第14話 獣人族の宴①


 夏休み!!


 俺が太陽の下で初めて迎える夏休み!!


 クリスティエラ第一魔法学園にも、夏休みがやってきた!!



「何いってんのさ。リク君は依頼こなしてもらわないと」



 無慈悲な事を言うのはどこのどいつだ?


 ああ、そうだ、ここはギルドだ。そんな無慈悲な事を言うのはマスターしかいない。


 今日から夏休みという日の朝。俺はリーリーに連れられて、ギルドへやって来ていた。


 浮かれる俺とは正反対の、冷たい態度のマスターが、依頼の書かれた紙を数枚突きつけてくる。



「ギルド所属の学生の夏休みは、依頼のためにあるんだよ?知らなかったの?」


「そーんーなーぁ」



 項垂れる俺に、マスターはさらに無慈悲な事を言う。



「というわけで、テオと二人で行って来て」



 えー、あのサイコパス先輩とかよ。



「いいね!ほら、テオ先輩なら、あんたの魔法についてなんかわかってんじゃない?」


「ヤダよ俺あの人キライ」


「子どもか!」



 ダンダンと地団駄を踏む俺に、リーリーが手刀を打ち込んでくる。それを軽く避ける。



「イダッ」


「なめんなコラ!!」



 まさかの追撃が……やるな。



「それに君、お金欲しくないの?」


「ん、確かに。俺もたまには高級学食が食べたい」


「だったら行って来てよ。簡単な任務だよ?」



 と言って押し付けられる依頼書。


 簡単、か。ならまあ、いいか。



「でも別に俺が行かなくてもいいんじゃね?他にもギルドメンバーいるだろ」



 最後のダメ押しで聞いてみると、なにやらマスターとリーリーの表情が曇った。



「いるにはいるんだけどね」


「なんだよ?」


「なんかみんな個性的すぎてさ。ほとんどギルドにいないんだよねぇ」



 おい!ってことはこれは人手不足のせいか!つかこのギルド大丈夫か?



「というわけで頼んだよ!」


「なんか納得いかねぇ」



 ぶつぶつ言いつつギルドを出る俺、良い子。


 渋々、あくまで渋々だが、俺は初の依頼をこなす為、テオ先輩のもとへ向かうことになった。


 ちなみにリーリーはマスターとお茶をするのが任務だそうだ。


 こいつは気付いてないだろうが、俺はリーリーがマスターにお小遣いをもらっているのを知っている。最近気付いた。まったく、ちゃっかりした王女様だぜ。








「テオせんぱーい」



 向かったのは学園の端の研究室。いったいどんな理由をつけているかは知らないが、テオはこの研究室を私物化している。



「テオせんぱーい?」



 返事はない。仕方ない、勝手に開けてやる。


 ドアノブを握る。瞬間、バチチ、と激しい閃光が走り、俺の身体を電撃が駆け抜けた。手から煙が上がり、不快な焦げ臭さが充満する。



「アタタタタ!!おい、こら!!トラップかけてんじゃねえよ!?」



 今の絶対俺じゃなかったら死んでた!


 慌てる俺を他所に、ドア越しにテオのくぐもった声が聞こえてくる。



「もー、なに?夏休みだよ、静かにしてよ」


「任務だから!学生の夏休みは任務のためにあるんだから!」


「ああ、マスターか。大丈夫だよリク君。それウソだから。人手不足の言い訳だから」



 ほらみろやっぱりそうじゃん!?マスターのウソつき!!


