第72話◇まくら投げ

 



 さて。

 ようやく本題である。


 どうやら、集団で旅行に来た時には『まくら投げ』という遊びをするものらしい。

 名前の通り、まくらを投げ合う遊びだそうだ。

 俺に『普通の旅行』を楽しんでもらうべく、みんなは部屋にやってきたのだ。


 雪投げの時のように俺を守るべく、マッジが近くに来てナイフを抜き放つ。

 しかし「まくらは切り裂かないで頂戴」とフローレンスに言われ、渋々ナイフをしまっていた。


 子供達はまくらを投げる力も弱く、あたっても『ぽふっ』とした擬音が似合いそうな、いかにも柔らかい感じがして、和気藹々とした空気なのだが。


「抜け駆けデートをした件、まだ許してない……からっ」


 レジーがまくらを投げると、『ブォンッ……!』と音の壁を突き破るような音がした。


「……甘い!」


 狙われたエレノアは即座に『空間転移』して避ける。

 枕はそのまま窓に向かい、ガラス窓を突き破る――ことはなかった。


「危ないですよ~、遊びなんですから気をつけましょうね~」


 ルートが結界を張ってくれたらしい。

 建物が破壊されなかったのは良いが、結界に弾かれた時の枕の音がそれはもう凄まじかった。


 枕が弾けて中に詰まっていた羽が散る。

 子供達は一瞬ビクッとしたあと、『また七人組のおねーちゃんたちか……』と呆れた顔をして、枕投げを再開。


 ……慣れたものだ。


 フローレンスが「備品を破壊しないでくださる!?」と怒っている。

 フェリスが申し訳無さそうに「べ、弁償させますので……」と頭を下げていた。


 エレノアは床に転がる誰かの枕を拾い上げ、投擲の姿勢をとる。

 レジーとの戦いは続行中のようだ。


「許さないも何も、あとで貴女たち全員レインさまとの一対一デー……お出かけ権を手に入れたでしょう! 感謝してほしいくらいですよ!」


 エレノアは反論のように言いながら、レジーに向かって枕を投げた。


「あだっ……」


 レジーの胸に枕が直撃し、彼女の胸を豪快にバインバインッと揺らした。

 その衝撃でユカタが緩み、危うく胸が溢れそうだった。

 しかし俺以外はみんな、違うことが気になるようだ。


「ちょっと! わたくしの知らない情報が出てきたのだけど!?」


「ボクも初耳だな……レインくんとの、でぇとかぁ……」


「いい……問題ない……別に……デートしてもらえなくても……守るから……」


 フローレンスが驚き、モナナが悲しげな顔をし、マッジが無表情で肩を落とす。

 その様子になんだか胸が痛くなり、俺は気づけば口を開いていた。


「いや、三人と再会する前だったんだよ。三人さえよければ、今度出かけよう」


 三人がバッと俺の方に顔を向ける。


「是非に!」


「う、うん。そうできたら、嬉しいな」


「絶対に行く」


 即答する三人。

 それに対しエレノアが「しまった」という顔をする。


「くっ、エレノア、余計なことを!」


 ヴィヴィが投げた枕を、エレノアはキャッチする。


「仕方ないではないですか! そもそもレジーが過ぎたことを持ち出したから――」


「れいんさまを保護したからって、エレノアは優遇されすぎだと思う」


「そんなことはありません!」


 ヴィヴィ、エレノア、レジーが何やら言い合っている。

 そんな中、ルートがスッと俺に身を寄せた。


「四人個別のデートを『第一回』として、フローレンスたち三人が加わったことで『第二回』を開催……つまり、再度全員とお出かけするというのはどうでしょう~?」


『……ルート、醜く言い争う三人とは違い、己も得する条件を引き出すべく動くなんて……我が友ながら恐ろしい子……!』


 ミカが驚くような感心したような声を出す。

 ルートの意見に対し、フローレンスたち三人からは反対意見が上がる。


 エレノアたちは数の優位から意見を通そうと動き、議論は活発。

 俺は年長組から離れ、子供達との枕投げに興じることにした。


 ◇


 枕投げで汗を掻いたあとは、温泉に。

 温泉は男女別に分かれており、俺は一人で入浴することになった。


 子供達とミカも、女湯だ。

 魔王城では毎日子供達やミカ、メイドのフェリスやその時々の乱入者がいて騒がしいので、一人ゆっくりと湯を満喫できるのは貴重だ。


 温泉はとても心地よく、身体の芯から温まる。

 何の不満もないのに、何故か。

 少し物足りない気がしてしまった。


 もしかすると、常に誰かが一緒にいる、という状況に慣れてしまったのかもしれない。

 だから今俺が感じているこの気持ちはきっと、『寂しい』というものなのだろう。


「これもまた、『普通』なのか」


 普通の感情だからといって、良いものばかりではないようだ。


「英雄でもそうじゃなくても、みんなそれなりに大変なのかもしれないな……」 


 そんな独り言を呟いて、一人風呂に浸る俺だった。


 ◇


 湯上がりに合流した女性陣の火照った顔と湿った髪に少しドキッとしたが、チビたちと一緒に冷たい牛乳をグビッと飲んでいる内に落ち着いた。


 温泉で身体がぽかぽかになったあとは、みんなで食事だ。

 外で食べる飯もいいが、誰かが用意してくれたご飯を温かい室内でまったり頂くのも、やはり良いものだ。


 身体が温まり、更にお腹も満たされると、だんだんと眠くなってくる。

 半分夢の中にいる子供達もいる中、俺達は部屋に戻る。


 部屋の床材はタタミという特殊なもので、その上に布団を敷いて寝るのだという。

 布団を設置すると、子供達がぱたりぱたり倒れては眠りに落ちていく。


 今日は沢山遊んだので、無尽蔵に思える子供の体力も限界にきていたのかもしれない。

 キャロとウルだけはまだ俺と話すのだと起きていたが、それも十数分くらいしか保たなかった。


 俺も眠かったので、壁に立て掛けたミカに「おやすみ」と告げてから、眠る。

 意識が沈んでいき、視界は真っ黒に――。


「勇者さま」


 ――どれくらい経っただろうか。


 ぱちぱちと、暖炉で薪の弾ける音がする。

目を開けると、淡い明かりに照らされたフェリスの顔があった。


「フェリス?」


「はい、勇者さま。フェリスにございます。お眠りのところ起こしてしまい、申し訳ございません」


「……何かあったのか?」


 俺は布団の中に入り込んでいたウルと、寝相が悪く俺の胸に足を乗せているキャロの二人を起こさぬよう気をつけながら、上体を起こす。


「よろしければ、廊下でお話しさせていただければと……」


 俺は頷き、一瞬ミカを見る。


『……行ってきなさい』


 ミカがついてこようとしないのは珍しい。

 怪訝に思いながらも、手ぶらで廊下に出た。


 子供達を起こさぬよう、そっと戸を閉める。


「それで? どうしたんだ?」



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