第9話 ピエロの男①
「マスター!」
ギルド対抗戦も終わり、翌日。
本日は休日で、俺はリーリーと共に久しぶりのギルド本部へやって来た。
マスターのアシュレイは、以前と同じように、ギルド本部の奥のバーカウンターでひとりで酒を飲んでいた。
ちなみに今は朝の8時だ。マスターは全く肝臓の気持ちを考慮しない性格らしい。
「おや?二人とも、久しぶりだねぇ」
「マスター、元気でした?」
「もちろん。リリは?」
「あたしもですマスター!」
初めての出会いから今まで、リーリーはマスターの前ではお利口にするので、俺はもう違和感でしかないのだが、それくらい慕っているのだろうなぁと、二人のやり取りを見守る。
裏山。とかは思ってないぜ。
「あ、そうだ、マスター!見てください!」
そう言ってリーリーは、ポケットから二つのメダルを取り出した。
今日ギルド本部へ来たのは、このためだ。
「へへーん、今年のギルド対抗戦、優勝したんですよ!!」
メダルはトーナメント優勝と準優勝を称えるためのものだ。
「リリ!良くやったね!」
「でしょ!?まあ、でも優勝したのはあたしじゃないんですけど」
あーあ、と悔しそうな顔で俺を睨む。
「ま、まあ、俺はほら、吸血鬼だし。それに総合優勝したんだからいいだろ」
「そうだけどさー、やっぱ勝ちたかったよね」
「今更言われても、なあ」
とか言っといて絶対に負けてやらんけどな。俺は負けず嫌いなの!
「まあまあ、二人とも怪我がなくて良かったよ」
とりなすようなマスターの言葉に、しかし今度はこっちがおし黙る。
「あ、あれ?なんかあったのかな?」
「それがですね、マスター」
リーリーは1日目の魔物討伐戦の時に起こった事をマスターに話した。
その間、俺はもう一度考えていた。
あの恐ろしいピエロの面……をつけた男。あれは完全に嫌がらせだった。だって俺がピエロ恐怖症なの知ってたし。それに、潔癖とかなんとか。
あいつは俺の親か!?というくらいに俺のことを知っている。
親、か。
俺にもいたなぁ、親。
なんて感傷に浸っていると、マスターとリーリーが何故かとても仲のいい親子の様にも見えてきた。全然似てないけど。
「ちょ、あんたなんで泣いてんの?」
「な、泣いてないよ、うん」
「めっちゃ涙出てんじゃん」
「泣いてねぇよバーカ!!」
いそいそと目元を拭う。ほらな、泣いてないもんねーだ!!
「まあいいや。それで、ピエロの面の男の事なんですけど」
「ああ、調べておくよ」
案外あっさりなマスターだ。もしかして、マスターはすでになんか知ってんじゃないか?
「あ、そういやね、リーリーに頼みがあって。良いかな?」
ポン、とマスターがわざとらしく右の拳で左の掌を叩く。
「なんでありますかマスター?」
「ちょっとそこのタピーオ買ってきてくれないかなぁ?」
「なんと、マスターもついにタピーオデビューですか!?」
「そうなるねぇ。どんなのか知らないけど」
おい、マスター。タピーオは恐怖の飲み物なんだぜ!
「ほら、行ってきて」
「はーい!行ってきまーす!」
リーリーが足早に去って行き、俺は改めてマスターと向き合う。
「わかりやすい人払いっすね」
リーリーは気付いていないだろうなあ。無邪気にマスターのお使いだと思っている事だろう。哀れな娘だ。
「君だってあまり聞かれたくはないだろう?」
「まあ」
異世界から来た、なんて話、聞いたってつまらんだろう。それに俺はあっちに帰りたいわけじゃない。このままここで、平穏に暮らせるのならそれもいい。
なんて思うくらいには、ここは居心地が良かった。
そりゃもちろんネトゲは恋しいし、部屋にこもってダラダラしたいけど。
だけど太陽の下、人目を気にせずに歩けるのと比べれば、後のことはどうでもいいし何とかなる。
「さっきの、ピエロ面の男の話なんだけどねぇ」
マスターの目付きは鋭い。
こんな顔も出来るのかと感心する。
「最近、裏の情報にちょくちょく出てくるんだよねぇ」
「裏の、情報?」
なにそれめっちゃカッコいい!!このアングラーな感じ、異世界って感じがする!!
