第4話 それは伝説の生き物です
場所は変わって一階ギルド本部。
俺は木製の椅子に座らされ、目の前にはアワアワと行ったり来たりを繰り返すリーリーが。
「あああ、あと、包帯と、タオル!タオル持ってきて!?」
「えーと、縫いますか?縫います、よね?」
「マスター!どうすればいいのですか!?」
なんとも酷い慌てよう。視界の端から端まで行ったり来たりとものすごく鬱陶しい。
「もう大丈夫だって。お願いだからじっとしてくれない?」
「で、でもでも、凄い怪我です!」
「知ってるから!でも大丈夫だから!オロナインでも塗っときゃ治るから!」
と、そういえばこの世界にはオロナインの代わりはあるのだろうか?
「マスター!おろないんってなんですか!?」
遠くの方でリーリーの叫ぶ声がする。
「リリ、ちょっとは落ち着きなさい」
「はいマスター」
しょんぼりするリーリーを伴ってやってきたアシュレイは、テーブルを挟んだ正面に座った。
「それで、君を歓迎したいんだけど、その前に聞いておきたい」
「なんです?」
「君は一体何者だい」
吸血鬼だ。と、言って、果たして伝わるのだろうか。吸血鬼とはなんだい?と聞かれたら、人の血を飲む怪物です、なんて説明する事になる。
「えー、と。とりあえず人間ではない、ですね」
「それで?」
「本当は太陽が苦手なんですが、なんか大丈夫になりました」
「ふーん、で?」
「この通り、殆ど不死身といえるでしょう」
「それはわかった」
「あと、あんまり言いたくないんですが、」
なになに?と顔を寄せてくるマスターとリーリー。圧がハンパねぇ。
「人間を、その、襲っちゃいます」
バシィイン。
「いやあ、この人変態です!!」
俺の頬を打ち据えたリーリーが、ケダモノを見る目を向けてくる。
「いってえええ!?何すんだよこのクソガキ!!」
「あたしは今のは正当防衛だったと思います」
「俺なんもしてねぇ!!」
「発言にイヤラシさを感じましたっ」
睨み合う俺たちを、マスターが諌める。
「まあまあ、落ち着こうよ二人とも。それで、結局君は何者なんだ?」
すかさず右手を構えるリーリー。二発目は必ず避けると心に誓う俺。
「吸血鬼だよ!ヴァンパイア!人の血を飲むアレ!」
するとどうだろう。
あんなに騒がしかったリーリーが黙った。
「本当、ですか?」
「お!吸血鬼わかる?知ってる感じか?」
なんだ、なら最初からそう言えば良かった。
「マ、マスター、嘘ですよね?」
「さあ。でも言われてみれば、当てはまっちゃうよねぇ」
二人の反応がおかしい。
「どうしたんだよ?」
「吸血鬼は滅んだんですよ。1000年くらい前に」
ほう。それはまた、どういう事か?
「昔、この世界には人間とエルフやドワーフなんかの種族と魔物が、土地を奪い合って争っていた。ある時、吸血鬼達が現れて魔物を狩っていった。魔物の脅威に怯えていた人間やその他の種族達は吸血鬼に感謝し、それ以来争いをやめた。今現在、人間とエルフやドワーフ達が共に暮らしているのは、その時の吸血鬼のお陰だ」
なるほど。元いた世界では日陰者の俺たちだったが、こちらでは真逆の存在らしい。でも、滅んでしまったとはどういう事か。
「1000年前までは、吸血鬼達は人間と共存していたそうだが、ある時を境にいなくなってしまった」
「いなくなった?」
問い返すと、マスターは神妙に頷く。
「理由はわからないが、パタリとその存在が語られることはなくなった。それから今まで、吸血鬼が現れたという話は聞いていない」
理由は、気にはなるが。この世界には確かに吸血鬼が存在した。しかも、人間と共存していた。ならば俺は、ここでは自由という事にならないか?
