第3話 入団試験


「起きなさい!!」



 ブワッと布団が捲られる。


 さらに開け放たれるカーテン。



「おおおお!!それだけは!それだけはやめてッ!!」



 カーテンなんて開けられたら、俺はどうなるかわからないぞ!



「なによ?」



 シャッと無慈悲に開け放たれたカーテン。



「ぎゃああああ、あ、あれ?」



 なんとも、ない?



「どうしたのよ?」



 ものすごく不審な目で見る、不躾な少女リーリー。



「俺さ、太陽ダメなんだ。わかる?当たると灰になるの!でも大丈夫みたいだ」


「そりゃあ、灰になる人間なんていないもの」



 そら人間は灰にはならないさ。だけど俺は違う。吸血鬼だ。吸血鬼は太陽光に弱い。日光に照らされて灰になった仲間を何人見てきたことか。



「奇跡だ」


「はあ?」


「日光に当たっても平気だ!」



 俺はなんだかとても嬉しくて、ベッドから飛び出すと、そのまま窓を開け放った。


 朝日にきらめく街並みは、夜の街灯に照らされるそれよりも鮮やかに見えた。闇に浮かぶそれらよりも、色鮮やかな世界。吸血鬼としての100年の間に、俺はこれほど綺麗な物を見たこがなかった。



「太陽って偉大だなあ」


「あなた、頭大丈夫?」


「おい!そりゃ失礼にも程があるぞ」



 リーリーは眉を顰めたままだ。



「これ、あんたの服。着替えたら下に来て」



 渡されたのは清潔な白いシャツと黒いズボン。随分と至れり尽くせりだ。


 昨日の夜、この建物へと連れてこられた俺は、ノリと勢いでこの『隻眼の猫』というギルドに所属することとなった。


 もう俺も受け入れようとは思っているが、ここは多分異世界。俺は死んで、異世界へとやってきた。


 俺は言われたとおりに着替えを済ませて、階下へと降りる。昨日はこの建物の二階の部屋を貸してもらった。



「おはよう、リクくん」


「……おはようございます、マスター」



 ニッコリと挨拶を交わす、隻眼の優男。ざんばらな肩までの髪を一筋だけ結んでいる。



「よく眠れたかな?」


「ああ、まあ、うん」


「それはよかった」



 あくまでも人の良さそうな笑顔だが、この人は平気で他人にナイフを投げるような人である。俺は断じて、許しはしない。



「君は旅人と言うことだったが、一体どこからきたのかな?」



 本当に人の良さそうな笑顔だが、けして嘘は許さないという圧力があった。まあ、人間が頑張っているなあ、と、俺はたいして気にもならないが。



「それは聞かないでくれるとありがたい。言っても信じてもらえないだろうしな」


「なるほど。まあ、このギルドにはそう言った訳ありな人も多いからね。今更気にはしないよ」



 マスターは乾いた笑みでそう答える。



「でも、君を正式に受け入れるには試験が必要だ」



 なるほど。高校や大学と同じということか。望むところだ。



「では、うちの勇猛なメンバーを紹介する。彼らに勝てば、正式にうちのメンバーに迎えよう」



 勇猛というからには、どんな厳ついやつが現れるかと思いきや、出てきた3人はまあ、そんなに特徴のない人間だった。


 一人は筋骨隆々の男。一人は長剣を二本下げた優男。最後の一人は、耳のとんがった長身の女だ。



「この3人と戦い、勝ったならばこのギルドの仲間に迎えよう」


「勝つ?それは殺してもいいってことか?」



 肉体をかけた勝負をするのであれば、殺してもいいか聞いておくに越したことはない。俺はこれでも吸血鬼だ。人間ごときに負ける気はしないし、むしろ生かして勝つほうが難しい。



