第12話◇五年前助けていただいた魔人です
器具――遊具というらしい――それぞれの名前も分かった。
ブランコだが、どうやらより勢いよくこいで高くまでいくと評価も高くなるようなので、風魔法で後押しを得てみたところグルリと一回転。
子供たちは一瞬言葉を失い、俺がそのまま更にもう一回転すると歓声を上げたが、四回めくらいで「あのね、そういう遊びじゃないよ……?」と困ったような目で言うのでやめた。
絡まった縄を外してから、次。
滑り台はミュリ用だから仕方ないのだが、滑ってから着地までがあまりに早い。
滑るという過程がこの遊具の肝だとすれば、必然――滑る時間の長い滑り台は、それだけ面白くなる。
というわけで少しばかり土魔法を使い、ざっと三階建てくらいの高さの滑り台を作った。
みんなが黙っているので何か間違えたかと考え、気づく。
三階分も階段を登るという手間が生じてしまうではないか、と。
希望者を風魔法で上まで運ぶと言ったのだが、「やりたーい」と手を上げたのはミュリだけだった。
それもアズラに止められてしまったので、俺は渋々滑り台を消した。
シーソーは片方が体重を掛けることで、反対側に座る者が勢いよく上昇し、この浮遊感が子供には楽しいのではと推測。
よって体重を掛ける際に己に重力魔法を掛けることで反対側のチビッ子を天高く舞い上げ――と脳内で考えた段階でミカに『よく分からないけど、絶対やめた方がいいわよ』と言われた。
おかしい……俺は公園の楽しさを計り違えているのか……?
休憩用と思われるベンチに腰掛け、俺は考えていた。
『あのねレイン、何事にも程度ってものがあってね……?』
普段は偉そうな口調のミカが、なんだか諭すように優しい声で話しかけてくる。
『ゴブリン倒すのに、わざわざ禁術使う魔法使いはいないでしょ?』
「魔力の無駄だしな」
『そうよね。魔法で倒せるけど、最適な威力ってものがあるわよね』
「子供が楽しむ遊具は、今のが最適な状態ってことか?」
『多分ね』
「そういうもんか……」
『魔法を使わなくても、チビ達を喜ばせることは出来るわよ』
「俺は別にそんなことは考えてない……ないが、一応聞こうじゃないか」
『あの子達見てれば分かるわ。ただ一緒に遊んであげればいいのよ』
「……そんなこと言われてもな」
そのやり方がまず分からないのだ。
「うぅ……」
なんて悲しげな声が聞こえたのは、その時だ。
ブランコは二つ並んでおり、二つとも埋まっていた。
一人はすいすいとこいでいるが、もう一人は上手く高さが出させないでいる。
横の子と自分を比べて、悲しくなっているようだ。
『手伝ってやんなさいよ』
魔法を使わずにとなると……。
「っ。レイン……?」
「そう固くなるな。押してやるだけだよ」
彼女の後ろに周り、タイミングを見計らって背中をそっと押す。
何度か繰り返していくと、次第に高さが出てきた。
「わぁ……!」
嬉しそうな声が聞こえた。
「あー! いいなー!」「一人だけずるいっ。あたしもー」「次わたしー」「ミュリも」「キャロもー」
チビ達が寄ってくる。
一人ずつ満足いくまで押してやり、その後は一緒に滑り台を滑ったり、普通にシーソーに乗ったりした。
最後まで楽しいという感覚は分からなかったが、チビ達の笑顔が絶えなかったので、きっとこれはいいものなんだろう。
『あんた、ちゃんと笑ってたわよ』
「え?」
『楽しそうに見えたわ』
「そっか。……そうか」
『うん』
「ところでミカ、少し思ったんだが」
『なに?』
「もしかして、公園ってのは普通十五歳が遊ぶものじゃないのか?」
『…………年齢制限なんて無いんじゃない? あたし聖剣だし、そんなの知らないわ』
なんだか優しい嘘の気配がした。
途中からアズラの視線も微笑ましげなものに変わった気がするし……。
あとどういうわけか黒髪メイドの方はアズラに膝枕してもらいながら、ぴくぴく震えている。
俺が子供たちと遊び始めたあたりから息が荒くなり、目が血走ったかと思えば、倒れたのだ。
『白銀おっぱいと同類ね。儀式の時いたような気もするし』