「君が吸血鬼というのは信じるよ。たが、それは隠しておいた方がいいだろう」
もし伝説の生き物が実在していると知れたなら、それはいらぬ火種を生むかもしれない。俺もマスターの意見に賛成だ。
「わかった」
「よし、では今日は疲れただろう。ギルドの仕事は明日からにして、今日はゆっくりするといい」
にっこり笑うマスターに礼を言って、俺はとりあえず部屋に戻ろうと立ち上がる。
なんか楽しくなってきた。吸血鬼とバレなければそれなりに自由だ。太陽も怖くない。
およそ100年生きてきたが、こんなに晴れた気分は初めてだった。
昼過ぎには怪我も塞がり、新しいシャツに着替えた俺は、お腹を空かせて部屋をうろうろとしていた。
するとノックの音がして、
「リーリーです。入ってもよろしいでしょうか?」
なんて固い声がする。
「いいぜ」
「失礼します」
ガチャリと開いたドアから顔をのぞかせたリーリーは、とても強張った表情をしている。さっきまでの勢いはどうしたものか。
「お昼ご飯の用意ができました」
「なんでそんな固くなってんの?」
ぎくっと肩を震わすリーリー。
「だって、リク、様があの伝説の生き物だなんて驚いて」
あのその、と言葉に詰まる姿に、なんだかこっちまで緊張してしまう。
「普通に接してくれていいんだけど」
「あ、そう?ならそうするわ」
途端にいつも通りの顔と態度に戻る。大きな瞳やサラサラの髪は十分に美少女なのに、これだ。
しおらしくて可愛いなんて思った俺バカみたいじゃーん。
「んで、お昼ご飯食べる?てか、食べられるの、人間のご飯?」
「急に失礼だな。まあ食べるよ。栄養にならないけど食べるのは好きだ」
「あっそ。じゃ、持ってくるね」
バターンと閉められるドア。クソガキめ。
すぐに戻って来たリーリーの手には、美味しそうな匂いのする食事がトレーに乗せられていた。この匂いはポトフか。ちなみに俺は食事が趣味みたいなものなので、味にはうるさい。
「はい、あんたの。それと、吸血鬼は血がいるのよね?」
「ん、まあ、そうだけど」
備え付けのテーブルに置かれた食事に、早速手を付けようとしていた俺に、リーリーは神妙そうな口調で言う。
「あのさ、いいよ。あたしのあげても」
ん?と疑問に思いリーリーを見る。
「だから、あたしの血、あげてもいいよ?」
顔を真っ赤にしたリーリーが、首筋を出すためかシャツのボタンを1つ外す。白いうなじが控えめに露わとなり、十分にエロい。いや違う、美味しそうである。
「あー、うん、ありがと。でもパス。俺さぁちょっと潔癖なんだよね。ほら人の首に噛み付くとかアレじゃん、なんか、なあ?」
バシィイン。本日二度目のビンタである。
「いってぇなこのアマ!!」
「サイテー!あたしがせっかく気を使ってあげたのにサイテー!!」
「はあ?ならお前は他人の首にいきなり噛み付けるか?無理無理ちょっとは清潔か考えようぜ?」
「うぎいいい!!乙女に向かって汚いって言ってんの!?」
ギリギリと睨み合う。
「ふん、もう知らない!」
鼻息荒く、リーリーは部屋から出て行った。やれやれ、嵐のような女の子だ。
でもこれだけは譲れない。なんで俺がわざわざ輸血パックからマグカップに移して飲んでたのか考えても見ろ!!人にはそれぞれ許容できるもんとできないもんがあるんです!!
そりゃあ切羽詰まってたから、最初にリーリーに目を付けた時は、やむなしと思ってたけど。それは暗闇でよく見えないから我慢できると思ったからであって、今は無理。
「さて、嵐は去った。あらためて、いただきまーす」
転生からは初めての食事だ。その味は中々に好みのものだった。
一応腹も満たされ、さあてどうしようと考えて、俺はとりあえず街を見て回ることにした。
なんてったって太陽の下に出られるのだ。こんなにワクワクする事はない。
意気揚々と部屋を出て階下へ向かう。
「リク君?どこか行くの?」
カウンターで昼間っから酒を呑んでいたマスターと目が合う。
