第7話◇新生活と心因性鼻出血
場所は魔王城。
パンケーキの感動に打ち震えた俺は、先程気絶したエレノアの見舞いへ向かう。
部屋を尋ねると何故か十分くらい待たされ、寝ていたにしては髪が綺麗に整ったエレノアに迎えられる。
服にもシワ一つない……というかさっきと格好違うな。着替えたのか。
なんだか息も上がっている。
「お待たせしてしまいごめんなさい、これでも急いだのですが……」
「いや、気になって寄っただけだから。だけじゃないか、パンケーキ持ってきた」
ちゃんと『時空属性』で時を止めてある。
氷菓は溶けないし、生地は温かいままだ。
「まぁ、ありがとうございます。……完璧に時が止まっていますね。どれだけ頑張っても『時の進みをギリギリまで遅くする』のが限度と聞いたのですが」
「そうなのか? 【賢者】に教わったのはこれだったんだけど」
「【賢者】ならあるいは……。しかし、教わって使えるものではありませんよ。レインさまの才覚と努力の為せる技です。この四天王エレノア、感服いたしました」
俺への態度からたまに忘れてしまうが、エレノアはとても優秀な魔法使いなのだ。
それこそ並の魔法使いなら気づかないような部分まで見逃さない。
「魔法よりパンケーキだ。すごく美味しかったから、エレノアも食わないともったいないぞ」
先程の感動を思い出し、自然と頬が緩んだ。
「んん……っ!!」
エレノアがハンカチで自分の口許……どちらかというと鼻部分……を抑えた。
何故か彼女は俺といる時に不調になることが多い。
それでも幸せそうな顔をしているので不思議だ。
「ま、また鼻血か? ……もしかしてエレノア、魔力量が多すぎる所為で体に負担が掛かっているんじゃないか?」
そういう病もあると聞く。魔法的才能と身体能力が釣り合わず、魔力に体が蝕まれてしまうのだ。
六英雄に浮かぶ紋章は、人間の成長限界を決める何かを外し、それでいて人の形を保てるようにする加護なのだとか。
【聖女】の回復魔法は死んでさえいなければどんな傷でも治せるし、【剣聖】に斬れないものはないし、【魔弾】の弓は百発百中だったりする。
【賢者】は現存する魔法属性を全て扱えるし、【軍神】の言う通りに動いて作戦が失敗したことはない。
ちなみに人類離脱は言う通りどころか命令無視なので、あれが失敗したのはあいつの所為じゃない。
――あれ?
いくらなんでも、俺がエレノアと逢うだなんて想定出来なかった筈だ。
だから、あいつのミスじゃない。
だけど、思ってしまうのだ。
あいつならもしかして、俺が今此処にいることさえ想定内なんじゃないかって。
――そんなわけないか。
それよりエレノアだ。
彼女は「大丈夫れす」と鼻の詰まったような声で言うが、心配だ。
「なんなら、俺が診ようか? 【聖女】の回復魔法も使えるぞ」
「え!? レインさまの触診!?」
言ってない。
「いや、触らなくても魔法で――」
「ダメですそんな私まだ仕事終わりでお風呂にも入っていないですし……!」
彼女が顔を赤く染めて慌てだす。
「エレノア?」
彼女はハッとした様子で、コホンと咳払い一つ。
「ご心配のお気持ちは嬉しく思います。ですが私の鼻血は心因性なのでお手を煩わせるようなことではございません」
キリッとした顔で言った。
鼻血はもう止まったようだ。
「心因性……そういえば、俺と関係ない場面では普通なんだもんな」
「え? ……そのような話を、一体誰から?」
「チビッ子達」
「あぁ……あの子達ったら」
エレノアが救った魔物の子どもたちの内、既に帰る故郷を失っていたり、悲しいことにそもそも親に売られていた子たちは魔王軍が保護することになったのだ。
彼女が子どもたちに「悪い人をやっつけてくれたのは、この方です」なんて紹介したものだから、何人かにはやけに懐かれている。
「『えれのあさまはクールで優しい美女』『できるオンナ』『大好き』だそうだぞ」
子どもたちの言葉を伝えてやると、エレノアは表情を緩めた。
「ふふ、あの子達ったら」
さっきと同じ言葉だが、語調が柔らかくなっている。
『ただしレインの話をするとぽんこつになる』『勇者さまに助けられた話もうひゃっかいくらい聞いた』『すごく元気に変な顔でいっぱい喋ったあとで倒れるから、怖い』なども聞いたが、これは言わないでおく。
「いい子達だよな、それで強い子達だ」
辛い目に遭ったのに、そうとは感じさせない笑顔を見せてくれる。
中には塞ぎ込んで口も利けない子もいるが、そちらの方が普通。
ゆっくりと時間を掛け、立ち直っていくしかない。
幸い、魔王城にはその手助けをしてくれる優しい者が沢山いた。
「えぇ、そうですね」
「……ところで、俺の何かがエレノアに良くない影響を与えてるなら、教えてくれ。何とか考えてみるよ」
彼女は慌てたように首をぶんぶんと横に振った。
それに伴い、光り輝かんばかりの白銀の髪が、ふわりと舞う。
「レインさまはどうか、望むままに生きてください。私の反応はその……瞬きのようなものとお考えいただければと。無意識にしてしまうものなのです」
彼女の目が必死なので、俺はこくりと頷いた。
「分かった、エレノアがそう言うなら」
「はい」
「それじゃあ、そろそろ行くよ。昼からはチビ達とかくれんぼの約束があるんだ」
魔王城は広すぎるので範囲を決めてやるのだが、俺の体は子供たちよりデカイので隠れる場所が限られ、すぐ見つかってしまう。
一度隠密行動を思い出し本気で隠れてみたが、まったく見つからなくなったのはいいが鬼役が「ゆうしゃさま……きえちゃった……!」と涙目になったところでやめた。
「まぁ、楽しそうですね」
「楽しい……どうだろう。でも、悪い気分じゃないよ。みんな笑ってて、あの空気感みたいのは好きかも」
やっぱり本当の子供の時じゃあないと、心の底からは楽しめないのだろうか。
でもやってみたかったので、経験出来たのはよかった。
「ふふふ、これから沢山、レインさまに好きなものが見つかりますように」
エレノアが嬉しそうに、祈るような言葉を紡ぐ。
その笑顔があんまりに綺麗なもので、俺はぼうっと眺めてしまう。
「……れ、レインさま? 私の顔に何かついていますか? ハッ、まさかクマが酷いですか!?」
彼女が自分の顔を手で覆ってしまう。
「いや……ふふっ、エレノアはやっぱエレノアだな」
なんだか締まらない感じが、彼女らしいと感じるようになったのは、最近のこと。
「ど、どういうことでしょう……っ!」
俺が笑っていると、扉がコンコンとノックされた。
「……む、レインさまとの至福の
「エレノアさま、レインさま。フェリスにございます」
エレノアが許可を出し、黒髪メイドのフェリスが入ってくる。
「お話中失礼いたします」
「いいわ。貴方が話し中に訪ねてくるくらいなのだから、何か問題が起きたのでしょう?」
「はい。その、それが……」
ちらりと、フェリスが俺を見た。
「どうした?」
「その、勇者さま。聖剣ミカさまのことなのですが」
「あぁ、うん」
「部屋で……泣きじゃくっておられます」
……何をやってるんだ、あいつは。
そう思いながら、俺はエレノアの部屋をあとにする。
あんなんでも十年来の相棒だ、無視は出来ない。
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