第7話 ギルド対抗戦、本場!!①


「うをおおお!焼け死なねえ!!」


「変なこと言わない!!」



 リーリーが俺の後頭部を叩いた。でも俺は怒らない。だって気分が良いから。


 ギルド対抗戦本番の今日。


 俺が異世界に来てから、一番のお天気なんじゃないだろうか。それくらい、太陽の眩しい朝だ。


 日本にいた頃は、この光のせいでビクビク怯えた生活をしていたのに、今では堂々と日中に歩き回れるのだから、誰がなんと言おうとはしゃがないわけがない。



「うをおおおお!っあいて!?」


「うるさいって」



 またもリーリーの平手が後頭部を襲う。


 リーリーのバカヤロウ!直ぐに手が出る女はモテないんだからな!



「ほら、開会式が始まるんだから恥ずかしいことしないで」



 そう、俺たちは今、青空の下の闘技場に集合している。


 闘技場を囲む客席は、ウジャウジャと人が溢れ、歓声と罵声が飛び交っていた。この行事に合わせて、街でもお祭りのような出し物が並ぶらしい。


 闘技場には、20組の参加チームが並び、総勢80人の学園生徒が、今か今かと開始を心待ちにしていた。


 選手となる生徒は、学年も性別も関係なく、ただ自分が所属するギルドにおいて、一番のやり手が参加している。


 まあ、俺らのギルドは学園に四人しかいないから、必然的に強制参加なのだそうだ。別に絶対に出なければならないというわけでもないのだが、毎年欠かさず出場し、毎年多くの混乱をもたらした挙句、失格最下位となっているそうだった。



「さ、今年こそ優勝よ!えいえいおーっ!」



 リーリーの掛け声に俺たちは「おー」と控えめに合わせ、そして俺は違和感に気づいた。



「ちょい待て。リーリー、このちっこい奴がもう一人のメンバーか?」



 俺の隣には、緑のフード付きマントを目深にかぶった、子どものような、こけしのような、なんとも頼りのなさそうな存在がいる。



「そうよ。名前はエリノア。イリノアさんの妹よ」


「よ、よろしく、お願いします」



 ペコリと頭を下げる。顔はまだ見えない。



「イリノアって、あの残酷なエルフの女か!?」



 容赦も躊躇いもなく、初対面の俺の胸に短剣を突き刺しやがったあの!?



「ちょっと、残酷って……まあ、間違っちゃいないか」



 アハハとリーリーが乾いた笑みを浮かべる。



「久しぶりだね、エリー」



 予想外だったが、サイコパス先輩がびっくりするくらい優しい声で、エリノアに話しかける。



「はい、お久しぶりです、先輩」


「お姉さんは元気?」


「まあまあです。なんだか、誰かに負けてしまったらしく、またどこかに修行の旅に出てしまいました」



 それは俺のせいか?なんかめちゃくちゃ悔しそうだったしなあ。



「さて、無駄話は終わり!始まるわよ!」



 背の低い小柄の老人が、闘技場に設置された壇上に上がる。何かの魔法を使っているのか、よく通る声で簡潔に挨拶を行う。



「ではみなさん、くれぐれも怪我には気を付けて下さい。第157回、学園内ギルド対抗戦、始まりです!!」



 わあーと一斉に歓声があがる。


 出場する生徒も、応援する生徒も、見物にきた人々も、皆一様に歓喜の声をあげ、それは闘技場どころか街中に響く勢いだ。


 そんな賑わいを見せる学園のなか、俺たちの知らないところで、それは動き出していた。



「さあて、こちらも始めるとしよう」



 闘技場の陰で、その男はニヤリと笑う。


 俺の知らない所で、不穏な何かが着実に俺たちを狙っていた。








 最初に行われたのは、障害物競走だった。


 俺は最初、あのアンパンかなんかを吊り下げた古典的なやつを想像していて、クソつまらなさそうだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。



「いい?この闘技場から、学園内を一周してここに戻ってきたらゴールよ」


「走りはまかせろ!!」



 身体能力には自信がある。なんつっても俺吸血鬼だからな!



