第10話◇ウサミミの鬼から隠れろ勇者
「みーつけた……!」
という声がしたあと、小さな指でつんつんされる感触。
「くっ……」
俺は敗者なりの矜持として、抵抗することなく投降する。
「あはは、ゆうしゃさまがいちばんめだよ」
ウサギのような耳をした、タレ目がちな童女だ。
みんなはキャロと呼んでいる。
エレノアと逢った日に救い出した一人である。
「な、なんだと……」
俺は項垂れる。
『当たり前でしょ……カーテンの中に隠れるとか言い出した時はびっくりしたわよ』
胸に抱えていたミカが呆れたように言った。
かくれんぼ、とは。
隠れる側の者と、探す側の者に分かれて行う遊びだ。
探す側――鬼が数を数えている内に、隠れる側は身を隠す場所を選定し、最適な場所を決定。
いずれ自分たちを食らうべく周囲を徘徊する鬼に決して見つかってはならぬと、息を潜める。
この遊びは、見つかった者は以後何も出来ないというところが特徴だ。
本来そのような状況下で鬼に見つかったとなれば――恐怖で動けない者を除き――逃走なり反撃に打って出るものと思うが、そういった行為は禁止らしい。
隠れ方を学ぶのもいいが、見つかった場合の対処も組み込むべきではと思うのだが。
【軍神】も言っていた。最悪の場合を想定し、その対処方を用意してもまだ足りないのが作戦というものだと。
「確かにカーテンに身を隠すには無理がある。だって足が出るし。だから俺は風魔法を使って浮遊したんだ! 幸いここのカーテンは長いこともあるし、体が上にズレる分には問題ない」
『そういう問題じゃないと思うのよね。外から見たら膨らんでるの丸わかりだし』
「その点も抜かりはない。俺の隠れたこの部屋は鬼の出発点から最も遠いところにある。鬼は近くから探していく傾向にあるから、キャロが見回る全ての部屋のカーテンを同じく風魔法で膨らませた」
『あぁ、なんかやってたわね』
「これによってキャロは俺のところに来るまでに『中に何も入ってないのに膨らんでいるカーテン』を複数目撃、中身を検めることを次第に無駄と思うようになるだろう。隠れる側は俺ばかりではない。どうせ何も入ってないだろうカーテンへの警戒度は次第に下がり、他の箇所への捜索に力が入るというわけだ」
『子供の遊びにえらく力入れてるわね……オーク退治の時より必死じゃない』
「だからこそ『なんだと』と漏らしたんだ。キャロ、俺が一番めってことは……」
人間の子供で言うと十歳にも見えないキャロは、タレ目を更に笑みの形に緩め、頷いた。
「うん、まだ他のみんなは見つけてないよー」
「何故だ……教えてくれ。敗北の理由から学ぶことの出来ない者に成長はないんだ……。理由を教えてくれ、俺には分からない……何故よりにもよって一番目なのか……」
もちろん前回やってしまったように、本気を出せば子供に認識されなくなるのは簡単だ。
今回は妥協に妥協を重ね、発見される可能性を残しつつありふれた風属性のみで臨んだというのに。
キャロはもふもふした自分のうさぎ耳を撫でながら、説明してくれた。
「キャロ、耳がいいの」
「……物音を立てないように気をつけたぞ」
「あのね、あのね、声がしたの。ミカちゃんのね」
『…………』
俺は隠れる時に胸に抱えるようにして持っていた聖剣を、既に腰帯に戻していた。
柄をぎゅっと握る。
「お前の所為じゃん」
『な、なんのことかしらー?』
「いいや俺は覚えている。確かにキャロの言う通り、お前は一回声を出した」
『くっ……仕方ないでしょう! 鍔部分に生地があたってチクチクしたのよ!』
「一角巨獣の突進受け止めても文句漏らさなかったやつが、カーテンに負けるなよ」
『何よ! 聖剣が敏感肌じゃいけないっていうわけ!?』