「ちょっと街の探検に。俺、ここ初めてだから」
「ああそう。なら行って来なさい。リーリーでも連れて行くといいよ」
えー。それはちょっと嫌だなあ。とか思っていたら、
「ものすごく嫌な顔してる!!」
と、厨房から顔を出したリーリーが怒った。
「君達ね、もうちょっと仲良くしなさい。ほら、リーリーはリク君に街の案内をしたげて」
「いやですマスター」
「減給しますよ?」
「了解でありますマスター!!」
というわけで、俺の意見など誰も聞かずに、リーリーと二人街へ繰り出すこととなった。
照りつける太陽光の下、俺はスキップでもしたいくらい浮かれた気分で街を歩く。石畳の道、煉瓦造りの建物が放射状に伸びたクリスティエラの街は綺麗だった。
「あんた本当に大丈夫?顔色悪いよ」
隣を歩くリーリーが、ちょっとだけ心配そうな声で言う。
「顔色が悪いのは長いこと太陽の下に出てないからだって」
「あっそ。それで、その、どれくらい保つの?」
血を飲まなくても、と言いたいのか、リーリーはそわそわとしている。
「そーだなぁ、どれくらいかな?」
「あたしに聞かれても……」
朝から元気なエルフに、胸に大穴を開けられたダメージはかなりだ。血を流しすぎた。本来なら早急に補給したいところだが、首筋に噛み付くなんて本当にごめんである。
「あー、ネットがあったらなあ」
「ねっと?」
不思議そうに繰り返すリーリーに、俺は頷いてみせる。
「そ、ポチっとしたら、輸血用の血液パックが手に入るんだ」
「ふーん」
ファンタジーな世界は確かに面白いし、こんなに堂々と太陽の光を浴びて道を歩けることも嬉しい。だけど、長年の引き篭もり生活に慣れてしまっているので、ネットでポチっと出来ないことが不便に思えて仕方がない。
ああ、ちょっとしたホームシックだ。
「ま、なんでもいいけど、あんたこの街初めてなんだよね?」
おい!話を振ったのはお前だろ!?と思わなくはないが、もうなんか慣れてきてしまった自分が悲しい。
「ああ、そうだぜ」
「んじゃああたしの行きたいところについてきてもらっていい?」
なんだその謎の提案、と思ったが、どうせ何があるかなどわからないのだからと頷く。
「わかったよ。んで、どこに行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみ」
ニカッと笑うリーリーに、俺はやれやれと着いて行く。
「まずはここね」
「ほう、ここか」
リーリーの後を付いて歩き、辿り着いたのは大きな三階建の建物。外観に装飾はなく、とても鉄臭い。
「ここはね、この街最大の鍛冶屋なの」
「ほほう、それはまた面白そうだ」
「でしょ?」
ザ・女子なリーリーにしてはいい選択だ。
俺たちは意気揚々と建物の中へ足を踏み入れる。
「この街は魔道具用のクリスタルの採掘とその加工品の販売、ギルドの依頼から成り立っているの」
「ギルドの依頼料って、ギルドに入るんじゃないのか?」
広い室内にズラリと並ぶ盾や槍、様々な長さの剣や鎧を見ながら、俺たちは適当に話をする。
「この国の制度の1つで、ギルドは依頼を受けると、その依頼料の3割を国に支払わなきゃならないのよ。ま、そのお陰で、あたしたちのギルドは健全な営業ができるんだけど」
と、リーリーは目に留まった長剣を手に取った。鞘から抜き、それを一振りする。
「おわっ、お前な、ちゃんと周り見ろよ」
「あ、ごめん。いるの忘れてた」
こいつ、絶対ワザとだろ。
「んで、ギルドが盛んなこの街だから、優秀な鍛治職人も多いってわけ」
なるほどなあ。よく出来てるなあ。
「あんたは剣とか使わないの?」
「俺は武器はナイフくらいしか扱えません」
なんだか少しだけ悔しい。そんなもの、現代の日本に住んでたやつが使えるかよ。
「へー、意外」
「勝ち誇った顔してんじゃねぇよ!!」
ニマニマと笑うリーリーだ。本当にこの女腹立つな!?