「あんた、軽く考えてるのがバレバレなんだけど」


「だって走りゃいいんだろ?」



 これだから素人は、とリーリーが溜息をつく。



「あのね、ここはギルドを代表する生徒が参加してるのよ?そりゃあもうどんな手で邪魔してくるかわかったもんじゃないんだからね!?」


「ん、膝カックンでもされるのか?」



 もしくは道にバナナの皮を撒くとかか?



「バカ、そんな生易しいもんじゃないわ!!あたしたちの最大の武器がなんだかわかるでしょ?みんなバンバン攻撃魔法使って邪魔してくるんだから」


「なるほど」



 そりゃあ恐ろしい。



「それに、このレースで20番以内に入らないと、明日のトーナメント戦には出られないんだからね」


「え、ちょっとそれ初耳なんだけど」



 しかもトーナメント戦って明日なの?


 なんて聞いている暇は無かった。


 無慈悲に、そして唐突に、障害物競走開始の合図が闘技場に鳴り響く。



「じゃ、頑張って!」


「ちょ、え、は?」



 スタコラと駆け出す出場者たち、総勢80名。



「おいいいい、これあれだ、新年に見るアレだ!!」



 揉みくちゃになりながら、俺は一歩で遅れて走り出す。


 鈍臭そうなテオも、よくわからんエルフの妹のエリノアも、すでにどこにもいなかった。



「あの女覚えてろよ」



 いつもいつも肝心なところの説明が遅い。


 まあ気にしない俺も悪いか。


 などと考えつつ走り出した俺は、闘技場を出てすぐの所で最初の攻撃にあった。


 空気を裂くように、風の刃が飛んできたのだ。



「うおっ、あっぶね」



 ひょいと軽く跳んで避けると、物陰に隠れていた女子生徒が悔しげに舌打ちをこぼす。



「ああ、そういうことか」



 自分のギルドメンバーがトーナメント戦に出られるように、体力や足に自身のないものが足止めを行うのだろう。


 なんだか適当なようで、よくできた競技だ。


 っても、俺らそんな相談もしてないが、誰か足止め役をやってんのかな?


 まあいいか、先に進めばわかるだろうし。


 コースは学園の一番外側、学園をぐるっと囲む壁際に設定されている。


 俺は其処彼処の物陰から飛んでくる、電撃や水飛沫、氷柱やら土屑やら風の刃やら、時には物理的に投擲された長剣や槍、矢なんかを易々と躱し、やっとこさ先頭集団へと追いついた。


 ここまで来ると、すれ違う生徒は満身創痍で、所々傷を負っているものも増えてきた。


 どこで手に入れたのか、はたまたどうやって投げたのか、飛んできたデカイ鉄球を躱した所で、嫌な声が聞こえてきた。



「おい、僕に攻撃が当たりそうだぞ!もっと速く走れよ!」



 嫌味な言葉は、見なくてもわかる。ジルバートだ。取り巻き二人を盾がわりに、トップ集団の中を走っている。



「あ、おい、僕の事はいい!あいつを潰せ!」


「そりゃ無理があるって!」


「文句言うな!ほら行けよ!」



 などと言うやり取りの後、俺に迫ってくる長身の男子生徒二人。戦闘術のときの二人で、確かバリーとチェスターだ。



「なんだ?走りながらやろうってか?」



 正直ただ走るだけには飽きていた。ここらで少し遊んでやろうか。と言うくらいには、俺には余裕があった。



「生意気なヤツだな!」


「ここで死んでろ!」



 二人は長剣を抜き、俺の前に立ちはだかる。ジルバートはさっさと先へ行ってしまった。



「お前らも大変だなあ。あいつお坊ちゃんなんだろ?」


「だまれ!ジルバートは確かに我儘で面倒なクソ野郎だが、確かに強いんだよ!」



 あれ、意外にボロカス言うじゃん?



「ジルバートの嫌いなお前はここで潰す!」


「ああそう。でも、無理だと思うよ」



 俺はニヤリと笑みを浮かべ、駆け出す。


 グンと距離を詰め、こいつらには知覚できない速さでもって手刀を繰り出す。



「うわっ」


「くそっ」



 二人は見えていない。だからこそ、咄嗟に身構えて、目をつぶった。これは戦闘において、絶対にしてはいけないんだぜ。



「んじゃあお先ー」



 ひょいと二人を飛び越えて。


 俺は遅れた分を取り戻すために走り出す。



「あっ!!」


「卑怯者!!」



 ばぁかめ!これはそういうゲームじゃねえっつーの!