「いや俺は我慢してくれと……ちょっと待て肌どこだよ」
そんな会話をしていると、キャロが笑っているのに気づいた。
「ふたり、面白い」
その笑顔に毒気を抜かれた俺たちは、不毛な争いをやめた。
俺は隠れる場所に配慮すること、ミカは試合中は静かにするよう頑張ることをそれぞれ誓い、話は終了。
「それにしてもこの階だけっていっても結構な広さだろ、よくミカの声を聞き取れたな」
感心したように言うと、キャロはぽわーっという感じに笑う。
太陽のように眩しい笑顔なんて言ったりするが、キャロの場合は心地よい風みたいな笑顔だった。
「キャロね、村で一番耳良かったの」
と言ってから、彼女の表情が沈む。
――しまった、思い出させてしまったか……。
彼女の村は魔族の国同士の争いの最中、消されてしまった。
俺に故郷と呼べるような場所はないし、孤児院にも思い入れなんてまったくない。
だから、大事な場所や人を失う者の気持ちを完全には理解してやれない。
ただ、同じ戦場に投入された兵士や傭兵が命を落とした時は嫌な気分になったし、俺が治癒魔法を施す寸前に命を失ったやつのことは今でも夢に見る。
今でこそミカも最強なんて言ってくれるが、五歳からずっとなんでも救えて誰でも倒せたわけじゃない。
肉親や近しい者達を失った者の痛みは、俺のそれよりもっとずっと重いということは想像出来た。
こういう時に何をすればいいか、分からない。
しかしよく見るのは、こう、肩をぽんと叩いたり、背中をさすったりする行為だ。
だがキャロに手を伸ばすと何を思ったか、俺の手に向かって自分の頭を差し出した。
……まぁいいか。
頭を撫でる。ちょっと耳も触った。もふもふしていた。
「えへへ」
効果はあったのか、彼女の顔に笑みが戻る。
俺たちは部屋から出て、かくれんぼのために貸し切ったフロアの廊下を歩く。
「キャロ悲しいけど、さみしくないよ。みんないるし、ゆうしゃさまもいるから」
そんなこと言いながら、小さな手で、俺の手をきゅっと握る。
「……ここにいる限り、悪い奴らはもう出てこないよ」
「うん」
「それでももし、お前たちを狙う悪いやつがいたら」
「いたら?」
俺は、意識して笑みを浮かべる。
「また俺とエレノアがやっつけてやる」
キャロは顔全体で喜びを表すように、笑うのだった。
『ふっ、もう知らない仲でもないしね。あたしも守ってあげるわよ』
「ミカちゃんは……う、うん、その、ありがとね?」
『なによレインの時と反応が違うじゃない!』
そんな会話がありつつ。
しばらくして全員を発見。
どいつもこいつも机の下とか棚の中とかデカイ壺の中とか、発見されやすい場所に隠れていた。
これで俺たちが一番先に発見されたとは……。
「なぁ、また違う遊びも教えてくれないか?」
ちなみに先程俺が鬼になってもう一度かくれんぼをしたが、全員をすぐに見つけて終わった。
勇者から逃げられるなどと思わないことだ……ふっ。
「……じゃあ、公園使う?」
と声を出したやつを見て、おや? と思う。
こんな子いただろうか。
子供は今、六人いる筈。
あれ、七人目の子供が混ざっていた。
角が生えた、紫色の髪の童女だ。
どこかで見たような……最近こんなのばっかりだな。
あ、でもこの子の場合は見たのも最近だ。
そうそう確か――。
『魔王の娘じゃない』
ミカの言う通り。なんか魔王への挨拶の時にいた。話す機会はなかったが。
「……一緒に、遊ぶ?」
なんて上目遣いで聞いてくる。
俺は他の子供たちを見回し、それから頷いた。
「案内してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます