第6話

 ○


 歳月さいげつ人を待たず、なんて言葉を使いたくはなかったけど、ぼくはあっという間に高校三年生になった。なってしまった。


「クララ、お前は本当に大きくなったなあ」


 その間に、クララは自身の体重を三倍に増やし、ちょっと太り気味になった。


 そして妹は小二から小四になったが、


「はにゃあああ!」


 そのお調子加減はあんまり変わってない。


 ぼくはというと、来年の春に受験をひかえた受験生へと変貌へんぼうげてしまった。ついさっきまで、一年生だったのになあ。


 鹿野さんとはあれっきり。


 あの日以来、ぼくたちは教室で挨拶あいさつわすこともないし、クララを見合うこともなかった。


 二年生になり、クラスがちがってからはほとんど疎遠そえんになった。たまに廊下ろうかですれちがってもぼくたちは目を合わせようともしなかった。


 鹿野さんのいない高校生活が続いた。いや、もともと鹿野さんがいた時間の方がまれだったんだけど。


 色あせた高校生活はアッという間に過ぎ去っていき、いつの間にか、受験生だ。


「この成績じゃあ、ちょっと進学は厳しいな」


 三年間一緒いっしょの担任にそんなことを言われ、なんとなくショックを受けて、家に帰って、勉強する気持ちはかず、太り気味のクララをきかかえながらテレビを見る。


 そんな生活がぼくの中で定着していた。このままだと、間違まちがいなく来年からは浪人生ろうにんせいだ。


 受験生から浪人生ろうにんせいに変身。それもまあいいかなと思ったけど、


「絶対に現役げんえき合格してね!」


 と母親には念をされているので、気持ちが板挟いたばさみだ。


「おりゃああああ!」


 妹はうるさいだけだし。


「おい、妹。もう少しゲームの音量下げてくれよ」


 ぼくのお願いを全く無視して、妹は良く分からないゲームに没頭ぼっとうしている。


「うう、寒い。はあ、ぼくの気持ちを分かってくれるのはクララだけだよなあ」


 ぼくはクララをいとおしくいだきしめた。


 ふんっ、とクララが鼻息をらした。いやがっているサインである。




  〇


 大して成績も上がらずに、ぼくは冬休みに突入とつにゅうした。この町にしてはめずらしく大雪を観測した次の日。外は雪化粧ゆきげしょうに包まれていた。


「おおおおお!」妹は例にれず興奮していたが、クララも外に行きたがったのは意外だった。つめで窓ガラスをカチャカチャとたたいている。


 普段ふだんなら炬燵こたつの中で丸くなってるのに。


 初めて見る景色けしき面白おもしろいのか、窓を開けてやると外に飛び出した。雪の中でゴロンゴロンしたり、つめで引っかいてみたり。


 そして妹よ、雪は食べちゃダメだ。


「寒い、寒い……」


 受験生は体調には細心の注意をはらわなくちゃいけないので早々と家の中に入ると、すぐに妹がさわした。


 なんだ、なんだと窓を開けると「おにいちゃん! クララがげた!」


 なんてこったい。


 すぐに上着を羽織ると、クララを探しに外へ出た。


 クララはすぐに見つかった。近所の公園でけずりまわっていた。「お前はねこだろうに」ぼくはクララの種を疑った。


「クララ、おいで」


 クララに近寄ろうとしたとき、


「あっ」


「あ」


 声が重なった。


 ぼくたちはおたがいに固まったままおたがいを見つめた。


 鹿野さんがいた。

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