第6話 学園内ギルド対抗戦


 学園には、希望者が使用できる寮がある。学園の維持費は、国が全て負担している。よって学費は殆どかからない。強いて言えば、食堂でいい飯を食いたいなら自分で出すくらいだ。


 その学園の維持費の元手は、ギルドが国へ支払っている依頼料の3割だ。


 将来有望なギルド団員を育てる為の学園運営を、国庫がまかない、その元はギルド、さらには依頼主が担う。


 中々に上手いこと回っている制度だ。


 編入と共に、俺もこの寮へ入った。


 別に意識高い系の選択ではなく、マスターにギルドの二階を追い出されたからである。「もうお客さんじゃないんだし、出てってくれるかな?」と、やんわり捨てられたのだ。


 そんなわけで、俺は今学園内に建つ寮に住んでいる。


 寮は二人一部屋。俺の同居人は、水色の髪のチビだ。



「それでね、吸血鬼の伝説はいっぱいあって、これなんかとっても面白いんだよ!吸血鬼の王子様とエルフの庶民の女の子が恋に落ちる話で、最初はエルフの女の子は吸血鬼の王子様のことがキライなんだけど、」



 〈ヘルハウンド〉とかいうバカでかい犬と闘った次の日、俺は新たな敵と相対している。



「ある時エルフの女の子が魔物に襲われたんだよ。そこに吸血鬼の王子様がやってきて、魔物を目からビームを出して倒しちゃったんだ!それから、」



 早朝、爽やかな朝日が窓から差し込み、俺はいい気分で目を覚ました。


 しかしいい気分はそこで終わり。



「ねぇ、聞いてる?」


「うるさい!聞いてない!」


「ヒドイ!いい話なんだよ!?君のご先祖様の話なんだよ!!」


「そりゃ絶対に違うね。俺は目からビームなんて出せないもんね」



 俺が吸血鬼だと知ってしまったノアは、とんでもない吸血鬼オタクだった。今まで知りもしなかったが、吸血鬼に関する本をいくつも部屋に溜め込んでいて、それを何故か俺に語って聞かせようと言うのだ。



「えー、目からビーム出せないの?カッコいいのに」


「カッコいい!?どこが!?」



 普通に恐ろしいわ!!



「じゃあ君何ができるの?」



 つまんなーいといった顔のノア。


 俺はひとつ伸びをして、学園の制服に着替える。ちなみに〈ヘルハウンド〉との戦闘で破れた所は、リーリーに頼んで直してもらった。


 リーリーはギョッとしながらも、修復魔法を使って一瞬で元に戻し、「何があったかは聞かないけど貸し1ね」と言って溜息を吐いていた。



「何ができるってほどなんもねぇよ。まあちょいと身体能力が高いのと、人よか寿命が長いのと、殆ど不死身なのと、あとは風邪をひかない」


「なにそれ。面白くない」


「おい!風邪を引かないのはいいことだぜ」


「地味」



 地味で悪かったな!?



「まあいいや。朝ごはん行こー」



 ノアは急に冷めた顔をして、部屋を出て行ってしまった。



「なんなのアイツ。しんど」



 はあ、と自然に溜息が出る。


 それから準備を終えて、少し遅れて俺も部屋を出た。



 食堂は学園本館の一階にある、大きな広間だ。壁際に大規模な厨房があり、金さえ払えば美味しいものが食べられる。


 でも俺は未だにギルドの仕事をしていないので、隅の方で配られる無料の素っ気ない食事しか食べたことがない。


 まあ、タダ飯が食えるのだ。無いよりはいいさ。


 パンとスープだけの食事が乗ったトレーを持って、先に来ていたノアの向かいに腰を落ち着ける。


 ノアは生意気にも、朝から肉料理を頬張っていた。ムカつくが仕方ない。



「そういやさ、もうすぐギルド対抗戦が始まるね」



 使用する前のスプーンを紙ナプキンで拭っていたら、ノアがワクワクした顔で言った。



「ギルド対抗戦?」


「そ!この学園、殆どみんなどっかのギルドに入ってて、そのギルド対抗で競い合うっていう毎年人気のイベントなんだ。国内の他の学園とか、一般の人も見に来るおっきなイベントなんだよ」