 ヒラヒラと二人に手を振ってやり、そろそろ本気出すかとスピードを上げた。



 本当に難儀なものだが、このまま全力で走ればブッチギリで一位が取れる。


 でも一応、吸血鬼だとバレるわけにはいかないから、ゴールまで後少しのところで、ほんの少しスピードを落とすことにした。


 上位20人に入ればいいわけだから、このまま適当に流してゴールするのが得策だ。


 角を曲がれば、あと一キロくらいか。


 なにせバカでかい学園だから、まだそれなりに距離がある。


 これくらいになると、足止め役の生徒はもう見当たらなかった。あとはゴールに向かってひたすら走るだけだからと、ここまで来た生徒は、みんなそれなりに実力があるからだろう。


 ちなみにジルバートは少し前に抜かしてやった。


 アイツの驚いた顔は写真撮ってSNSに上げてやりたくなるくらいに笑えた。



「さて、あと少し、か」



 と、俺の前に、リーリーが飛んできた。



「おわっ、どうした?」



 立ち止まって受け止めてやると、リーリーは悔しそうな顔で、校舎の方へ視線を向ける。



「うぐっ」



 漏れ出した吐息には苦痛が滲んでいて、よく見ると全身傷だらけだ。



「オレらあんたに恨みはないんだけどさ、あんたのギルドにはちょっと恨みがあんだよね」



 そう言いながら近づいて来る、多分先輩の男子生徒。両手に華、ではなく、両手に水の塊を持っている。


 その水の塊は、多分リーリーの血を吸ったのだろう赤く濁っていて、辺りに嗅ぎ慣れた血の匂いが充満している。



「先輩、恨みがあるのはわかりますけど、しつこいですよ」


「君が逃げるから悪いんだよ」


「それは、あたしだってこの競技勝ちたいですもん」



 リーリーならもうゴールは目前だろうと思ってはいたが、あと一歩のところで足止めされていたようだ。



「あんたは先に行って。一人でも多く残らなきゃ」



 本心半分、悔しさ半分、といったところか。リーリーの顔を見れば、それは手に取るようにわかった。



「バカだなあ。ここはさ、助けなさいよ!っていつもみたいに怒鳴るところだろ」


「あんたねぇ、この状況わかってる?」



 確かにリーリーを置いてゴールするというのも一つの手だ。俺だって実を言えばそうしたい。


 でも、こういうシチュエーションって憧れるだろ?


 か弱い女の子を、颯爽と登場したヒーローが助けて、悪役をブチのめす。


 こりゃあ絶好のチャンスだ!!


 約100年を生きてきた吸血鬼だけど、心は少年のつもりだ!!



「俺に任せろっ、てえなこのアマ!?」



 ドガッと鈍い音が脳天を揺らす。


 リーリーは有難がるどころか、手にした長剣の腹で俺の頭をしたたかに殴った。



「バカ!」



 とか言いつつ、彼女はなんだか、嬉しそうに頬を染めている。


 まったく、とことんヒロインに向いていない女だ。



「さて先輩。言っときますけど、俺はこのガキよりも強いっすからね」



 ムッとするリーリーをその場に残し、俺は一歩ずつ先輩へと近づいて行く。



「なんだ?お前も『隻眼の猫』のメンバーか。ならここで潰す!!」


「やってみやがれクソガキ!!」



 先輩が両腕を振ると、水の玉が鋭い槍となり飛んでくる。それを軽く躱して、俺は先輩の懐へと肉薄し、得意の上段回し蹴りを振り抜く。


 パシャ


 手応えはあった。だが、先輩と俺の足の間に水の膜が張っていて、それが蹴りを受け止めた。


 先輩は情けなく顔を背けてはいるが、当たらなかった為に、また自信に満ちた顔に戻る。



「オレは水の魔法が得意なんだよ。これは〈ウォーターシールド〉、オレの意思に関わらず防御を行うのだ!!」



 なんという説明口調!解説をどうも!



