第5話 学園へ!


「というわけで、俺は学園に通いたいと思います!!」



 決まった!俺の全力のプレゼンテーション!


 俺は異世界から来た吸血鬼です。この街どころかこの世界のことを知りません。学ぶには学園に通うのが一番!!



「それで、君が学園に通いたいのはよくわかった。でもさぁ、行ってもメリットないよ?」

「そんなわけないだろ!?俺だって青春したい!!」



 吸血鬼なんだもん。普通に学校行ったことないんだもん。



「ああそう。でもあえて正体がバレるような所に毎日通わなくてもいいと思うんだよねぇ」


「マスター!決してバレないように気をつけます!」



 シュビッと片手を挙げれば、マスターは今日何度目かの溜息を吐いた。



「あのねぇ、リリの通う学園はちょっと、というか、かなり特殊なんだよ」


「む、特殊大歓迎であります!」


「いや楽しいイベントじゃないから」



 と、マスターはまた溜息をついて説明を始めた。



「この街には、そりゃあもう沢山のギルドがあって、みんなそれぞれしのぎを削りあってるわけよ。そんなギルドに所属する18歳以下のものたちが、それはもう醜い潰し合いをしているのが、リリの通う学園なわけよ」


「なにそれめっちゃ楽しそう」



 これはなかなかに期待できそうだ。正直ギルドのことも、魔物討伐のこともよくわかってないけど。



「そんなキラキラした目で見ないで」



 ともかく、と、マスターはめちゃくちゃ渋った。クソ長い寿命を持つ普段は気長な俺でも、この時ばかりはイライラした。



「それにさぁ、今初めて知ったよ。吸血鬼は吸血鬼でも異世界から来た吸血鬼なのね」


「それはもう俺も驚いてるからね。なんでこんな事になってんのか俺も知りたいからね」



 これは真面目に本心だ。


 ただ、こうなったからには楽しみたい。



「はあ、もう、わかったよ」


「え、マジ?いいの?学園行っていいの?」


「いいよ、もー。でも、吸血鬼だって事、絶対に秘密にしてよ?」



 もちろん!と、俺は何度も頷く。



「じゃあ、手続きはこっちでするから、2、3日待ってくれる?」


「了解であります、マスター!!」



 それからの三日間は本当に長かった。


 俺はその間、特にする事もないからギルドの二階の部屋でゴロゴロしていた。


 そうしているとやっぱりネットが恋しくなる。俺のやってたゲームのアップデート、もう配信されてるかな?とか、そういや新しく買った株どうなってんだろう、とか。


 ベッドの上でゴロゴロして三日経った夕方、リーリーが俺の部屋にやって来た。



「ちょっと!マジで学園に通うの?信じらんない!!」



 ドアを勢いよく開けて入ってくるなり、鬼の形相で詰め寄ってくる。



「いいだろ別にー。俺だって退屈なんだよ」


「ちゃんとギルドの仕事もしてないのによく言う」



 ごもっともだ。



「んでもいいじゃん。俺さあ、吸血鬼だからちゃんと学校とか行った事なくてさ。ほら、みんなと同じように歳とらないし、どうしたって馴染めなくてさ……」



 明後日の方をみやり、悲しげに笑ってみせる。



「そ、そうなの。あんたも苦労したんだね……」



 リーリーは悲しげに俯いた。チョロいぜ。



「でも、ほんと大変だからね?特に、あんたみたいなのがイジメの対象になるんだから」


「ちょい待て、イジメの対象ってなんだよ?」



 この世界にもそんな陰湿な行為が横行してんのか?日本ではそりゃあもう大きなニュースになったりしている、悪辣な行為だ。俺は弱い奴を一方的に、しかも集団で取り囲んで暴力を振るうなんぞ絶対に許せん。



「あんたの髪。それから眼の色。それ、ここでは珍しいんだよ」


「ああ、なるほど」



 なんだそんなことか。確かにこの街で黒髪の人間は見なかった。それにこの眼は、吸血鬼の証みたいなものだから、俺としては誇りというか、勲章みたいなもので、はなから隠そうなんて思わない。



