とても辛い。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 リビアがそう言って顔を覗き込みながら俺の手を引く。それはたった一年程しか知らない弟の仕草を思い出させる。


「なんでもないさ。さて、今日は何する?」

「リク、なんかノリノリだな!」

「だって走り回りたい気分だからな」


 今は忘れよう。


 さて、今日はどうやってこのクソガキどもを負かせてやろうか。







 祭りはとてもわかりやすいものだった。


 昨日と同じ焚き火を焚いて、だけどその一画には豪華な装飾を施した祭壇が建てられており、その前で村長であるティアナが舞を舞う。


 祭壇には黒い大きなクリスタルが祀られており、それはどうやら獣人族の宝だそうだ。


「あのクリスタルはね、昔吸血鬼サマが魔力を込めてくださったんだって」


 ワイワイと騒ぎながら、舞を待つリビアたち。大人たちも、男女入り混じって酒を飲みながら談笑している。


「舞は感謝の印と、帰還の願いだ。吸血鬼様が戻ってくるのを、俺らはずっと待っている」


 虎耳の男。名はゲオというのを、さっき知った。


「吸血鬼様は俺ら獣人と人の間を取り持ち、合流を深めてくれた。お陰で今俺らの収入源は人に売る装飾品が大半をしめる」

「吸血鬼すげえな」


 俺にはそんなことできないけどな。


「また吸血鬼様はみな美しい容姿を持っていたそうだ。闇に溶け込むような黒い髪、鋭く光る赤い眼は強い者の象徴だった」


 俺をよく見ろ!黒い髪!赤い眼!どうよ!?


「ま、お前も似たような容姿だか、なんか弱そうだなぁ」

「失礼だな全く!!」


 吸血鬼様が怒っちゃうよ!?


「お、始まるぞ!」


 瞬間、騒がしかった周囲が、シンと静まり返った。焚き火の火が爆ぜる音だけが響く。


 暗がりから、煌びやかに着飾ったティアナが、厳かな雰囲気で歩み出る。迷い無く力強い歩みは、見るものを釘付けにするほどに美しかった。


 ティアナは祭壇の前で立ち止まると、クリスタルへ深く頭を下げた。


 誰もが押し黙り、そのひとつひとつの動きに注目する。


 と、突然、弦楽器がかき鳴らされると、舞は始まる。


 ティアナの露出の多い衣装を飾る金の装飾が揺れる。焚き火の火が反射して輝く。長い白い髪が、肢体の動きに合わせて流れる。しなやかな動作は、しかし野性味を感じさせるほどに力強い。


「キレイ、だ」


 思わず漏れる言葉。不思議なことに、俺の頬を涙が流れ落ちた。


 舞はあっという間におわってしまった。


 ティアナがまた祭壇のクリスタルへと深く頭を下げ、そこで終わりだ。


「これにて舞は終了じゃ!あとはみな、思う存分飲み明かせばよい!」


 それまで静かにしていたみんなが、ワッと盛り上がる。昨日とは比較にならない騒ぎようだ。


 レナルド、ライネル、リビアの3人は、豪華な食事目指して駆け去っていく。


「わらわの舞はどうじゃった?」


 ふと隣にやって来たティアナ。あれだけの舞を披露しておきながら、息一つ乱してはいない。


「凄かった。思わず涙、出た」

「フフ、正直者め。どうじゃ、少し話さぬか」


 ティアナの顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。


 ワンチャンのお誘いか、と考えて、いやしかし人妻だと思い出す。しかもマスターの。


「いいっすよ」

「ではこちらへ」


 騒がしい焚き火から離れ、人目のない暗がりへと移動すると、ティアナが突然、俺の前で跪いた。


「あなたの正体には気付いていました。だが、隠されているようでじゃったので、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ない」


 あれー?何が起こってんのこれ?


