第93話◇勇者と軍神と伝心と転移

 



 俺が最初に飛んだのは、【軍神】グラディウスのいる作戦室だった。


「来たか、レイン」


 彼は戦闘能力を持たない。

 今回の戦いでは前線に立たず、安全な場所で人類防衛の作戦を指揮してもらう。


 深海のような青い髪に、冷たい瞳、そして平坦な声、あと眼鏡。

 椅子に腰掛けているのでわかりにくいが、背も高い。


「あぁ」


「貴様には『伝心』の魔法を掛けてもらう。各戦場の指揮官、ジャースティ国側の戦力、六英雄全員に、私の指示が聞こえるようにしてもらう」


 世間話などは一切なし。

 実にグラディウスらしい。


「了解」


 各戦場の指揮官たちとは、過去に逢ったことがある。

 『伝心』は離れている者との意思疎通を可能とする魔法だ。


 この人数と距離を考えると、【賢者】の弟子である【勇者】でもなければ発動、維持できない規模となる。

 つまり、俺なら出来る。


 だから呼ばれたのだろう。

 魔法を構築している間、気になっていたことを尋ねる。


「本当に、あんたでも敵の目的がわからないのか?」


「仮説ならばある」


「へぇ。でも言わないってことは、可能性がすごく低いか――気にしても無駄か」


「フッ」


 彼は、微笑んだ、のか。

 しかも、なんだか嬉しそう、だったような……。


「グラディウス?」


「魔法はまだか?」


「今発動する」


 彼に『伝心』の魔法を掛ける。


「『レイン、お前に求めるのは膨大な数の雑兵を始末することだ。強大な個体は他の者に任せろ。私が指示する順番で戦場を転移し続けろ』」


 グラディウスは喋っていないのに、何を伝えたいかが聞こえてくる。

 魔法は正しく機能していた。


「了解。……多分、あんたと一緒に戦うのはこれで最後かな」


「ふんっ、勝手にしろ。貴様はどこにいようが、悪しき魔族を狩る」


「……【勇者】だから?」


 グラディウスは既に俺を見ていない。


 俺は『空間転移』の魔法を練る。


「……馬鹿が。貴様が『レイン』だからだ」


 あいつの顔を見てやろうと思ったけど、俺は既に転移していて出来なかった。


 ◇


 敵の潜伏地が判明しなかった理由はすぐに分かった。


 いなかったのだ、、、、、、、


 敵将と思しき魔族が、魔力の込められた石を割る。

 するとそこに『裂け目』が開き、そこから無数の魔族が出現。


 敵軍は人間界にいなかったから、見つからなかった。

 そして今、魔力を隠して潜めるだけの精鋭が現れ、膨大な魔力の『願いを叶える性質』を利用して『裂け目』を具現化、大群を召喚してみせたのだ。


 これが人類領と魔族領の境目全てで同時に行われていると思うと恐ろしい。

 『裂け目』は、その大きさに応じて通り抜けられる存在の格が変わる。


 『王』クラスを召喚するのに必要な魔力は膨大だが、無名の魔族であれば小さな『裂け目』で充分。

 無数に開かれた『裂け目』から、絶えず魔族が出てくる。


 それらは英雄にとって対処可能な雑兵でも、人類にとってはとんでもない強敵だ。


「なるほど、俺はこいつらを倒せばいいんだな」


 俺は空を飛び、『風』魔法を練る。

 そして、嵐を作り上げ、敵にぶつけた。


 悪しき魔族達が悲鳴を上げながら嵐に飲まれ、風に刻まれていく。

 兵士たちも腰を抜かしているが、そのあたりは【軍神】から指揮官、指揮官から兵へと情報が伝わってすぐに落ち着くだろう。


「さすがね、勇者レイン」


 俺の隣を『天網のヴィヴィ』が浮遊していた。


「『裂け目』を開いてる敵は、ヴィヴィに任せるよ」


 俺に求められているのは、沢山の敵の始末である筈。


「えぇ、任せて頂戴!」


 ヴィヴィが鞭を振るうと、逃げる敵将の背を鋭い風刃が切り裂いた。

 ここはもう問題ないだろう。


 グラディウスから次の指示が飛んできたので、その場所を確認し、転移する。


 ◇


 次の戦場では、既に兵士たちが魔族と戦い始めていた。

 俺は空中から戦場を見下ろす。


 ある兵士が、狼の獣人の爪によって切り裂かれる。

 しかし兵士の傷は一瞬で再生し、逆に狼の獣人を斬りつける。


「――――! マリーか!」


 一瞬遅れて気づく。

 この戦場にはマリーの魔力が行き届いていた。


 範囲内の味方は、どんな傷を負っても即座にそれが治癒される。

 【聖女】マリーだからこそ出来る、癒やしの魔法。


 治癒魔法だけでも歴代最優秀だというのに、マリーは更に戦いまでこなせる。


「ハァ……ッ!」 


 拳鍔を装備した拳で、彼女が巨大化した異形のオーガを殴りつける。

 瞬間、敵の腹部に大きな風穴が空き、倒れた。


「次!」


 彼女が動く度に大きな胸が揺れ、スリットの入った衣装がめくれる。


「聖女様に続けぇ……ッ!」「おうッ……!」「まさに戦場に咲く花!」「乳デケェ……!」

「馬鹿野郎! 世界を守る戦いだぞ! うぉっ今めっちゃ揺れた……!」「敵を斬れ! あの双丘を拝むのはそのあとだ!」


「……発言者は全て記憶しましたので、のちほど殿方のあるべき姿というものをお教えしますね?」


 マリーの説教は長いのだ。


 俺は苦笑しながら、練り上げた魔法を発動。

 かつてマリーとの戦いでも使った『重力』属性魔法だ。


 兵士たちと矛を交える前の敵集団に向かって放つと、全員がぺちゃんこになる。

 マリーがすぐに気づき、俺を見上げる。


 先程までの勇壮さはどこへやら、目に涙を浮かべてみせる。


「レインちゃん……!? あぁおねえちゃんを助けに来てくれたんですね! 嬉しいです。おねえちゃん、敵さんが強くて怖くて怖くて」


 嘘をつかないでくれ。

 ノリノリで無双していたのを見てたぞ。


 兵士たちも急に態度が変わったから呆気にとられているじゃないか。


「悪いマリー、次に行かないと」


「うぐぐっ、英雄の責務ですね、仕方ありません。でもおねえちゃんはどこでもレインちゃんのことを――レインちゃん!?」


 済まないがグラディウスに急かされているので転移させていただく。



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