「んならこれでどうだ?」



 俺は半歩下がり、すかさずさらに力を込めて蹴りを放つ。



「ぐっ!?」



 先輩と水の膜の距離が縮まる。俺の蹴りの威力に、水の膜が付いていけてない。



「おらぁ!!」



 勢いを込めて、足蹴りを二連続。さらに空中からのかかと落とし二連撃。


 あまりの速さに、水の防御が間に合わなくなってきた。



「っぐ、この、野郎!」



 先輩が両腕を引く。すると最初に飛んできた水の槍が戻ってきた。



「遅いわ!」



 振り返りもせずに手刀を振り抜く。それだけ

で、水の槍は砕け、雫となって地に降り注ぐ。



「せーんぱい、ケンカ売る相手は、選んだ方がいいっすよこのクソガキ!!」



 バキッと、俺の後ろ回し蹴りが、先輩の脇腹にめり込んだ。


 先輩は力なくその場に崩折れる。



「よし、殺してはないな」


「あんた、やっぱりスゴイのね」



 感心したと言うように、リーリーは呟く。



「当たり前だ!これでも俺、100年は生きてる吸血鬼だからな!!」



 ニカッと笑ってやれば、リーリーも微笑んでくれた。











「な、ん、で、あたしがあんたなんかにこんな、こんな!」


「うるせーよ。お前も自分の身体ちゃんと確かめて見やがれ」



 リーリーの怪我はちょっとばかし放っては置けない感じだった。


 全身傷だらけではあるが、この競技の要である足を重点的に狙ったのだろうことがわかる。卑怯者な先輩だ。



「だからって、なにもこんな運び方しなくていいじゃない!!」


「お前ほんとうるせーな。こりゃ男のロマンなの!」



 負傷したリーリーを、お姫様抱っこでゴールまでの道を走る。


 恥ずかしいのはわかる。俺もそう。だが、一回やってみたかった。



「……ありがと、ね」



 ふん。このガキも可愛いところがあるじゃないか。



「いいって。俺は吸血鬼だ。一食の恩は忘れないさ」



 ちゃかして言えば、リーリーは笑顔でニシシと笑って、俺たちの照れ隠しはここでお終い。



「さて、一応ゴールには着いたが」



 闘技場に滑り込むように入る。客席からは歓声が響く。



『おおっと!ここで上位20人の最後の二人がゴール!!』



 実況の声が、闘技場に響き渡る。



「どうやら、俺たちは間に合ったようだな」


「そうみたいね」



 ふふ、とリーリーが笑う。


 俺もなんだか嬉しくなり、同じ様に声に出して笑った。


 100年。吸血鬼になって100年だ。


 こんなに心から笑った事があったか?


 やってやったという達成感なんて、ネトゲでラスボス倒した時の比じゃない。



「良かったね、リク!!」



 隣で笑う女の子が、俺の名前を始めて呼んでくれて、それだけでこんなに嬉しいと思う事があったか?



「このまま優勝、だな」


「当たり前よ!!」



 なんて笑って、障害物競走は終わりを迎えた。


 リーリーは学園が用意した救護班に連れて行かれ、俺は一息つくために学園の食堂へと向かった。



「いやあしかし感動的なゴールだったなあ」



 昼食中。俺の向かいに座るテオが卵焼きを食べながら言った。


 なぜかこの食堂には、和食のメニューもあった。



「まさか君がリーリーをお姫様抱っこで帰ってくるなんてさ」


「リーリーは、そういうのは嫌いだと思ってました」



 テオの隣に座り、ようわからん果物を齧るエリノア。



「あのな、俺は大変な目にあってたの!リーリーはあの怪我だし、そりゃちょい恥ずかしいのはわかってたけど。ゴールは二人でしたかったんだよ」


「わかったよ。もうからかわないから機嫌なおしてくれよ」



 からかわれた、と、俺が怒っていると思ったら大間違いだ。


 こいつら二人とも、順位は同率5位。聞けば別々にゴールにたどり着いたらしい。それで同着。


 つまり俺らのギルドには、初めから作戦とか思いやりとか計画性など微塵もなかったというわけだ。



「しっかしまた面倒なギルドに絡まれたねえ」



 テオはうんざりしたように呟く。



「面倒なギルド?」



 気になって問い返すと、テオは肩をすくめて話を続ける。



「一昨年のギルド対抗戦、あれはやばかったね」


「一昨年?」



 それはノアに聞いた、媚薬効果のある幻覚魔法で大混乱だったという年か。



「僕の二つ上の先輩が、媚薬効果のある幻覚魔法をバラまいてさ」



 それ自体はそんなに効果は無かったらしいが、ちょっとばかし人より性欲の強かった生徒が、一斉に全裸になるという事案が発生したらしい。



「その生徒はみんな『ラミアの瞳』の所属でさ!これのせいで一時期ヤリギルドなんて言われてて」



 ああ、なんか想像つくわ。そりゃ日本の大学でもよくあるサークルのアレだわ。


 んでもってあんだけ恨まれる理由もわかったわ。



「んで先輩、昼からの魔物討伐って、どうすんの?」



 午後は学園の裏手にある森林で、魔物を狩るという競技が行われる。参加は4人人組のチーム戦。


 その会場となる森林は、学園の所有地であり、放たれる魔物は事前に教師達が選んだ、俺たちでも狩れるくらいの強さであるらしい。


 ただ、一匹しかいない魔物に対し、学園のフィールドが広大すぎるから、そこは生徒それぞれの索敵能力や探索能力が試されるというわけだ。


 将来ギルドを背負って立つ学園の生徒には、必要不可欠な能力である。観客が自然と盛り上がるのは当然だ。



「ま、なんとかなるよ」



 テオは不敵に笑ってみせた。









 午後、学園の裏手にある森の中へと集まった参加者。


 午前の競技が後を引いたのか、若干人数が足りないような気もするが、それでも活気はあった。



「よーし、いい?魔物を見つけたらすぐにやっちゃって!首だけ持ち帰ればいいからね!!」



 すっかり元気を取り戻したリーリーが、俺たちを仕切ろうと張り切っていた。



「おまえ、怪我はいいのかよ?」


「もちろん!学園の医療班は優秀なんだから!」



 ふん、と腕を組んで立つリーリーに、さっきみたいな消耗は感じられない。見える範囲に傷もない。



「ま、お前がいいならいいや」



 血の匂いも消えている事を確かめ、俺は安堵の息を吐く。



「だから言ってんでしょ。午後からは一応チームで動くから。あたしが先頭を行く。次はエリノア、その後をテオ先輩、最後はあんたね」



 誰も文句は言わなかった。


 なにせ俺たちは、互いの能力を知らないからだ。


 リーリーは俺や先輩、エリノアのことを知っているから、彼女なりの作戦があるのだろうが、かたや俺とテオ、エリノアは互いの戦闘能力から得意分野、更には学年もクラスもまったくもって知りはしなかった。



「ま、リーリーの言う通りにしようか」



 一応学年的に年長であるテオの意見に賛成。


 ただ、それだけで、俺たちは午後の競技へと繰り出した。


 学園の所有するこの敷地は、もともとこの地にあったものを、そのまま残したものであるようだった。


 原生林というには、人の通った道が色濃く、しかし街から近い割には原始的な静けさが広がる、そんな場所だ。



「毎年この競技だけは、『隻眼の猫』がもらってきてんのよ。だから今年も、あたし達がとる!!」



 なんだか張り切るリーリーを前に、残りの俺たちはついていけないが、温度差など今更だ。



『それでは、第二競技の魔物討伐戦、始めたいと思います!!』



 闘技場の方から大きな歓声が上がった。


 この競技の間、観客は水の魔法を使用した大きなモニターに映される俺たちの動きを追うことになる。


 いくつかあるモニターに映し出されるのはランダムらしい。



「いつ映るかわかんないんだから、気を抜いちゃダメだから!特にあんた!!」



 俺かよ!!



「それと、テオ先輩がキレたら、あんたも逃げた方がいいよ」



 突然リーリーはコソコソと耳打ちをしてくる。つられて俺も小声で返す。



「なんだそりゃ」


「テオ先輩、ヤバイ人だから気を付けてね」



 ギルド対抗戦の為に、俺を売った口でよく言うよ全く。


 それにテオのヤバさはすでに知ってるって。俺じゃなかったら何回か死んでるから。



『みなさーん、準備はいいですか?学園内ギルド対抗戦第二競技、開始!!』



 一斉に動き出したフォーマンセルのグループ。


 皆、緊張感のある顔つきだ。



「おっしゃあ!俺たちも行くぜ!」



 俺も意気揚々と走り出しーーーー


 木の根に躓いてすっ転んだ。



「アイタッ!?」


「何やってんのあんた……」



 この様子は、観客の観ているモニターに映し出されていたようで。観客席を爆笑させたらしいと後から聞いた。超恥ずかしい。



 開始から暫く、生い茂る木々の中、俺たち四人はリーリー、テオ、エリノア、俺の順で並んで歩いていた。


 対象が動く魔物であるため、無闇矢鱈と走り回るより、少しずつ索敵した方がいいという、リーリー隊長の案だ。



「エリノア、どう?魔物の気配はする?」



 隊長が出来るだけ声を潜めてエリノアへ問う。



「森の精霊がざわついてる。だから、場所まではわからない」



 エリノアは代々森の中に住むエルフの一族の出身らしい。だから森に住む精霊の声が聞こえるのだそうだ。なんだかマユツバな話である。



「そっか」


「ご、ごめんね」


「いいのよ、大丈夫!何かわかったら教えてね」


「うん」



 前を行く二人のやり取りを聞いていると、足元にざわざわした感覚が!!



「うわ、ちょ、いぎゃああああ!!」



 虫だ!!キモっ、何この虫!?イモムシの胴体にムカデみたいな脚と触覚が!!しかも掌位の大きさだ!!



「うるさいよ!?」


「虫!取って!?俺虫はホントダメッ!!」



 慌てる俺に、エリノアはクスリと笑い声を漏らす。


 呆れ顔のリーリーがやって来て、あろうことか素手ではたき落した。



「おい女子、それでいいのか」


「う!?って違うでしょ?ありがとうございますリーリー様、でしょ?」


「アリガトウゴザイマスリーリーサマ」


「棒読み!?」



 しかしなんだよこのキモイ虫!!



「君たち、ちょっと静かにしてくれるかな?」



 騒ぐ俺たちを制するように、テオが固い声を出す。


 途端に張り詰める空気。しばらくすると、俺もそれに気付いた。



「なんかいる、な」


「ああ。でも様子が変だ」



 ドス、ドス、と重いものを振り下ろすかのような音。規則的なそれは足音か。



「う、なんだこの臭い?」



 同時に辺りに立ち込める、物凄い悪臭。



「本当なにこの臭い。鼻が曲がりそう」


「くひゃい、れす」



 皆が一様に顔を歪める。



「血の匂いだ。それも、死んで何日も経った時の」



 俺の呟きに、三人の視線がこっちへ向く。


 俺は経験的にこの臭いを知っている。幼い時、まだ吸血鬼になる前の記憶の中で、この臭いを嗅いだことがあった。



「どう、言うこと?」


「知らん。ただ、この足音の主は、死んで何日か経ってんだろ」


「じゃあなんで足音が?」



 その答えはすぐに現れた。


 燻んだ緑っぽい肌、巨大な胴体、腰に布を巻いただけの姿に、大きな木の棍棒を持ったそれは、ネトゲの序盤でエリアボスなんかやってるそれだ。



「オーガ……」



 エリノアが恐怖の篭った声で言った。


 初めて見る魔物だ。それは確かに恐怖を感じる醜悪な姿だった。


 でも、それだけじゃない。



「こいつ、なんかおかしくない?なんでこんなに傷だらけなの?」



 リーリーの言う通り、オーガは既に傷だらけ、というよりも、もう既に死んでいる。目は黒目が裏返り、血走った血管が浮いているし、口からは泡を吹き、そして異様な事に、腹圧で収まり切らなくなった小腸が、大穴の空いた腹部から漏れ出している。



「いやあ、キミたち!どうかな、ボクのプレゼントは?」



 異様な光景に言葉を失っていた俺たちの頭上、高い木の枝に、ひとりの人間がいた。痩身のスーツを着た男、だろうか。ピエロの面をしており、正確にはわからない。



「誰!?」



 リーリーを先頭に、警戒を向ける。



「やあ、はじめまして。ボクはピエロとでも名乗っておこうかな」


「ふざけてないで降りて来なさい!!」



 ギルド対抗戦の最中の学園は、普段より開放的である。だが、まさか競技を行なっている最中に乱入出来るほど、警戒が薄いわけではない。


 だから、ここに参加者以外がいるのはおかしい。



「キミは少し黙ってた方が可愛いよ、ねえ?海堂リク、キミもそう思わない?」



 は?


