第4話◇人類より魔王軍の方が高待遇ってほんとですか?(前編)
「えぇと……」
『わけ分かんんだけど』
聖剣の言葉に、魔人は冷たい視線を向ける。
「人の幸福の話をしているのです、剣に分からなくても当然というものでしょう」
『なっ! 聖剣差別よ! 今の聞いたレイン!? あたしにも心があるんですけど!?』
「心があるなら、何故五歳の少年に剣を持たせるべきではないと言わなかったのです? まさか世界最後の聖剣が、英雄や王の命に従ったとは言いませんよね?」
『ぐっ、ぬぅ……だってそれは……』
痛いところを突かれたといった感じに、聖剣の言葉から勢いが失われていく。
「それは?」
『そ、それより! えぇと……そんなことより……』
特に何も思い浮かばなかったようだ。
「取り敢えず、先に囚われた子達を助けないか?」
『そうそう! さすがあたしの勇者ね! 優先順位ってものを分かっているわ!』
「……レインさまの仰る通りです。脅威を排除した今、一刻も早く捕まった子達を解放してあげなければ……私としたことが貴方さまとの再会を前に取り乱してしまいまして……」
捕まっている子達の気配を辿り、洞窟内を移動する。
――幸せ……幸福……。
言葉の意味は分かるが、ピンとこない。
たとえば、父と母と子が揃い、笑顔で街を歩いている。楽しそうに。
あぁいうのを指して、幸せな家庭とか言うらしい。
六英雄の使命は、人々の平穏や幸福を守ること、なのだとか。
そこには多分、俺たちが幸福になることは含まれていない。
家族も恋人も友達もいないし、金や肩書や名誉にも大した価値を感じない。
俺たちはただ、他のやつらより何かしらの能力が高くて、それを人類のために使う。
少なくとも他の五人は、そのことを使命と受け入れているようだった。
なので、六人目の俺もそのように教えられたし、結局そのように動いている。
きっと、英雄の中で俺だけがおかしいのだろう。
ルールのよく分からない遊びをしながら楽しそうに笑う子供とか、手を繋いで歩いているだけなのに満ち足りたような顔をする恋人同士とか、誰かが家に帰った時に中から聞こえてくる迎えの言葉とか。
そういう、ありふれた、でもきっと自分には生涯無縁のあれこれを、「いいなぁ」なんて思うのは。
俺が、どこかおかしいのだ。
そう、思っていたのだが……。
「ひっ」
そこには粗末な牢があって、中には捕まった者達がいた。
俺たちを見ると、怯えたような声を出して近い者同士で抱き合う。
ほとんどが子供で、女だった。
比較的人に近しい容姿をした魔族が集められているようだ。
角や翼が生えていたり、肌の一部に鱗があったりする。
人間がいないことから、この子達は次の交換対象だったのだと判断。
人間を運ぶやつはこっちで捕まえていたので、新たな取引が出来なかったのだろう。
前の取引で売られた子たちがまだいれば……と思ったのだが。
ボロ布同然の服を着せられた子達ばかりなこともあり、俺は部屋の外へ出ていることに。
魔人の女性は子どもたちに優しく微笑み、「大丈夫ですよ、おうちに帰れますからね」と声を掛けていた。
『ちょっとレイン……どうするのよ』
「どうって……人間の子供たちも助けてやらないと。あの魔人が約束を守ってくれれば、一番早いんだけど」
『そっちも大事だけど、あの女養うとか言い出したじゃない?』
「あぁ……」
別に今も食うには困っていない。
養うってなんだろう。
救い出すって何から……幸せってどんな状態のことを言ってるのか……。
『ま、まさかあの白銀巨乳女の話に乗ったりしないでしょうね』
「それだと、胸が白銀みたいだな」
全身が金属っぽい魔族となら戦ったことあるけど。
『そ、その……あたし、あんたに言ってなかったことがあるんだけど、でも……その』
聖剣はなんだか不安そうだ。
自信満々に見えて、結構打たれ弱かったりするのだ。剣は折れないが心はすぐ折れる。