「大丈夫だって。俺、強いから」


「それは知ってる。でも、この世界って、強いだけじゃダメなことも沢山あるんだよ」



 リーリーは何故かとても悲しげに笑う。


 その表情には見覚えがある。何かを成そうとして、叶わなかった人の顔だ。


 俺は吸血鬼だけど、人の感情がないわけじゃない。人より長く生きるせいで、少し遠くに感じてしまうだけだ。



「ま!俺、吸血鬼だから!大抵大丈夫だって」



 あえてアホみたいに笑ってやる。そう、俺は吸血鬼だから。大抵の事は何とでもなる。そうやって生きて来た。



「はあ。くれぐれも気をつけてね?」


「おう!」



 それと、とリーリーは目線を逸らしながら俺の顔面に何かを突き出して来た。



「これ」



 それは小さなガラスの瓶だ。透けて見える中身は、俺もよく知っているあれだ。



「あんた、やっぱり顔色悪いよ。明日から学園に来るんでしょ?だったらちょっとは、外見に気を使ってよね」



 瓶の中身は言わずもがな。リーリーの血だ。



「いい、のか?」


「うん。追い剥ぎとか言ってごめん。また足りなくなったら言ってね?」



 少し赤くなった顔でにっこり微笑むリーリーは、やっぱり美少女だ。よく見ると左腕には包帯が巻かれている。



「ありがと」


「いいってことよ!」



 そう言って、リーリーは部屋を出て行った。その余韻というか、リーリーの笑顔が脳裏に張り付いて離れなかった。









 そうして、俺はリーリーの通う、クリスティエラ第一学園へと通うこととなった。


 正直とても嬉しい。これぞ異世界転生ものの王道だろう。


 某黒衣の剣士しかり、某孫しかり、他にもありとあらゆる二次元の先達がいるわけで。


 俺は嬉々として学園へと足を踏み入れた。


 クリスティエラ第一魔法学園というからには、第二第三の学園があるのかと思えばそうではなかった。理由はよくはわからんかったが、このクリスティエラの街に学園は1つ。


 そんな学園だから、多くの生徒が通っている。


 学園の特徴は、文武両道。一般教養から魔法学、戦闘術など多くの科目を履修するらしい。


 ギルド関係者が多いため、魔法学と戦闘術は特に力を入れているそうで、四年間のカリキュラムを全てこなせば、立派なギルドメンバーとなれるようだった。


 正規の入学時期から半年ずれて入学する俺は、特に試験も受けずに編入が決まった。多分俺の知らないところでマスターがなんか頑張ってくれたんだろう。学園の教師達はとってもよそよそしい態度で俺を迎え入れた。


 黒地に赤のラインが入った真新しい制服を着て、俺は編入するクラスの入り口に立つ。


 ワクワクしないわけがないだろ?