「君ね、ここは健全な魔物討伐ギルドだよ?殺しちゃだめでしょう」


「ああそう。先に聞いてよかったよ」



 あっぶねぇ。殺しちゃダメなやつだった。



「ではさっそく、試合を始めたいと思う。ついてきてくれ」



 マスターは、バーカウンターの奥の扉を開けて中へ入る。その奥の階段は地下へと続いているようで。



「もしかして怖気付いたのか?」



 筋骨隆々な男が嘲るように言うものだから、俺はカチンときて、大人気なく言い返す。



「なに、俺がここへ入ったら、お前たちの負けが決まるんでな」



 強がりである。精一杯の不敵な笑みを浮かべてみせる。



「不吉な赤い眼。お前はおれたちには勝てんよ」



 3人が階下へと向かう階段を降りていく。


 なるほど。俺の赤い眼を蔑むとは、いい度胸だ。これは俺の誇りだ。吸血鬼であること、誰よりも強い存在であることを証明するのがこの赤い瞳だ。



「なんとでも言え」



 最後尾、俺は出来るだけ余裕のある顔をして階段を降りた。







ーーーーーーーー


 そこはガランとした広い空間だった。一体なにがあったのか。彼方此方の壁が大きく凹んでいる。



「ルールは簡単。戦闘不能となったものが負け」



 マスターはどこか楽しそうにそう言うと、筋骨隆々の男が、部屋の中央へ立った。



「マイク!その人は追い剥ぎさんかもしれないので、気をつけてくださーい!」



 着いてきたリーリーが叫ぶ。筋骨隆々の男、マイクは、リーリーにガッツポーズをしてみせる。


 俺は別に、特別戦闘能力が高いわけでもない。ただ、吸血鬼として身体能力の高さには自身があるだけだ。



「よし、では始め!」



 向かい合って立つ。相手は生身の人間。だが、その量の拳にはトゲトゲのついたグローブを嵌めている。



「ガッハハハ、まぁた弱そうなヤツが来たもんだ」


「うるさーい!どうせヒョロいとか青白いとかオタクっぽいとか思ってんだろーがバーカ!!」



 変えられないところをバカにするヤツは嫌いだ……グスッ。



「お、おい!お前本当に大丈夫か?悪かった、悪かったよ?」



 泣き真似をしてみせる俺に、男はオロオロとして戦闘態勢を解いた。


 俺はそこを見逃さない。これも作戦なのだ。警戒を解いた隙に、瞬時に距離を詰めて間合いの内側へ潜り込む。態勢を下げ左脚を軸にして腰を捻り、下段からの後ろ回し蹴り。


 振り抜いた脚は、筋骨隆々な男の胸へキレイに入り、男はそのまま後方に吹き飛んだ。


 ズドーンと激しい音がして、壁にぶち当たる。



「あれ?弱くない?」



 受け止められる事を想定していた俺は、第二撃目のグーパンチを中止して、遥か遠くの男を見やる。



「なん、だ?今移動したのが見えなかった!瞬間移動魔法か?」



 二本の剣を提げた優男が、目を見開いて呟く。


 マジか。瞬間移動魔法とか、マジか。



「そんな、ことは、してないんだけどなあ」



 あはは、はは。笑ってんの俺だけか!?



「えー、じゃあ、次、メイフィス」



 マスターがコホンと気を取り直すように咳払いをした。



「少し驚いたが、オレはマイクより強いよ」



 俺の前に歩み出て、二本の剣を抜いたメイフィスは、余程自信があるのか挑発するように笑みを浮かべてみせる。


 ひとつ、俺はこう言ういかにもなイケメンが嫌いだ。特に理由はないが嫌いだ。



「キミは身体強化特化型みたいだね。オレと同じ、だけど、オレはこのギルドでも1、2を争うほど強いんだ」


「絶対ウソだろ」


「お、おいおい、いきなりなんて事言うんだい?失礼なヤツだなぁ」



 眉間に青筋を浮かべるメフィスト。こんな安っぽいヤツが1、2を争ってたまるか。



「第2試合、始めー!」



 マスターの掛け声とともに、俺はメフィスト目掛けて突っ込む。メフィストは二本の剣を独特の構えで持つ。ただ、某有名MMORPGアニメの主人公よりもダサい。



「武器を持たないヤツを相手にするのは気が引けるが……」



 と、メフィストの右の剣が振られ、俺の腹を薙ぐ。それを避けると、次は左の剣が開いた隙を突いてくる。流れるような剣技だ。なかなか近付くことはできそうにない。


 思ったよりも速くない。これなら俺の方に分があるか。



「身体強化、バースト!」



 とたんに、グンと剣戟のスピードが上がる。舞を踊るような薙ぎと突きが、間違いなく俺の急所を狙ってくる。



「うおっ!?」



 脇腹をかすめていく剣を、ナイスなタイミングで避ける。


 目で見ていては追いつけない。そう判断し、俺は剣が起こす風の唸りや、相手の視線を読むことに専念する。



「なかなかにしぶといね」


「それだけが取り柄なもんでな」


「そろそろ終わりにしよう!」


「やれるもんならやって見やがれバーカ!!」



 ムッ、と眉根に皺を寄せたメフィストが、半歩下がる。二本の剣を引き、渾身の突き。


 が、俺はもうそこにはいない。


 トン、と軽く地を蹴り、メフィストの背後へと着地。



「オラアアアア!!」



 気付いて振り返ったメフィストの顔面に、渾身の右ストレート。


 あちゃあ、クリーンヒットしちまった!!



「あ、なんかごめん。マジなのがキレイに入った」



 ドサァ、とその場に崩れ落ちるメフィスト。可哀想にイケメンが鼻血を垂らして白目を向いている。


 ちょっとだけスカッとしたのは言うまでもない。



「うわあ、容赦ないですねマスター」


「これはヒドイね。人としてもヒドイね」



 リーリーとマスターが蔑みの目を向けてくる。



「ちょっと!殺してないからいいじゃん!?それに俺こういうスカしたヤツ嫌いなんだもん!!」


「妬み、だね」


「はいマスター」



 じとー、と音がしそうな程の視線。うう、泣きそう。



「無駄話は終わり。次、わたしで最後」



 ショボクレる俺の前に、最後の敵が立ちはだかる。



「全力で来て」



 顔を上げたその女は、とっても可愛かった。







ーーーーーーーー


「わたしの名はイリノア」



 無表情。氷みたいに冷たい無表情。だけど、なんだか二次元的な可愛さがある。



「イリノアさーん、エルフの力でその人やっつけちゃってくださーい!」


「ん」



 こくんと頷くイリノア。そんな仕草も可愛い。肩までの金髪の髪がサラサラと揺れている。アニメキャラなら間違いなく俺の嫁と叫んでいた。



「エルフって、実在するんだな」


「そう。でも、あなたも人じゃないでしょ?」



 ギクッとするけれど、別に隠しているつもりはない。隠すような事でもないと俺は思っている。吸血鬼にだって人権はある、とここに主張したい。



「まあな。で、なんでわかった?」


「風の精霊」



 ん?精霊とな?



