第61話◇おさらいとこれから
俺の知る世界は、二つ。
自分の生まれ育った人間界と、魔族の故郷である魔界だ。
二つの世界を繋げるのは、突発的に生じる『裂け目』という通り道。
魔界には瘴気が満ちていて、これを長く吸うと凶暴性が増す他、姿が異形に近づく。
また、瘴気の満ちた空間で生物を殺すと、その者の強さを吸収できるという。
そんなわけで、魔界は戦闘狂だらけで、そんな戦闘狂たちが日々殺し合いに興じるものだから、強いやつはどんどん強くなっていく。
そいつらは、人間界をも戦場に変えようと目論見、戦いを仕掛けてきた。
人類はいまだ劣勢だが、負けてはいない。
神の祝福を受けた六人の英雄が、いつの時代も人類を守護していたからだ。
そして、当代の六英雄はいずれも歴代最強と呼ばれていた。
魔法の【賢者】――アルケミ
回復の【聖女】――マリー
剣術の【剣聖】――スワロウ
弓術の【魔弾】――シュツ
知略の【軍神】――グラディウス
そして――、
万能の【勇者】――レイン
各分野の頂点である五人の英雄から、俺は十年もの間、様々な技術を教え込まれた。
おかげで、敵との戦いで負けたことはただの一度もない。
そんな俺でも、『勝てるかどうかわからない』敵がいるとすれば――それは『神』だ。
神といっても、本物の神様ではない。
魔族達の強さには等級があり、上から神、王、公、将となる。
『○○公』と呼ばれる魔族よりも、『○○王』と呼ばれるやつの方が格上なわけだ。
最上位に君臨する神クラスだが、あまりに存在の格が高すぎて『裂け目』を通ることが出来ないらしい。
かつて片腕だけが『裂け目』から出てきた時、当時の【勇者】が命と引き換えに追い払ったという話が残っている。
それだけ危険な存在なわけだ。
そんな神クラスを、悪しき魔族たちが召喚しようと企んでいると判明。
魔族は圧倒的な実力差を前に屈することがあるらしく、集団を組織する者もいる。
神クラスがその気になれば、人間界の魔族を全員従えることもできるのかもしれない。
どのように影響力を及ぼしているのかなど不明な点もあるが、実際に魔族は動き出している。
『裂け目』を人為的に開くには魔力が必要で、神クラスが完全顕現するほどとなると途方もない量の魔力が必要になる。
今、俺たちに出来ることはとにかく――敵の目論見を阻止すること。
敵が集めている魔力源を回収し、膨大な魔力を抱える悪しき魔族の実力者たちを倒す。
それが、敵の目的を阻むことに繋がる。
魔力が必要だというなら、それを邪魔すればいいのだ。
と、まとめると単純なのだが。
単純ゆえに、敵もそれくらいは想定済みな筈。
そうなってくると、敵も考えるわけだ。
邪魔者となりうる存在の排除を。
つまり、六英雄の抹殺。
正直俺たちが負けるのは想像できないが、強い魔族にまともに対応出来るのは人間界では六英雄だけ。
襲撃される場所によっては、周囲に被害が及ぶ可能性があるのだ。
だから、襲われるにしろ、その場所のことを考えねばならない。
一度は人間界の人類領から脱して、魔族領にある平和な国のヒモになった俺だが、今回ばかりは人類の六英雄として再び活動することになるかもしれない。
最後の『七人組』であるマッジの報告を受け、俺と魔王軍は対策を講じることに。
情報収集は筆頭情報官のヴィヴィや、潜入捜査と暗殺を得意とするマッジ、
戦いへの備えは四天王の魔法剣士エレノア、魔法学院の教師ルート、王族警護を担うメイドであるレジー、
人間との交渉は、王都の賭場を取り仕切る、交渉上手のフローレンス、
必要な魔道具作成をモナナ、
と、俺の知る人物たちも全面的に協力してくれることに。
もちろん、俺が知らない各分野のエキスパートたちも大勢参加する。
そして、俺に求められたのは――更なる強化。
エレノアたちの住むこのジャースティ国は、魔王が結界を展開しているおかげで、瘴気を寄せ付けない。
だが結界の範囲外に一歩踏み出せば、そこは瘴気に満ちた魔族領なのだ。
逆に言えば、結界の範囲外で悪しき魔族を倒せば、他の魔族同様、俺でも強化される。
六英雄だと【勇者】【聖女】【賢者】であれば、瘴気の中でも魔力を纏うことで長時間活動が可能。
これを利用し、三人の英雄を魔族領で強化しようというのだ。
神クラスの正確な強さがわからない以上、俺たちが強くなるに越したことはない。
そんなわけで、俺たちは決戦に向け準備を進めた。
◇
――のだが。
やるべきことは、以外と早く片付いてしまった。
まず【軍神】の先読みと根回しによって、人間領からの協力は既にとりつけられていた。
細かい話を詰める必要はあるが、人類と魔族が手を取り合うという、この世界の常識では考えられない偉業があっさりと達成されてしまったのだ。
これには、取引材料などを沢山用意していたフローレンスも呆気にとられたという。
また、それに伴い、【聖女】と【賢者】の魔族領派遣も決定。
人類を守る任務に穴を開けないことを条件に、俺と共に主要な敵戦力を削って回った。
六英雄の内、三人もが全力で魔族刈りに回ったことによって、『王、公、将』クラスの強力な魔族たちはどんどん数を減らしていった。
『裂け目』から入ってくる魔族は絶えないし、魔族同士の殺し合いによって強化される個体だっているので、根本的な解決にはならない。
ならないが、俺達の強化という面で見れば充分な成果を上げられた。
ヴィヴィたちの情報収集が追いつかないほどに、俺たちの魔族狩りは早かった。
また、魔王軍の戦力は悪しき魔族の襲撃に備えて常に万全とのことで、特殊な部隊を編成した以外では、特に何かする必要などはなかったという。
最後に、モナナは日々色んな魔道具制作に取り組んでいるが、そもそもが制作には膨大な魔力が必要。
彼女といえど無限に作り出せるわけではないので、休憩は必須。
というわけで、モナナにも自由時間はある。
つまり、だ。
人類の英雄もこの国の魔族も大変に優秀で、世界の危機でありながらも、休めるだけの時間が確保できている。
常に気を張りっぱなしというのも精神的によくないので、休息が得られるほうが健全ではある。
引き続き、神クラスの召喚阻止や、召喚された際に撃破するための策を進めるのは当然のことだが……。
日常を完全に切り離すほどではない、というのが現状。
そんなある日。
俺たちは――温泉旅行に来ていた。
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