 とは言えだ、俺の手元には間違いなく依頼書があるわけで。



「俺は高級学食の為に頑張るってきめたからな!お前も来い!」


「もー君ウザいよ……あ、そう言えば僕、ギルド対抗戦の報酬もらってないんだった」



 ん?報酬?たしかそれって……



「いいよ。一緒に任務行ってあげる……その間君を好きにできるし」


「聞こえてるぞコラ!俺はモノじゃねえ!」



 帰ったらリーリーコロス。俺は心に決めた。


 無事に帰れたら、だけど。



「さ、面倒はさっさと終わらせよう。で?依頼の内容は?」



 テオが部屋から顔を出した。その顔に、依頼書を突きつける。



「知らん!なんて書いてんだ?」


「君さぁ、ほんと、バカだよね」


「うっさい先輩!んで、なんて書いてんの?」



 依頼書をしばらく見つめていたテオ先輩が、ふうと溜息をついた。



「そういやもうそんな季節か」


「ん?」



 先輩がどこか遠くをみるような顔をする。なんか意外な表情だ。割れた眼鏡の奥の灰色の瞳が、こころなしか翳っているような気もする。



「ま、君には着いてから詳しく説明するとして」



 テオは深く息を吐き出し、言った。



「獣人村へ、レッツゴー」


「お、おー!って獣人!?」



 それはまさか、可愛らしいケモミミのパラダイスの事か!?


 オタクの至高!ケモミミ!!


 俄然やる気が湧いて来た!!



「先輩!早く、早く行こう!」



 自然ニヘェと笑顔が溢れる。変態とか言うなよ!!



「あー、なんか勘違いしてるっぽいけど、まあいいや」



 そんなテオの呟きは、もはや俺の耳には届いていない。









 獣人の住む村があるのは、クリスティエラからさらに北へ向かう街道を進み、その先の夏でも万年雪を被った山脈へ至る森林の中だそうだ。


 俺とテオ先輩は、クリスティエラで馬を借りてそこへ向かっていた。


 馬を駆りながら、テオは興味津々とした顔で言う。



「吸血鬼は乗馬ができるんだね」


「関係ないって。昔ある人に教えてもらったからだ」



 吸血鬼となってしばらく、明治、大正、昭和には、国が定める軍馬に関する法律があった。第一次世界大戦も、各国が騎馬を用いて戦争をしていた。


 俺に乗馬を教えたのは、最近おとなしいピエロ面の男。



「もしかして、噂のピエロの男と関係がある話、だったりする?」


「先輩鋭い。その能力をもっと他のことに使ってくださーい」



 そんなにわかりやすい顔してたかな?


 っても、やっぱりなかなか受け入れる事は出来ないでいる。


 もしピエロ面が本当に俺の知るあの人なら、多分俺、立ち直れない。


 今気にしていても仕方ないため、俺はひたすら手綱を握る。


 待ってろ、猫耳ゆるふわ系幼女!!


 と、テンションを上げながらやってきた獣人の村。村の名前はダラス村というらしい。クリスティエラとは違い街というより、木の小屋が沢山点在する広場といったところか。



「先輩、猫耳の美少女がいません」


「あー、どんまい」



 村の入り口で立ち尽くす俺。目の前を行き交う村人は、みんなマッチョな男で。獣人らしい耳と尻尾を持っていた。


 理想の獣人と違う!!



「お、なんだお前ら?」


「人間がこんな所に何の用だ?」



 男たちがわらわらと集まってくる。獣人の威圧感ハンパねぇ。



「依頼があって来ました、『隻眼の猫』でーす」



 途端に獣人たちが押し黙る。運んでいた荷物もとり落す勢いだ。



「あれ、なんかマズかったか?」


「ギルドの名前は出さない方が良かったかも」



 テオは割れた丸眼鏡を指でクイッとしながら言った。


 つか先言えや!!



