第59話◇七人目の……?
夜。
「レイン様」
ささやくような声で呼ばれ、俺は目を開ける。
エレノアだった。
月に照らされた彼女の髪は、幻想的な輝きを放っている。
「どうしたんだ?」
「至急、お話が」
「わかった」
エレノアはそう言うなら余程のことだ。
俺はチビたちを起こさないように気をつけながらベッドを出ると、台座のミカを引き抜く。
白狐がこちらを見ていた。
「チビたちを頼む」
『承った』
俺はエレノアに手を伸ばす。
エレノアは俺の手を優しく掴んだ。
次の瞬間、視界が切り替わる。
王への謁見の間だ。
そこには、既に多くの者が集まっていた。
まずは玉座に、角を生やした紫髪の巨漢――魔王。
そこへ続く段差の下には、今『空間転移』してきた俺とエレノア。
通路の左右を固めるように他の者達がおり、ルート、ヴィヴィ、レジー、モナナ、フローレンスの『七人組』が揃っている他、四天王ライオ、同じく四天王クラスの魔法使い、その他幾人かの実力者が揃っている。
『気』や魔力だけで、ここにいる者が只者ではないのは明白だった。
「こんな時間にごめんね、レインくん」
魔王は纏う王の覇気からは考えられないほど、親しみやすい話し方をする。
「いや、大丈夫だよ」
俺の態度も本来ならば不敬なのだろうが、王自身が許しているのでよいのだろう。
「エレノアちゃんもご苦労だったね」
「いえ……」
「今日はね、秘密の会議が必要だと思って、みんなを呼んだんだ」
魔王の言葉はどこまでも軽い。
このまま誰かの誕生日会に何をするか、みたいな議題でもおかしくない緩さ。
だが、空気だけは引き締まっている。
だから俺も、説明を待った。
「それじゃあ、ヴィヴィちゃん。説明を頼むよ」
「ハッ」
ヴィヴィは恭しく礼をしてから、口を開く。
「ここのところ、大きな魔力を持った者を狙った事件が多発しています」
大きな魔力を持った者を狙った事件、俺には心当たりがあった。
「勇者レイン、四天王エレノアが共同で救出した子供たちがいました。彼女たち自身は魔法の才を持たない普通の子供ですが、狐の亜人の少女の故郷には霊獣がおり、この確保のために村が滅ぼされています」
俺やエレノアを含む、その場の者達の表情が歪む。
子供が故郷を理不尽に奪われる、その言葉に胸を痛めない者は少ないだろう。
「また詳しく調べていく内に判明したことですが、猫の亜人の少女の故郷にはマガタマと呼ばれる石が祀られており、これが瘴気を弾く結界の役割を果たしていたようです。しかしこれも奪取されています」
「――――」
故郷を奪われたのは、狐耳のウルだけではない。
親に売られて帰れなかった者もいるが、そうでない者は帰る場所が既にないのだ。
そしてもう一つの大前提。
瘴気は動植物を蝕み、変化させてしまう。
人に近い姿を保つには、清浄な空気のあるところで過ごす必要がある。
たとえば、今も無事な人間領。
たとえば、俺が今世話になっているこの国。
たとえば、俺たちがたまに遊びに行くあの無人島。
安全な土地とは、瘴気に侵されていないか、瘴気を弾く結界が張られているかのどちらか。
そして当然、魔族領で人の形を保っている全ての者が、この国の庇護下にあるわけではない。
ウルの故郷では白狐が村を守っていた。
白狐を狙う魔族にウルの村は滅ぼされ、命からがら逃げ出したウルはオークに捕まった。
「この他にも、観測された魔力溜まりを確認にいくと既に消失していたり、魔石の強奪事件、魔力の高い者の誘拐事件などが起きており、それでいてその魔力が使用された痕跡がありません」
魔力溜まりが急に消えることはない。
『願いを叶える性質』で誰かの願いを叶えてしまったなら、確認に行った者が何かに気づいただろう。
痕跡さえも消えていたなら、観測結果が間違っていたか、魔力を何者かが回収したかだ。
魔石とは魔力を溜められる石で、奪われたなら中の魔力も盗んだ者が利用できてしまう。
攫われた者に関しては魔王軍が既に救出したようだが、五年前のエレノアたちのように儀式の生贄にされることだって考えられる。
全てに共通するのは、大量の魔力。
「莫大な魔力を集めるという目的で、敵が暗躍してるっていうのか?」
俺の問いにヴィヴィが頷く。
「その可能性が極めて高いと考えています」
「確かに……白狐を取り戻しに向かった時、敵は霊獣から魔力を抜こうとしていた」
エレノアがこの件を報告していたようなので、驚く者はいない。
その時、この場の者ではない声が聞こえた。
「レイン様の言う通り。敵の目的は莫大な魔力を集めること――今のところは」
いつの間にか、漆黒の髪の女性が俺の横に立っていた。
冷たい表情、魔人の角、細い手足に、豊満な胸、そしてそれを包む黒のピチッとした衣装。
俺は彼女に見覚えがあった。
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