「ギルド関係者が独自に築いている情報網なんだけど、最近になってよく聞く話が二つある」
と、その時、
「おっ待たせしましたー!!タピーオドリンクでーす!!」
「早っ!?」
リーリーが手にタピーオを二つ持って帰ってきた。
「マスター、はいどうぞ!」
「あ、ありがとう、リリ」
「いいえどういたしまして!!」
満面の笑みでマスターにひとつ渡し、俺の隣へやってくるリーリー。
「あ、おい、俺はそれはニガテだから」
申し訳ないが断ろう。そう、言いかけて。
訝しげな顔のリーリーに気付いた。
「はあ?あんたにはハナから買ってないから」
この、クソアマッ!!
「これ、あたしの。あんたは自分で好きなもん買えば?」
ぐぬうっ、とことん嫌味な女だ!!
昨日のトーナメント戦では、なんかちょっと分かり合えた感じあったのに!!
終わったら終了。他人の距離感だ。
「ごほん。あー、リリ、マスターはちょっとお腹が減ってきたなぁ」
「む、何か作りましょうかマスター?」
「んー、いや、今の気分はぁ、そうだな、メリおばさんのパンが食べたいなぁ」
「了解でありますマスター!!」
またもなんの疑いもなく、お使いの旅へ出るリーリー。こんなに短時間に、立て続けに頼みごとをされる事に疑問はないのか?
しかもメリおばさんのパンって、待ち時間2時間の行列のできる店だろ。マスターも大概鬼だな。
「ふう。猪突猛進のリリは可愛いね」
「いや可愛くねぇよ!?」
だんだん、本当に親子なんじゃないかと思えてくる。
「そうそう、それでその噂なんだけどね。ひとつ目はそのピエロ面の男の目撃談。彼、いろんなところに出没しているみたいだね」
ほう、アクティブなピエロ野郎か。
「そのピエロ面は、魔物を操り、人を襲っているらしい。しかも、襲われた人間はみんな、」
「全身の血を抜かれてる、ってやつか」
この手の話はたくさんある。それも、吸血鬼に関わる怪談話に、だ。
「よくわかったね」
「俺のもともといた世界では、吸血鬼は人の血を吸い殺す化け物と言われていたんすよ。まあ、実際そんな殺すほどは飲まないんすけどね」
そう、俺たちは必要最低限しか貰わない。なにもしなければ、月一でもいいくらい、燃費は良い方だ。
「へぇ、そうなんだ」
だからまあ、そんなに悪いやつでもないんだよ、これが。
「それで二つ目は?」
促すとマスターは渋々といった様子で話し始めた。
「クリスティエラ第一魔法学園に、吸血鬼が出るって話なんだけど」
ギクッ!?
「マスター、嫌だなぁ、そんな怖い話冗談っすよね?俺もう怖くて夜ひとりでトイレに行けないっすよー」
アハハ、と誤魔化してはみるたのだが。
マスターの目はガチだ。怖っ!!
「君、バレてないよね?」
「すみません」
「バレたの?」
「あ、いや、その、」
ヒュッと、銀色のものが俺の顔の横スレスレを飛んでった。
マスターのナイフだ。
「あ、あははは、はは、数人にバレました……」
ヒュッ、ドス。ドス?
「マ、マスター。それはガチの人殺しに、なりません?」
「大丈夫。君、死なないから、ね?」
マスターが怖い!!