「じょ、冗談でーす、俺ギルドとかしーらね」


「ちょっと来い!!」



 虎耳のムキムキの獣人が、俺のほっそい腕を、いや決して細いわけではない腕を鷲掴みにした。



「イタタ、ちょ、痛い痛い!なに?これどういう状況!?」


「静かにしろ!騒がしいガキだな」


「うるせえ!ガキちゃうわ!」


「おうおう、ぎゃあぎゃあ言うのはガキの証拠だぜ」


「いやいやこの状況で騒がねえ奴なんかいるかよ……ってテオ先輩落ち着きすぎじゃね?」



 テオは連行される俺の後ろを、涼しい顔で歩いていた。








「そんちょーう、今年も例のギルドから来やしたぜ」



 村の最奥、一際大きな小屋の前で、虎耳の男が大声をあげた。


 ここまで来る間にも、熊耳やら兎耳やら犬耳やら猫耳の獣人たちを見たけど、どうしたことか、男しかいない。そして総じてガタイがいい。この村怖い。



「入れ!」



 ん?今のは女の声だ!やっと本命の猫耳か!?むさいケモミミばっかで異世界が嫌になるとこだったぜ。



「おら、村長がお待ちだ!」


「うわっ、たくもー。乱暴だなぁ」


「村長の前ではぎゃあぎゃあ騒ぐなよ?耳が痛くて敵わん」



 そう言って虎耳の奥が、虎耳をピクピクさせる。おお、なんかスゲェ。しかし可愛くはない。


 小屋の中は、煌びやかに装飾を施された豪華な内装になっていた。


 中央にはデカイソファがあり、そこにひとりの女性が身を崩して待ち構えている。ソファの周りには、子どもが何人か控えている。全員違うケモミミだ。



「待っていたぞ」



 そう言って微笑む、ソファの女性。彼女の頭には、俺の大好き猫耳が!!



「毎年ご苦労である。わらわは獣人族の長であり、この村の村長を務めるティアナだ」



 妖艶、という言葉がよく似合う、そんな女だ。シルバーの髪に浅黒い肌、大きな金の瞳に黒い猫耳。レベル高っ。つかエロッ。



「お久しぶりです、ティアナさん」



 口を開いたのはテオ先輩だ。



「テオドールか。貴様、相変わらず鼻持ちならんつらだのう」


「ティアナさんこそ、相変わらずの露出ぶりで」



 ムムッ、確かに!!隠さなければいけない所以外は丸見えだ!!新手のビキニか!!



「コラッ!村長を下心満載の目で見るなこのガキ!!」


「グフッ、ギブ、ギブゥ!!」



 虎耳に首を絞められた。馬鹿力過ぎて死ぬ!



「まあ良い。お主は初めて見る顔だな。名は?」


「ゲホッ、ゴホ、リクだ。ハアハア」



 何チュー力だこんちくしょう!



「リク、わらわは貴様の様な子どもも守備範囲内だがな。すまないが既に心に決めた男がいるのだ」


「何これ?俺がフられたみたいじゃん」



 残念そうに肩をすくめるティアナさん。


 別にワンチャン期待したわけじゃないからな!!



「して、そのわらわの伴侶はどこじゃ?」


「伴侶?」


「アシュレイじゃ」



 はえ?マジで?あの優男が、伴侶とな?



「マスターは忙しいみたいです」


「そうか。仕方ない奴じゃの」



 テオ先輩、少しも疑問に思わないんすか。なんでこんな綺麗なエロい猫耳のお姉さんが、あのつかみどころのない男のものなんだよ?信じらんねー。つかありえねー。



「まあよい。それでは、今年もよろしく頼むよ」


「はい」



 もう良い、とティアナが片手を振る。瞬時に興味を失ったように、ティアナはくつろぎだす。



「おい!お前らの宿に案内する。付いて来い」



 虎耳の男が、また俺を引きずって小屋を出た。テオもその後に続く。



「ちょっと待って、あの人がマスターの奥さんなのはとりあえず置いといて。俺ら何しに来たの?」



 ガチで俺何しに来たの?と、テオを見れば、忘れてたと呟いた。おいコラ。



「僕ら、ここのお祭りに参加するんだよ」


「祭り?」


「獣人祭。毎年夏の初めに、獣人族が集まってこの村で祭りを行う。」



 祭りか。楽しそうだ。でも、ただの祭りじゃないんだよな、多分。



「この祭りの起源は随分古い。もともと、吸血鬼の帰還を願う祭りと言われている」



 そう言って、テオは割れた丸眼鏡の奥の瞳に、嫌な笑みを浮かた。



「彼らの願いは、今叶ってしまったな」








 宿として連れてこられた小屋で、俺はテオ先輩を問い詰めた。


 内容はもちろん、この祭りについて。


 吸血鬼の帰還って、どういうことだ?