あ、やっぱり五年前に助けた内の一人か。魔力量も多いし、見覚えもある。
フェリスに見覚えがあったのは、黒髪メイドとフェリスがよく似ているから。
メイド二人に近づいていく。
「おっ、どうしました勇者さま」
アズラが俺を見て片手を上げる。
一瞬で黒髪メイドが居住まいを正す。
スッと背筋を伸ばし、キリッとした顔を作っていた。
「もう慣れたけど、その勇者さまってのは誰が呼ばせてるんだ?」
魔王軍の食客だからだろうか。
チビ達は一応エレノアに言われたのかな、なんて思っているが、みんな好きに呼んでる感があるので気にならない。
「あはは、自主的ですよ。そっか、そのあたり聞かされてないんですね?」
「なんか事情があるのか」
アズラは自分の口許に手のひらを当て、にししと笑う。
「だって勇者レインと言ったら、うちではちょっと有名人ですよ」
こくこくこくと黒髪メイドが頷く。
「……エレノアを助けたからか?」
「その時助かった子達は、全部で七人。七人ともこの国で保護されたんです。みーんな素養があって、魔王様が魔法学院に通わせました。自分の魔力の扱い方を覚えて、自衛する手段を持たせようって」
「さすがだな」
「まぁそんなわけなんですけど、みんなこの国で働くことに決めたんですね。学院の教師だったり、魔王軍だったり、王族の護衛だったりとか」
「そうか。みんな努力したんだな」
五年というのは魔法の訓練を積むには、長いようで短い。
重要な地位につけたなら、それだけ頑張ったということ。
「その七人はですね、ある目的のもと結束してたんですよ。このレジーも含めてね」
ようやく黒髪メイドの名前が分かった。
レジーというらしい。
フェリスと血縁関係があるなら、彼女が俺に好意的なのも分かる気がする。かつて家族を救い出したやつだからか。
フェリスは魔法の才能があまりないようなので、レジーだけが攫われたのかもしれない。
「それはいつか――」
『人類から勇者を救い出すこと?』
ミカが言う。
そういえば、エレノアが再会した時そんなことを言っていた。七人で計画していたのか。
「あれ、知ってるんじゃないですか。まぁ結局エレノアさまが幸運にも最高のタイミングで再会出来たみたいで、今に至りましたけど。勇者さまは、知る者にとってはこう呼ばれてるんです――七人の天才を救った人間、と」
魔王軍がやけにすんなり俺を認め、それどころか驚くほど丁寧に扱ってくれるのは。
この国にとって、俺が五年前にしたことはかなり大きなことだったから、というのもあるのか。
レジーが俺の前に立ち、潤んだ瞳で見つめてくる。
「あの時は……ありがとうございました」
「あぁ、うん、どういたしまして」
面と向かってそんな真剣な表情で言われると、むずがゆい。
「あ、そうだ。レジー、俺からも言いたいことが」
「ひゃっ、はい……!」
「これはエレノアや他の六人みんなにも言わないといけないけど、俺を助けようとしてくれて――ありがとう」
そんなふうに考えてくれている者達がいたとは、思いもしなかった。
エレノアとの再会こそ偶然だが、彼女たちの思いや努力があったからこそ、叶った再会なのは間違いない。
そのおかげで今、生涯無縁だと思っていた様々な経験を、存分に積むことが出来ているのだ。
「多分、俺は今、楽しいよ」
「――――」
「レジー?」
反応がない。
「あー、これは……気絶してますね」
立ったまま動かなくなったレジーを見て、アズラが肩を竦める。
「……エレノアだけじゃないのか」
『その七人、五年かけてあんたのこと神格化しちゃってるんじゃない?』
だとすると、他の五人もこんな感じなのだろうか。
ミカの考えすぎだといいのだが……。
「ゆうしゃくーん」
魔王の娘、ミュリの声。
「こっちは大丈夫なんで、行ってあげてください。ミュリさま最近すごく寂しがっていたので、楽しそうなお姿が見れて嬉しいです」
「じゃあ……任せるよ」
まだ砂場遊びが残っているのだ。
なにやら城を作る競技らしい。
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