「い、いやあ、なんの話ですか」

「惚けずともよいわ。その黒い髪と赤い眼。吸血鬼様じゃ」

「違うからね、俺、違うから」

「それに、1000年経った今、吸血鬼様が戻って来てくださることは、知っているものは知っているのじゃ」


 そういえば国王も同じ事を言っていた。


「それ、他にも同じこと言われたけど、なんなの?」

「昔、吸血鬼様がいなくなる前に、様々な種族が一堂に会す機会があったのじゃ」


 ティアナは金の双眸を細め、語り出した。







 曰く、1000年前のある日、吸血鬼と交流を持つ様々な種族の長が一堂に揃い、皆の前で吸血鬼は言ったそうだ。


『これから1000年後の世界で、災いが降りかかるだろう。だが、その時にひとりの吸血鬼がやってきて、その災いを鎮めるだろう』


 それからしばらくして、吸血鬼の姿を見ることはなくなった。


 伝言を持ち帰った種族の長たちは、その話を代々直接の血族のみに口伝してきた。


 きたる日の災いに、ほかのものが混乱しないようにとの配慮ゆえだ。だから知るものは知る。それ以外のものは、いつしか吸血鬼の存在の一切を伝説として捉えるようになった。


「わらわもその口伝を受ける血族。ゆえに代々、獣人の長をやっている」

「ほえー、えらい壮大な話だなぁ」


 そんで俺がこの世界に現れた。そりゃみんな盛り上がるか。


「けどさ、悪いけど俺にはあんたらの言う吸血鬼の力なんてないよ。魔法もあんましだし、なんか特殊技能があるわけでもないし」


 そうだ、今思い出したけど、俺、テオに魔法のこと聞かなきゃなんないんだった。


「ふむ、吸血鬼は魔法は使えんよ。いや、その力を一種の魔法現象に変える、と言った方がいいのかの」

「え!?なんか知ってんの?」


 思わず詰め寄る俺に、ティアナがちょっと後ずさった。


「慌てるな。吸血鬼様の力は、自らの血液を用いて現象を具現化するものと伝えられておるのじゃ。だから、魔法ではないと伝えられておる」


 だからか。グレンデルを燃やし尽くした時、俺は血だらけだった。それに全身から力が抜け落ちる感覚と、その後の回復が遅れていたのは、自分の血を使って力を出したためか。


「ともかくじゃ。お主は間違いなく吸血鬼様。1000年の後に現れたことは偶然ではない。それに最近、魔物達が活発に動いておる。何かが起こる前触れと考えるのは当然じゃ」

「俺も言わなきゃならねぇ事がある」


 今この世界にいる吸血鬼は、俺だけじゃない。


「ピエロ面の男、知ってるか?」

「ああ、聞いているぞ」


 俺はバレないように深呼吸する。手汗がヤバい。


「あいつも俺と同じ吸血鬼だ。だから、今この世界にいる吸血鬼は、俺だけじゃない」


 目を見開くティアナ。そりゃ驚くよね。俺もビックリしてるもん。


「そうか……して、そのものは、」


 と、そこで言葉を切るティアナ。黒い猫耳がピクピクと忙しなく動く。


「どうやらお客様がおいでになったようじゃ」


 金の目を細め、焚き火の方へ向ける。


 俺も気付いた。騒がしいどんちゃん騒ぎが、いつのまにか悲鳴や怒声に変わっている。


「戻ろう!」


 俺たちは会話を切り上げ、広場の方へ走った。







 広場の向こう、祭壇を取り囲むように獣人達がなにやら罵声を浴びせている。


 祭壇の前には、ああ、もうまたお前かと思わず唸りたくなる男がいた。


 噂をすればなんとやら、ピエロ面の男だ。


「これはこれは盛り上がっているところに悪いんだけど。ちょっとこれ貸してくれないかな?」


 ピエロ面は黒い大きなクリスタルへと手を掛けて言う。


「そんなん許さないに決まってるでしょ!!」

「なんなんだよお前!?」

「それはあたしたちにとって大切なものなのよ!!」


 獣人達の憤りの声。だけどピエロ面は、気にするでもなく、こっちへ手を振ってきた。


「やあやあ!リクじゃないか!なんでこんなところにいるのかな?」

「お前こそなにしてんだよ!?」

「つれないねぇ。ボクの可愛い子は反抗期なのかな?」


 ギリリと奥歯を噛みしめる音が、脳裏に響いた。


「黙れ!俺はお前なんか知らん!」

「あれ、おかしいなぁ?この間はちゃんと思い出してくれてたよね?」

「うるさいっ!!」


 確かに思い出した。そう、もう言い逃れはできない。こいつは俺の知っているあの人に間違いない。


 だから、だからこそ何故こんな事をするのか、無闇にこの世界を傷付けるのかがわからない。


「お前は何がしたいんだよ!?」

「ボク?そうだね、強いて言うのなら、復讐、かな」


 復讐。誰に?何のために?


「キミには言ってなかったけど、ボクはもともとこっちの世界の吸血鬼さ」

「なっ!?」

「あとは自分で調べて欲しいんだけどね。そしたらわかると思うよ?ボクのこの、憎悪に震える気持ちが」


 ブワリ、と空気が淀んだ。ピエロ面の男から、場を凍りつかせるほどの力が感じられる。


「さて、おしゃべりはまたの機会にしようか。今はこのクリスタルを持って帰るのがボクの仕事だからね」


 いつもみたいに、男の姿が掻き消える。


 が、今回はそうはさせない!!