「獣人族は昔、人を含めた様々な種族と争いを繰り返していた。他のどの種族間でもそうだが、こと獣人と人の争いは激しかった」



 異なる種族同士で争っていたという話は聞いていたが、詳しくはしらない。学園の勉強に精一杯で、正直ほかに手が回らない。そして未だに字が読めない。笑えるだろう。



「魔物の脅威もあるから、どの種族も満身創痍。そんななか現れたのが吸血鬼だ。彼らは魔物を遠ざけると同時に、獣人族と交流を持った」


「俺と違って社交的だったんだな」


「ほんと君を見てると、吸血鬼の伝説が嘘に思えてくるよ」


「おい先輩コラ!!」



 泣いちゃうよ、俺。豆腐メンタルだから。



「それで、各地で交流を深めていた吸血鬼が、種族間を統一するんだけど、その恩恵を一番最初に受けたのが獣人族ってわけ」


「へー」



 そこでテオ先輩が眉根を寄せた。



「君さ、ちゃんと聞いてるのかな?」


「はへ?」


「君のご先祖の話だよ。顔に締まりがない」


「そりゃ治らないからごめんなさい」



 だって、それは俺の知ってる吸血鬼じゃないから。俺は日本に住む、日陰者の吸血鬼だ。ずっと人を避けて生きてきた。ほかの仲間もそうだ。


 英雄のように語られる吸血鬼の姿が、どうしたって想像できない。



「結局俺らは何しにきたのさ?」



 これが一番の謎だ。



「僕らは祭りにおける人間役だよ。もともと、この祭りは獣人と人が一緒になって執り行っていたんだけどね。今ではこうして依頼として、人を派遣してるわけ」



 ふんふん、なるほどなぁ。



「テオ先輩は、ティアナさんと面識があるようだったが」


「ああ、そりゃ、ね。兄さんの相手くらい知ってる」



 はへ?兄、とは、なんぞや?



「そうか。君には言ってなかった。マスターは僕の兄さ」



 うっそだぁ。いや、よく見てみればなんかちょっと似ている、ような気もする。


 いけ好かない所とか、突拍子も無いところとか、自分勝手なところとか。主に性格的に。



「信じらんねーけどどことなく似てる」


「あはは、よく言われる」



 沈黙。


 てか、ティアナさんの義理の弟って事にもなるのか。



「さて。僕らの出番は最終日。といっても、祭りの席に同席するだけだから、特にすることもないんだよね」



 テオはそう言って、持ってきたカバンからクリスタルを取り出す。



「暇だし、どう?僕の実験に付き合ってくれないかな?」



 テオの手の上で、バチバチと閃光を放つクリスタル。


 やっぱりこの人はヤバい。



「先輩、俺ちょっと散歩に行ってきます」



 あはは、と笑って、俺は一目散に小屋を飛び出した。


 もちろん行くあてなんかない。でもあのサイコパス先輩といるよりマシだ。


 そう判断し、俺は獣人族に睨まれながら走り出した。











 テオから逃げた俺は、村から少し外れた小川を見つけて、川岸に座ってボーッとしていた。



「おい!人間のガキ!」



 近くで子どもの声が聞こえた。獣人族も平和だなあ。



「お前に言ってんだけど!」



 ドス、と背中を蹴られる。



「おわっ、なんだ!?」


「お前に言ってんだけど」


「俺か?俺に言ってんのか?」



 振り返るとそこには、獣人族の子ども3人。俺の背中を蹴りやがったガキは虎耳で、もう一人は狼っぽい耳の少年、3人目は白い猫耳の幼女、いや少女と訂正しておこう。



「お前、人間のガキなんだろ?」


「違う、人間じゃないしガキでもない」



 いきなり失礼な子どもたちだ。だが、俺は100年を生きてきた吸血鬼。こんなことではキレない。



「うっそだぁ。だって、オレたちみたいな耳ついてないもん」


「顔だってガキじゃん。ヒョロいし、なんか顔色悪くね?」


「やめなよー、この人泣いちゃいそうだよ?」



 俺はぁ、100年生きてきたぁ、吸血鬼だからぁ。こんな事では泣かないからぁ。グスゥ。



「な、なにマジで泣いてんだよ!?」


「なんかごめんって。あ、そうだ、お詫びに一緒に遊ぼうよ」


「それいいね!」



 俺は良くない。なんで?なんでそうなるの?



