第29話◇唐突に水着回(中)
「わぁ……!」
と声を上げたのはチビ達だ。
みんな、前に風呂に入った時とはまた違った水着を身に纏っている。
「ちょっと急に走り出さないの! 溺れたり波に攫われたら怖いんだからね!」
ツインテールを揺らしながらチビっ子達に注意しているのは、魔法学院の学生であるジュラルだ。
国を守るために魔法を勉強しているだけあって、守るべき対象である子供たちへの面倒見がいい。
彼女の水着は、細い紐を肩から下げた袖なしの肌着っぽいやつと、太ももから下が晒される短いズボンみたいなやつの組み合わせ。
「もうっ。レインくんとフリップくんも手伝ってよね。ってフリップくんは妹ちゃんに付きっきりか……」
ジュラルの言う通り、フリップはヒラヒラしたワンピースタイプの水着を着てはしゃぐ妹に、ハラハラした様子でついている。
「あぁ、今行くよ」
「行ってらっしゃいませ、勇者さま」
ビーチパラソルなるものを立てるのが海水浴の慣わしだと聞いたので、フェリスと一緒に設置していたのだ。
ちなみにフェリスはどこかメイド服を思わせる上下に分かれた水着を着用していた。
「あ、そうだフェリス」
「なんでしょうか?」
「水着、似合ってる」
かつて【聖女】に言われたのだ。
――『服を褒められて嫌がる者は少ないでしょう。それが普段と違う特別な装いならなおさらです。下心抜きでさりげなく褒められる男性は好印象ですよ』とかなんとか。
そのあと『と、ところで……! こほんっ、私はつい先程装備を新調したのですが? 服も新しいの買ってみたりしたのですが?』と続いたので早速褒めてみたら大層喜ばれた。
人付き合いを制限されているのに人付き合いのコツを教えてくるので【聖女】は変なやつだなぁと思っていたものだが、このような機会を得たので挑戦してみる。
するとフェリスは驚いたような顔をし、それから俯きがちに顔を隠した。
「お戯れを」
えー……失敗したじゃないか。
「悪い、嫌だったか……」
「いえっ、そのようなことは決して。その……ありがとうございます」
顔を上げたフェリスは、頬を赤くして微笑んでいた。
あぁ、良かった。【聖女】の言葉は間違っていなかったらしい。
「ですが勇者さま、そういったことはどうか他の方々に。私ばかりがお褒めいただいては、悲しまれます」
ふむ。
「レジーはフェリスとお揃いの水着なんだな。似合ってるよ」
木陰からじーっとこちらの様子を窺っていたレジーに声を掛けると、「びゃいっ……!」と声を上げながら肩を震わせ、恥じらった様子で出てきた。
「あ、ありがと、ごじゃます……。その、れいんさまもか、かかか、格好良――」
「レインくーん……! すぐ行くって言ってなかった?」
ジュラルの声。
「あ、俺行かないと。二人もいつでも混ざってくれ。あっちにいるからさ」
二人に見送られてチビ達の方へ向かう。
「お、おおおお、お姉ちゃん。れいんさま、れいんさま、今、似合ってるって……」
「えぇ、良かったわねレジー」
「せ、世界一可愛いって……」
「幻聴よ、レジー」
「他の六人なんて目じゃないって……!」
「そろそろ現実に戻ってきなさい、レジー」
姉妹仲は良いようだ。
「あ、そうだ。ミカ、お前はここにいてくれ」
そう言って鞘ごと砂浜に突き刺す。
『はぁ……!? なんで……!?』
「いや、水中での動きにさ……その」
邪魔というと傷つけてしまうことくらいは、俺も既に学んでいる。
『あたしは陸海空での運用に耐え得る最高の聖剣なんですけど……!』
「もちろん分かってる。戦いの時は頼りにしてるさ」
『待っ。ほんとに置いてった……!?』
そんなミカに魔法学院の教師であるルートが近づくのが一瞬見えた。
「もうっ、遅いんだから」
砂浜を勢いよく疾走し、その勢いで跳躍、どこまで遠くで着水するかという遊びを一部のチビ達が開始。
今のところ一位はウサミミのキャロだ。跳躍力だと子供の中だと一番だろう。
……自分に有利な遊びを作ったな?
「ミュリもやりたいよー」
と訴える妹を「危ないからやめなさい」と嗜めるフリップ。
ジュラルも「あぶぶぶ……」と水に沈みかけた童女を引き上げ、注意している。
全員の状態を魔法で把握、危険になることがあれば助けられる。
しかし言わないでおこう。何があっても安心と分かれば、チビ達はもっと手がつけられなくなるだろうから。
「悪い悪い。ジュラルの水着も似合ってるな」
褒め言葉のレパートリーが『似合ってる』しかないことに気づくが、今日はこれで乗り切るしかない。
ジュラルは意外にも顔をぼっと赤くした。
「そ、そう……あ、ありがと……。レインくんも似合ってるよ。それに体鍛えてるんだね、その、格好いいと思う」
……なるほど。
確かに褒められると、結構嬉しいものだ。
「ありがとう」
後ろから「お姉ちゃんあれ誰、誰なの一体」「勇者さまのご学友で、ルートさまの生徒でもあるジュラルさまですよ」「ルートめ……自分の生徒の手綱くらい握るべき」「顔が怖いですよ、レジー」という会話が聞こえてきた。
「う……! れいん、こっち……!」
狐耳のウルが手を振って俺を呼んでいる。
彼女を含め何人かは元のサイズに戻った白狐の上に乗り、海の上をすいすい移動している。
手を振り返してから、砂浜から助走をつけて跳ぼうとしていたキャロを捕まえ、危ない遊びを中止する。
「むー。勇者さまと勝負しようと思ったのにー」
「他の遊びをしよう。平和なやつ」
「うぅん。じゃあそうするー。あと、キャロの水着は?」
「え? あぁ、似合ってるぞ」
褒めてやるとキャロは嬉しそうに破顔し、腕にしがみついてきた。
「う……。白狐さま、戻って。急いで」
『承知した。分かったから毛を引っ張るでない、ウルよ』
村の守護者である霊獣を乗り物扱いしていいのだろうか。
白狐が気にしてなさそうなので、ダメではないのだろうが。
「くっ、勇者レイン! 気をつけてあたしの情報によるとこの時期このあたりには巨大イカが――」
エレノアの転移で今やってきた筆頭情報官のヴィヴィが叫ぶ。
「あぁ、こいつ?」
ざぱぁっと海面から巨大なイカが現れる。
子供たちが悲鳴を上げた。
「大丈夫、もう倒してあるよ」
近くに来て子供たちを触手で海中に引きずり込もうとしていたので、海中で凍らせておいたのだ。
冷凍巨大イカである。
「お、お見事ね……さすがは勇者レインだわ」
「これ、食えるかな?」
俺の問いに答えが返ってくるまで、ちょっと時間が掛かった。
フェリスが言うには食べられるらしい。
どんな味がするのだろうか。
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