 なるほど。学生を餌にして、ギルド団員を募ろうと言うわけか。


 それに沢山の生徒が集う食堂の雰囲気が、いつもよりギスギスしている原因はこれか。



「それにしても、リクくんも大変だよね」


「何がだ?」



 パンをちぎってスープに浸している俺に、ノアは心底同情するよと言った風な顔を向ける。



「だって君のギルド、毎年絶対参加だし」


「それがなんだ?」


「知らないの?」



 ん?なんか雲行きがあやしいなぁ。そんなに『隻眼の猫』がスゲェギルドなのか?



「君のギルドは毎年ブッチギリの最下位。去年はエルフの先輩が、校舎に大穴空けて失格。一昨年は闘技場に媚薬効果のある幻術をかけた先輩がいて失格。その前は、」


「もういいです」



 ちょー問題児ばっかじゃねぇか!!


 何か?だから編入した時からこっち、ギルドがなんたらと陰口叩かれてたのか!?


 俺だってそんなギルドクソだと思うわ!!



「ね、ねえ、大丈夫?スプーン曲がってるけど」


「俺、ギルド変えたい」


「それは出来ないと思うよ……」


「じゃあ俺逃げるわ」



 よし消えようそうしよう。今ならまだ間に合う。俺は吸血鬼だ。どこでもやっていける。今までだってそうしてきた。



「あ、いたいた!あんた影薄いから見えなかったわ」



 ギクリと肩が震える。背中に冷たいものが流れ落ちる。



「や、やあリーリー!俺、ちょっと今から風邪引くからさ、ギルド対抗戦終わったら復活の呪文唱えてくんね?」


「何わけわかんないこと言ってんの?ほら、ミーティング始めるわよ!」



 何の?と言う顔をしてみせる。が、リーリーはキラキラした眼を向けて微笑む。



「楽しいギルド対抗戦よ!今年は絶対に勝つ!!」



 あああああと、情けない声を上げて引きずられる俺。


 ノアはがんばってーと手を振っている。



「あたし、昨日貸し1っていったよね?」



 はい、確かに。



「ギルド対抗戦優勝でいいからね!!」



 デカすぎないか貸し1!!


 フンフンフンと鼻歌を歌うリーリーに、俺はなすすべも無く連行されていくのだった。









「そう言うわけだから、あんたには早急に戦えるくらいの力を得て欲しいの」


「そう言うわけって、どういうわけ?」



 場所は変わって闘技場。


 俺は知らなかったのだけど、今日から学園はギルド対抗戦に向けて、自己学習期間であり授業はないそうだ。


 リーリーは俺に長剣を渡し、なんの脈絡もなく切り出した。



「ギルド対抗戦は三種目あるの。ひとつは個人戦。上位に入るほど得点が高いから、出来ればうちのギルドメンバーで3位以上を独占したい」


「理想たけえな」



 リーリーは至って真面目だ。



「あと、障害物競争ね」



 この歳になって障害物競争をすることになるとは思わなかった。異世界恐るべし。



「最後が一番厄介よ」


「ほう、というと?」


「魔物の討伐」



 おお、やっと異世界らしいのがきた!


 んでもリーリーの表情は硬い。



「なんだよ、なんか問題でもあんのか?」



 魔物の討伐は、ギルドの主な仕事だ。一応はギルドのメンバーである俺にも、いつかそんな依頼が来るのだろう。



「魔物は一匹。先に倒し、首を持ち帰ったギルドが勝ち、なんだけど」



 けど、なんだ?