「俺、別に武器なんてなくたっていいもん」
「あっそ。じゃあここには用はないわね」
リーリーは剣を元に戻し、店の出入り口へと向かって行く。悔しいがその通りだ。金もないし。
「次はこっちね」
そこから少し離れた建物。こんどは客引きのためか、店先にまで商品が並べられた、賑やかな所だった。
「ここが魔道具店」
「その魔道具って何に使うの?」
あんた大丈夫?みたいな顔でリーリーが振り返った。
「魔道具なんだから、魔法の為の道具に決まってるでしょ」
「それはわかるが、具体的にどう使うんだ?」
「自分の魔法の威力を強化したり、使えない属性の魔法を付与したりするの。あたしは火と風は得意だけど、水はダメ。だから魔道具で補助したりして、一時的に使えるようにできる」
なるほど便利な道具だ。
店の中に入ると、恰幅のいいおばちゃん店主が迎えてくれた。
「あら、リーリーちゃん。今日は何買うの?」
女性は親しげにリーリーに声を掛け、リーリーもそれに答える。
「今日は覗きにきただけですよ。この街が初めてだって人の付き添いで」
「あらあ大変ね」
そう言っておばちゃんは、俺の顔を見た。
「随分と若いお連れさんね。何か見たいものとかあるかしら?」
「俺、その魔法とか使えないが、それでも魔道具はつかえるのか?」
そう言うと、リーリーはポカンと口を開けた。
「ウソ!?身体強化魔法が得意なんじゃないの?」
「それはお前が勝手に言ってるだけだろ。俺は人より身体能力が高いの!そんでもって、治癒魔法とかも使えないからな!」
俺の身体に起こること全てが魔法だと言われないうちに言っておく。吸血鬼だからって魔法なんか使えませんから。
「えええ、なんか、そんなに強くないのね、吸血鬼って」
「おい!なんでそうなるんだよ!?」
あくまで小声で呟くリーリーに、俺は憤りを隠せない。まったく失礼なヤツだ。
「よくわからないけれど、魔法は最低限使えなければ、魔道具も意味ないわねぇ」
おばちゃんは残念そうだ。
「なんだ、つまんねぇ」
俺もいつのまにか魔法が使えて、異世界転生ものにありがちな無双がしたかった。
「んじゃまた来ます!」
一通り見て回り、おばちゃんに手を振って店を出た。次はどうしようなんて考えるリーリーについて、俺はキョロキョロしながら歩く。
「あ、そうだ最近流行ってる飲み物があるんだった。行ってみる?」
「ん、任せる」
というわけで、リーリーとやって来たのはなにやら若い女の子が集まる屋台の前だ。
所でこの世界は、どうやら文明の利器があまりないようで、写真とか電子看板なんかが存在しない。そのせいか、店の看板は全て手書きだ。
その屋台の看板には、なにやらカップに入った大量の目玉のようなものが描かれている。
「これ、最近流行っててね、ターピオっいう飲み物なんだけど」
俺は驚いて、というか予想通りすぎて目玉が飛び出しそうになる。
「モチモチのつぶつぶが沢山入ってて美味しいんだよねー」
「あああああ異世界にもこんなもんが流行ってんのかチクショー!!」
「……どうしたの?」
要するに、この屋台で売っているものはあの集合体である。
日本でもめっちゃ流行ってる、あれである。
「おえ。俺こういう集合体ニガテ」
「ちょっと、本気で吐きそうな顔しないでよ!?」
「無理。キモい」
ガン、と足の甲を踏まれた。
……というのは、完全に余談である。
陽も陰り、そろそろ戻ろうかという事になった俺たちは、ギルド『隻眼の猫』の前まで帰ってきた。
「今日はまあ、楽しかった。ありがとう」
「なによ。別にあんたの為じゃなくて、マスターに頼まれたからなんだからね」
頬を膨らませて、リーリーが俺を睨み付ける。
「わかってるって」
「じゃあ、あたしはあっちだから」
あれ、リーリーもここに住んでるんじゃないのかと疑問が過ぎる。そういえば、そもそも他のギルドメンバーもどこにいるんだ?
「なに?」
「いや、どこに住んでるのか気になって」
「ああ、あたし、この街の学園の生徒だから、そこの寮に住んでんのよ。あー、明日からまた学校かあ」
なんだ、と?
「おい、その学園、魔法とか学べるのか?」
「そうだけど?」
キョトンとするリーリーなど気にせず、俺はガッツポーズでもって叫んだ。
「俺も学園に行きたい!!」
偶然近くを通った人が、ギョッとして俺を見てすぐに視線を反らせたけれど関係ない。
これはまさに、王道シチュ、定番の流れじゃあないか!!
「あんた、歳は?言っとくけど、学園には18歳までの人しか入れないからね」
「リーリーは幾つだ?」
そう問うと、リーリーはちょっとムッとした顔をする。
「……16だけど」
「じゃあ俺も設定16で」
「はあ?」
そりゃあ100年は吸血鬼として生きているわけだけど、見た目はさほど変わっていないはず!
「あんた、自分が16に見えるわけ?」
「ちょい、失礼だぞ。あ、もしかしてもっと上に見えてた?」
それはそれで許す。大人っぽいってことだろ?
「そんなわけないでしょ。あたしより下だと思ってた」
え?
「うっそだぁ?」
「いやガチで」
俺はこの世界に転生してから、一番のショックを受けたのでした。グスン。
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