第8話◇聖剣、ギャン泣き(前編)

 



『びええええええええ……!』


 部屋に戻ると聖剣が超泣いていた。

 マンドラゴラの叫びより頭に響く。


「どうしたんだよ、一体」


『れ、レイン……! 戻ってきたのね!』


「俺の部屋だからな」


 聖剣は相棒なので、俺と聖剣の部屋と言うべきか。


『お、遅い! 流した涙で泉が出来てそこで溺死するところだったわよ!』


「涙流れないじゃん、お前」


『心は泣くんだから!』


「……じゃあ心が溺死する前に引き上げないとな。それで、どうしたんだ?」


 俺は聖剣を手に取り、テーブルの近くまで持っていく。

 椅子に立て掛け、対面に腰を下ろす。


「レインさま、お茶をお淹れしますね」


 ついてきていたフェリスがそう言って、一礼してから下がる。

 二人きりになる。片方は剣だが、意思を持った聖剣だしいいだろう。


『……あたしを置いていったらダメじゃない。危ないでしょ』


「うぅん……それが理由じゃないんじゃないか?」


 びくぅ! と聖剣が揺れた――気がした。


『な、ななななんのことかしら!?』


 こいつ本当に初代【勇者】からずっと聖剣やっているんだろうか。

 誤魔化し方が下手どころではない。


「言いたくなさそうだから聞かないでいたけど、やっぱり最近特に変だしな」


『…………』


 普段なら『変じゃないわよ』とか『最近特にって何!? 普段から変ってこと!?』とか言い返してきそうなものだが、彼女はしゅん……としているように見える。


「前に言いかけた、隠してたことってやつを言ってみろよ」


 それもやけに言いにくそうだったので、無理に聞くことはしなかった。


『……ぐ』


 それからしばらく待ったが、彼女はもにょもにょと何か口にしかけては黙るを繰り返した。

 待っていようと思ったが、この様子だと聖剣の方からは言い出しそうにない。


「魔剣ってあるよな。優れた能力を有しているが、使い手に呪いを掛ける」


『……うん』


「大昔は聖剣がいっぱいあって、でも今はお前以外魔剣になった」


『……そうよ』


「魔剣は、大きな力を与えてくれる代わりに呪われる。じゃあ聖剣は?」


『……』


「俺はお前に何かとられたと思ったことはない。死んだ勇者の力が聖剣に渡るっていうのはそれっぽいけど、最近のお前の態度は『対価をとり損ねるのが嫌だ』って感じじゃないし」


 むしろ、勇者に使われなくなることを恐れているように思えるのだ。


「で、ちょっと考えた。魔剣持ちには何人か会ったことあるけど、喋る魔剣なんて聞いたことない。元々はみんなお前みたいな聖剣だったなら――そいつらの意思は死んだのか?」


『…………っ』


「聖剣は、多分、中の意思で使い手を決める存在なんだろう。お前は勇者にしか使えないんじゃなくて、勇者以外を持ち主と認めないから、結果的に勇者以外では振るえないんじゃないか」


『……あ、あんた、一体いつから……』


「そう考えると、魔剣堕ちってやつの仕組みもぼんやり見えてくる。聖剣を作った誰かは、聖剣達自身に正しい使い手を選ばせたかった。勇者限定ほどじゃなくても、厳しい条件だったんだろう」


『……そうよ。でも、「自分より他人の幸福を考えられる」とか「命を惜しまず正義のために戦う」とかそんな精神性のやつはポンポン出てくるものではないし、いても巡り会えるかはまた別』


 それもそうだろう。世界は広い。今でもたまに新たな魔剣が発見されることがあるというし。


「で、そのうち聖剣達は、条件を無視してでも使い手を求めた」


 道具は使われるためにあるからなのか、それとも聖剣たちに宿った心がそうさせたのか。


『えぇ、誰でもいいからってね。でもそれはダメなのよ。資格のない人間に大きな力を持たせてはならない』


「そのあたりはよく分からんが、それをやった聖剣は心を失い、資格もないのに力を使うやつは呪われるようになった」


 最初から資格のない人間は使えないようにするだけではダメだったのかと思うが、作ったやつらには何か考えがあったのかもしれない。聖剣の製作者は不明なので、そいつが誰かは知らないが。


 なんとなく、悪意を感じる。

 まるで、魔剣堕ちを前提に作ったみたいな。


 ――まぁ、俺が考えることじゃないか。


 もう大昔のことだし。


「ただ、それだとお前の態度が変わった理由にはならない。【勇者】の紋章持ってるやつは待ってれば必ず生まれるし、お前は常に人類側が確保してたんだろ。で、今は俺がいる」


 まぁ俺の代で魔王軍の手に渡ったと言えなくもないが。


『……うぅ』


「聖剣……いや、ミカの方がいいか。そろそろ話せよ」


『……でも、だって…………』


 うぅん……それほど話しにくいことなのか。

 ……そうだ、あれやってみよう。


 最近チビッ子達によくやられて、何故か抗えないのだ。


「ダメか?」


『……』


「どうしてもダメ?」


『……』


「そうか……俺には話したくないのか……悲しいな」


『……!』


「もう十年も一緒にやってきたのにな……はぁ」


『ちょ、ちょっと、そんな悲しそうな顔しないでよ』


「泣いてしまうかもしれない」


『そ、そこまで気になるんだ……そ、そうなんだ……。わ、分かったから、話すから!』


 とまぁ、こんな具合である。


 【軍神】も驚きの人心掌握、我ながら知略が冴え渡り過ぎて恐ろしい。

 泣いてしまう以外の部分は嘘というわけでもないし、騙したことにもなるまい。


『その……ね。聖剣は使い手にとって最適な形に変わっていくのよ』


「あぁ、そういえば初めて持った時縮んだもんな」


 俺の成長に合わせ、最適なサイズへと変わってきたのだ。


 それに最近はほとんど無くなったが、魔法に込める魔力量を間違えた時は調整してくれたり、不得意な魔法の構築を手伝ってくれたり、俺がピンチになった時は自分の中の魔力で守ってくれた。


『で、でね……六代目くらいから……その』


「うん」


 彼女は勇気を振り絞るように、トラウマを語るように、言った。


『う……「うるさい」って……』


 どう反応すればいいか分からない。


「…………そ、そうか」


 確かにこいつはうるさいが、使い手の安全や勝利を第一に考えてくれる。

 俺が殺しを好まないと知ってからは、こいつの方から敵に投降を促したりもするようになった。

 少々喧しくとも、絶対の味方なのだ。


『最初は少し静かにしてたんだけど、次もその次の勇者にも言われて……』


 聖剣が涙声になる。


『あんたはあたしがサポートしたら感謝してくれるけど、十代目なんか「余計なことするな」なんて言ってきたし……』


 勇者にしか使わせてはいけないって条件、他の聖剣達みたいに人間性どうこうではない分楽かと思いきや、そうでもなかったか。


 それでも十代目と言えば魔王を魔界に追い返したとの話があるので、仕事はちゃんとしてたのだろう。


 ――あ、まさか。


「……待て、もしかしてお前……自分を要らないと感じる勇者にも最適化されるのか……?」


 つまり、勇者が『この聖剣ずっと黙ってりゃいいのに』と思えば、そいつに使われている間、こいつは口を利くことも出来なくなるというのか。


 そんなの、口を縫うのと同じじゃないか。

 聖剣は、ミカは、掠れるような声で言う。


『…………うん』



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