「それでは編入生を紹介する。入れー」



 どこかやる気のない教師の声が俺を呼ぶ。


 ガラガラと引き戸を開けて、俺は教室へと足を踏み入れた。



「ほい、自己紹介して」


「今日から入学することになりました、海堂リクです。よろしくお願いします」



 クラスはシーンとしている。大体30人くらいいるだろうか。その誰一人として、こちらに興味はないようだった。



 ちぇ、つまらん。



「そういうわけだ。お前ら仲良くするように」



 教師はそれだけいうと、教室から出て行ってしまった。


 教壇に残される俺。ヒソヒソと聞こえる、クラスメイトの声。



「あれ、あのギルドの新しいメンバーなんだってさ」


「本当に?じゃああいつも大したことないな」


「つかなんだよあいつ。変な髪色だ」


「それに眼の色もおかしいぜ」



 まあ、俺は100年くらい生きた吸血鬼だから、余程のことが無い限りはキレない。どうせここにいるやつらなど、俺の孫くらいの年齢なんだから、言わせておけばいいさ。



「ちょ、ちょっと!あんた、こっちに座って」


「お?リーリーか。同じクラスだとは思わなかった」



 俺を呼ぶ声は聞き慣れたリーリーのもの。だがその彼女は焦ったように手招きをしていた。


 窓際の一番後ろの席に座るリーリーの隣に腰を下ろした俺は、黒板懐かしなあとか思っていた。



「あんた、あんまり目立たないでよね」


「バカめ。このインキャな俺が目立つわけないだろ」


「いや、十分目立ってるから」



 おかしいなあ。昨日リーリーがくれた血を飲んだから、けっこうまともな外見だとおもうが。



「ごほん。ここは由緒正しいクリスティエラ第一学園だ。みんなが知っているように、ここには沢山の将来有望なギルドメンバーが通っている」



 突然、前の方に座っていた金髪の少年が立ち上がった。よく通る声で、なにやら演説を始める。それに呼応するように、他の生徒も相槌を打った。



「この学園に入学する為に、僕たちは死に物狂いで試験勉強をしてきたわけだけど。そこに簡単に入ってきた新入生を簡単に認めていいのかな?」



 金髪の少年は心底不思議そうな表情を浮かべて首を傾げてみせる。すると、ほかの生徒が便乗するように口を開いた。



「いや、やっぱり不当な決定だ!」


「そうだ、実力のわからない編入生なんて受け入れられるかよ」



 其処彼処でそんな声が聞こえる。



「無視だよ、無視」


「なに?」


「だから、無視しとけば、そのうち治るから」



 そうか、ならいいか。


 そうして俺は、クラスメイトの嫌がらせや嫌味な発言を、二週間はキッチリ無視してやった。









 二週間きっちり無視した俺は、この日、とっても困った状況へと放り込まれることとなる。


 編入してから、それはまあいろいろなことがあった。


 例えば一般教養科目国語。


 全くもって想定外だったのだが、流石異世界。アラビア文字もかくやという難解な異世界文字に、「あれ?文字は読めないのに言葉は通じる……なんで?」な、転生もの主人公のあるある不思議体験ができた。


 今まで全く気付かなかった俺逆にスゲえ。



「ちょっとちょっと!あんたまさか、読めないの!?」



 リーリーに授業後に怒鳴られ、さらにはこの日からリーリー先生の地獄の国語補習が始まった。


 さらには、魔法学の一つ、基礎魔法学では、某有名魔法映画を想像していた。


 しかし中身は何でもない、ただみんなして掌の上に、得意な魔法を維持するだけの地味なものだった。


 リーリーは得意げに火の玉を操って見せ、俺は隣で昼寝をして過ごした。


 当然クラス中にヒソヒソされているのはわかっていたが、だって出来ないものは出来ないし。


 その日からリーリー先生の地獄の基礎魔法学補習が追加された。


 そして、もっともウンザリしたのは、戦闘術の授業だった。


 この科目は近接戦闘学、中長距離戦闘学、対人格闘術、対魔物格闘術、と大まかに四つあって、前者二つは理論的な講義形式で、後の二つは闘技場での実践演習という形であった。


 この中の対人格闘術の時間、俺の前に立ちはだかったのは、クラスの中でも近接戦闘特化の生徒二人だ。


 授業開始直後、彼らはおもむろに挙手し、こう宣った。



「せんせー!クラスに新しい仲間ができたんですけど、彼、一般科目も魔法学もあまり得意じゃないようなんです」


「だから、この授業始める前に実力を確かめた方がいいかもしれませんよ?初めからみんなと訓練すると、怪我してしまうかもしれないので」



 他のクラスメイトがクスクスと笑う。リーリーは隣で爆発しそうになっていた。



「ぐぬう、あいつらあんたのことバカにしすぎじゃない!?」


「まあ、言っていることは当たってるけどなぁ」



 そう、俺はこの男子生徒二人の言うことには、とっても賛成だった。


 だって俺、吸血鬼だから。


 俺が本気出して、クラスメイトが怪我したら大変だろう?



「よーし、なら一度、先生と手合わせしてみようか?」



 先生は朗らかに笑って言った。焦げ茶色の短い髪に、細マッチョの先生だ。しかし袖から伸びる腕には、いくつもの古い傷跡が生々しく残っている。


 リク、と名前を呼ばれ、俺はみんなの前へと向かう。リーリーが「バレない程度にね」と、念を押す声が聞こえた。


 みんなの前で、先生と向き合う。正面に立つとわかるのだが、身体の格差が半端ない。


 俺は自分の姿を思い起こす。一言でいうならば、貧相。あくまで先生と比べると、だからな!!



「リクは何が得意かな?武器は一通り揃ってると思うが」



 あえていうならば銃火器。しかし当たり前だがそんなものはない。



「俺、武器はあんまし得意じゃないんすよ」



 正直に答えると、クラスメイトたちがクスクスと笑う。



「なら素手といこうか」


「はい」



 こうして俺と先生の、模擬戦闘が始まった。









 結果から言うと、俺の楽勝だった。



「先生はこう見えて元『銀の流星』のギルドメンバーだったんだ。だから手加減しないでいいぞ」


「なら遠慮なく」



 態勢を低くして構える先生。


 俺は力を解放する!!