しかし今回は何をそんなに気にしているか分からない。
「なんだ? どっかの王様に貰った宝剣が、次の日には折れてた件か?」
『ちがっ……! ていうか普通聖剣持ちに金ばかり無駄に掛かった宝剣贈る? 恋人がいる男に美女を贈るようなものじゃない? そんな舐めた真似をされちゃあチョロっと魔法でぶち折っても仕方ないでしょう』
やっぱお前だったんじゃん。
あの時は俺が他の五人に怒られたんだぞ。
他の剣に嫉妬して勝手に破壊するって……こいつ普通に魔剣なんじゃないのか。
そんなことを考えていると、牢屋の方から膨大な魔力が発せられるのを感じた。
急いで戻ると、少女達の姿がなく、魔人のみが残っている。
その横顔は、少し疲れているように見えた。
「『空間属性』……」
「彼女たちを安全な場所まで転移させました。さすがにここからだと……遠すぎるので」
確かにここは魔族領と言っても、人類領との境からそう遠くない。
だからこそ取引場所に選ばれたのだが、身も心も疲弊した多くの子供達を連れて帰るのは大変だ。
『いやレイン……もっと驚きなさいよ、並の魔族に使える属性じゃないわよ?』
「凄いなと思っているよ」
俺と【賢者】は使えるが、人間で他に使えるってやつは二人か三人いるかどうか。
移動させる距離に応じて消費魔力が高くなるので、戦闘中に敵の裏を欠く使い方が主だ。
あの人数をここから遠く離れた場所まで一度に飛ばす魔力……四天王というのも事実だろう。
「すごいだなんて……ふふっ……ありがとうございます」
かなりの技量だ。
てれてれ……といった感じに前髪を指でくるくると弄る様からは、想像もつかないが。
『で、人間の子たちは?』
「飛ばした子の一人に、情報を記した書類を渡しました。人間を買った者の詳細が載っているので、向こうの仲間が速やかに救出に移っていることでしょう」
なら、今の俺に出来ることはない。
なくはないが、話をする余裕はある。
『そ、じゃあ人間の子をここに飛ばして。こっちも魔族の子をここに運ぶわ。で、互いに連れ帰って終わりよね?』
「えぇ。その前に、先程の話の続きをよろしいでしょうか?」
『よろしくないわ』
「お前が答えるな。いいよ、正直まだ飲み込めてないけど」
後半を魔人に言う。
魔人は……そういえば。
「名前、なんていうんだ? 昔聞いてたならごめん、忘れてしまった」
「! い、いえそんな……名乗ってはいませんから、お気になさらず。むしろ私の方こそ失礼を。エレノアと申します、レインさま」
「よろしく、エレノア。俺にさまとか付けなくていいよ」
「そうは参りません」
何やら譲れないものがあるようだ。
「あぁ、そう……」
「先程のご様子ですと、思った以上にレインさまの状態は深刻です。ご自身の待遇が最悪であることに自覚的でないのは、人類の偏った教育によるものでしょう」
なんか難しいことを言っている。
『…………』
うるさく騒ぎそうな聖剣は何故か静かだった。
「ですので、まずはいかに英雄の使命とやらの労働環境が劣悪……ブラックかについて説明させていただきます」
「ぶらっく……」
「さすれば、私の提供する新環境がいかに優良……ホワイトであるかご理解いただけるかと」
「ほわいと……」
なんとなく、彼女の言いたいことは分かったような。
俺は知らないままに悪い環境にいて、エレノアについていけばそれが改善する。
人類の思惑は黒く汚れていて、彼女の提案は白く清らか。そういうイメージか。
そこを詳しく説明するよ、ということだろう。
「えぇ、お任せください。このお話が終わった時、レインさまは魔王軍へと身をお寄せくださることでしょう!」
ふふんっ、とエレノアは得意げに言った。
クールな高位魔族のイメージは、もはや欠片も残っていなかった。
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