第11話◇勇者の公園デビュー




 魔王の娘は名をミュリといった。


 彼女は普段、ご飯を食べたり家庭教師の授業を受けたり、お昼寝したり兄と遊んだりと大忙しの日々を送っているらしい。


 しかしここ最近になって日常に変化があった。

 兄がなんたら魔法学院とかいうところに入学し、学業で忙しくなってしまった。


 一人で遊んでも楽しくないし、メイドや他の者は自分に気を遣って全力では遊んでくれない。

 そんな時、俺たちの遊ぶ声が聞こえてきたのだとか。


「へぇ、兄ちゃんってあれだよな。魔王のおっさんの隣にいた」


「うん」


 エレノアと魔王城にきたあと、挨拶に行ったのだ。


 最初は人間の王と会う時みたいに適当に膝ついて「はっ」と「ありがたき幸せ」を交互に呟いてれば終わると思ったのだが、魔王のおっさんは改めて俺の境遇を聞き――号泣した。


 その後は抱き締められ、「好きなだけいていい」「寂しかったら私をパパと呼んでもいい」などと終始親身になってくれて、逆に驚いた。


 俺が戦うことになったのも、一部の好戦的な魔族達が今でも領土拡大を求めたり戦い自体に飢えているためで、申し訳ないとまで言われた。


 ……この国の魔族は、人に戦いを仕掛けていないのに。


 どうやら魔界から人間界に出てくる者達には、二種類いるようなのだ。


 一つは、魔界の戦い戦いまた戦いという地獄みたいな現状に嫌気が差し、平和を求めた者達。

 この国は、そんな魔族が集まって興したもの。


 もう一つは、人間界でも戦い戦いまた戦いしようぜ! という理解不能の戦闘狂達。

 そういう奴らのボスにとって領土はトロフィーみたいなもので、ぶん獲れれば土地がどうなっていようがお構いなしなのだとか。


 ……そんなんで瘴気だらけの土地にされても困るのだが。


 当然といえば当然かもしれないが、人間領より詳細な情報が沢山入ってきて、あれは結構助かったな、、、、、


 まぁ、とにかくこの国の魔王は良いやつだった。


 俺たちは現在、ミュリ案内のもと公園とやらに向かっている。


「俺と同じくらいの年って聞いたけど、学院って十五から入るとこなのか?」


 ミュリがこくりと頷く。

 ちなみに他のチビ達は楽しそうに話していたり、あるいは俺にひっついたり、ミカに触ろうとして『ちょ、やめなさい!』と怒られたりしている。


「うん。まほーを使うのはあぶないこといっぱいだから」


「あー、確かにそうだなぁ」


 勇者の紋章の刻まれた俺でさえ、最初の頃は失敗も多かった。


「でも、ゆうしゃくんはちっちゃい時からまほー使ってたんだよね?」


「ん? まぁなぁ。魔法の先生と、なんでもすぐ治しちまうやつがいたから」


 失敗して怪我しても、【聖女】ならすぐ治せる。

 普通は暴走したら危険な魔法も、【賢者】が監督しているのだから最悪抑え込める。


 危ないことを危ないままに、周囲に被害を出さず行えるメンバーが揃っていたのだ。

 まぁ治るとは言っても怪我すると痛いので、俺もなるべく早く魔法を習得しようと努力した。


「まほーのおべんきょう、楽しい?」


「いやまったく? ミュリは家庭教師の授業面白いか?」


 ミュリは首を横に振った。


「だろ? 魔法も同じだよ。勉強は基本つまらん。ただ……」


 そのつまらん勉強ときつい訓練があったからこそ、俺の戦いで結果的に多くの人が死なずに済んだ。


 助かったと分かった時の安堵の表情や、彼らから向けられる感謝の言葉は……嫌いではなかったな。


 だからつまらないが、無駄ではないと思う。


「ん?」


 ミュリがつぶらな瞳で俺を見上げる。


「いや、なんでもないよ。それで、どうしてそんなこと聞くんだ?」


 そう尋ねると、彼女は悲しげな顔をした。


「にぃにはまほーのお勉強のほうが好きみたいだから……ミュリより……」


「それは変なやつだな」


『おばか。魔法ってのは普通は使えないのよ。魔力を生み出し操る才能と、優秀な教師がいないことには習得出来ないの。それだけにかなり貴重だし、大抵の国は欲しがるわ。この国だって自衛の力は必要でしょうし、魔王の息子なら国への責任とかもあるでしょ』