 なんで、俺の名前を知っているんだ?


 驚いたのは俺だけじゃなく、後の三人が一斉にこちらへ顔を向ける。



「あんた、知り合いなの?」


「知らねぇ、筈だ」



 俺は突然この世界に転生した。そしてここにはギルドで出会った人たちと、学園にいる人たちしか知り合いはいない。


 それにひとつ付け加えるなら、俺、ピエロ恐怖症だから、あんな気色の悪い面なんか付けるヤツに知り合いはいねぇ!!



「あれ、ボクの事忘れちゃった?」


「忘れるもなにも、」


「こんなピエロの面を付けたヤツに知り合いはいない、でしょ?リクは昔からピエロキライだもんね」



 フフ、と、そいつは楽しげに笑う。


 確実に、確実にコイツは俺を知ってる。それもこの世界に来る前の俺を。



「リクは虫もダメだよね。さっきも騒いでたし、ボクも懐かしくて笑っちゃった。あ、そうそう、まだ潔癖なの?ダメだよ、ちゃんと治さないとさ」


「うるさい!誰なんだよ、お前!?」



 イラついて叫ぶが、ピエロ野郎はまた笑う。



「まあまあ、怒らないでよ。ボク、リクに会えるのが嬉しくて、お土産を持って来たんだよ?」


「はあ?」



 土産、ってまさか……



「そのオーガがこの競技の景品でしょ?キミのために持って来てやったんだよ?」



 じゃあ、オーガを殺し、それを操ってここまで来たってことか?



「なんて酷い」



 エリノアが口元を手で覆い、静かに声を漏らす。リーリーは鋭い視線でピエロ野郎を睨む。



「ヒドい?どうせ殺して首を持ち帰るんでしょ?ボクとキミたち、どっちも同じじゃん。それにキミたちは知らないかもしれないけれど、そこにいるリクが一番残酷で非道で、沢山殺して来たんだよ?」


