第71話

 



 忘れるところだったが、当初の目的は温泉だった。

 温泉施設はフローレンスが創らせたというが……。


 エレノアが『空間転移』を使うことでみんなを移動させる。

 到着したのは、木造の大きな建物だった。


 以前、『サムライ』という特殊な騎士がいる国で見かけたのと、似た造りだ。

 入り口? 玄関? に入ると、大勢の女性がきっちりと並び、一斉に頭を下げる。


 女性達はみんな、『キモノ』なる珍しい衣装に身を包んでいる。

 そしてみんな、犬耳が生えていた。

 それ以外の特徴は、人間とそう変わらない。


「ようこそいらっしゃいました」


「悪いわね、少し遅れてしまって」


 一人、キモノの柄が違う女性がいて、その人物がフローレンスと幾つか言葉を交わす。

 その間に俺達は広い玄関口で靴を脱ぎ、建物内専用の履物に履き替える。


 足の前側のみを覆うもので、履くというよりは引っ掛けるという感じだ。

 ペタペタという足音が面白いのか、子供達がはしゃいでる。


「あまりうるさくしてはなりませんよ」とフェリスやセリーヌに窘められて、静かになった。


 子供達の真似をしようとしていた俺は、何事もなかったように前を向く。


「貴方様が、フローレンス様の好い御方でしょうか?」


「ん?」


 フローレンスと話していた三十代前半くらいの美人が、俺ににっこりと微笑む。


「女将ったら、先走りすぎよ。まぁ? レイン様とわたくしが結ばれることは確定的なわけだから? この時点で恋人と断言しても何の問題もないのだけれどね?」


 フローレンスが胸を張って嬉しそうな顔をしている。


 案の定、他の『七人組』から抗議の視線が飛ぶ。

 彼女たちがぎゃあぎゃあ騒ぎ出して「館内ではお静かに」と注意されている間、女将と呼ばれた女性との会話が続く。


「フローレンス様からお話は伺っておりましたが、実物はそれ以上ですね」


 どんな話をしていたのだろう。


「ここは、フローレンスが創ったって聞いたんだけど」


 女将は大きく頷く。

 彼女が言うには、貧しかった村にフローレンスがやってきて、温泉施設の建造と観光地化を提案。

 地元の人材や名産を積極的に重用し、道の整備や宣伝などまで一手に担い、村を活性化させてくれたのだという。


 魔王の結界で瘴気は弾けるが、食べ物が天から降ってくるわけではない。

 貧しさは、どこの世界であろうと生存に対する強敵なのだった。


 お金があれば食べ物も買える、家も直せる。

 そんな単純な話ではないかもしれないが、この村ではフローレンスは認められているようだ。


 ナカイ、と呼ばれる女性たちが俺を囲んで、なにやら囁き出す。


「フローレンス様は、とてもお優しく美しいです」「纏うオーラからして神々しいですよね」「すらりとした体型に、大きなお胸」「まるで美の女神がこの世に顕現したかのよう」「彼女のような女性に愛される殿方は幸せでしょうね」「私なら絶対に掴んで離しませんのに」


 と、俺の脳に刻みこむようにフローレンスの美点を連ねるナカイたち。


『ちょっと! 人の相棒を洗脳しようしてる!? やめてくれない!?』


 騒ぐミカに苦笑しつつ、俺はナカイたちをぐるっと見回して、言う。


「フローレンスが綺麗で優しいのは、もう知ってるよ」


「はうっ……!」


 女性たちが胸を押さえて床に膝をついた。

 女将だけが「まぁ」と感心したような声と共に、頬に手を当てている。


『……新たなる犠牲者が生まれてしまったわね』


 ……これ、俺が悪いのか?


「フローレンス様は、その振る舞いで誤解されることもありますが、大変お心が広く、お優しい方です。ですが、我々がお伝えするまでもなく、貴方様には本当のフローレンス様が見えているのですね」


