第3話◇遭遇した高位の魔族さん、前に逢ったことあるっぽい
「それにしても、随分派手にやったのね。まぁいいわ、当然の報いでしょう」
魔族が一枚岩ではない、くらいの情報は人類も掴んでいる。
しかし未だに魔族領の浅い部分までしか入ったことのない人類にとって、詳しい勢力図などは不明。
攻めてくる敵を押し返すので精一杯なのだ。
六英雄の駆けつけた戦場では勝てるが、強いとは言っても六人でカバー出来る範囲は限られる。
どうやら、この美女とここのオークは敵対関係にあったようだ。
「ところで、私は囚われた魔族の子達を故郷へ連れ帰りたいだけ。貴方と争う必要はないと考えているわ」
この洞窟にも囚われている者の気配があった。
オークよりずっと小柄で弱っていたので、この後救い出すつもりでいたのだが。
どうやら魔族も混ざっているようだ。
「……まぁ、それはいいんだけど。既にこいつらが売った人間達がどこにいるかも、こっちは知りたかったんだ。知ってそうなやつは、あんたに殺されたわけだけど」
勇者の任務というより、個人的になんとか出来るならしてやりたい。
「奇遇ね。私も、こいつらが売った同胞達がどこにいるかを知りたかったの」
「……あぁ」
人と魔族の間で秘密裏に行われる取引では、互いの通貨ではなく互いが価値を感じるモノが使われる。
人と魔物を交換する輩がいるなんて信じられないが、実在する。
どんな需要なのかは知りたくもない。
「こういうのはどう? 人間を誰に売ったかの情報はこいつが持ってた。みんな保護し、引き渡すわ。……生きてる子がいればだけど」
随分と理性的な魔人だ。それでいて同胞想いでもある。
目が合ったが、顔を顰められた。
あ、オークの返り血で全身真っ赤なのだった。
これでは人相もよく分からないだろう。
「あぁ、こっちももう保護に動いてる。正直被害者とはいえ魔族の扱いは微妙だから、ちゃんと故郷に帰れるようにしてもらえるなら、助かるよ」
「ふふ、魔族が家に帰れるか心配するなんて、変な坊やね。それにしても……こちらから持ちかけておいてなんだけど、人間が私達の話に耳を貸すだなんて……そんな人……あの方くらいしか……」
何やらぶつぶつ言っている。
『むぅ、勝手なことして……』
聖剣は不満げだ。
「別に。お互いが救いたいやつらを取り戻せるんだから、いいだろ。取引に乗った変態共も、お互い自分たちのルールで裁ける」
魔族領に散らばった違法奴隷たちを、一軒一軒回って救い出すのは現実的ではない。
しかし、人間領の金持ちの家から囚われた魔族を救い出すのはそう難しくない。
既に買い手の情報は【軍神】が引き出しているだろうし。
魔族側からしても、同じだ。
もう一度交換して、互いに家に帰るというのが一番問題が起こらない。
『魔族なんて信じられないわよ。ぶっ倒しましょう』
「戦う意思のないやつは攻撃したくないなぁ。嘘だと分かったら、その時倒せばいいだろ」
「あら、坊やは随分と自分に自信があるのね。喋る剣ってことは魔剣持ち? 確かに才能はあるようだけれど」
魔剣は性能こそ高いが、持ち主に呪いを掛ける武器だ。
寿命が縮んだり片目が見えなくなったり、異性に触れられなくなる呪いとかもあるらしい。
しかも一度魔剣で命を奪うと、持ち主が死ぬまで所有権を手放せなくなる。
『は? 聖剣だけど?』
大昔は聖剣もこいつ一振りではなかったらしいが、みんな魔剣になってしまったらしい。
聖剣が一つしかなく、それが使えるのが勇者だけなので、現代では『聖剣を使えるのは勇者だけ』というのが常識になっている。
「つまらない冗談ね。聖剣を扱えるのは勇者……レインさまだけなのよ? 私は魔族だけど彼に恩があるの、彼の名を騙られるのは不愉快だわ」
彼女は本気で不快そうに言った。
急に自分の名前が出て、俺は驚く。
「え? どこかで逢ったことあったっけ?」
「え?」
それまでずっとキリッとした雰囲気を保っていた女性が、驚いたような声を上げる。
「うーん……そんな綺麗な髪、一度見たら忘れないと思うんだけど……」
「え? えっ?」
記憶を探る。何年も前まで遡ったところで、何か
「あ……もしかして、前に逢った時は髪が汚れてたか? 煤けてたっていうか……」
「――っ!?」
彼女の肩がびくりっと跳ねた。
「そうだよ……五年くらい前、魔力の高い女を生贄に捧げて力を得るとかいう儀式があって、そこから助けた中にあんたに似た女の子がいた……」
どっかの国の姫が攫われたとかで、救出に行ったらその儀式が行われるところだったのだ。
手当たり次第に魔力の高い少女を攫っていたようで、中には魔族の子もいた。
保護は出来ないが被害者を殺すわけにもいかないので、当面の食料と水を持たせて解放するくらいしか出来なかったのだ。
当時は大体同じくらいの年かと思ったが、今の姿を見るに年上だったようだ。
彼女は二十歳くらいに見える。
俺は水球を出し、桶から水を汲むみたいに顔を洗った。
これで少しは血も落ちるだろう。
「あんたの言うレインって、こんな顔じゃなかった?」
「――……うそ」
女性は数歩後ずさり、涙を浮かべ、信じられないという顔をした後、俺の顔をしばらく眺め……やがて――神にでも祈るように膝を折った。
先程までのデキる魔物感は消え、彼女は普通の少女みたいに笑う。
とても、とても嬉しそうに。
「貴方さまに救い出していただいてから、私、いつか再会する日を夢見て生きておりました」
態度まで変わってしまった。
「そ、そう……えぇと、どういたしまして?」
そんなに畏まらなくても……。
「魔力に優れているという長所を伸ばし、努力を続け、ジャースティ国魔王軍四天王にまで上り詰めました」
よく分からないが、四天王はかなり高位の魔物でなければ名乗れない筈だ。
生贄にされかけ、命が助かったと思ったら僅かな食料と水だけ持たされ解放された――というところから五年で至ったのだとすれば、想像を絶する努力と苦労があったことだろう。
「全ては……全ては貴方さまへの恩返しのため」
彼女は涙を拭い、瞳に強い決意を漲らせながら、言った。
「いつか貴方さまを人間から救い出し、養って差し上げるため!」
「――ん?」
『こいつ何言ってんの?』
珍しく聖剣と意見が合った。
ちょっと話の展開についていけない。
えぇと、人間攫って奴隷として売るオークを倒しにきて。
さて後はボスだけと思ったら、想定外の美魔人がいて。
結構話が通じるなぁと思ったら昔逢ったことがあって。
俺を養うとか言い出した。
「一緒に来てください。必ず幸せにしてみせますから……!」
潤んだ瞳で、そんなことを言う魔人。
こういう時はどう対応するのが正解か、残念ながら俺は習っていなかった。
そしてこの時は、まさか自分が説得されて魔王軍に寝返るとは思わなかった。
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