第7話

  〇


 雪、というものが好きらしかった。鹿野さんは子供がするような手袋てぶくろをはめて、雪だるまを作っている最中だった。それも、一人ひとりで。


 ぼくたちはおたがいに気まずい雰囲気ふんいきを作りながら、かといって無視するわけにもいかず、どうしていいか迷っていた。


 公園のベンチは雪におおわれていたせいで、ぼくたちはって会話をする羽目になった。でも、それがちょうど良かったのかもしれない。


 ぼく彼女かのじょに会話できる機会があたえられたら言おうと思っていたことがあった。


 恐怖きょうふが先行して口が開けないかと思ってたが、案外すんなりと言葉が出た。


「ごめん」


 今さらこんなことを言うなんて、本当に勇気がないやつだなあ。ぼくは自分をなじった。本来ならば、あの日にいうべき言葉だったのに。三年間も引きずってしまっていた。


 しかし、口に出してみると、体の中のいやなものが浄化じょうかされていくような気分になった。勝手に救われやがって。


 鹿野さんはというと、ピクリともまゆを動かさずにこちらを見据みすえていた。


 一歩、鹿野さんがこちらに近づいた。サクッという雪がくつつぶれた音がする。


 サクッ、サクッ、サクッ。


 見れば、すぐ目と鼻の先に鹿野さんの顔があった。鹿野さんは、一瞬いっしゅん、ニコリとほほんだ。


 その意味が分からず、困った顔していると、 


「ううっ」


 おなか衝撃しょうげきが走った。


 腹パンだ。にぎこぶしをがっちりと組んだ鹿野さんのこぶしぼくの腹に深々とめりんでいる。


 ぼくは苦しくてひざをついた。


「これで、許す」


 おなかは痛かったんだけど、自然とみがこぼれた。それから、なみだもこぼれた。


「なんだよ、泣くなよ」


 これにはさすがに鹿野さんも心配してくれた。




  〇


 三年間分の話したいことが、ぼくたちの口からついて出てきた。それはそれは本当に不思議な時間で、気が付けばも暮れかけていた。


「クララ、本当に大きくなったね」


「うん、二年間ですごいデブになっちゃったんだ」


「ははっ、確かに」


 クララは不服といった様子で、ぼくうでの中に納まっている。そうかと思うと、うでの中を飛び出して彼女かのじょの胸の中にんだ。


「きゃっ」


 クララが彼女かのじょに飛び乗ったせいで、鹿野さんは態勢をくずし雪の中へとたおんでしまった。おかげで彼女かのじょの服はビチャビチャだ。


「ちょっと、どうしてくれんの?」


 ぼくのせいではないのだけれど。


 ガチ目でいかっている鹿野さんに、ここは飼い主として何かしなくてはいけない。


「服、かわかしてく? ぼく、すぐ近くなんだ」


「やらしい」


「いや! 別にいやらしい意味とかなくて。ほんとに、それだけなんだよ」


「ほんとに?」


「うん、ホント、ホント。ぼく、全然鹿野さんのはだかとか興味ないし」


「それはそれでいやなんだけど」


「あ、いや。気にならないといえばうそになるんだけど」


 そこで、鹿野さんが笑った。つられてぼくも笑う。


「それに、見せたいものがたくさんたまっちゃったからさ。家でゆっくり見たいな、なんてさ」


 二人ふたりはそれから連れ立って歩き始めた。ああ、言い忘れてた、二人ふたりと一ひきか。


 ホント、クララ様様だな。

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