第9話◇聖剣、ギャン泣き(後編)

 



 そうか、ようやく分かった。

 聖剣の意思を煩わしく感じる勇者に使われている時、こいつの心は封印されるも同じ。


 だから、こいつは俺に、勇者に必要だと思われたかったのだ。

 自分の心まで含めて、共に在っていいのだと思われたくて、存在を主張していた。


 俺に置いていかれることを極端に怖がるのは、俺の強さが歴代勇者の強さを大きく上回っているから。それこそ、戦いにおいて聖剣がなくても平気なほどに。


 戻ってこないのではないか、と不安になったということか。


 持った上で、心を否定されることも。武器としてそもそも不要とされることも。

 彼女は、怖かったのだ。


「なんで言わなかった? 俺が前の勇者みたいにお前を黙らせるとでも?」


 というか、そういうことなら言ってほしかった。

 結構うるさいって思ってたぞ、俺。


 でもきっと、黙ってほしかったわけではない。だからこいつは元気なままだったのだろう。

 この関係が俺という勇者にとって、最適だったから。


『そ、それは……ひどいことしたから……』


 ミカは本当に申し訳なさそうな声で言う。


「酷いこと?」


 頭を捻るが、なんも思いつかない。


「あ、宝剣折ったことか?」


『そ、その件じゃなくて。その……初めてあんたに逢った時、幼い頃から一緒にいれば、今度の勇者には対等な相棒だと思ってもらえるかもって思ったの』


「ふぅん、それが?」


 何もおかしくない。


それよ、、、。白銀おっぱいも言ってたでしょ、五歳の子供に剣を持たせて戦うなんてまともじゃないわ。本当なら、適当に「まだ私を扱う器に育ってない」とか言って、成長を見守らせるべきだった。けどしなかった』


「あぁ、なるほど」


 その選択に罪の意識を感じ、中々告白出来ずにいたのか。


『最低よね。軽蔑して当然だわ。ごめんなさい。あんたの優しさに甘えて頼れる聖剣ぶってたけど……中身はこんなものよ』


 自嘲するように呟くミカ。


 幼い頃はともかく、頼れる聖剣かどうかは微妙だな。

 でも、対等な相棒ではある。


『覚悟を決めるわ。罰を与えると思って、あたしの意思を消しちゃって……あんたが願えば、最適化されるから』


 死刑執行を受け入れて目を閉じる囚人みたいな雰囲気を醸し出しているが、何言ってんだか。


「いや、別にいいよ」


『え?』


「だから、気にする必要ない」


『――なっ! あ、あんた分かってないの? あたしは聖剣のくせして自分の感情を優先し――』


「あー、まずそこを勘違いしてるぞ」


 多分こいつは「自分が止めてれば幼い頃から戦わされることはなかった……」的な後悔を抱えているっぽいが。


『え』


「冷静になって考えてみろ。あの五人が俺を見つけた、そこでお前が何か言ったとしてだな――あいつらがそんなこと聞いて待つと思うか?」


『――あ』


 気づいたようだ。

 そう、有り得ない。


「まだお前を使える器じゃないとかの言い訳してたら、それこそお前なしであの日々を過ごすことになってただろうが」


 聖剣はなくとも勇者の紋はばっちり刻まれているのだ。

 鍛えることも戦わせることも、問題ないではないか。


『そ、そうかもしれないけど。だからと言ってあたしの選択の罪は消えないわ』


 ふむ、そういうものか。


「じゃあ、許す」


『じゃあ許す!? 軽すぎるでしょ!?』


「だって俺、お前の意思消したくないからなぁ」


 こいつの求めてる罰を、俺は下したくなんかないのだ。

 俺への贖罪で、俺の望まぬ覚悟を決められても困るというものだ。


『……!! な、なんでそんな……』


 ミカは再び泣きそうな声になる。

 うぅん……こいつが全部話したのだ、俺も言うしかないか。


「あの五人は、俺の教育係だろ。年上だし、先達というか、教師というか、大人だ」


『え、えぇ……そうね?』


「でー……だからー……そのだな……お前はちょっと偉そうだけど、対等だったろ。お前がむかつくこと言ったら、俺も言い返すみたいな」


『お互いに、遠慮がなかった?』


「そう! 多分それだ。俺はきっと……そういう関係に憧れてた……その……」


 なんだか上手く言葉が出てこない。

 それでも、ここまで来たら最後まで伝えるべきだろう。


「も、もし友達が出来るなら、こんな感じかもって想像してた……」


 街で見かける子供達、飯屋で酒を交わしながら笑い合うやつら、戦場で互いに軽口を叩きながら背中を預けて戦う兵士や傭兵。


 自分一人では構築出来ない、友人という関係。

 おそらく一生手に入らないだろう、それを。


 ミカで疑似体験していたのかもしれない。

 五人もさすがに、聖剣と喋るなとは言わなかった。


『と、友達……? あたし剣よ?』


「はぁ? だから? そもそも友達はダメで相棒はいいのかよ」


 ……あれ、いいのかもしれない。


 結構武器を持って戦うやつらって「これが俺の得物相棒さ」みたいなこと言うし。

 でも確かに友達って言うやつはいなかった……。


『れ……レイン……!』


「な、なんだよ」


 聖剣ミカは――大泣きした。


『びええええええええ……!』


「げっ、うるさっ……!」


 あ、うるさいって言っちゃった。

 いやでも、本当に音大きいし……。


『あ、あでぃがどで……! あだぢ、ごごろいでがべてがんば――』


「何言ってるか分からん」


 大泣きしながら無理に話そうとしなくていい。


 一応なんとか解読を試みる……えぇと『ありがとね、あたし心を入れ替えて頑張る』的な感じか?

 意外と分かってしまった。


「おう、これからもよろしくな」


『うん、本当にありがとう。……あんたが使い手で良かった』


「そうか」


『宝剣壊した件も許してくれてありがとう』


「いやそれは許してないぞ」


 早速調子に乗っているなこいつ……。


 と、そこまで考えて、笑みがこぼれた。

 ミカもクスクスと笑っている。


 そうそう、こういうくだらない会話を出来る感じが、俺はきっと気に入っているのだ。


『あたし、ちゃんと覚悟を決めたわ。あの五人が追ってきても、あんたのために戦うから!』


「ありがとう、それはあんまり期待してないけど」


『生意気!』


「あはは」


 そのタイミングで、フェリスがお茶を持ってきてくれた。


「ありがとう、フェリス」


「いえ……ふふ」


 フェリスは小さく微笑んで、俺のことを見ていた。


「な、なに?」


「レインさまはやはり、お優しい方だなと」


「……お茶、淹れに行ってたんだよな?」


「ふふふ」


 ……そういえば、どことなくフェリスにも見覚えがある気がしているのだ。

 エレノアを助けた時の儀式ではなさそうだし……気の所為だろうか。


「レインさまの、午後のご予定ですが」


「あぁ、チビ共と遊ぶ約束してるんだ」


「承知いたしました。場所をご用意します」


「ありがとう、頼むよ」


『あたしも連れていきなさいよね!』


「いいけど、かくれんぼの時に喋るなよ」


『ふっ、隠密訓練の劣化版でしょう? まるで子供の遊びね』


「実際子供の遊びなんだよ」


 今日はまた違う遊びを教えてもらうのも良いかもしれない。

 昨日気づいたのだが、この魔王城、すごく広い遊び場っぽい空間があるのだ。


 そんなことを考えながら、俺はカップを手にとった。


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