殺される、と俺は蜂に襲われた時の感じで猛ダッシュでギルド本部を飛び出した。
クソ、マスターめ。ガチめのサバイバルナイフなんか投げやがって。
お陰で腹にめり込んだまま走る事になったじゃねえか。
「うあ、いってぇ。どうしよう、これ」
マスターを怒らせてはいけない。俺の人生の教訓に入れておく。ま、もうひとつめの教訓も忘れてるから、これもいつまで覚えていられるかはわからんが。
「よーし!俺は不死身だ!抜くぞ!」
適当に走り抜けてきたから、ここが何処かはわからない。人気のない路地でよかった。
「よいせっ、と」
ブシュッとグロテスクな音とともに、少しだけ血が吹き飛ぶ。腹部の刺し傷は、下手すると腹圧によって小腸やらなんやらが飛び出す事がある。
ナイフ程度の裂傷ならば問題はないが、もし何か事故に巻き込まれてそういう事になったら、損傷部はしっかり圧迫した方がいい。
「えっと、リクくん?なにしてんの?」
あれ、どっかで聞いた声がする。
「ん?」
と振り返れば、誰もいなかったはずの路地にひとりの少年が。
そいつは水色の髪の、口うるさいうちの同居人だった。
「ああ、ノアか」
「いや、ああノアか、っ場合じゃないよね?」
「まあな」
「ちゃんと止血した方がいいんじゃない?」
「問題ない。このままほっておけば1時間くらいで治る」
「君の身体どうなってんの……」
どうもなにも、吸血鬼なんだから当然だ。
「いいから、僕についてきて。ちゃんと手当しよう」
そう言ってノアは俺の血だらけの手を引いた。
俺なら他人の血に触るのは勘弁なのだが、ノアはあまり気にならないようだ。
「悪いな」
「なに言ってんのさ?僕たちルームメイトでしょ?」
「ああ、そうだった」
ニッコリするノアは、いつものノアだ。吸血鬼に対する異常な信仰さえなければ、申し分のないルームメイトである。
「ふふ、なんか楽しいな」
歩きながら、ノアが楽しそうに笑い声をあげる。
「ん、なにが?」
「吸血鬼の腹の中って、どうなってるのかな?」
え?どうした、急に?
「あ、大丈夫だよ?僕がちゃんと手当してあげるからね」
「んー、やっぱ帰ろうかな?ほら、俺このナイフ返さなきゃだし」
「手当してからでもいいでしょ」
ごもっともです。ただ、ノアの無邪気な笑顔が怖い。
「ついたよ!」
と、言われて目を向ければ、そこには白い大きな建物が。
「ここは?」
訊ねてはみたけど、匂いでわかった。
外にいてもわかる。消毒液と滲出液、糞尿臭と、様々に時間のたった、血液の匂い。
「僕の家、病院なんだ」
ノアの実家は、俺にとって良い思い出のない、あまり心地の良い場所ではなかった。
ここで少し、俺の過去について触れておく。
俺が産まれたのは、1905年。日露戦争が集結したその年だ。
朝鮮半島を占領することで、日本の安全保障を確立するという目的でもって、日本という島国は、大国ロシアに勝った。
これを機に、日本は戦争とは切ってもきれぬ歴史を築いていく。大国に勝ったのだ、これは日本という島国が、世界に通用すると知らしめるきっかけとなった。
子どもながらにそう思っていた。
日本は明治という時代を、発展を繰り返しながら生きていた。
俺の最初の記憶は、手を引く母の背中だ。
顔は覚えていない。父の顔も知らない。
ただただ俺の手を引く母の背中と、その背に背負われていた弟の姿を憶えている。
1905年に産まれ、しかし両親の顔も、生まれ育った家も憶えてはいない。
次の記憶は、多分、俺は10歳かそこらで。帰る家もなくフラフラした毎日を送っていた。
まだ、街灯も少ない街並。
夜には荒れた大人たちが街に溢れ、俺たち孤児は、そんな彼らを避けるように、出来るだけ暗がりに、誰にも見つからないように。
まるで自分たち孤児など存在していないかのように。
そうやってどうにか食い繋ぎ、生きていた。
この頃からすでに、陽の下に出る事は叶わなかったのかもしれない。
吸血鬼になったのは、1919年の冬。
時代は大正8年。みんな大好きカルピスが発売された年だ。
俺は14歳。なんとか生きていた。
そこは夜の街。俺はそこで、その日暮らしをしている、ただのガキ。
誰かに声を掛けられる。俺はそれに、なんの疑問も持たずについていく。そうやって日銭を稼ぐ。言われればなんでもした。そうしないと生きてはいけない。
生活保護も、児童相談所もない時代だ。
今の人は、ほんと恵まれてると思うよ。
そうして14歳になった俺は、肺を患った。多分死ぬ。それはなんとなくわかった。
この時の心情は、今も忘れない。
死ぬってなんだ?今よりも楽になるのか?でも、どうせ死ぬのなら、もっと違う事が出来たんじゃないか?どうでもいい、なんて思って生きてきたから、こんなことになったんじゃないか?でも、生きてたってそのうち死ぬんじゃないか?それにこの、人として、男としての尊厳も捨てた今、生きていたって仕方ないのでは?