 とか言いたいが生憎と何の力もないので、普通に駆け出した。助走なしの駆け足。それでも、普通の人には見えないだろうスピードで、手始めに先生の後方から上段回し蹴りを放つ。



「むっ!」



 気合の入った声とともに、先生は俺の足を腕で受け止めた。


 でもそれは想定済みで、空中からもう片方の足で蹴りを入れる。先生はすぐに身を引いて避ける。


 次は先生が攻勢に出た。地に着地した俺へ、すかさず様々な攻撃をぶつけてくる。


 でも、どんな攻撃も俺にはカスリもしない。軽く身を捻り、屈んでジャンプ。これで全て躱す。



「なかなかやるな!」



 先生はハアハアと肩で息を吐きながら言う。額からは玉の汗が滲み、もはや満身創痍。



「これならどうだ!」



 先生がふと消えた。と思ったくらいには速かった。俺の懐に飛び入り、掌底を放つ。それを軽く避け、俺も同じように掌底を放つ。



「あ」



 つい楽しくて力加減を忘れてしまった。


 胸部にクリーンヒットした俺の手。後方に吹き飛ぶ先生。



「あちゃー」



 騒然とするクラスメイトの中から、呆れたリーリーの声だけが響いた。


 そんな出来事があった二週間。クラスメイトの俺を見る目は異物を見るそれからゴキブリをみるそれへと変わった。


 編入当初、コソコソと悪口を言われる事はあった。かるく教科書を隠されることもあった。まあ、100年を生きる俺である。多少の事ではキレない。


 放課後のトイレ掃除の刑だって、俺が戦闘術の先生の肋骨をバキバキにしてしまった罰だから怒らない。


 でもこの日はどうしても見過ごせない事があった。


 一週間のトイレ掃除を仰せつかったため、放課後の学園のトイレというトイレをハシゴしていた俺は、ラスト一箇所となった闘技場横のトイレ掃除をしていた。


 すると外がなにやら騒がしくなり、俺は手を洗って外へ出る。



「俺たちの頼みが聞けないのかよ?」



 ドス、と鈍い音と呻き声。嘲笑う数人の男子生徒と脅すような言葉。



「やめて、無理だから!そんなのバレたらどうすんのさ!?」



 黙れ!とまた鈍い音が響く。



「簡単だろ?コレを投げるだけだ。それでアイツは死ぬ」


「危ないよ!」


「大丈夫だって。だってアイツ先生を吹っ飛ばしたんだぜ?絶対人間じゃねえよ」



 む?俺のことか?



「でもでも、なんで僕にやらせるの?自分たちが勝てないからってそんなの酷いよ」


「そうだぞ。そういうのが卑怯っていうんだぞ」



 ひとりの生徒に三人がかりで詰め寄っている、その背後に立って言ってやった。


 ギョッとして振り返る三人は、最初に絡んできた金髪と、戦闘術の時に手を挙げた二人だ。


 こいつらはクラスのリーダー的な奴らで、名前はまだ知らない。



「リクくん!」


「なんだお前、弱すぎだろ」


「仕方ないよう」



 と弱気な声を出す水色の髪のチビ。名前はまだ知らない。



「えーと、名前なんだっけ?」


「もう!ノア・エイベルだよ!ルームメイトでしょ!?」



 そうだった。



「もう二週間も同じ部屋で生活してるんだよ?なんで覚えてくれないの?おかしいんじゃないの?おぼえるきあるの?記憶力大丈夫なの?」


「もうやめてっ!!」



 そんなに詰められたら俺泣いちゃう。



「お、おい!俺たちを無視すんじゃねえ!」



 三人の男子生徒が鼻息も荒く言う。



「黙れいじめっ子ども!」


「うっせー化け物!」


「はあ?俺が化け物ならお前は虫ケラだな」


「なんだと!?」



 低俗な言い争い。それが何故か金髪くんを怒らせてしまった。



「お前なんか死ね!このゴミギルドの化け物め!」



 金髪くんは手に持っていた黒いガラスのような結晶を投げつけてきた。それは俺の足元で弾け、中からモヤが立ち上がる。



「なんだよ、これ?」


「魔道具〈ヘルハウンド〉だよ!地獄の番犬を呼び出すことができる!」



 黒いモヤは徐々に形を取り始めた。漆黒の毛並みに鋭い牙のついた大きな口。絶えずよだれが垂れている様は、獰猛な狩人を思わせる。


 グルル、と腹に響く唸り声。大型犬よりも一回りは大きい。



「リクくん、逃げよう!」


「つってもコレ、どうすんの?」



 魔道具を放り投げやがったクラスメイトは既に逃げた後だ。やつらは後でブン殴るとして。


 ヘルハウンドは既に俺たちに狙いを定めている。逃げるにしろ、気を逸らさなければならない。




「ノアは先に逃げろ」


「え、でも」


「つか正直近くに居られると邪魔」


「言い方ヒドっ!?」



 そんなの構ってられるか!俺100年は生きてきたけど、こんなクソでけえ犬初めて見たわ!!