「止めろ!!」



 思わず叫ぶ。これ以上言わないで。そんな弱い俺が頭の中で叫んでいる。



「ごめん、リク。なんかシラケちゃったし、ボクはもう帰るね」



 男は悲しげにそう言い、どうやったのか、その場からフッと掻き消えた。



「なんなの、アレ」



 リーリーの声は怒っている。が、ふと力が抜け、彼女は俺に笑顔を向けた。真っ直ぐな紫の瞳が、俺に突き刺さる。



「気にしない!あんただって色々あるよね。あたしにもあるよ。だから、今はこっちに集中して」


「そうだなぁ。今は話し合う暇はないようだ」


「そうですね、アレをなんとかしないと」



 三人とも、俺へ向ける視線は変わらなかった。本来なら引いたっていいだろう。問い詰めたっていい。蔑んだっていいはずだ。


 でもそうしない。


 それが今は、とても有り難い。



「よし、んじゃアレを倒しますか!」



 今は考えるのを止める。そして、あのオーガを倒して首を持ち帰る。


 それで『隻眼の猫』が一歩リードだ。



「テオ先輩とエリノアは援護を!」



 リーリーが長剣を抜き、オーガへと向き合う。



「あんたはいつもみたいに、派手にやっちゃってよね!!」


「ああ、了解だ、隊長!!」



 俺たちはアンデットと化したオーガへと突っ込んだ。



 グアア、アア


 アンデットと化したオーガは、棍棒を振り回しながらドスドスと歩き、迫るリーリーの長剣を弾いた。


 本来、知能が低いオーガだが、死んでしまったためか、さらに緩慢な動きとなっている。


 死んだ者を蘇らせる魔法は、使用した死体を完全な状態で保つことはできない。蘇ったそれは元の状態とは程遠く、さらには普通よりも早くに腐り始める。


 ただ、こうして死体を操る魔法が完成している事から、それを使用するメリットもある。



「オラァ!」



 バシィ、と鋭い音を立て、俺の蹴りがオーガの左腕を砕く。俺だったら泣き喚くような怪我だ。


 でもアンデットと化したオーガにら感情も感覚もない。砕けた骨など気にも留めず、左腕振り回した。



「おっと、っぶね!」


「ちょっと静かに闘えないのあんた!?」


「俺はこうやってテンションを上げてるんだって」



 グアアと声を漏らし、またも棍棒を振る。それを長剣で受けたリーリーが、苦しそうな顔をする。



「重っ、」


「あまり受けるな、避けろ。腕がもたんぞ!」


「わかってるわよ!!」



 スピードを乗せて勢いを増した体術で攻撃する俺と、長剣で斬り込みを入れていくリーリー。


 その隙に放たれる風の斬撃はエリノアが、バチバチと激しく音を立てて突き刺さる雷撃はテオが。


 四人で組むのは初めてだったが、それなりにうまく連携が取れていた。



「なかなかに、しぶといな」



 テオの額には玉の汗が浮かんでいる。エリノアも少し呼吸が速い。



「きゃあ!?」



 その時、振り回される棍棒を避けていたリーリーが悲鳴を上げた。どうやら木の根に足を引っ掛けたらしい。そのまま後ろへ尻餅をつき、そこへ棍棒が振り下ろされる。



「リーリー!」



 叫ぶと同時に走る。跳び上がって棍棒に蹴りを入れる。棍棒はリーリーの上から逸れ、そのまま標的を変えて振り抜かれる。



「ゲホッ、ゴホッ」


「リク!!」



 空中での蹴りの直後だ。体勢を整える前に棍棒が腹に激突、吹っ飛んでしまった。


 木にぶつかって止まったが、ちょっと暫く動けそうにない。内臓がやられたのか、折れた肋骨が肺に穴を開けたせいか、口からはどろりと血が流れる。



「大丈夫だ、これくらいでは死にはしない」


「わかってるけど!!」



 と、リーリーの心配はオーガが狙いを俺に定め、ドスドスと走り出したからだ。



「リク君!」


「危ない!」



 テオとエリノアが渾身の魔力を籠めた攻撃を放つが、距離が開き過ぎたために威力が落ちた。



「っつ、お前どんだけしぶといのさ」



 ネトゲのエリアボス程度なら、もうとうに倒せているはずだろ。



「ま、でも、ここらでいっちょやっとくか」



 ダラダラ垂れる血を飲み込み、背後の木を支えに立つ。


 ポケットに手を突っ込んで、取り出したのはテオが開発した、血液を媒介にして発動するクリスタル。



「ゲホッ、これでも喰らいやがれ!〈ファイヤーフレイム〉!!」



 瞬間、ガクッと膝から力が抜ける。それでもなんとか立つ俺の掌から、練習していた時とは比べ物にならないくらい激しい炎が吹き上がった。その炎は赤黒く燃え上がり、周囲の酸素を全て使ってしまったかのような、息苦しい熱波を伴ってオーガへと迫り、その身体を燃やし尽くす。


 グアアアアアア!!


 熱も痛みも感じない筈のオーガが雄叫びを上げ、そうして最後には灰となってしまった。


 あまりの業火に驚いたのは俺だけじゃなくて。


 リーリー、テオ、エリノアはそれぞれ顔を庇いながら立ち尽くしていた。



「おお!俺すげえ!」



 初めての魔物討伐だ。正直めちゃくちゃ嬉しい。例えアンデットと化して操られてたって魔物は魔物だ。



「あ、あんた、ねえ……」



 お、リーリーも驚いてるぞ!さあ、俺を褒めろ!



「首まで消し炭にしてどうすんのよー!!」



 走り寄ってきたリーリーは、鬼の形相だ。



「首は持って帰るの!言ったよね?あたしちゃんと言ったよね!?」



 確かに。忘れてた。



「ごめん、ほんとごめん!あんまりにも必死だったから忘れてた」


「このポンコツ!」



 バシィと額にはデコピンが。クソ痛い。


 まあでも勝てたわけだし、いいじゃないか。


 なんて考えていると、急激に視界が霞んできて。



「え!?あたしのデコピンそんなに強かった!?」



 というリーリーの声を最後に、俺の意識は沈んでいった。

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