 確かに魔法使いは敵にも味方にも少ない。

 なんでも斬れる【剣聖】も、魔法は一切使えない。


 才能の有無がそれだけ重要なのだ。


「なら、お前の兄貴はすごいやつだな」


「え?」


「将来誰かを守るために、自分から勉強してるんだから」


 ミュリは、その言葉を聞いてしばらく俺を見上げていた。


「……うん」


 と、最終的に彼女は頷く。


 まぁそんな理屈で頭を納得させても、気持ちが楽にならないこともあるだろう。


「兄貴と遊べない分は、俺やこいつらと遊べばいいさ」


「! うんっ」

 

 そこで、ようやく彼女は笑った。


 建物を出てしばらく歩くと、広い空間に行き着く。

 陽光は柔らかく、風は気持ちいい。


 てっきり魔族領の奥深くはもっと酷い状態かと思ったが、魔族領だからと瘴気が蔓延るわけではないようだ。


「あぁ、ミュリさま! 探しましたよ!」


「……私がトイレに行っている間に逃げましたね……護衛から逃げてはだめですよミュリさま」


 広い空間にはなにやら色んな器具? が置いてあり、子供たちが嬉しそうな声を上げて走り出す。

 どうやら使い方の分かるものがあったようだ。


 あいつらの動きを観察して俺も覚えよう。


 さて。

 メイドである。


 くせのある赤毛で身長が低い方が、少し慌てて。


 フェリスに似ているがどこか内気そうな黒髪で猫背の方が、若干恨めしそうに。


 それぞれ、ミュリを見つけて近づいてくる。

 ミュリはさっと俺の後ろに隠れた。


「あ……ゆ、ゆ、勇者!?」 


 枝分かれする角、ところどころ見える鱗と、太めの尾。

 人間との違いはそれくらいか。

 赤髪の方は、龍人だった。


「! ……れ、れいん……さま」


 黒髪の方はやはりフェリスにどこか似ている。同じ魔人だし。あと、俺を見て目を見開いている。

 二人はミュリ付きのメイドなのだろう。


「さっきたまたま逢ったんだ。彼女にここまで案内してもらって、これから公園の使い方を教えてもらうところだったんだが……」


『今言うことじゃないけど、これ公園とは違うわよね。王宮内だし、一般人絶対入っちゃだめな場所よね』


 ミュリが公園と呼んでいるのだから、細かいことはいいじゃないか。


「う、ぐ……。まぁ、魔王さまとエレノアさまの信頼厚い勇者さまと一緒にいたのなら……でも勝手にどこかに行ってはだめですからね?」


 と、赤髪メイドが微妙な顔をして言い。


「……ミュリさま……ナイスです……ようやくチャンスが回ってきました……」


 と、独り言っぽく黒髪メイドが言う。

 黒髪メイドの方はよく分からないが、もう一人が言ってることは正しい。後半の方。


「だってよ」


 俺が声を掛けると、ミュリはひょいっと顔を出す。


「ごめんね」


「……はい。それに、二人してミュリさまに逃げられる私どもがそもそもダメなのです……あはは……」


「そう落ち込むことないよ、アズラ。ミュリさまは幼いながらに凄まじい身体能力をお持ちだもの」


「あんたが長々とトイレなんか――もごっ」


「れいんさまの前でそんなこと言わないでよ……」


 アズラと呼ばれた赤髪メイドの口が黒髪メイドに塞がれる。


『この黒髪……結構な魔力ね。護衛ってだけはあるわ……にしてはポンコツっぽいけど』


 確かに、エレノアほどではないが相当の才だ。


 そんなことよりも。


「ミュリ、行こう。お前もみんなに混ざりたいだろ」


「うん」


 この【勇者】レインの目を以ってすれば、公園内の器具ごときの使用法は既に掌握済み。


 階段登って、僅かな傾斜を滑ったり。

 板の両端を縄に結びそれを支柱から吊り下げたものに座って、勢いをつけながらぶらぶらしたり。

 巨大な梃子の両端に人を載せ、ぐらぐら揺れてみたり。

 なんか仕切りがあり、その中が砂で満たされていたり。


 今のところ楽しみ方は一切分からないが、実際に体験してみなければ分からないことというものはある。


 ――解き明かしてやろうではないか、公園ってやつを。


『あんたが楽しそうでなによりよ。……ってあっ、なんであたし置いてくわけ!?』


「お前、色んな器具に引っかかりそうだし……」


『相棒でしょ!? 苦も楽も共にしなさいよ!』


 ミカがうるさいので背中に吊るすことにした。

 そんな俺達を、アズラが苦笑しながら、黒髪メイドが熱のこもった視線で見ていた。



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