「いやいや、俺これでも大人だから。君らと一緒に遊んでもつまらんよ。で、ちなみになにして遊ぶのかな?」


「めっちゃ乗り気じゃん」



 そりゃあ、誰かと遊ぶなんてした事ないからな。乗り気にもなるわ。



「オレら今鬼ごっこしてんだけど、3人じゃつまんないからさ、アンタもやる?」


「鬼ごっこ!それはあれか、ひとりを鬼にして嫌味な顔で逃げ回るいじめの手段として有名なあの遊びか?」

「アンタまともに育ってないよな」


「そりゃ平和な瞬間なんて無い人生だからな」



 正しくは吸血鬼生だ。



「よし、じゃあ特別に仲間に入れてやる!初めはアンタ鬼な」


「やっぱイジメじゃねえかチクショー!!」



 キャッキャと逃げ出す子どもたち。つかさすが獣人族ということか。逃げ足めちゃくちゃ速え。


 無邪気に駆けていく後ろ姿。


 ははは、俺を本気にさせたなクソガキども。



「あの人人間だよ?ちょっとからかい過ぎじゃない?」


「大丈夫だって、これでもめっちゃ手加減してるよ」


「とか言って、そんな気ないくせに」



 聞こえとるわ!!


 良かろう。これも人生の中での教訓となるだろう。俺はもう、めっちゃ大人だからな、あの子ども達に、それなりの教訓をくれてやるのもやぶさかではない。



「オラオラオラ!!オメェら大人を舐めんじゃねえ!!」



 ダン、と地面を踏みつけ、跳ぶ。いや、ほんとに飛んだわけじゃないけど、年若い獣人の皆さんにはそうみえたろう。



「オラアアアア!タッチ!お前鬼な!」



 キョトンとする3人。一番驚いているのは、俺が手を触れた虎耳の少年。



「え、ちょ、今見えなかった…!」



 猫耳の少女が、俺の方に視線を向ける。が、俺はもうそこにはいない。


 苔むした木の枝を踏み、俺は、少年達から少し離れた木の根元に着地する。


 ここは沢山の木に囲まれた森林だ。身体能力の高さを活かすには、ぴったりな場所だ。



「さて。俺は別に、お前ら3人が鬼でも問題ないわけだけど」



 ぐうう、と唇を噛みしめる子ども達。ザマァ。



「クソ、ライネル、リビア、あいつを捕まえるぞ!」



 虎耳の少年が叫び、俺に人差し指を突き立てる。



「なに?俺を捕まえるってか?冗談だよな、ガキども」


「ガキじゃない!」



 3人が一斉に走り出す。だが、俺に敵うはずもない。なんたって俺は、100年をいき、おっとヤベ、こいつらマジ速いわ。



「クソ!なんでそこで避けられるんだ!?」



 生い茂る木々の枝をバネに、高速移動で迫る虎耳の少年。だが、すんでで避ける俺の身体どころか、ヒラヒラとなびくシャツの裾にも手が届かない。


 地に着地した所を、すかさず追いすがる狼耳の少年だが、これはすでに予想済みだ。



「うわ、どこ行った!?」



 音もなく跳ねる俺に、突然消えたように見えただろう狼耳の少年が、キョロキョロと辺りを見回す。



「いた!」



 空中を自由落下中の俺を発見した猫耳幼女が、間違えた、猫耳少女が、木の枝の間から飛び出してきた。


 それを空中で身を捻って躱すと、少女はそのまま木々の中へ突っ込んでいった。


 途中で抱きしめようかと思ったが、犯罪になりそうなのでやめた。



「なんだよ、どうなってんだよ!?」



 虎耳の少年が叫ぶ。



「ハッハッハッ、大人を舐めんなよガキども」



 そうして俺たちは、日が暮れるまで追いかけっこを楽しんだ。


 いや、楽しんだのは俺だけか。


 途中からガチになっていた子ども達は、まあまあ可愛かった。











 夕食時になり、子ども達と村へ帰ってくると、ちょうど村の中央では大きな焚き火が焚かれ、その周りを取り囲むように獣人達が集まっていた。



「レナルド、ライネル、リビア、おかえり」



 そう言ったのは誰か。獣人達はこちらに気付いて手を振る。



「ただいまー!」


「今日のご飯なに?」


「つかれたよー」



 と、輪の中へ入っていく子ども達。取り残される、俺。


 テオ先輩は見当たらない。クソ、コミュ障ツラッ!