この先の日本に、こんな底辺な人間を救う事など出来ないだろうな。
諦めた。そしたら、俺の前に手を差し伸べる奴がいた。
もう長くはない事は分かっていた。日毎に息苦しさは増え、起き上がれる日も少なくなっていた。
「君、綺麗な顔をしているね。僕とおいでよ」
正直、いつもの誘いと変わらない。そう思っていた。
何度か逃げ出しもした。
逃げた先で肺の病がバレて、病院に監禁された事もあった。
そんな時にまた、その男が現れて。
俺を吸血鬼に変えた。
「おーい、リクくん?」
ん、と意識が浮上する。
ノアが俺の顔を覗き込んでいた。
「うわっ!?」
「うわ!」
ガバッと上半身を起こせば、ノアが全力で避けた。
「びっくりした!次から動く前に動きますって言ってね?」
「それは無理だわ」
なんちゅう要求だよ。言えるかよ。
「つかここ、お前んちの病院か」
「そうだよ。よくわかったね」
「まあ、わかるんだよ」
俺が寝かされていたのは、病室のどこかだろう。
そうか、俺は多分倒れたんだな。
病院には嫌な思い出しかない。
この独特の雰囲気と匂い。特に血の匂いが濃く染み付いていて、なんだかそわそわしてしまうのだ。
「ここね、僕の家でもあるんだ。お父様が医院長で、お母様は助産師。ちなみに兄がいるんだけどね、ここを継ぐんだってさ」
そういえば、ノアは家が厳しくてギルドには入っていないと言っていた。
それに毎日豪華な飯を食っている。
家が金持ちなんだろうと思ってはいたが、まさか病院とは。
「うっ、気持ち悪い」
ヤバっ、急に吐き気が。やっぱ俺病院嫌いだわ。
「大丈夫?……あ!わかった!」
「なんだよ」
急に大声を出すなよ。
「これ、いる?」
そう言ってノアが持ってきたものは、ゴムっぽい袋に詰められた赤黒い液体だ。
ゴクリと喉がなる。自然現象だ。俺の気分とか気持ちとかは関係ない。
例えるならば、しゃっくりと同じか。
「僕んち、病院だからね。いくらでもあるよ」
「悪い、けど、もらっていいか?」
「もちろん」
ノアがそれを渡してくれた。
そういえば、最近補給してない。ナイフ程度で倒れたのも、ギルド対抗戦でオーガに怪我を負わされ、ろくに補給していなかったからだろう。
リーリーが気を遣ってくれてはいたが、やはり欲しい分を満たしたいのは、人が喉の渇きや空腹を感じたときと同じ気分だ。
袋を器用にやぶき、一滴も溢さず飲み干す。
すこし日のたった味ではあったが、死体を漁るよりはどれほどマシか。
「ありがとな」
「いいよ。ルームメイトでしょ?」
「だな」
へへ、と笑うノアは、本当に無邪気だ。
「あ、お腹の調子はどう?縫おうと思ったんだけど、」
「なに!?」
慌てて自分の身体、上半身裸で包帯を巻かれた腹部をワサワサと触る。
「そんなに嫌がらなくても……」
「余計なことしなくていいんだよ」
「僕もそう思った。もう塞がってたし。やっぱ凄いや、吸血鬼!!」
キラキラした目で見てくるノアだけど。
「そもそもなんでそんなに吸血鬼好きなの?」
それは、とノアが言いかけた所で個室のドアがバーンと開いた。