 リーリーは苦笑いでもって続ける。



「うちのギルドメンバー、まだ誰も魔物を見たことがないのよね」



 なんてこった!余りにも自信満々に優勝狙うとか言うから、てっきり万全の態勢なんだと思っていたが、どうやら違うらしい。



「ま、なんとかなる!心配ないさー!」


「あんたね、吸血鬼だからってなめてるでしょ」


「実際俺、なかなか死なないから。大抵は大丈夫!!」



 俺の取り柄その1、ほぼ不死身。


 いや、そうでもないや。俺死んだからここにいるんだった。



「はあ。まあいいや」



 呆れ顔のリーリーが、気を取り直したように自分の剣を抜き放つ。一見華奢に見える長い茶髪の女の子だが、剣を構える姿は様になっている。



「あんたも構えて」


「えー、クソめんどい」



 なんでこんなことするのさー、なんて腑抜ける。しかし、突然リーリーの姿が消えた。


 ギンッ


 闘技場に鋭い鉄の音が響いた。周りにいた生徒が様子を伺うようにこちらに視線を向けるほどだ。



「あら、止められちゃった」


「フン、この程度で俺が切れるかバーカ」



 リーリーがフワリと身を翻し、続いて横薙ぎの一閃が襲い来る。それを軽く躱し、鋭い突きを放つと、上手く刃を当てていなされた。



「あんた長剣つかえるじゃない」


「得意じゃないって言ってんの。使えないわけではないさ」



 俺は脳内で、見本となる人物を思い浮かべる。そうだ、俺には脳内師匠がたくさんいるのだ。主に二次元に。


 ま、ようするにこれはただのアニメの知識。本物の剣術なんて知らん!!


 それでもこうして剣を振るえるのは、やっぱり吸血鬼の身体能力と動体視力のお陰だ。



「あたし、これでも昔から剣術は得意なのよ」


「みたいだな」



 自身に満ち溢れたリーリーはとても生き生きとして、いつも教室で見る物静かな少女とはかけ離れていた。


 俺たちは暫く長剣を打ち合った。


 ほんとを言うと、俺は少しだけ剣の稽古をつけてもらった事があった。あの時はこんな無骨な長剣じゃあなくて、刃紋の綺麗な日本刀だった。


 本当に昔々の話だ。


 そう、俺が吸血鬼になる前の、もう掠れてしまって、詳細までは思い出せない遠い記憶だ。


 ガギィィイン!



「っと、危ない。この俺が人間如きに遅れを取るところであった」


「なにその話し方、キモいんだけど」


「うるさいな。俺だってちょっと昔を思い出して古臭い気分になる事もあるんだよ」



 なんて誤魔化しておく。


 俺が妙な感傷に浸っていたのは、内緒だからな!








 午前中一杯をリーリーとの打ち合いに使い、午後からは俺の苦手な魔法の時間となった。


 嫌々リーリーに引っ張られて来たのは、学園の北の端に位置する、小さなカビ臭い部屋だ。



「お邪魔しまーす!」



 ムワッと広がる埃っぽい空気。若干潔癖な俺は、出来る限り呼吸を止める。無だ、無になるのだ。



「ん、リーリーか。何用だ?」



 高く積まれた本の奥から、かしこまった男の声が答えた。



「センパーイ!ギルド対抗戦の季節ですよ!!」



 しーん、と静まり返る室内。



「センパーイ!!」



 返事はない。



「もう!あんた探して来てよ」


「え、俺!?」



 と、辺りを見回すがどこもかしこも本の山。探すも何も、足の踏み場もない。



「いいから!」



 ほら行けよと、リーリーは俺の背中を蹴る。



「わかったから蹴るなよ。足グセの悪い女だな」


「うっさいわ!はよ行け!」



 チッと舌打ちを零して、本の山へと突入する。ガサガサと搔きわけると、余計に埃が立ってたまらない。



「……こんな所に常駐できる人間ってある意味不死身だよな」


「無駄口をたたくな!!」



 クソガキが!なら自分で探せよ!!