「君だけ残していくなんて出来ないよ!」



 いや、やめて、本当にやめて。そう言うのがフラグを形成していくんだぞ!?


 犬野郎がノアを見た。グルルと唸る。


 そりゃ俺よかノアの方がチビで弱そうだし、犬だってそれはわかるだろうし。だから逃げろって言ったのに。



「クソ、もし俺が死んだら化けて出てやるからな」



 駆け出した犬と、ノアの間に立つ。俺は吸血鬼、人よか何倍も強い。でもさすがに、バカでかい犬と闘ったことはない。


 向かってくる犬の顔面にグーパンチを繰り出す。しかし犬は速かった。グルンと首を回し、そのまま俺の腕に噛み付く。



「アイタタタタッ」



 離せクソ!千切れる、千切れるから!!



「ウラァ!」



 犬の鼻面を殴ると、腕を離した。良かった、まだ腕はくっついたままだ。


 だが、犬は待ってはくれない。次には首を狙って突っ込んでくる。本能にまかせて、自然と急所を狙っているのだろう。俺は衝撃に備えて身構える。


 と、犬は負傷した俺を飛び越えて、後ろの弱そうなノアへ向かって行った。急所を狙ったと見せかけた、見事なフェイントだ。



「ノア!」


「あわわわわわっ」



 逃げろと言っても間に合わないだろうか。


 ノアは顔面蒼白で尻餅をつく。情けないノアには期待できそうにないな。


 俺は走った。瞬時にトップスピードで、犬に向かってーーー、


 体当り!効果は抜群だ!


 とはならない。



「ぐわぁ、クソッ」



 もんどりうって地面に転がる。バカでかい犬も転がる。犬はすぐに体勢を立て直し、あろうことか俺の肩口にこれまたバカでかい前足を振り下ろした。


 食い込む爪がハンパなく痛い。



「この、犬が!重っ!」



 ガルルルと唸る口元からヨダレがダラダラ垂れていて、なんか臭い。



「いい加減に退けって!」



 下半身を犬の胴体に巻き付け、捻り技を仕掛ける。そのまま前足を引き剥がし、太い首に腕を回す。



「うおおおおおお」



 渾身の力技で首を捻った。


 犬野郎が泡を吹いて暴れる。メキメキと音を立てて、犬野郎の首が折れた。


 ドサリと倒れた犬は、先っちょからモワモワと黒い煙となり消える。



「はあ、はあ、はあ」



 勝った、けど、キッツかったー。俺もうバカでかい犬とは闘いたくない。



「大丈夫!?」



 駆け寄ってきたノアは、顔面蒼白で。



「大丈夫じゃねぇよバーカ」



 なんて笑ってやれば、ノアは心底安堵したように笑顔を見せる。



「早く手当しないと」


「いいよこれくらい。ほっときゃ治る」


「でも、」



 と言うノアの目の前で、犬に噛まれた傷が徐々に治っていく。



「え、ウソ……?」


「な、便利な身体だろ?」



 身体を起こし、胡座をかいて座る俺を、ノアが驚愕の表情で見守っている。なんだか気恥ずかしい。



「リクくんは魔法が使えない落ちこぼれなんじゃないの?」


「言い方!言い方がキツすぎる!」



 まあでも確かに不思議だよな。俺だって不思議だもん。



「まあ、吸血鬼なんてみんなこんなもんさ」



 そう、俺吸血鬼だから。色々不思議があるんだよ。



「……吸血鬼?」



 あ。



「いやー、俺吸血鬼だったらいいなあ、なんて」


「リクくん、吸血鬼なの!?」



 あちゃー。やっちゃった。



「あははは」


「ホントに?だから赤い眼をしてるんだね?凄いや!ねぇ、ほかに何が出来るの?空飛ぶとか?コウモリに変身できる?にんにく、キライ?」


「うるせーよ……」



 なんだかとっても面倒なヤツにバレてしまった気がする。


 尚も質問を続けるノアに、俺は乾いた笑いを漏らした。

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