「おい!そんなところで突っ立ってないでこっち来いよ」



 虎耳の少年が俺を呼ぶ。ちょっと照れくさそうなところが、子どもっぽくて可愛い。



「なんだ、お前らもう仲良くなったのか?」


「そうだよ!あの人スゲェんだ、なあみんな」


「うん!わたしたちより速いんだよ!」


「おれも見えなかったもん」



 俺の腕を両側から掴んで戯れる子ども達に、若干身体が強張る。だって俺ちょっと潔癖だから、他人に急に触られるとビビるのさ。



「ほうお前、確かリクと言ったな」


「そうだけど」



 とよく見れば、目の前にあの虎耳の男が。



「父さん、知り合いだったの?」



 父さん?マジか!同じ虎耳だとは思ったが、こんな可愛い少年がこいつの息子とは思わんかった。



「ああ、村長の所に案内したんだが。その時にはそんなに出来るやつだとは思わなかったが……」



 まあいいや、と言うと、



「倅と遊んでくれた礼だ。好きなだけ飲め!」



 と、腰を下ろした俺の側にやってきた兎耳の女性がジョッキを手渡してきた。



「ごゆっくり、お客さん」



 ニコッと笑いかけ、行ってしまう。獣人族の女性はみんななんかエロい!!



「オレにもくれよ!」



 となりで虎耳の少年レナルドが喚く。



「お前にはまだ早いわ!いいか、人間はな、俺らと違って寿命が短くてひ弱なんだ。こいつはこれでも大人なんだよ」


「俺のことひ弱って言ったの?」


「まあまあ、うまい酒だ!祭りの特権だ!存分に飲めや!」



 酒!この世界に来てから初の酒だ!今は学生ということになってるから避けてきたけど、俺だっていい歳なんだ、酒、大好き!!



「んじゃあ、お言葉に甘えて」



 ジョッキに口をつけ、一気に中身を煽る。



「ブフッ!?」


「ギャハハハハ!!」



 吹き出した俺を見て、周りから一斉に笑い声が上がる。



「言い忘れてたが俺らの酒はアルコール度数60だ!どうだ、うまいだろ?」



 強すぎるだろ!!つかワザとか!!



「ゲホッ、ま、まあ、そうでもないかな」



 強がって見せるがこれかなりキツい。


 だけど俺、100年生きてる吸血鬼だから。強い酒にも負けないぜ!


 ジョッキの中身を飲み干し、ジョッキを地面に叩きつけるように置く。味は、そうだな、うっすいウィスキーみたいだ。



「次!!」


「よしきた!!」



 並々注がれたジョッキが運ばれてくる。それから、いい匂いが充満し、料理の乗った皿が配られる。



「お前、なかなかに強いな」


「舐めんなよコラ!」



 ギャハハハハ、と周りも盛り上がる。食事の用意をしていた女性たちも輪に入り、焚き火の周りがさらに賑やかになる。


 祭りか、なんかめっちゃ楽しいんだけど。


 と、酔った頭で思い出すのは、初めて祭りに行った夜の記憶。


 地域の小さな祭りだった。俺は5歳。やっと首の座った弟を背負い、母さんの手を握って祭囃子を眺めた。



「おーい、どうした?もうギブアップか?」



 虎耳の男が、見下したような顔を向ける。


 それで、思い出していた記憶はどこかへ行ってしまった。



「ま、まだまだっ!!ヒック、ぜんぜーん酔ってねぇ、オェ、からな!!」



 獣人族の宴会は、焚き火の火が消える頃まで続いた。

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