第2話

 鹿野さんがあまりにもキャピキャピとした声を上げながら、ぼくのスマホをのぞていた。


 その生き生きとした顔、そこにはいつもの素っ気なさが微塵みじんも感じられない。


「カワイイね! このねこちゃん。子猫こねこだね。生後何カ月? ラグドールでしょ? 名前はなんていうの?」


 矢継やつばやにそう言われ、ぼくは混乱の中「クララ」とだけ答えられた。


「クララ、クララちゃん! クララ!」


 鹿野さんはまるで子供でもあやすように一オクターブ高い声で動画のクララに話しかけている。


 それは動画だよ、鹿野さん。


ほかに動画とかないの?」


 興奮気味に鹿野さんにリクエストされ、ぼくは妹に『もっと動画、はよ』と新着動画をせがんだ。


 すぐに新しい動画が送られてきた。


『おにーちゃん。見える? クララが歩いてるよー」


 そりゃネコなんだから歩くだろうさ! ぼくはしょうもない動画を送ってきた妹にいかりを感じたが、鹿野さんは「くあわわいいい!」とテンション最大限で喜んでいたので、良しとした。


 一通り再生が終わると、鹿野さんはうらやましそうに、話し始めた。


「いいね、金子ん家ってねこ飼えて。うち、賃貸ちんたいだからペット飼えなくてさ」


 そうなんだ。


「鹿野さんって動物とか好きなの?」


ちょう大好き!」


 そんなに強調しなくても。


「特にねことかホント好き! あのふてぶてしい感じとか、適度な距離感きょりかんとか、たまにあまえてくる態度とか。もしわたしにいたら、卒倒そっとうしちゃう」


 そこまでか。ぼくはもっと話したかったんだけれど、


「あ、わたし部活の途中とちゅうだったんだ。じゃあまたね、金子」


 鹿野さんはあらしのように去ってしまった。彼女かのじょのいなくなった教室でぼくは考えていた。


ぼくの名前、おぼえていてくれたんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る