「風の精霊がそう言っている」



 もしかして電波キャラ?


 ……こんなに可愛いのに俺の苦手な属性だ。残念。


 ただあのネトゲ仲間の白豚野郎は歓喜の雄叫びを上げそうだ。



「あなた、何か怖い存在だと風の精霊が言っている。ので、わたしはあなたを倒す」



 瞬間、まさしく電光石火の勢いでもって、エルフの女イリノアが突っ込んできた。



「っ、クソ」



 間一髪で躱したが、首筋に一筋の血が伝う。



「躱された」


「ちょい!あんなん当たったら死ぬわ!」



 イリノアが不思議そうに、手にした短剣を見ながら呟く。まるで避けた俺が悪いみたいに。



「次は殺す」


「マスターさーん!?殺しはなしだよな?」



 遠く離れた壁際から、マスターが両腕を上げて大きく丸を作った。


 丸!?どっちの丸!?



「よそ見しないで」



 ヒュッと音を立てて振り抜かれる短剣。頭を下げて避ける俺は、すかさず足払いをかける。が、上手く避けられてしまい、再度短剣が俺の首を狙って突き出された。


 俺は丸腰だから、多少の卑怯な手は許して欲しい。



「くらえ!」


「むっ」



 渾身の目潰しは、上体を逸らして躱された。その勢いのままに、イリノアは俺の大事なところに蹴りを放つ。



「いやあああ、それだけはやめて!!」



 とっさに地面を蹴って距離を取る。容赦のない女だ、ものすごく恐ろしい。



「あっぶね、俺終わるとこだったわ」



 身体能力は俺ら吸血鬼とどっこいどっこい。加えて型もない本能だけの攻撃は、修練を積んだというより、実戦で鍛え上げたものだろう。故に確実に急所を狙ってくる。



「遅いよ」



 少し相手を舐めていた。そう理解した、その時だ。


 イリノアはいつのまにか俺の正面に立っていて。


 ズブリと最近聞き慣れた音が鼓膜へと届く。加えて熱の塊でも押し付けられたような、鈍い痛みが襲ってきた。



「ガ、ハッ」



 口腔内に込み上げる血液を吐き出し、そうしてわかった。驚いた事に、刺されたのだ。


 イリノアは根元まで突き刺した短剣を、一度捻るというエゲツない事をしてから引き抜く。やはりその技は実戦向きだ。



「お終い」



 胸元から血を吹き出し、込み上げる血液を吐き散らした俺を冷めた目で見る彼女は、やっぱり可愛いかった。








ーーーーーーーーーー



「イ、イリノアちゃーん!?殺しちゃマズいって言ったのに!」



 マスターの慌てた声。駆け寄ってくるリーリー。



「追い剥ぎさん!死んでる!?」


「もう死ぬ。急所を狙った」



 そんなあ、と情けない声のリーリーだ。



「おい!勝手に殺すな!」



 思わず大きな声が出てしまった。だってまだ倒れてもないのに死んだ事にされたら悲しいじゃないか。



「えっ!?」



 キョトンとしたリーリーの顔が面白い。



「うわっアンデット!!」



 トンチンカンな声はマスターだ。



「なん、で?」



 少しだけ目を見開いたイリノアの呟きに、俺はちょっと得意げな気になる。



「はっはっは!俺はそんなもんでは殺せねーよ!」



 だって吸血鬼だもん!!


 一同の驚愕の表情に、俺は大満足だ。



「さて、続きやるか?」


「もう、いい」



 あれ?予想外にも断られた。と、イリノアを見れば、



「泣いてる!?」


「グス、なんで、死なないの。わたしが弱いの?」



 短剣を取り落とし、両手で顔を覆って泣いている。



「いや、その、君はそんなに弱くはないからな?俺がちょっと、その、特別?なわけだから」


「うう、わたしの短剣はどんな魔物も倒してきた。のに、うう」


「なんかごめん、ホントにごめんなさい」



 やれやれとマスターが首を左右に振る。リーリーは呆れたように溜息をついた。



「ま、じゃあ、君の勝ちでいいか」


「ですね、マスター」


「改めて、『隻眼の猫』のマスター、アシュレイだ。ようこそ、我がギルドへ!」



 と差し出された右手。それに応えるように、俺も右手を差し出す。



「あ、ちょっと待って。手、洗ってからにしてくれる?ほら、君血だらけで、ちょっと」



 キモいから、アハハ。


 聞こえているぞこの野郎!


 俺は上げ掛けた右手を、所在無げに元に戻した。

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