第5話◇人類より魔王軍の方が高待遇ってほんとですか?(後編)
エレノアは頑張って色々言ってくれた。
「まず五歳の男の子を戦わせようという発想が悪そのものではないですか!」
「……まぁ、でも勇者の紋が出てたし」
「聞けば五人の英雄はレインさまに非人道的ともいえる過酷な訓練を強制したとか!」
「あれは俺を強くするためって言ってたよ。実際今強いし、無意味じゃあなかったんだろう」
「交友関係まで管理するなんて今どき躾の厳しい家庭でもそんなこといたしません!」
「俺と親しくなったことで悪い魔族に狙われたりする可能性があるし……」
「休みらしい休みも与えられないなんておかしいです!」
「仕事は次から次へとやってくるから、大変なんだ」
「――と、まぁこのような具合です」
エレノアは鎖に繋がれた動物でも見るように、悲しげな顔をした。
「いいですか、レインさま。どのような事情があろうとも、幼い子供を武力として運用することを正当化することは出来ないのですよ」
「そりゃ普通の子供に武器持たせて魔族に特攻させるようなやつがいたら、俺も止めるよ。けど俺は……勇者だから」
「それです」
ビシッと、エレノアが俺の手の甲を指差す。
「その理屈を刷り込まれたのですね? 全ての苦痛や不満を『自分は勇者だから』で抑え込ませたのです」
エレノアは変なことを言う。
もし『勇者だから』という理由でやってきたことが全部、本来必要ないことだったなら。
俺がこの十年経験したことは、やったことは全部――。
「もちろん、レインさまの功績が無意味だということではありません」
紋章の浮かぶ方、右手をエレノアの手が優しく包み込む。
「だってそうではないですか。人類は許せませんが、私は十歳のレインさまに助けていただいたのです。私は生きて、貴方に再会することができてとても嬉しいのです。これが無意味なわけがありません」
「あ、あぁ……うん」
彼女の手の熱が、触れたところを通してこちらの全身に広がるようだった。
「貴方への扱いは不当極まりないものですが、その状況下で貴方が成したことは尊いものです。そこは分けて考えましょう」
彼女の優しい声が、染み込むように鼓膜を揺らす。
「……魔族は、さ」
「はい、なんでしょう」
「魔族は、人と敵対してるだろ。人を殺して土地やものを奪う。俺はそんな光景を何度も見てきたし、中にはエレノアみたいな魔人も沢山いた」
エレノアは悪人には見えないが、それは今回利害が一致したことと、俺がかつて彼女を助けた相手だからかもしれない。
彼女が善人でも、人と争う陣営に与するというのは――。
「人の国は一つですか?」
「え? いや、まさか。沢山あるよ」
六英雄は特定の国に属さない。どの地域へ向かいどの仕事を請け負うかは【軍神】が決める。
「人間は全員が善人ですか?」
「……いや、悪いやつもいるよ」
彼女はニッコリと微笑んで、当然のことのように言う。
「魔族の国も同じです」
「そ……れは、そう、なんだろうけど」
魔族の侵攻はとても一国の軍とは思えないまとまりのなさだし、強いやつらの地位もなんか色んな種類がある。
人類領との境界を侵すようなやつらは敵意に満ちた一部の国や集団で、人類領と接していない平和な魔族の国だってあってもおかしくない。
今まで捕らえた魔族連中はロクな情報を知らないか、こっちの恐怖を煽ろうと不穏なことしか言わなかったので、詳しいことは分かっていない。
間違っても「魔族にも平和を目指す国があるぜ」とか言ったりしないだろうし。
あるいは【軍神】なら何か知ってるかもしれないが、あいつは「伝える必要を感じない」とかで情報を隠すことがあるのだ。
「正直、我々も困っているのですよ。人類領どころか、人間が魔族領と呼ぶ地域でも争いは起きていますからね。しかし、ご心配は不要です」
「ん?」
「レインさまに戦いを強制することは絶対にありません。それどころか、自由を保障しましょう!」
エレノアは名残惜しそうに手を離し、腕をバッと広げる。
「自由……?」
「まず、レインさま。睡眠はよくとられていますか?」
「いや、ここ一週間あんま寝てないな」
エレノアが「一週間……!?」と震えた。
「お、おのれ人類……レインさまの三大欲求が一を縛るとは非道にも程があるというもの……。一体どれだけ罪深い種族なのか……」
と呪いでも掛けるようにぶつぶつ言ってから、エレノアはこちらに笑顔を向け直した。
「魔王軍に来てくださったのなら、いつでも好きな時間に睡眠をとっていただいて結構です! 健康に配慮してご提案はさせていただきますが、二度寝もお昼寝も自由です!」
「――――ッ!?」
衝撃に震える。
意味が分からない。
そんなことがあっていいのか?
好きな時に好きなだけ寝ていい!?
まるで古の邪竜を命がけで倒したらそいつは邪竜の子でしかなく、丁度帰ってきた本物の邪竜との連戦になってしまった時並の衝撃だ。
【聖女】の回復魔法がなかったら、俺たちでも危なかった。
「更に……レインさま、食事には満足しておられますか?」
「え、うぅん、まぁ食えてるよ」
街にいる間はいいのだが、魔族領での任務となると最悪だ。
隠密行動が求められることも多く、火を焚いて食い物を焼くことさえ出来ないこともある。
「英雄の連中のことです、食事まで管理しているのでは?」
「あー、甘いもの厳禁とかはあるな」
「なんと……! 甘味は心と脳の栄養です! それをまるで堕落の象徴のように扱い禁止するなどもはや弾圧と言っても過言ではないでしょう! 控えるべきは暴食であって、甘味そのものではないのです!」
「そ、そうなんだ」
「というわけで魔王軍では様々な『甘いもの』をご用意していますよ。レインさまさえお求めになれば、食後のデザートやお昼のおやつとして供されることでしょう」
「ま、まさか、そんなことが!?」
甘いもの、食べていいのか!?
子供がボロボロとカスをこぼしながらも頬を緩めたあの焼き菓子も、誰かが喫茶店のテラス席で美味そうに食べてたケーキも、あと名前は分からんが小麦色で丸くてふわふわしたやつも!?
驚きである。
どこぞの十二衆とかいう結構強い集団を倒したら、翌日に裏十二衆というもっと強いやつらが出てきた時並の驚きだ。
あれはなんで最初から二十四人で来なかったのだろう。
「さ、最後の欲求に関しては……自由恋愛というか……そういう感じになりますけれど」
最後?
睡眠欲食欲……性欲か。
あれだろうか、大きな胸をした女性とか見ると、つい視線が吸い寄せられるような。
【聖女】に「女性に淫らな視線を向けるものではありません、失礼ですよ」と怒られたので、以来気をつけている。
生き物がどのように子を為すかくらいは知っているが、人間同士のあれこれとなると【聖女】がやたら厳しいので詳しくないのだ。
「そういうのはよく分からん……」
「! そ、そーですか。そうなんですねぇ……ふふふ」
なんか一瞬エレノアの目が輝き得物を狙う肉食獣のような気配を感じたが、瞬きほどの間に消えたので錯覚だろう。
『……で、こいつを好条件で引き抜いて、何させたいのよ』
結構長いこと静かだった聖剣が、ようやく口を開いた。
エレノアは視線を聖剣に向け、答える。
「ですから、自由です。魔王軍の食客として扱わせていただきます。どちらかというと私の個人的な客人ですが、まぁ些細な問題です」
『それって要するに、ヒモでしょ』
と、聖剣がそんなことを言った。
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