第91話◇ヒモと勇者と夜と朝




 夜。


 俺はチビ達の眠るベッドから抜け出し、バルコニーへと出る。

 ふわりと夜風が肌を撫で、髪を揺らしていった。


「眠れないの?」


 人間化したミカが隣にやってきた。


「……お前、魔力は大丈夫なのか? そんなに頻繁に変身して」


「あぁ、この腕輪はそこも改善されてるのよ。あたしの人間体は毎回作り直してるんじゃなくて、この腕輪に格納されているらしいわ。逆に今は、聖剣が腕輪に入ってるのね」


「お前の精神を、聖剣と人間体で行き来させてる?」


「そうそう」


 確かにそれならば、膨大な魔力を使って人間ミカの肉体を構成する、という工程を毎度挟まずに済む。

 改めて、モナナはすごい魔道技師だ。


「明日のことを考えているのか、ヒモのレインよ」


 人間化状態の白狐もバルコニーにやってきた。


「まぁな。白狐さま、明日は子供達を頼むよ」


 白銀の髪の美少女と化した白狐が、大きく頷く。


「任された」


 子供達は戦いに連れていけない。この国にいれば安全だろうが、白狐がついていてくれるのなら百人力だ。


「……敵の目的がまだ引っかかってるの?」


「そうだな。強い敵が襲ってくるってだけなら、話は単純なんだけど……」


 人類にとってはとてつもない脅威だが、話としては分かりやすい。

 そこに、更に裏の目的も潜んでいそうだ、というのが厄介だ。


 そしておそらく、それは俺達にしか食い止められない。


「ヒモのレインよ。貴様の幼い双肩に、どれだけの者の未来が懸かっているのか、我には想像もつかん。我は、己が守るべき村を失った時、身を裂かれる思いを経験した。それが全人類規模となれば、その重圧は一人の子供が受け止めきれるものではなくなると、我は思う」


「まぁ、戦争になって誰も死なないってのは難しいけど、そこはそんなに気にしてないよ」


「……まことか?」


「あぁ、世界は滅びない。敵が何千何万いようと、俺が全員倒しきるからだ。それが出来る生き物を、人類は【勇者】って呼ぶんだ」


「そう、か」


 ミカも白狐も、静かになる。

 だがやがて、白狐が口を開く。


「では、勇者レインよ」


「ん?」


「世界を救ったあとで、再び貴様を、ヒモのレインと呼ばせておくれ」


 白狐が俺の頭を撫で、優しく微笑む。


「あはは、俺もそっちの方がいいよ」


「勇者だろうがヒモだろうが、あたしは一生あんたと一緒なんだからね!」


 ミカが白狐に対抗するように声を上げる。


「分かってるって。明日も、その先も、よろしく相棒」


「ふんっ、わかればいいのよわかればっ……!」


 俺達はしばらくバルコニーでくだらない話をしてから、ベッドへと戻った。


 ◇


 敵の襲撃予定が分かっているならば、先んじて奇襲を仕掛けることも出来そうだが、それは難しい。

 普通の人間の行軍速度などを基準にしても無意味だからだ。


 【聖女】マリーが魔族領を単身突っ切ってジャースティ国を目指した時のように、『並の人間』を超越した生命体にとっては、膨大な距離や山々など大した障害ではない。


 敵がどこに来るかが分かっていても、今どこに潜んでいるかを計算するのは困難なのだ。


 それでも敵が軍として動くのであれば、潜伏地候補は絞れそうなものなのだが……。

 マッジやヴィヴィでも、襲撃日以外の情報は掴めなかったというのだ。


 【賢者】アルケミが【軍神】の言葉を預かって現れたが、その内容も『敵の侵攻への対応を最優先とする』というものだった。

 彼さえも、事前の対策は難しいと判断したということ。


「もしかすると、何年も前から準備してたのかもね」


 朝。

 食堂へ向かう途中で、ミカが小声で言う。


「かもな」


 五人の英雄が、十年を掛けて俺を最強の【勇者】として育成したように。

 敵側に、瘴気に侵されていない参謀役がいるなら、『神の召喚』は思いつきではなく長年の悲願だったりするのかもしれない。


 だとすると、少し気になることもある。

 白狐のような、膨大な魔力を秘めた存在を敵が集めていると知った時。


 五年前のことを思い出した。

 とある国の姫や、魔力の優れた人間が攫われた事件だ。

 六英雄が犯人の居城に乗り込んだ時、そこには幼き『七人組』もいた。


 犯人である骸骨魔導師は倒したが、やつの目的は不明のままだ。

 やつも、もしかすると神を召喚するための魔力を集めていたのかもしれない。


 まぁ、可能性の一つに過ぎないが。

 とにかく、今回の敵の行動は、神の突発的な命令ではなく、長大な計画である可能性がある。


「ゆうしゃさま、考え事?」


 ウサ耳のキャロが俺を見上げていた。


「うん。今日の朝食は何かな、と」


「あはは、楽しみだよねっ!」


「だな」


 食堂につくと、既にエレノアが待っていた。


「おはようございます、レインさま。子供達も」


 彼女は優しげに微笑んでいる。


 凛々しく美しい、四天王エレノアの顔で。


「おはよう、エレノア」


 なら今、俺が浮かべている笑顔も。


 勇者のものらしく見えているのだろうか。



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