 俺は無だ。無になるのだ。


 埃なんて存在しない。


 ぶにゅっとしたものに触れてしまった……



「リ、リーリー!?今すぐ除菌シート持ってきて!なんか触った!!」



 ぞわぞわする背筋を我慢しながら、ぶにゅっとしたものに視線を向ける。肌色のそれは長くて、本の隙間から伸びている。


 まじまじと顔を近付けた途端、それがひとりでに動き出した。ニュルッとした動きに、俺の思考が停止する。


 キモッ!?



「リ、リーリー!!なんかいる!キモいのがなんかいる!!」


「大丈夫よ、それきっと先輩だから」


「うっそだぁ!?これ、このニュルッとした奴が先輩か!?」



 うへぇ、とか言いつつ、もう一回ちゃんと見る。


 あれ、これ腕か?



「グハァッ」


「うそ!?」



 腕だと理解した途端、それは蛇の様に本の中からシュルッと伸びてきて。


 その先、手には小型のナイフが握られており。


 油断しまくっていた俺の首筋に突き刺さった。


 噴き出る血飛沫。気道を閉塞する血のせいで、ちょっとした溺れる感覚。



「ゴフッ、ゲホ、ゲホッ」



 窒息するわ!!



「あれー?誰これ?」


「先輩、誰じゃないですよ、人殺しですよ……」



 人じゃないけど。


 と、小声で呟いたリーリーの声はしっかり聞こえていたからな!



「ゴフッ、なにすんだ、ゲホ、いきなり」



 息も絶え絶えというのはこれか!なんて思いながら、頑張って声を出す。



「不審者かと思って、つい」



 シレッとした顔で俺を見ながら、男は手にした短剣を布で拭う。



「ってかなんでこの人死なないの?」


「先輩、もう遅いっす。死んでたら大問題っす」



 リーリーは俺が死なないとわかっているので、落ち着いているのはまあわかる。


 でもこの男は初対面だ。俺じゃなかったら死んでた、普通に!



「そう?死なないならいいんじゃないかな。ところでリーリー、何しに来たの?」



 本の山から出てきた男は、俺と同じ制服を着ていた。灰色の髪が無造作に伸び、丸メガネにはヒビが入っている。色白な肌は、俺とどっこいどっこいか。



「先輩、惚けてないで、現実をみてください。ギルド対抗戦の季節ですよ」



 男は首を傾げた。



「それで?」


「あんたも出るんですよ!今年こそ勝ちましょ、我ら『隻眼の猫』が優勝です!!」



 男は呆れたとため息を吐き出し、かたや俺はまだゲホゲホとやっていた。



「だから、僕はそういうの興味ないから」



 先輩は灰色の髪をぽりぽりとかきながら、大あくびをかました。


 俺の首にナイフを突き刺し、悪びれもなく、実際詫びることもなく、男はとっても退屈そうに、今度は爪の先を眺めている。



「でもでも、うちのギルドは全員参加ですよ!?」


「でもさ、他のギルドは自由参加でしょ。僕らはさ、4人しかいないからね」


「だから先輩も出るんですって」



 ギルド対抗戦の参加人数は4人。フォーマンセルだ。どこぞの忍者と同じである。



「メリットが無いじゃん」



 先輩はつまらなさそうだ。かく言う俺ももう帰りたい。着替えたい。血だらけで生臭い。



「じゃあ先輩、もし優勝したら、この人を好きにしていいです」



 灰色のサイコパス先輩がこっちを見た。目が合った!



「リーリー、冗談だよな?この人絶対にアブナイ人だよ?わかってるよな?」


「やむなし!」


「おい!?」



 真顔のリーリーはついと何処ぞへと視線を逸らす。



「ノッた!」


「マジか……」



 サイコパス先輩がニタァなんて不気味な顔で笑う。



「君、名前は?」


「リク……」


「僕はテオドール。テオと呼んでくれ」



 サイコパス先輩もといテオは、そう言って俺に右手を差し出す。気味の悪い笑みはそのままだ。



「はあ、まあよろしく」



 仕方ないので握手に応える。



「うぎゃああああっ!?」



 手から電撃が!!



