第92話◇ヒモと童女と遊びの約束

 



 朝食後。

 俺とエレノアは謁見の間に呼ばれた。


 子供達はミュリと一緒にお勉強の時間だ。


「ゆうしゃさま、あとで遊ぼうね?」


「れいん、ウルとも遊ぶ」


 ウサ耳のキャロと狐耳のウルが同時に言う。

 俺は少し考えて、チビ達に声を掛けた。


 いや――。


「キャロ」ウサ耳の童女を「ウル」狐耳の童女を「ネア」猫耳の童女を「ハウ」犬耳の童女を「ユニン」馬耳の童女を「コミミ」ミミズクのような羽角を生やした童女を、呼ぶ。


 帰る場所を失い、俺と共に魔王城に保護された、六人の子供達。

 不思議にそうに俺を見る全員を、一人ひとり抱きしめる。


 驚いたように、擽ったそうに、嬉しそうに、それぞれ反応する子供達。


「俺に色んな遊びを教えてくれてありがとう。お前達が当たり前のように遊びに混ぜてくれたから、俺は沢山の『普通』を取り戻せたよ」


 キャロとウルが俺の服の裾を掴んだ。

 急にこんなことを言ったから、不安がらせてしまったようだ。


 安心させるように頭を撫でる。


「あとで合流するから、またいっぱい遊ぼう」


「今日はあたしも混ぜてよね!」


 ミカも笑顔で言う。

 みんな、笑顔で頷いてくれた。


 子供達はフェリスに任せ、食堂を後にする。


「……びっくりしたじゃない。まるでお別れの言葉みたいだったわよ」


 ミカに小突かれる。


「そんなつもりはないよ。でも、言っておかなきゃと思ったんだ」


「あの子たちとの日常は、ずっと続きますよ」


 エレノアが言う。


「そうだな。俺達が勝つから、ずっと続くさ」


「……はい」


 エレノアの声は、どこか沈んでいるように聞こえた。

 俺は彼女の隣に並ぶ。


「もしかして、俺が勇者として戦うことに、負い目を感じてるのか?」


 エレノアは驚いたような顔をしたあと、恥じ入るように俯いた。


「事態が事態とはいえ、結局レインさまに【勇者】としての働きを求めることになり……。こんなことがしたくて、この国にお招きしたわけではないというのに」


「でも、俺と【勇者】を切り離すことはできないだろ」


「――――ッ。それは、いえ、はい、ですが……」


「確かに俺は『普通』になりたくて、英雄を辞めたくて、それでエレノアのヒモになったけどさ」


「はい……ヒモを働かせるなんて、養う側失格です……」


 エレノアが更に落ち込んでしまう。

 え、ヒモって働いたらいけないのか……。


 じゃなくて。


「そもそも俺が【勇者】じゃなかったら、エレノアたちを助けられなかったわけで」


「――っ」


「昔は、誰かを助けても、『無事でよかった』くらいで終わったんだけど。エレノアたちに再会して、キャロたちと一緒に過ごすようになって。過去に助けたやつらが、今の自分にとって大事な人になって、それで、思ったんだけど」


「…………はい」


「みんなを助けることができた力なら、【勇者】ってのも悪くないのかもしれない」


 エレノアが、複雑な顔になる。


「そう思えたのは、エレノアのおかげだ」


「え?」


 彼女が俺を見た。


「俺が、ずっと逃げたいって思ってたものを、俺自身に認めさせるなんて、エレノアはすごいな」


「~~~~っ」


「【勇者】として誰かを助けるもいいけど、俺はやっぱりここでの生活が気に入ってるからさ。さっさと世界を救って、その……」


 俺は少し照れくささを感じながら、意を決してエレノアに言う。


「また俺を養ってくれよ」


 エレノアは目に涙を浮かべ、それを拭ってから、とびっきりの笑みを浮かべた。


「はい! もちろんです!」


「いい話ふうに纏めてるけど、これヒモとそれを養うために超働いてる女の会話なのよね」


 ミカが突っ込む。


「レインさまは一流のヒモなので問題ありません!」


「出た! ヒモの等級! 久々に聞いたわよそれ!」


 そういえば再会の日にも、そんなことを言っていたか。


 随分と遠い日のことに思える。

 それだけ、今の生活が俺にとっての『当たり前』になっているのかもしれない。


 当たり前を満喫するためにも、目の前の戦いを勝たねばなるまい。


 ◇


 謁見の間には、前回の会議に参加していた面々が揃っていた。


 この内、『七人組』は全員、『幻惑の魔女メイジ』率いる魔法部隊、フローレンスが自費で雇った傭兵団、ヴィヴィ麾下の情報官たちが参戦。


 四天王のライオと、メイジの父である魔法部隊隊長はこの国に残る。

 いくら世界の危機とはいえ、自国の防備は疎かには出来ないからだ。


「賢者様経由でいただいた、軍神様の指示書にはみなさん目を通しましたね?」


 メイジが言い、俺達は頷く。


「レインさまを酷使した腹黒メガネに従うのは癪ですが、今回は仕方ありません」


 エレノアは他の五人の英雄をよく思っていないが、そのことで作戦を無視することはない。


「では行きましょう……あ、その前に、あれやっておきます?」


 メイジの言葉に、俺は首を傾げる。

 魔王軍における、戦いの前の儀式のようなものがあるのだろうか。


 それにしては、他のみんなもポカンとしているような。


「ではわたくしから。えー、こほんっ」


 メイジは声の調子を整えるように咳払いしてから、潤んだ瞳で俺を見た。


「わたくし、この戦いが終わったら、勇者様と結婚するのですっ」


 『七人組』から殺意が迸る。


「戦場でそういうこと言うやつは大体死ぬんだけど、あんたは殺しても死ななそうよね。あとレインとの結婚とか許さないから」


 ミカがツッコミを入れた。

 後半部分に同意するように、『七人組』が首を縦にぶんぶん振る。


「メイジの悪ふざけはともかく、戦いに赴く前の決意表明というのは悪くないでしょう。私はこの戦いに勝利し、レインさまの楽しいヒモ生活を――」


「あ、そろそろ時間なので出発しましょうねぇ」


「メイジ……ッ!!」


 エレノアが叫び、メイジが楽しげに微笑む。

 俺、エレノア、メイジ、ミカといった『空間属性』を扱える者の手によって、各人員を転移させる。


 そして、俺達自身も戦場へ転移。


 戦いが、始まる。



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