「おにー!お友達は起きましたかっ?」
パタパタ駆け寄ってくる、12歳くらいの女の子。髪の色は水色で、色白で小柄。ノアとソックリだ。
「カリナ!ダメだよ、ノックしないと」
「そ、そうでした!忘れてました!」
みるみる顔が赤くなる。そして、俺に向き直りぺこりと頭を下げた。
「申し訳ないです。急にごめんなさい」
「え、俺?ま、まあいいよ?」
そう言うと、少女はにっこり微笑んだ。まだ幼さの残る可愛らしい少女だ。
「初めまして、わたしカリナ・エイベルです。兄がいつもお世話になっております」
「ノアの妹にしちゃ出来た子だなぁ」
「リクくん、聞こえてるからね?」
少しオマセな話し方は、年頃の女子といった感じだ。
「聞いているかも知れないけど、俺はリク・カイドウだ」
この世界では名前と苗字は日本とは逆で、最近やっとそれに慣れてきた。まあ、人に名乗ることなんてあまり無いけど。特に学園では、俺は未だに避けられてるし。
「はい、存じ上げてます!おに、兄がいつもルームメイト自慢をしてくれるので」
「ハハ、なんだそれ。ところで、気を遣わなくていいよ。敬語とか無しでいいから」
「あ、ありがとう!」
カリナは嬉しそうに笑う。とても可愛らしい。
リーリーも見習ってくれないかな。カリナの半分でも可愛げがあればなぁ。
「リクくん、今物凄くデレデレした顔してるけど」
「んな!?無い無い、いや無いこともないな」
「ちょっと!僕の大事な妹なんだからね?」
その後、カリナが部屋を出て行き、さて俺も戻ろうかなと思っていると、ノアがこんな提案をしてきた。
「せっかくだから、どっか遊びに行かない?」
「どこに?」
基本的に引きこもり体質なので、場所によっては行きたくない。
「それが、さ」
「ん?」
「今日妹の誕生日なんだよね」
ああ、成る程。プレゼントか。
「って、それ俺に相談したところでいい案なんかないぜ」
なにせネトゲオタの引きこもりだったので。
「付いてきてくれるだけでいいから、ね?」
「等価交換だ!」
「友達にヒドくない?」
「等価交換だ!!」
わかったよ、と笑うノア。
「じゃあ帰りに今流行りの屋台でも寄る?」
「タピーオ以外でよろしく」
「あはは、僕もあれあまり好きじゃないよ」
と、言うわけで、俺たちは街へ繰り出すことになった。
流石休日、街は沢山の人で賑わっていた。
友人同士買い物をするもの、イチャコラする男女、親に手を引かれる幼い子ども。
「どうしたの?」
ノアに袖を引かれ、ふと我に帰る。
「いや、何でもないさ」
ん?と首を傾げ、でも深くは気にしない様子で話題を変えるノア。
「リクくんの家族ってどんな人?」
心臓が跳ねた。異世界から来た事はマスターにしか話していない。だから、当たり障りのない解答で誤魔化してもいい。
目の前を、さっきの親子が横切った。優しそうな母親に手を引かれる男の子。母親の腕には、もうひとり抱っこされる小さな子どもがいる。
「俺、は、親の顔を覚えてない」
「え……?」
しまった!!つい口が滑った!!