「ウルァ!!」

「おっと」


 男が消える寸前で、俺の足蹴りが届く。ピエロ面は転位を止め、俺の蹴りを片腕で防いだ。


「海堂!!今回はにがさねぇ!!」

「やれやれ、ケンカっ早いところとバカなところは変わらないね」


 成り行きを見守る獣人達の前、俺は渾身の速さと力を込めて連続技を繰り出す。


 だが、どれも軽くあしらわれてしまう。


「キミに体術を教えたのは誰だった?キミはボクに一度でも勝てた事があったかな?」


 正直に言えば、一度もない。


 そりゃそうだ。生きてきた年月が違う。吸血鬼として、こいつは初めから俺よりも格上だ。


「勝てないさ。でも、この人たちの大事なものを奪われるわけにはいかない」


 俺にはどうでもいい話だ。たとえば子どもたちが語る吸血鬼なんかは、俺には関係のないおとぎ話だ。


 この祭りだって知るか!つかほんと何のために来たの俺?


 でも、楽しいお祭りがさ、こんな事で邪魔されるのは嫌だろ?


 リビアたちなんかめっちゃ怯えた顔してる。


 それに、吸血鬼の帰還を真剣に願う彼らの思いを、ティアナの舞を、俺はキレイだと思った。


 だから俺にできることをして、願いを守ってやりたい。


「復讐だが何だか知らんけど、祭りの日くらい大人しくできねぇのかよテメェはよ!?」


 ちょいちょいちょいちょい俺の前に現れて邪魔ばっかしやがって!


 俺の異世界学園ライフエピソードがちっとも進まねぇじゃねえかバーカ!


 話しながらも間合いを詰め、ピエロ面に拳を振るう。速さならば俺の方が上か?だが、技術は敵わない。


 ピエロ面は先程から俺の攻撃を避けるだけだ。攻撃をしようとはしない。


「ほんと、キミは昔から、こういうイベント事が好きだよね。ま、無理ないか。家族とか友達とかそういうものに恵まれなかったわけだし」

「うっせぇ!ほっとけ!」

「子どもは可愛いでしょ?リク、無邪気に鬼ごっこなんかしちゃってさぁ」


 見てたのかよ!!


「そろそろ帰りたいんだけど、いいかな?」

「ダメに決まってんだろ!死ね!」


 一瞬、ピエロ面の動きが止まる。なんだ?と身構える俺に、男は言った。


「しつこいね。じゃあ少し、手を変えようかな。リクがボクに帰ってくれって泣きながら頼むのも面白そうだ」


 シュバと風が通り過ぎる。目の前にいたはずのピエロ面がいない。


「クソ!」


 風の抜けた方へ視線を向ける。と、その先には怯えた顔のリビアとピエロ面。


「うあああ」


 泣き出すリビアと、彼女を守ろうと勇気を出して立ち塞がる少年二人。


 大人たちは様子を伺いながら飛びかかろうとしている。


 だめだ。あのまま全員で突っ込んだら、それこそ全員死ぬ!