「おいコラテメェ!何古典的な仕込みしてんだよ、関西人のボケか!?オモロないわ!!」


「あれぇ、ホントになんで君、死なないの?」



 身体からプスプスと煙をあげる俺を見て、心底不思議そうに首をかしげる先輩。やっぱりコイツはサイコパス先輩だ。



「先輩、その不死身の件はギルド対抗戦が終わってからじっくり調べてください。今日は、そいつの魔法について調べて欲しくて来たんです」



 ビリビリにダメージを受けてしゃがみ込んでいるうちに、話はどんどん進んで行く。



「彼の魔法?」


「そいつ、あたしが基礎から教えてるんですけど、ぜんっぜん魔法が使えないんですよ!?」



 信じらんない、この落ちこぼれ!という目で見てくる。


 この二週間の間、リーリーは鬼の様な形相で放課後に特訓してくれたのだけど、俺はやっぱりその魔法という概念というか、感覚がよくわからない。



「ないんじゃない」



 テオが顎に手を添えて言う。



「ない、って、何が?」


「魔力」



 いやああああ、それだけは聞きたくなかった!!



「ウソだよな、俺も魔法使いたい!」



 思わずテオ先輩の足に縋り付く。テオ先輩は嫌な顔で半歩さがり、俺は支えを失って突っ伏した。



「うう、マジかよ……異世界の醍醐味が……」


「まあでも、ギルド対抗戦はやっぱり魔法使えないとねぇ」



 そう言ってテオは本だらけの部屋の中を、ガサガサと搔きわけ、なにやら探し物を始めた。



「僕の自信作なんだけど、ちょっと人道的にどうなのとか言われて商品化出来なかった物が使えるかもしれない」



 あった、とテオが持ってきたものは、様々な色のビー玉みたいにカットされたクリスタル。



「これは?」



 興味を惹かれたリーリーが訊ねる。



「本来クリスタルに込められた魔法は、使用する人間の魔力で起動するんだけど、僕は魔力の代わりとなるものを使って起動するクリスタルを作ったんだ」



 なら俺にも使えるのか!?


 期待に目を輝かせる俺。方や不審げに目を細めるリーリー。



「で、何を代わりにしたんです?」


「血液」


「ああ、だから非人道的ってわけですね……」



 それが本当なら、例えば他人を傷付けて使用することも可能だ。だから、人道的ではないと言うことだろうか。



「でも確かに、それならコイツでも使えるわね。死なないわけだし」


「でしょ?死なないんなら、どれだけ血を流したって大丈夫だし」



 ほほう。それはまさに、俺のために作られたものということか!!



「おっしゃあああ、なんか楽しくなってきた!」


「ちょっと……あんた本当に単純ね」


「うるせー、だって魔法使えるなんて最高じゃん」



 浮かれまくる俺だが、リーリーはなんだか煮え切らない表情のまま、曖昧に頷いた。


 俺様の時代がきたぜ!!


 こっから俺様が最強魔法チート系主人公設定でバンバン活躍する物語が始まるんだぜ!!


 なんて思ったのも、なんか遠い昔の様な気がする。


 それもこれも、ボロ切れの様になって地面に倒れた俺を爪先で小突くこのサイコパス先輩のせいだ。



「もうちょいと出力抑えられない?このままじゃ去年みたいに校舎に大穴が空いて失格になるよ」



 魔法の練習用に作られた一角。第2闘技場は、円型のスタジアムの様な作りの闘技場とは違い、縦に長い簡素な造りとなっていた。50メートルほど先には、魔法が当たっても砕けない的が設置されたレーンが6つ。


 そのひとつを前に、サイコパス先輩から貰った、血液を媒介にして起動するクリスタルの扱い方をレクチャーしてもらっているのだが。



「だって」


「だってもなにも、君ね、血を注ぎすぎなんだよ。わかる?僕もそんなに大盤振る舞いする人の為にそれを作ったわけじゃないからさぁ。そんなにいっぺんに内蔵量放出しちゃったら、長持ちしないでしょ」