 なんだかみんなが静かだ。

 ふとフローレンスを見ると、顔を真っ赤にしている。


 他の六人はなんだか悔しそうな顔をしていた。

 その後、俺達は復活したナカイ先導のもと、部屋に通される。


 この大きな建物は温泉を備えた宿泊施設として経営されており、フローレンスの予約が入った時だけは貸し切りとなる。

 元々は村の者達が彼女専用に造ろうと言い出したのだが、フローレンスがそれを却下したという。

 自分が居ない時は誰かに貸した方が効率的だ、とか言ったらしい。


 部屋割りは、俺がチビたちと一緒。

 『七人組』とセリーヌ、フェリスは幾つかの部屋に分かれるようだ。


 とんでもなく上機嫌になったフローレンスが、俺を自分専用の特別な部屋に招待したところで、エレノアの『空間転移』によってどこかに飛ばされた。


 数分後「エレノアーーッ! 雪だらけの外に飛ばすのは酷すぎではなくて!?」という怒号が建物内に響き渡った。


 部屋には館内着が用意されていて、ユカタと呼ばれるその服に着替える。

 チビ達の着替えはフェリスに頼み、俺は部屋の仕切りを利用してサッと一人で着替えた。


 部屋には暖炉があり、外の雪景色からは想像できないほど、室内は暖かい。


「たんけん、だね」


 ウサ耳のキャロが、突如そんなことを言い出した。


「たんけん」


「お城の時もやったけど、ここ初めての場所だし」


「あぁ、探検か」


 本当の探検には危険が伴うことが多いが、この建物内くらいなら大丈夫だろう。


「キャロは、よく森を探検して迷子になって怒られたものだよ」


 それは怒られるだろう。心配してキャロを探しただろうから。

 その時のことを思い出したのか、キャロが寂しそうな顔をした。


 ここにいる子供達は、攫われて奴隷として売り飛ばされる寸前だった。

 それを俺とエレノアが救出したわけだが、故郷が滅ぼされていたり、そもそも保護者に売られたという経緯だった子供は、魔王城が保護することに。


 キャロ達には、帰る場所も温かく迎えてくれる家族もいないのだ。

 普段は明るく振る舞っているが、辛くないはずがない。

 過去を思い返すなどして、当時のことを意識した時には特にそうだろう。


「なら、俺も一緒に行こう」


 キャロの頭を撫でながら言うと、キャロはニパッと微笑んだ。


「いいよ。じゃあキャロがたいちょーね」


「了解、隊長」


 他にも数人がついてくることに。

 俺達は館内を巡り、魔王城とは異なる建築様式に目を引かれたり、温泉の入り口を見つけたり、『七人組』たちの部屋をこっそり覗こうとしてバレたり、従業員専用の扉を見つけて近づいたところをナカイに見つかってすっとぼけたり、大冒険を繰り広げた。


 部屋に戻ると、みんなが部屋に集まっていた。

 『七人組』、そしてフェリスとセリーヌもみんなユカタ姿である。


『げっ……でっか……!?』


 ミカが叫んだ。

 このユカタという衣装、腹のあたりに帯を巻くのだが、それによって年長組の豊満な胸部がこれでもかと強調されていた。

 今日は雪景色の中をみんなで遊んでいたので、普段胸の大きさが隠しきれていない衣装を着ている面々も、防寒具によってそれがあまり目立たなかったのだが……。


 ユカタはその逆。

 腰回りを帯がキュッと締めることによって、それ以外の部分がデデンッと突き出る形になる。


 いや、何もこの衣装自体にそういう効果があるわけではない。

 実際俺や子供達は、頭からつま先まで特に目立ったところがない。


 やはり、着る者か。


「ゆうしゃくん……あれ……あれさ、同じ服かな? キャロとエレノアちゃんたち、同じ服着てるかな……」


 キャロが遠い目をして言う。

 気持ちは分かるが俺に訊かないでくれ……。


『な、なんて教育に悪い……』


 ミカはどの部分を指して教育に悪いと言っているのか。

 立ち姿の時点で「前がはだけて胸がこぼれ落ちてしまうのでは?」と不安になる着こなしか、彼女たちが歩く度にたゆんっと揺れる胸か、時折彼女たちが隠すように意識する臀部か。

 わからない……。


 エレノアとルート、そしてヴィヴィは少し照れくさそうに、レジーとモナナは自分に似合っているか不安そうな顔で、マッジとセリーヌは表情がなく、フローレンスは自信満々、フェリスはいつもの優しげな微笑を湛え、それぞれ俺を見ている。


「ユカタ姿も、似合ってる……な?」


 俺は曖昧に微笑んで言った。

 似合っているは似合っているのだが、可憐だとか、美しいとかではなく、印象としては『圧倒的な破壊力がある』という感じで、直視できないのだ。


 しかしそんな俺の褒め言葉にも、みんなは嬉しそうにしてくれた。



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