「やめろッ」


 ピエロ面の手が、リビアへと伸ばされ、


 間一髪、俺はその間に割り込んだ。


「グハッ、ゲホ、ゲホ、クソが、子どもに手ェ出してんじゃねえよ」


 ピエロ面の手刀が、俺の腹を貫いていた。


「お、間に合った?ちょっと速くなったね」

「うる、せぇよ、ハゲ」


 グチャリ、グチョ、と吐き気を催す音をさせて、ピエロ面は腕を引き抜く。垂れ落ちる血液を気にも止めない。


「さて、それじゃあ今度こそ帰るね」


 踵を返すピエロ面。でも、俺はまだ諦めないさ。


 地面に転がって男の足を掴む。


「誰が逃すかって」

「ほんと執念深いよね。感心するよ」


 ピエロ面が足を振り上げて手を払い、勢いをつけて振り下ろした。


 革靴の下でバキバキと嫌な音がして、俺の手の骨が砕ける。


「イッ、てえなクソが!」

「はいはい、じゃあまた遊んであげるね、リク」






 男はそのままクリスタルのもとへ歩み寄り、それとともに姿を消してしまった。


 獣人達は呆然と男とクリスタルが消えた祭壇を見つめている。所々すすり泣く声も聞こえてきた。


「俺は、何もできなかった……」


 呟いたのはゲオだ。3人の子どもたちを優しく抱き寄せている。


「なんなんだ、あいつは……俺たちだって獣人族の戦士だ。なのに、なのに圧倒されてしまった」

「仕方なかろう。あやつは吸血鬼。我らが敵うはずもないわ」


 ティアナがため息を吐きながら言う。そして、俺のそばへ来ると手を差し出した。


「すまぬ。これは我らの落ち度じゃ。自分らのことであるのに、なにもできず、さらには大切なものを奪われてしまった」

「いや、謝るのは俺だ。あいつは俺の、家族だったから」


 誰もなにも言わなかった。


 家族、と言葉に出してしまうと、なんだかいたたまれなくなってくる。


「あ、あの、リク。庇ってくれてありがと」


 沈黙を破ったのは、真っ赤に泣きはらした目をこするリビアだ。


「いいさ。怖かったよな?ごめんな」


 そう言う俺に、フルフルと首を振ってリビアはニヒヒと笑ってくれた。


「えっと、それと、リク」

「なんだ?」

「なんで死なないの?」


 ハッ、そうだった。なんか悲しい雰囲気だったから、怪我してんの忘れてた。


「ハッハッハッ、なんでかな?なんでだろうね、ほんと」


 あれ、みんな険しい顔してる。マズイな、これ。


「はーい、ちょっと通して」


 と、気の抜けた声が、獣人達を掻き分けてやって来た。テオ先輩だ。


「よいしょ。リク君、今暇かな?」


 何言ってんのこの人?


「ちょうどいいからさ、大穴空いたついでに、お腹の中見せてくれる?僕たち人間と同じ作りなのか気になってて」

「寄るな!!サイコパス野郎!!」

「えー、いいじゃん、減るもんなんて無いよね」

「先輩の倫理観どうなってんの!?」


 そんなやりとりに、リビアたちがクスリと笑う。


 広場は依然として悲しみに包まれてはいるが、クリスタルが奪われた事実を消すことはできない。


 だから、ティアナはあえて大きな声で言った。


「幸いにも皆無事じゃ!宴を再開するぞ!」


 そうしてみんな、辛いことも吹き飛ばそうと思ったのだろうか。祭りはかなりの盛り上がりを見せ、幕を閉じた。








 ピエロ面が去った翌朝。


 俺は痛む腹の怪我を庇いながら、村長ティアナの元に馳せ参じた。怪我自体はもうほとんど塞がってはいるけど、毎度のことながら痛みはなかなか引かない。


 本当はもう少し寝て痛かった。でも、村長の呼び出しがびっくりするくらいに強かった。


「もう、なんだよもう。そっとしといてよ」

「まあまあ、僕の姉でもあるんだ、勘弁してくれよな」


 おい、言ってること矛盾してるぞテオ先輩。


 村長に呼び出された広場に辿り着く。昨日の騒ぎで散らばった祭壇の破片は、もうすでにキレイに片付いていた。


「待っていたぞ!さあ、こっちへ来るのじゃ」


 ティアナに手招きされ、そちらへ向かう。獣人たちもみんな集まっているようだ。


「我らの大事なクリスタルが奪われた悲しみは大きい」


 ティアナが厳かな声で話し出す。


「あのクリスタルは大事な友らとの繋がりでもあった。それがなくなるとは、まさか思ってもいなかったのう」


 また、誰かが泣き出す声が聞こえる。


「しかし、我らの願いは叶ったのじゃ」


 ん?なんか話しの流れおかしくね?


「見よ、ここにおられるお方は、我らが待ち望んだ存在!吸血鬼様じゃ!」

「っておいこらなんでや?」

「む、だってクリスタルなくなったんじゃもん。代わりのものがいるであろうが」


 おいいいい!!だからってこんな、こんなみんなの前で何言ってんの村長!?


「きゅ、吸血鬼ってまさか、冗談だろ」

「いやでも、昨日の闘いはすごかった」

「それに普通なら死んでるような怪我しておいて、もうピンピンしてるぞ」


 ピンピンはしてない。めっちゃ痛いの我慢してるから。


「皆、クリスタルがなくとも、我らの吸血鬼様に対する思いはかわらんじゃろ?だから、悲しむのはやめよ!我らの願いは通じたのじゃ!」


 ウオオオオオと広場いっぱいに響く雄叫び。


 俺はなんとかしてくれとテオ先輩に目を向けるも、興味なさげに自分の爪を眺める先輩がいた。


「よーし宴だ!」

「吸血鬼様が現れた!めでたいぞ!」

「酒をもってこーい!!」


 わらわらと準備に取り掛かり始める彼らを、ティアナが愛おしげに見つめている。


「どうじゃ、単純で可愛かろう、吸血鬼どの?」

「いや、まあそうデスネ」


 やってきたリビアが嬉しそうに俺の手を引く。


「リク!何してんの?みんな待ってるよ!?」


 ああ、もう帰りたい。


 されるがままに獣人たちの輪に入る。


 もう、酒は勘弁してくれ。


 なんて誰も俺の声なんか聞きゃしない。


 まあいいか。


 たまにはこんなチヤホヤされんのも、悪く無いかな、なんて。

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