 と、言われても、だ。


 実際俺は右の掌を少し切っただけで、クリスタルはそこから滲む僅かな血液に反応してしまい、あとはもうダムが決壊する様に魔法が発動してしまうのだ。


 そうなるとクリスタルは内蔵する魔力をすっかり放出するまで、俺の血を吸い続けてしまう。


 今さっき4つ目のクリスタルを爆発させて、完全に失血状態だ。



「練習あるのみ、がんばれー」


「リーリーは気楽でいいな」



 後方の壁際の屋根の下、設置されたベンチに座り、顔を手で仰ぎつつ、心のこもっていない応援をしてくるリーリーだ。



「あたしは魔法使えるもん」


「じゃあお手本見せてくださーい」


「なんでよ?」


「お前がこんなサイコパス先輩に引き合わせたんだろ!?んならちょっとは力になってくれよ!!」



 えー、とか、もー、とか言いつつ、リーリーが立ち上がってこっちへ来た。



「いい?一回だけだからね」



 こくこくと頷いて見せると、リーリーは遥か先の的に向かって右手を突き出す。



「燃え尽きろ!〈ファイヤーフレイム〉!!」



 するとリーリーの掌から直線上に、鮮やかな赤色の炎が駆け抜ける。ゴゴゴと激しい音を立てて、それは的のクリスタルに直撃。クリスタルは濃い赤色に変わる。


 ちなみにこの的は、当たった魔法の系統色に変わる造りとなっていて、色の濃淡で魔法の強弱がわかるそうだ。


 リーリーの火の魔法は、クリスタルを濃い赤色に変えた。


 まあ、中々に強力な魔法なのだろう。その他を見たことがない俺には判定のしようがないが。



「どうよ?」



 もう一度言うが、俺には判定のしようがない。



「まあ、凄いんじゃね?」


「ちょっと!あんたがやれっていったんでしょ!?」


「見てもなんもわかんなかったわ」


「おいコラ!」



 まあでも、多分これなら出来そうだ。


 要は火を真っ直ぐにビヨーンとすれば良いんだから。



「よし、〈ファイヤーフレイム〉!!」



 気合いを入れ、姿勢を正し、リーリーみたく手を前に出して、ついでに眉毛に力を入れてキリッとさせて、それっぽく言ってみた。


 ゴオオオオッ、ドオーン!!


 激しく燃え盛る暗赤色の炎が、ものすごい熱風を伴って走り抜けた。


 ガラガラガラ……


 直撃した的があった場所には、キラキラと輝く破片の山が出来上がる。



「へ?」



 風船から空気が抜ける様な、情けない呼気を吐く俺。



「信じらんない!!あの的を一撃で壊すなんて!!」



 リーリーは驚愕に目を見開き、壊れた的を凝視する。


 ま、マジかよ。一番驚いているのはこの俺だっつーの!!


 もしかして、もしかすると例のあれか。異世界転生もの恒例の、決して壊れない物を一撃で壊してしまう最強主人公のイベントか!?



「あの、あの的が、」


「えへへ、俺ひょっとしてめちゃ凄かったりする?」


「あの的がいくらするか知ってんの!?」



 え、そこ?