隣を歩くノアを見れば、アワアワと申し訳なさそうな顔をしていた。
「そんな大したことないじゃないからな!?ほら、俺吸血鬼だから!100年も前のことなんか覚えてねぇよ!」
「そうなの?」
「そうそう!あ、でもそういや、弟がいたのかなぁ。多分、ノアとカリナくらいの年の差の、弟がいた」
顔も思い出せないが、俺はちょっとだけ弟の世話を手伝った事がある。まあ、お兄ちゃんとしては当然なんだけど。
「その、弟くんは」
「死んでんじゃね?おい、そんな辛気臭い顔するなよな。人間なんていつか死ぬもんだろ」
何も俺みたいに、生きるチャンスが降ってくるわけじゃないだろうし。
「あー、もうやめ!この話終わり!さ、どこ入る?」
「ん、わかった」
なんだかなぁ。多分あのピエロ面のせいで、ちょっと感情的になってんのかなぁ。
過去は消せないから、何言われても平気だ。でも他人にベラベラ喋られるのは嫌だ。
あのピエロ面は、次に会ったらぶっ殺すとして。
ファンシーな雑貨店に入った俺たちは、カリナの誕生日プレゼントを選んでいるわけだけど。
そもそもよくこんな店に男二人で入れたな。周りの客と店員の視線が痛い……あれ?なんだか微笑ましくね?
「ねえこれはどう?リクくんならこれ貰ったら嬉しい?」
「いや嬉しいも何も俺が貰ってもそれつけられないからね」
可愛らしい花飾りのついた髪留めを見せてくるノア。
なんで俺で想像してんの?
「んじゃこっちは?」
「やめっ、ヤメテ!俺にその可愛いネックレスを当てないで!?」
「わかった。12歳だもんね。まだぬいぐるみとかも好きだよね……うさぎかくまどっちがいい?」
「俺に!それを!持たせるな!!」
クスクス、と笑う声が周りから聞こえる。
もう、泣きたいよう……
ファンシー責めにあった俺は、逃げるように店から飛び出した。
フンフンフンと鼻歌混じりに、ノアも後からやってくる。その手には可愛らしくラッピングされたクマのぬいぐるみが抱えられていた。
「ありがと、リクくん。おかげでいいのが買えたよ」
「そうですか」
あーしんどかった。次にクマのぬいぐるみを見たら殴りつけてしまいそうだ。
「じゃ、約束通り何か奢るね」
「ああもうほんとそうして。焼肉くらい奢って」
そういやこの世界にも焼肉ってあるのか?
なんてどうでもいい事を考えながら、俺たちは来た道をもどる。ちょうどお昼時で、繁華街のそこかしこから美味しそうな匂いが漂っていた。
「ね、メリおばさんのパンの店、今出てったのリーリーじゃないかな?」
「なに?」
あいつまだ並んでたんか。マスターの為ならほんと何でもやるな……ちょっと尊敬するわ。
「僕たちはどうする?あれとか美味しそうだね」
なんて言いながら、店をひやかしてまわっていると、ふと視線を感じた。
「ノア、悪いがマズイことになった」
瞬間、辺りに響き渡る悲鳴。
「きゃあああ!?」
「魔物がでたぞー!」
「どうしてこんな街中に!?」
街の喧騒が、賑やかなものから混乱のそれへと変わる。
「ノアは先に帰ってろ!」
「それはダメ!友達を見捨ててなんて行けないよ!」
そうだった。ノアは変なとこで頑固だった。面倒だが仕方がない。
「なら俺から離れるなよ!」
力強く頷くノアを伴って、俺は人の波に逆らうように走る。
人波から抜け出ると、急に静かになった。
「うう、ヒドイ」
ノアの呟きに、俺も少し頬が引き攣る。
そこは小さな噴水のある広場だ。時刻はお昼時。沢山の人がここで昼食を摂っていたのだろう。
だが、そんな人々はもういない。
死体。血塗れで、四肢を引き裂かれ、内臓を引き摺り出された、死体、死体、死体。
いったい何人いたのか。折り重なったそれらは、激しい血臭を放つだけの肉塊となっている。
「やあ、来てくれると思ったよ」
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