「あんだけ大きなクリスタル、しかも魔力測定機能付き!あれ、多分ここの年間予算の2割くらいの値段がするのよ!?」


「いや想像付かねーし」



 あわわわと挙動不審となるリーリー。


 ショボーンする俺。


 ふむ、と考え深げに顎に手を添えて俺を見るサイコパス先輩。


 この時、俺が最後に使用したクリスタルが、魔力ゼロの状態であったことを知るのは、もう少し後のこととなる。








「いよいよ明日だね」



 ノアが豪華な夕食の乗ったトレーを持って現れた。


 俺とリーリーは向かい合って無料の、朝食メニューよりかは多少マシな夕食をつついていた。



「明日?ああ、ギルド対抗戦な……」



 この一週間バカみたいに特訓したせいで、もうなんだかやる気もクソもない俺とリーリー。


「なんか、疲れすぎじゃない?本番は明日からだよ?大丈夫なの?」


「なんとかなるさ」



 俺の言葉に、リーリーも頷く。


 そう言えば、ギルド対抗戦はフォーマンセルだ。俺はまだもう一人のメンバーに会っていない事を思い出した。


 それを訊ねると、リーリーは曖昧な返事を返す。



「明日は来るから大丈夫よ」



 そんなんでいいのか、俺たちのギルドは。



「ノアはギルドに入ってないのよね?」


「うん。僕はそういうのダメなんだよ。家が厳しくてさ。まあ、学園に通う事は許してもらってるから、そこは感謝だけど」



 そんなヤツもいるんだなあ、と俺は何とは無しに二人の会話を聞いていた。


 しかし穏やかな夕食は突然の闖入者によって終わりを迎える。



「おい!」



 叩きつける様な喧嘩腰の声。そちらへ視線を向ければ、クラスメイトの金髪君とその取り巻き二人が俺たちを見下ろしていた。



「明日のギルド対抗戦、僕らはお前らに勝つ!!」



 金髪君の名前は、確かジルバート・バルテレミーだったか。


 やっとクラスメイトの顔と名前が合致してきた所なので、自身はない。



「ああそう、頑張って」


「ぐぬぬ!」



 素っ気ない態度で言うと、ジルバートは悔しそうに唇を噛む。



「お、お前が化け物でも、僕達は負けないからな!覚悟しとけよ!?」



 そう言ってさっさと何処かに行ってしまう。何アレ?



「あーあ、怒らせちゃったね」



 ノアは何処か人ごとのようだ。



「何アイツ、あんたなんかしたの?」



 ジルバートの態度が悪いのは最初から。


 むしろこの間の〈ヘルハウンド〉の件で、キレたいのは俺の方だ!!



「多分、この間僕がイジメられてて、その時にジルくんの召喚した〈ヘルハウンド〉を倒しちゃったから怒ってるんじゃないかな」


「〈ヘルハウンド〉を倒した!?」


「うん。偶然リクくんが近くにいて、その時に、リクくんの秘密も知っちゃったんだけど……」



 と、リーリーの顔色がみるみる青くなる。額に青筋が見えそうだ。



「あんた……バラしたの?」


「あれは不可抗力だ」


「あんたねぇ……」



 だってあんなバカでかい犬、無傷で倒せる方がおかしいだろ。だから俺は悪くない!



「だからあんなに制服がボロボロだったわけね」



 その通り!!



「っても何でアイツ、あんなに俺のこと嫌いなの?」



 自分がそんなに好かれるタイプでない事は、残念だがわかっている。でもあんなに目の敵にされるのは、不快というか不可思議だ。



「ジルはこの街の貴族の出身なのよ」



 溜息とともに、リーリーはどうでも良さそうな顔をした。


 つまりありがちな、貴族のプライドかなんかで、努力も無しに簡単に編入してきた俺が嫌いってわけね。



「それに、ジルは大手ギルドの若きホープなんて言われてるの。あんたが倒しちゃった戦闘術の先生のところよ」



 ああ、なんだっけ?銀の皿……ちがうな、銀のスプーン?



「『銀の流星』は、この街の一番人気のギルドなの。だから、この学園でも自分が一番偉いとでも思ってんのよ」


「ああ、そういう事」



 かたやあたしたちときたら、と言いかけて、リーリーはまたも溜息を吐き出す。



「ともかく、売られた喧嘩は買うわよ、いい?」


「えー」


「貸し1でしょ!!優勝するんだから、アイツらも倒すのよ!!」



 ああそうですか。


 ま、なんでもいいが、俺だって勝ちたいのは勝ちたいし。



「んじゃ、明日のために今日は休むとするか」



 俺の一言で、この場は解散となった。

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